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事情聴取
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仕事に慣れはじめたと思った途端に、昼間の職場で事件が起こった。
朝礼が終わると、室長が「あと、今日は警察の方が来ていまして、順番に少しずつお話をしていただきます。ご協力のほどをお願いします」と、何やら不吉な告知をした。
オペレーターたちは互いに顔を見合わせる。警察というワードには、やはり誰もが反応的になるようだ。それにしても妙な話だ。従業員全員が順繰りに警察に呼び出されるなど、聞いたことがない。
誰か情報漏洩でもやらかしたのか。いや、そうであれば民事不介入の警察が来るなんてことがあるんだろうか。それとも何らかの刑事事件の絡んだ問題が発生したか。何もヒントを与えられないと、憶測ばかりが肥大していく。
朝礼で告知をした室長の顔はやつれていた。場合によっては、俺たち全員が仕事を失う最悪のエンディングが待っているかもしれない。積み上げたものが一瞬で崩れ去る恐怖。歌舞伎町で嫌というほど味わってきたので、いちいち傷付かないように心の防御反応が働く。
業務で今日もクレーマーたちを相手にしていると、受電処理中に話しかけられる。室長。申し訳ないとばかりに右手を差し出して、俺の番がきた旨を伝える。トイレを済ませて、応接室へと向かった。
応接室には二人の警察官がいた。中年のくたびれた警察官で、礼儀正しくはあるが仕方なく仕事をやっているという印象だった。
席を勧められて、テーブルを挟んで座った。はじめに部下らしき中年の警官が自己紹介と階級を示して軽い挨拶をすると、今回の聞き取り調査についての説明を始めた。
「それで、織田さんは長嶋さんについてはどれぐらい知っていますか?」
巨人の監督だった人ですかねと軽口を叩こうとして、真理ちゃんの教育係をやっていた先輩オペレーターであったことを思い出す。名前ぐらいは知っているが、行き交う時に軽く挨拶をするぐらいで、後は接点がない。
他の会社に比べるとワケアリの人間が集まってくる傾向があるせいか、あまりお互いの境遇やプライベートに関わる話はしないのが慣習になっている。だから俺と真理ちゃん、梨乃ちゃんのような関係は少数派だ。昼食時には個別でぼっちメシのオペレーターも多数いる。
「さあ……。真面目な話、挨拶ぐらいしかしないんで、あんまりよく知らないんですよね」
正直に答えると、警察官は落胆というよりは薄っすらと安堵したような顔を浮かべる。
「それで、何かあったんで?」
警察官の反応が微妙だったので、俺はその真意を訊いてみた。
すると警察官が「落ち着いて聞いて欲しいのですが」と前置きしてから、本題に入る。
「三日前の夜、長嶋さんが他殺体となって発見されました」
「……は?」
俺は言葉を失う。なに、他殺体? ということは、あのオッサン、殺されたの?
俺の表情を確認した警察が、続きを話しはじめる。
「それも詳述は避けますが、かなり残忍な手口で殺害されたそうです」
「残忍な、手口……」
「ええ。鋭利な刃物で」
警察官はそれ以上言わなかった。鋭利な刃物を使った残忍な手口での殺害。普通に考えれば、全身を斬り刻んで殺したとか、首を切り落としたとか、そういった類の殺し方だろう。おそらく訊いても教えてはくれまい。
「でも、信じられませんね。人違いか何かじゃないですか?」
俺は素直な気持ちで訊く。あのオッサンは不愛想ではあったが、人に殺されるほど憎まれていたとは思えない。
「残念ながら、指紋や歯の治療痕が本人のものと一致しました。長嶋さんは不幸にも殺害されたと見て間違いないようです」
「マジか……」
動揺はしたが、どこか他人事のようだった。人の死に対するリアリティがなかったのか、それとも歌舞伎町にいた時間が長すぎたのかは分からない。
「それで、彼に最近変わったところがなかったか、それと他に知っていることはないでしょうか? どんなに些細なことでも結構です」
「いやあ、そんなこと言われてもな……」
おそらく誰もが心の中で留めるであろう一言を、俺は口に出して言う。別に悪気があったわけじゃない。単に正直なだけだ。本当に全くのお手上げ状態だという理由以外はない。
長嶋さんが真理ちゃんの教育係をやっていたことは他の人も話しているだろう。何よりも他ならぬ真理ちゃんの口からそれは語られているはず。そうなると俺から話すことなんてない。
「……いや。今、一生懸命考えてみたんですけど、そもそも接点がないから全然思いつかないですね。おそらくお互いのこともほとんど知らないし」
「そうですか。分かりました。ご協力ありがとうございます」
警察官はさして落胆も見せず、そしてこれ以上の深堀りをすることもなく俺との話を切り上げた。出て行く時にもう少し話を引っ張ればクレーマーとの「ふれあい」時間を減らせるかと思ったが遅かった。
そうか。長嶋さん、殺されちまったか。
一体何があったのだろう。歌舞伎町にもワケアリの奴らはいくらでもいた。地元のヤクザから逃げてきた奴。キャバクラのナンバーワンを引っ張って賞金首になっているホスト。タタキで指名手配になった先輩。色んな人がいた。
長嶋さんも俺たちの知らない何かを抱えていたのかもしれない。残された俺たちとしては想像する以外に何も出来ないが。
ほとんど話もしなかったが、挨拶ぐらいはしたし、真理ちゃんの教育係もやっていたので、個人的に頑張ってほしい人ではあった。そういう人がふいにいなくなると、俺でもいくらか気落ちするから不思議だ。
真理ちゃんも昼時間になったらこの話は知っているだろうから、俺がケアしてやらないと。彼女の方がショックは大きいだろう。彼から色々教わっていたことだしな。
だが、この時の俺は知らなかった。長嶋さんとの死別は、これから立て続けに起こる惨劇の序章に過ぎなかったことを。
朝礼が終わると、室長が「あと、今日は警察の方が来ていまして、順番に少しずつお話をしていただきます。ご協力のほどをお願いします」と、何やら不吉な告知をした。
オペレーターたちは互いに顔を見合わせる。警察というワードには、やはり誰もが反応的になるようだ。それにしても妙な話だ。従業員全員が順繰りに警察に呼び出されるなど、聞いたことがない。
誰か情報漏洩でもやらかしたのか。いや、そうであれば民事不介入の警察が来るなんてことがあるんだろうか。それとも何らかの刑事事件の絡んだ問題が発生したか。何もヒントを与えられないと、憶測ばかりが肥大していく。
朝礼で告知をした室長の顔はやつれていた。場合によっては、俺たち全員が仕事を失う最悪のエンディングが待っているかもしれない。積み上げたものが一瞬で崩れ去る恐怖。歌舞伎町で嫌というほど味わってきたので、いちいち傷付かないように心の防御反応が働く。
業務で今日もクレーマーたちを相手にしていると、受電処理中に話しかけられる。室長。申し訳ないとばかりに右手を差し出して、俺の番がきた旨を伝える。トイレを済ませて、応接室へと向かった。
応接室には二人の警察官がいた。中年のくたびれた警察官で、礼儀正しくはあるが仕方なく仕事をやっているという印象だった。
席を勧められて、テーブルを挟んで座った。はじめに部下らしき中年の警官が自己紹介と階級を示して軽い挨拶をすると、今回の聞き取り調査についての説明を始めた。
「それで、織田さんは長嶋さんについてはどれぐらい知っていますか?」
巨人の監督だった人ですかねと軽口を叩こうとして、真理ちゃんの教育係をやっていた先輩オペレーターであったことを思い出す。名前ぐらいは知っているが、行き交う時に軽く挨拶をするぐらいで、後は接点がない。
他の会社に比べるとワケアリの人間が集まってくる傾向があるせいか、あまりお互いの境遇やプライベートに関わる話はしないのが慣習になっている。だから俺と真理ちゃん、梨乃ちゃんのような関係は少数派だ。昼食時には個別でぼっちメシのオペレーターも多数いる。
「さあ……。真面目な話、挨拶ぐらいしかしないんで、あんまりよく知らないんですよね」
正直に答えると、警察官は落胆というよりは薄っすらと安堵したような顔を浮かべる。
「それで、何かあったんで?」
警察官の反応が微妙だったので、俺はその真意を訊いてみた。
すると警察官が「落ち着いて聞いて欲しいのですが」と前置きしてから、本題に入る。
「三日前の夜、長嶋さんが他殺体となって発見されました」
「……は?」
俺は言葉を失う。なに、他殺体? ということは、あのオッサン、殺されたの?
俺の表情を確認した警察が、続きを話しはじめる。
「それも詳述は避けますが、かなり残忍な手口で殺害されたそうです」
「残忍な、手口……」
「ええ。鋭利な刃物で」
警察官はそれ以上言わなかった。鋭利な刃物を使った残忍な手口での殺害。普通に考えれば、全身を斬り刻んで殺したとか、首を切り落としたとか、そういった類の殺し方だろう。おそらく訊いても教えてはくれまい。
「でも、信じられませんね。人違いか何かじゃないですか?」
俺は素直な気持ちで訊く。あのオッサンは不愛想ではあったが、人に殺されるほど憎まれていたとは思えない。
「残念ながら、指紋や歯の治療痕が本人のものと一致しました。長嶋さんは不幸にも殺害されたと見て間違いないようです」
「マジか……」
動揺はしたが、どこか他人事のようだった。人の死に対するリアリティがなかったのか、それとも歌舞伎町にいた時間が長すぎたのかは分からない。
「それで、彼に最近変わったところがなかったか、それと他に知っていることはないでしょうか? どんなに些細なことでも結構です」
「いやあ、そんなこと言われてもな……」
おそらく誰もが心の中で留めるであろう一言を、俺は口に出して言う。別に悪気があったわけじゃない。単に正直なだけだ。本当に全くのお手上げ状態だという理由以外はない。
長嶋さんが真理ちゃんの教育係をやっていたことは他の人も話しているだろう。何よりも他ならぬ真理ちゃんの口からそれは語られているはず。そうなると俺から話すことなんてない。
「……いや。今、一生懸命考えてみたんですけど、そもそも接点がないから全然思いつかないですね。おそらくお互いのこともほとんど知らないし」
「そうですか。分かりました。ご協力ありがとうございます」
警察官はさして落胆も見せず、そしてこれ以上の深堀りをすることもなく俺との話を切り上げた。出て行く時にもう少し話を引っ張ればクレーマーとの「ふれあい」時間を減らせるかと思ったが遅かった。
そうか。長嶋さん、殺されちまったか。
一体何があったのだろう。歌舞伎町にもワケアリの奴らはいくらでもいた。地元のヤクザから逃げてきた奴。キャバクラのナンバーワンを引っ張って賞金首になっているホスト。タタキで指名手配になった先輩。色んな人がいた。
長嶋さんも俺たちの知らない何かを抱えていたのかもしれない。残された俺たちとしては想像する以外に何も出来ないが。
ほとんど話もしなかったが、挨拶ぐらいはしたし、真理ちゃんの教育係もやっていたので、個人的に頑張ってほしい人ではあった。そういう人がふいにいなくなると、俺でもいくらか気落ちするから不思議だ。
真理ちゃんも昼時間になったらこの話は知っているだろうから、俺がケアしてやらないと。彼女の方がショックは大きいだろう。彼から色々教わっていたことだしな。
だが、この時の俺は知らなかった。長嶋さんとの死別は、これから立て続けに起こる惨劇の序章に過ぎなかったことを。
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