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初陣
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今日も昼間の仕事へと向かう。
いつもより少しばかり緊張している。と言うのも、今日から実際に電話を取る業務に入るからだ。昨日まではただ勉強しているだけで金が入ってきたが、ボーナス期間もこれで終わりだ。
コールセンターの同僚は、勉強と電話業務の練習しかしていないはずだが、どういうわけかいくらか脱退者が出ていた。ここまで辞めるのが早いと、もはやお前は何をしに来たんだと訊きたくなる。
いや、他人の心配はどうでもいい。
ホスト時代は男の相手はしなくて良かった。女の迷惑客がいたとしても、ずっと塩対応をしていれば向こうから勝手に去っていった。その代わりネットの掲示板に散々悪口を書かれたけど。
だが、今回はわりと頻繁にモンスターが出現すると聞いている。俺のメンタルが果たして持つのか。そして、ブチ切れたのちに「殺すぞ」と暴言を吐いてクビにならないか心配している。
そんな形で職場を去ることになれば、これからのハーレムライフどころか食っていく術を失うことになる。それは避けたいところだった。
朝礼を済ませると、上司から「今日より受電業務が始まる」と説明を受ける。緊張でもしているのか、話を聞いているだけでウンコがしたくなった。
「今日からかあ。大丈夫かな」
梨乃ちゃんがひとりごちる。彼女もコルセン経験者だったはずだが、新天地での初陣ととなるとそれなりに緊張するようだ。それを見て少し安心した。誰だって最初から全て出来るわけじゃない。無数にある失敗を経て、それから一人前になっていくのだ。それはホスト時代だって同じだったじゃないか。
俺たちはヘッドセットを付けて、電話が鳴るのを待つ。その姿は、これからヘリで大空より降下するのを待つ特殊部隊のようだった。いや、それはいくらなんでも大げさだったが、要は戦地へ赴くような気持ちで受電を待っていた。
鳥になって来い、スネーク――妄想の中で軍の偉い人が俺を鼓舞する。
開始の時間。電話が鳴りはじめる。あちこちから聞こえるコール音。少し前までは完全に他人事だったが、今日から俺は当事者であり一兵士になる。言ってみればプライベート・ライアンの開始5分だ。
電話が鳴る。画面に映る「受電」のパネルをクリックした。
「お電話ありがとうございます。こちら……」
「おい! ふざけんじゃねえぞ、コラ!」
離陸直後に狙撃される。いきなりのモンスター。最初に取った電話はクレームだった。
「申し訳ございません。どうされたのでしょうか?」
少しも申し訳ないとは思っていないが、とりあえずこういう輩には何に対して怒っているのかを理解する必要がある。理不尽なクレームであっても、とりあえず謝ってしまった方が早い。
やはり人生で触れ合った狂人の数が多かったせいか、思っていたほどビビらなかった。彼らは「殺すぞ」と言ってきても物理的に殺せないし、本当にヤバければ上司に振ってしまえばいい。夜の世界でそんなことは許されなかったが、カタギの仕事では下っ端で始末がつけられないと上の人間に頼っていいようだった。
話を要約すると、奇襲をしかけてきたオッサンは「自分の補助金申請がなぜ弾かれたのかが分からない」といったものだった。そこから始まって家族を養っていかないといけないこと、補助金が出ないとそれが難しくなることなどのありがちな浪花節を聞かされる。
別に俺の同情を引いたところで補助金の申請が通るわけではないのだが、そうは言わずに俺はオッサンの話に耳を傾けた。浪花節の途中で「それは大変でしたね」とか「お気持ち察するに余りあります」とか、心にもないことをいかにもそれっぽく言うとオッサンは満足したのか、もう一度申請をやり直す話で落ち着いた。
通話を切ると、モニターで聴いていた上司から「すごいじゃないか」と褒められた。デビュー戦でバケモノを引いたこともそうだが、それを捌き切って終話出来る人間はそういないものらしい。
「これからクレーム対応は織田さんに決定だな」
上司が軽口を叩く。ポテンシャルについて異論はないが、なんだか損な役回りに回されそうな匂いがプンプンする。
他の同僚はどうしているのか見てみる。梨乃ちゃんも真理ちゃんも見知らぬオッサンが横に付いていた。
「あれは……?」
「ああ、彼女たちは新人なのと、電話してくる人も怖いからね。横でベテランに通話を聞いてもらって、アドバイスとかをしながら経験を積んでいく形だね。教習所の先生が仮免の生徒に付くのと同じだな」
――待て。俺にはそんな先輩いないじゃねえか。
俺の抗議がテレパシーで伝わったのか、上司が慌ててフォローするように答える。
「ああ、まあ。織田さんについては練習時点から補助がなくても出来そうだったからね。現に今、対応が出来ていたし」
そうか。たしかに「ここで絶対に生き残ってやる」と誰よりも真剣に電話の練習はやって来た。勉強は苦手だったが、大学だったら主席の合格だろう。狭い世界だが。
だが、ここでの主席はご褒美代わりに最初から激戦地にブチ込まれるものみたいだ。
まあいいさ。世の中ってそんなものだからな。まあいいんだけど、何か納得がいかねえな。
真理ちゃんを眺める。コーチ役の先輩はかわいい後輩にデレデレしていた。腹が立つ。そこは俺の席だ。意味の分からない抗議が脳裏を駆け巡っていく。
この後は普通に受電業務だけで終わった。それほどトラブルもなく、迷惑客もそれほど掴まなかった。初陣としては上出来だっただろう。
心配なのは真理ちゃんと梨乃ちゃんだ。俺が最初に出くわしたバケモノに出会ったら、彼女たちのメンタルが持つかは非常に怪しい。
この職場がなぜ次々と派遣社員を受け入れているのかが理解出来た。つまりは何人もの人々がああいったバケモノたちに壊され、去っていっただけの話なのだ。
「こっちの仕事も、なかなかタフになりそうだな」
この後も本業が控えている。メンタルのHPがゼロにならないように気を付けないと。
いつもより少しばかり緊張している。と言うのも、今日から実際に電話を取る業務に入るからだ。昨日まではただ勉強しているだけで金が入ってきたが、ボーナス期間もこれで終わりだ。
コールセンターの同僚は、勉強と電話業務の練習しかしていないはずだが、どういうわけかいくらか脱退者が出ていた。ここまで辞めるのが早いと、もはやお前は何をしに来たんだと訊きたくなる。
いや、他人の心配はどうでもいい。
ホスト時代は男の相手はしなくて良かった。女の迷惑客がいたとしても、ずっと塩対応をしていれば向こうから勝手に去っていった。その代わりネットの掲示板に散々悪口を書かれたけど。
だが、今回はわりと頻繁にモンスターが出現すると聞いている。俺のメンタルが果たして持つのか。そして、ブチ切れたのちに「殺すぞ」と暴言を吐いてクビにならないか心配している。
そんな形で職場を去ることになれば、これからのハーレムライフどころか食っていく術を失うことになる。それは避けたいところだった。
朝礼を済ませると、上司から「今日より受電業務が始まる」と説明を受ける。緊張でもしているのか、話を聞いているだけでウンコがしたくなった。
「今日からかあ。大丈夫かな」
梨乃ちゃんがひとりごちる。彼女もコルセン経験者だったはずだが、新天地での初陣ととなるとそれなりに緊張するようだ。それを見て少し安心した。誰だって最初から全て出来るわけじゃない。無数にある失敗を経て、それから一人前になっていくのだ。それはホスト時代だって同じだったじゃないか。
俺たちはヘッドセットを付けて、電話が鳴るのを待つ。その姿は、これからヘリで大空より降下するのを待つ特殊部隊のようだった。いや、それはいくらなんでも大げさだったが、要は戦地へ赴くような気持ちで受電を待っていた。
鳥になって来い、スネーク――妄想の中で軍の偉い人が俺を鼓舞する。
開始の時間。電話が鳴りはじめる。あちこちから聞こえるコール音。少し前までは完全に他人事だったが、今日から俺は当事者であり一兵士になる。言ってみればプライベート・ライアンの開始5分だ。
電話が鳴る。画面に映る「受電」のパネルをクリックした。
「お電話ありがとうございます。こちら……」
「おい! ふざけんじゃねえぞ、コラ!」
離陸直後に狙撃される。いきなりのモンスター。最初に取った電話はクレームだった。
「申し訳ございません。どうされたのでしょうか?」
少しも申し訳ないとは思っていないが、とりあえずこういう輩には何に対して怒っているのかを理解する必要がある。理不尽なクレームであっても、とりあえず謝ってしまった方が早い。
やはり人生で触れ合った狂人の数が多かったせいか、思っていたほどビビらなかった。彼らは「殺すぞ」と言ってきても物理的に殺せないし、本当にヤバければ上司に振ってしまえばいい。夜の世界でそんなことは許されなかったが、カタギの仕事では下っ端で始末がつけられないと上の人間に頼っていいようだった。
話を要約すると、奇襲をしかけてきたオッサンは「自分の補助金申請がなぜ弾かれたのかが分からない」といったものだった。そこから始まって家族を養っていかないといけないこと、補助金が出ないとそれが難しくなることなどのありがちな浪花節を聞かされる。
別に俺の同情を引いたところで補助金の申請が通るわけではないのだが、そうは言わずに俺はオッサンの話に耳を傾けた。浪花節の途中で「それは大変でしたね」とか「お気持ち察するに余りあります」とか、心にもないことをいかにもそれっぽく言うとオッサンは満足したのか、もう一度申請をやり直す話で落ち着いた。
通話を切ると、モニターで聴いていた上司から「すごいじゃないか」と褒められた。デビュー戦でバケモノを引いたこともそうだが、それを捌き切って終話出来る人間はそういないものらしい。
「これからクレーム対応は織田さんに決定だな」
上司が軽口を叩く。ポテンシャルについて異論はないが、なんだか損な役回りに回されそうな匂いがプンプンする。
他の同僚はどうしているのか見てみる。梨乃ちゃんも真理ちゃんも見知らぬオッサンが横に付いていた。
「あれは……?」
「ああ、彼女たちは新人なのと、電話してくる人も怖いからね。横でベテランに通話を聞いてもらって、アドバイスとかをしながら経験を積んでいく形だね。教習所の先生が仮免の生徒に付くのと同じだな」
――待て。俺にはそんな先輩いないじゃねえか。
俺の抗議がテレパシーで伝わったのか、上司が慌ててフォローするように答える。
「ああ、まあ。織田さんについては練習時点から補助がなくても出来そうだったからね。現に今、対応が出来ていたし」
そうか。たしかに「ここで絶対に生き残ってやる」と誰よりも真剣に電話の練習はやって来た。勉強は苦手だったが、大学だったら主席の合格だろう。狭い世界だが。
だが、ここでの主席はご褒美代わりに最初から激戦地にブチ込まれるものみたいだ。
まあいいさ。世の中ってそんなものだからな。まあいいんだけど、何か納得がいかねえな。
真理ちゃんを眺める。コーチ役の先輩はかわいい後輩にデレデレしていた。腹が立つ。そこは俺の席だ。意味の分からない抗議が脳裏を駆け巡っていく。
この後は普通に受電業務だけで終わった。それほどトラブルもなく、迷惑客もそれほど掴まなかった。初陣としては上出来だっただろう。
心配なのは真理ちゃんと梨乃ちゃんだ。俺が最初に出くわしたバケモノに出会ったら、彼女たちのメンタルが持つかは非常に怪しい。
この職場がなぜ次々と派遣社員を受け入れているのかが理解出来た。つまりは何人もの人々がああいったバケモノたちに壊され、去っていっただけの話なのだ。
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