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刹那の戦慄
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――休み時間になった。
つらいのは俺だけではなかったらしい。特にオッサン連中が重そうに体を起こして、伸びで全身の眠った細胞を目覚めさせている。
「なんだったんだい、さっきの?」
机の下で手を握り、太ももをつんつんと突いてきた真理ちゃん。お陰で盛大に勃起した。高校時代のように起立、礼という流れがあったら俺は社会的に抹殺されているところだった。
幸いにして勃起は収まった。きっと先走り汁ぐらいは出ているだろうが、仕事中に勃起を見つけられるのに比べたら遥かにマシだった。
「なんだっていうのは、何ですか?」
真理ちゃんが誘惑するように首を傾げて、挑発するような目をこちらへと向ける。俺のよく知っている目つき。これは――
「あ、お疲れ様です」
ふいに話しかけられた方へ視線を遣ると、先ほど見つけたピンク色の髪をしたサイドテールの女の子がいた。肉付きのいい体を包み込む紺色のポロシャツ。ただの私服なのに、妙にエロく見えた。
「ああ、どうも」
俺はやや警戒気味に挨拶をすると、彼女は口を開いた。
「お二人はお知り合いなんですか?」
「いや、今朝に知り合ったばっかりだけど」
「そうなんですか。ずいぶんと仲が良さそうに見えたので……」
俺の心臓が跳ねる。もしかしたら、彼女からは机の下での攻防が見えていたのか。そして、俺が隠れて勃起していたことも。
オワタと言いたくなるのをこらえて、彼女の質問に答える。
「ああ、たまたま同じ苗字だったんでね。それで距離が近くなったというところかな」
「あ、そうなんですね。ちなみに、あたし間宮梨乃って言います。学生時代は『まりーの』って呼ばれていました。今後ともよろしくお願いしま~す」
そう言って梨乃ちゃんは小首を傾げる。俺の中で早くもちゃん付け呼び確定。若いからな。
「織田です。俺は童夢で、彼女は真理……さん」
「二人とも織田さんなんですね。なんか夫婦みたい」
会議室が一気に静かになる。見知らぬ人々からしても注意を引く会話だったか。
真理ちゃんが沈黙を感じ取り、梨乃ちゃんをフォローする。
「いやいや、年だって離れていますから」
言われた瞬間に、心の中でトン単位の重りが頭を直撃する。ここでシティーハンターが出てきてしまうところが俺の年代なんだろうか。
地面にめり込む俺。分かってはいることだが、こうやって自分が年を食ったことを実感させられると、やっはり精神的にダメージがある。元がホストだったせいか、加齢を実感するのは一層つらい。
密かにテンションが地に落ちる俺。それを知らずに、真理ちゃんは話を続ける。
「だから、わたし達のことは童夢君と真理ちゃんでいいですから」
「童夢『君』て……」
今年俺は40になった。まさか半分ほどの年齢の女性に君付けで呼ばれるとは思わなかった。それはそれで何か違う気がする。年を取っていると言われれば傷付き、年かさが下の人間から同等に扱われるとプライドを傷付けられる……厄介なお年頃だ。俺も老害の仲間入りか。
「まあ、さすがに童夢さんですかね。あたしよりもずっとお兄さんですし。童夢さんもそれでいいですか?」
梨乃ちゃんはやや苦笑気味に訊く。俺の顔に分かりやすく心理状態が出ていたようだ。
「うん、それで頼むわ」
「それもそうですね。わたしもまだ真理さんって呼ばれているんで。会ったばかりだし」
やはり真理ちゃんの方が少し大人なのか。常識的な呼び名に落ち着かせる。二人は同じぐらいの年齢に見えるが、見た目にも真理ちゃんの方が大人っぽい。いや、梨乃ちゃんが若くギャルっぽいだけか。
「あ、ちなみにあたしはまりーのとか梨乃ちゃんとかでいいんで」
「そうか。じゃあそうするよ」
「よろしくお願いしゃすー♪」
梨乃ちゃんが俺の手を握ってお辞儀をした。
――ゴゴゴ。
ん、なんだ?
何やら重苦しいものを感じて、その発信元を見遣った。
「ん!?」
そこにはピッコロのような三白眼を思わせる強烈な表情の女がいた。
――え? これ、真理ちゃん?
いや、さすがに顔が変わり過ぎだろう。真理ちゃんは豪鬼のような殺気を全身から放ち、その目からは殺意の波動がしたたっている。
「ん、なんかありました?」
梨乃ちゃんが振り向くと、真理ちゃんの顔が一瞬で戻った。先ほどまで溢れていた殺気は痕跡すら残っていない。なんだお前は。
「いや、なんでもない……」
無関係なのに、なぜかごまかす俺。いや、ごまかさなかったとしても、あの様相は説明が困難だ。見てはいけない怪異が見えた気がした。
――さっきの一瞬、俺は一体何を見たんだ。
何か途轍もなく不吉なものを見た気がする。
眉間に出来た深いシワ、そしてピッコロ大魔王のような極端に黒目の面積が小さい三白眼――あんなに怖い顔をする人間は、総合格闘家のヴァンダレイ・シウバぐらいしか見たことがない。
いや、俺は妙な幻覚を見ていただけなのかもしれない。
その場で談笑する真理ちゃんと梨乃ちゃん。二人は地元も近いそうで、すぐにでも意気投合しそうだ。年の近い友人が作れるなら、その方が彼女たちにとってもいいだろう。
真理ちゃんの顔が超絶美女に戻った。ああ、やっぱり何かの見間違いだったようだ。きっと「こんな美女がこんな所にいるはずがない」という先入観と、俺の持つ女へのトラウマが刺激されただけに違いない。そうでないと、あの顔の変容は説明がつかない。
きっと慣れないお勉強とやらで色々とやられているんだろう。だが、ここにかわいい女の子が二人もいる。頑張る理由なんてそれだけでいい。俺はこんなところで挫折している場合じゃないのだから。
つらいのは俺だけではなかったらしい。特にオッサン連中が重そうに体を起こして、伸びで全身の眠った細胞を目覚めさせている。
「なんだったんだい、さっきの?」
机の下で手を握り、太ももをつんつんと突いてきた真理ちゃん。お陰で盛大に勃起した。高校時代のように起立、礼という流れがあったら俺は社会的に抹殺されているところだった。
幸いにして勃起は収まった。きっと先走り汁ぐらいは出ているだろうが、仕事中に勃起を見つけられるのに比べたら遥かにマシだった。
「なんだっていうのは、何ですか?」
真理ちゃんが誘惑するように首を傾げて、挑発するような目をこちらへと向ける。俺のよく知っている目つき。これは――
「あ、お疲れ様です」
ふいに話しかけられた方へ視線を遣ると、先ほど見つけたピンク色の髪をしたサイドテールの女の子がいた。肉付きのいい体を包み込む紺色のポロシャツ。ただの私服なのに、妙にエロく見えた。
「ああ、どうも」
俺はやや警戒気味に挨拶をすると、彼女は口を開いた。
「お二人はお知り合いなんですか?」
「いや、今朝に知り合ったばっかりだけど」
「そうなんですか。ずいぶんと仲が良さそうに見えたので……」
俺の心臓が跳ねる。もしかしたら、彼女からは机の下での攻防が見えていたのか。そして、俺が隠れて勃起していたことも。
オワタと言いたくなるのをこらえて、彼女の質問に答える。
「ああ、たまたま同じ苗字だったんでね。それで距離が近くなったというところかな」
「あ、そうなんですね。ちなみに、あたし間宮梨乃って言います。学生時代は『まりーの』って呼ばれていました。今後ともよろしくお願いしま~す」
そう言って梨乃ちゃんは小首を傾げる。俺の中で早くもちゃん付け呼び確定。若いからな。
「織田です。俺は童夢で、彼女は真理……さん」
「二人とも織田さんなんですね。なんか夫婦みたい」
会議室が一気に静かになる。見知らぬ人々からしても注意を引く会話だったか。
真理ちゃんが沈黙を感じ取り、梨乃ちゃんをフォローする。
「いやいや、年だって離れていますから」
言われた瞬間に、心の中でトン単位の重りが頭を直撃する。ここでシティーハンターが出てきてしまうところが俺の年代なんだろうか。
地面にめり込む俺。分かってはいることだが、こうやって自分が年を食ったことを実感させられると、やっはり精神的にダメージがある。元がホストだったせいか、加齢を実感するのは一層つらい。
密かにテンションが地に落ちる俺。それを知らずに、真理ちゃんは話を続ける。
「だから、わたし達のことは童夢君と真理ちゃんでいいですから」
「童夢『君』て……」
今年俺は40になった。まさか半分ほどの年齢の女性に君付けで呼ばれるとは思わなかった。それはそれで何か違う気がする。年を取っていると言われれば傷付き、年かさが下の人間から同等に扱われるとプライドを傷付けられる……厄介なお年頃だ。俺も老害の仲間入りか。
「まあ、さすがに童夢さんですかね。あたしよりもずっとお兄さんですし。童夢さんもそれでいいですか?」
梨乃ちゃんはやや苦笑気味に訊く。俺の顔に分かりやすく心理状態が出ていたようだ。
「うん、それで頼むわ」
「それもそうですね。わたしもまだ真理さんって呼ばれているんで。会ったばかりだし」
やはり真理ちゃんの方が少し大人なのか。常識的な呼び名に落ち着かせる。二人は同じぐらいの年齢に見えるが、見た目にも真理ちゃんの方が大人っぽい。いや、梨乃ちゃんが若くギャルっぽいだけか。
「あ、ちなみにあたしはまりーのとか梨乃ちゃんとかでいいんで」
「そうか。じゃあそうするよ」
「よろしくお願いしゃすー♪」
梨乃ちゃんが俺の手を握ってお辞儀をした。
――ゴゴゴ。
ん、なんだ?
何やら重苦しいものを感じて、その発信元を見遣った。
「ん!?」
そこにはピッコロのような三白眼を思わせる強烈な表情の女がいた。
――え? これ、真理ちゃん?
いや、さすがに顔が変わり過ぎだろう。真理ちゃんは豪鬼のような殺気を全身から放ち、その目からは殺意の波動がしたたっている。
「ん、なんかありました?」
梨乃ちゃんが振り向くと、真理ちゃんの顔が一瞬で戻った。先ほどまで溢れていた殺気は痕跡すら残っていない。なんだお前は。
「いや、なんでもない……」
無関係なのに、なぜかごまかす俺。いや、ごまかさなかったとしても、あの様相は説明が困難だ。見てはいけない怪異が見えた気がした。
――さっきの一瞬、俺は一体何を見たんだ。
何か途轍もなく不吉なものを見た気がする。
眉間に出来た深いシワ、そしてピッコロ大魔王のような極端に黒目の面積が小さい三白眼――あんなに怖い顔をする人間は、総合格闘家のヴァンダレイ・シウバぐらいしか見たことがない。
いや、俺は妙な幻覚を見ていただけなのかもしれない。
その場で談笑する真理ちゃんと梨乃ちゃん。二人は地元も近いそうで、すぐにでも意気投合しそうだ。年の近い友人が作れるなら、その方が彼女たちにとってもいいだろう。
真理ちゃんの顔が超絶美女に戻った。ああ、やっぱり何かの見間違いだったようだ。きっと「こんな美女がこんな所にいるはずがない」という先入観と、俺の持つ女へのトラウマが刺激されただけに違いない。そうでないと、あの顔の変容は説明がつかない。
きっと慣れないお勉強とやらで色々とやられているんだろう。だが、ここにかわいい女の子が二人もいる。頑張る理由なんてそれだけでいい。俺はこんなところで挫折している場合じゃないのだから。
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