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最高の友だち
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ピンポンを押しまくっていたのは木下さんだった。
怒って追い出そうと思っていた人物が予想外で、わたしはフリーズした。
「……なんで?」
「連絡しても返事が無いからさ」
木下さんは苦笑いだった。
「七海ちゃん、ここで立ち話ってのもなんだからさ、家に上げてもらってもいいかな?」
そう言うので、わたしは素直に彼女を家へと上げた。
一人でいたい気持ちもあったけど、そのまま一人でい続けたらそれはそれでヤバそうな気がしたので、本能的に木下さんと一緒に過ごすことにした。
紅茶を入れて、テーブルについた。木下さんが「美味しいね」と言って笑う。意味の無い会話だけど、何か救われた気がした。
「あのさ、聞いたんだけどさ……」
「なにを」
無意識的に口調が攻撃的になってしまう。やたら攻撃的になっているわたしと、それを「やだやだ」って思いながら眺めているわたし。二重人格。
「なんか、遠野さんとケンカしたの?」
「ケンカなんかじゃないよ。彼が一方的にわたしをフっただけ」
自分で言っていて「そんな言い方しなくても良くない?」って思うんだけど、多重人格モードになっているわたしは、わたしを止めることができない。
「遠野さんがね、『七海ちゃんと連絡が取れなくて困ってる』って。話ぐらい、聞いてあげたら?」
「彼と話すことなんかない。だって、わたし……捨てられたんだよ?」
ふいに涙が溢れてきた。木下さんの姿が滲んで、嗚咽が止まらなくなる。
「お願い、七海ちゃん。何があったのかをちゃんと教えて」
わたしより年下なのに、ずっと大人の態度で聞き手に回る木下さん。わたしなんか三十を迎えたのに、こんなに中身は子供で……。そんなことを考えていたら、涙が止まらなくなった。
「うん、理由は分からいけど、気持ちは分かるよ。つらかったんだよね」
木下さんがそう言って優しくしてくれると、わたしの何かが決壊した。
漏れ出ていた涙声が次第に大きくなり、自分でも驚くほどの声を上げて泣いていた。
木下さんはそんなわたしを抱きしめて、ずっとうんうんと頷いていた。
しばらくして落ち着くと、わたしは何があったのかを話した。レイ君が転勤になったこと。それによって彼がチェコまでお仕事で行くこと。それによって、わたし達は別れないといけないらしいこと。後は自分の悲しみと恨みつらみ。それは余計だったかもしれないけど、全部話さずにはいられなかった。
◆
「うん、だいぶ理解したわ」
木下さんの中で色々としっくり来たようで、困惑気味であった表情も落ち着きが戻っていた。それを混乱の極みにいるわたしに分析されたくはないだろうけど。
「七海ちゃん、最初に落ち着こうね。まずね、遠野さんは簡単に好きな人を捨てる人じゃないよ。分かるよね?」
「うん」
「彼は『君とはもう終わりだ』って言ったのかな?」
「言ってない……かも。でも、話の流れをみたら終わりじゃないの」
「気持ちは分かるけどさ、人の話は最後まで聞こうよ。いつも凡ミスする社員に自分で言ってるじゃん」
たしかに、仕事で凡ミスをされるとわたしの仕事が増えるので、他の社員が不注意なミスをするとそんなことを言って釘を刺してはいた。
「もう一回遠野さんに会ってみなよ。まだ話の続きがあるかもしれないじゃない」
「無理だよ……。あんな別れ方をしたし、お店でも騒ぎを起こしたし、きっとレイ君はわたしのことなんか嫌いになっちゃってる……」
「はあ」木下さんは面倒くさそうに溜め息をつく。
「あのさあ、もう中学生じゃないんだからさ、それぐらい謝れるようになろうよ」
割とマジなテンションで説教される。
しごく真っ当なダメ出しなんだけど、状況が状況なだけにグッサリと胸に突き刺さった。
「遠野さんだって大人だよ? そりゃ気分は害しているだろうけどさ、何をしたって手遅れってほどの状況じゃないと思うの」
「うん」
「それとも何? このまま意地を張り通して本当に別れちゃうつもり?」
「……」
「それなら、わたしが彼のことをもらっちゃってもいいかな? ヨーロッパで暮らすのも悪くなさそうだから」
「そんなの、だめだよ!」
思わず大きな声が出た。「しまった」という思いで、椅子に座り直す。木下さんがニヤニヤと笑っていた。
「冗談だよ。今、遠野さんを取ったら、あたしきっと七海ちゃんに刺されちゃう」
木下さんが笑った。ギリギリのラインを攻めている気がしないでもないけど、不思議と腹は立たなかった。
「ふ」
わたしが軽く噴き出すと、木下さんが目ざとくそれを見つける。
「あ、七海ちゃんが笑った」
「だって、それで刺したら、わたし最低な女じゃん」
「そうだね。その流れで刺されたらたまらないね」
そう言うと、木下さんが笑った。釣られてわたしも笑いはじめた。一度笑い出すと止まらなかった。さっきまでの空気が嘘みたいに、わたし達はしばらく大笑いした。
しばらく笑ってから落ち着いた。笑いには治療効果でもあるのか、さっきまで地獄の底みたいだった気分が和らいだ。
「あーおかしい。こんなに笑ったの、久しぶりかも」
「わたしも。こういう風に笑ったのは高校生の時以来かも」
「……気持ちは、持ち直した?」
「……うん。ありがとう、羅魅亜ちゃん」
「あ、昇格した」
「何が?」
「あたしのこと、いつも苗字で呼んでたもんね」
そうかも。たしかに、羅魅亜ちゃんと呼んだのは初めてかもしれない。
「せっかくあたしが七海ちゃんって呼んでも、肝心の七海ちゃんはずっとあたしのことを『木下さん、木下さん』って呼ぶからな~。同僚としては見てくれても、友だちとしては見てくれていないのかな~なんて思ってたんだよね」
「そんなことないよ。羅魅亜ちゃんはずっとわたしにとって大事な友だちだよ」
そう言うと、羅魅亜ちゃんは「ふふふ」って笑う。
「ありがとう。あたしにとっても、七海ちゃんは大切な友だちなんだからね。憶えておいてよ?」
「うん」
「で、遠野さんが送ってくれたLINEがあるはずなんだけど、それを見てくれるかな?」
言われてスマホを見ると、LINEの通知が何十件も入っていた。70%ぐらいはレイ君で、あとは羅魅亜ちゃんだった。
メッセージをスクロールすると、レイ君は怒りの言葉ではなく、わたしにちゃんと話をしたい旨のメッセージを何度も送っていた。
最後の方なんかは「頼む」って書いてあって、なんだか申し訳ない気持ちになった。こんなに大切に想ってくれている人を傷付けて、わたしは何をやっているんだろうと思う。
じっとメッセージを眺めるわたしに、羅魅亜ちゃんが声をかける。
「見たら分かると思うけど、遠野さんは七海ちゃんのことが大好きなんだよ。これだけ気にかけてくれる人が、あなたより仕事の方が必要なわけないじゃない」
「……そうだね」
そうだ。全く羅魅亜ちゃんのおっしゃる通りだ。わたしは自分が傷付いたことばかり考えて、それ以上のものを見ようとしていなかった。
あの時、レイ君は何を言おうとしていたんだろう?
「訊いてみるしかないんだじゃない?」
わたしの心境などお見通しとでも言うように羅魅亜ちゃんが言う。
「でも、これだけ彼を傷付けて、わたし、どんな顔して会いにいけばいいのか……」
言っていて涙が出てきた。自分の愚かさを呪いたくなる。わたしはこれだけ自分を大切にしてくれる人を傷付けた上に、人前で侮辱した。今さらどんな顔をして会いに行けって言うの?
「だからさ、その悲劇のヒロイン風のムーブをやめなって」
羅魅亜ちゃんが呆れるように言う。
「まあ遠野さんも不器用な人だけどさ、七海ちゃんもかなり面倒くさいよね」
「えっ……」
羅魅亜ちゃんは容赦無い。
「だってさあ、これだけメッセージを送ってるのに無視されたら、普通は『もう終わったな』って思うよ。それでもストーカー認定されることも恐れずにこうやってコミュニケーションを取り続けようとするっていうことは、それだけ七海ちゃんのことが好きだってことじゃん」
「そう、なのかな……?」
「そうだよ。少なくともあたしの知っている遠野さんは不器用過ぎるぐらいまっ直ぐな人だし、だからこそあたしには合わないのかもって引いた部分もあるんだよね。でも、間違いなく言えることだけど、ここで遠野さんを逃がしたら、七海ちゃんと付き合える人なんて今後いないよ」
言われて密かにガーンときたけど、正直返す言葉が見つからない。
「七海ちゃんだって遠野さんのことが好きなんでしょ? だからこんなに沈んでいるし、明日にも自殺しちゃいそうな顔だってしてるんじゃん」
「……うん」
「だったら一回ぐらい腹を割って喋ってみなよ。彼はそんな変な駆け引きをする人じゃないから、誤解を解くぐらいはしておくべきだと思うよ。何よりも、自分自身のために」
「わたし自身の、ために……?」
そうだ。たしかにわたしは最後まで話を聞かず、レイ君の心境や決断を早合点で決めつけた。
本当はもっと納得のいく続きがあったのかもしれないのに、それを説明する機会さえ与えずに、わたしは勝手に幕を引いてしまったのだ。
もしレイ君の話に続きがあったなら、こんなに理不尽で納得のいかない結末はなかったのかもしれない。
……少なくとも、わたし達はちゃんとピリオドを打つ必要がある。今は二人とも宙ぶらりんになっている状態。このまま別れの日が来たとしても、この先ずっと続く地獄みたいな喪失感と虚無が待っているだけ。
「羅魅亜ちゃん、わたし……」
羅魅亜ちゃんの表情が笑顔に変わりはじめる。その顔には「やっと気付いたか」とでも言いたげな要素があったけど。
「わたし、もう一度レイ君に会ってみる」
「そうだね。そうしよう」
ふいに涙がこぼれ落ちてきた。今日のわたしは泣いてばっかりだ。
「じゃあ七海ちゃん、今日会おう、遠野さんと」
「え? 今日?」
「うん。善は急げって言うし、遠野さんも心配しているだろうから早く会ってあげな。日曜だしね」
「そうか。そうだね」
わたしはLINEでメッセージを送る。すぐに既読がついて、レイ君から返事がきた。
この前の振る舞いについて謝罪をした。レイ君は少なくとも文字上では怒りをみせず、わたしの謝罪を受け入れてくれた。それからまた二人で会うことになった。
「まだ、話には続きがあるんだ」
そうだろうねって思ったけど、その続きって何なんだろうか?
ただ、わざわざ会って話すようなことなんだから、それなりに理由があるんだろう。だからグッと堪えて、内容については訊かないようにした。
レイ君と夕食のアポイントを取った。そこで今後について話し合うことになる。今度は興奮してお店ごと地獄に突き落とすような振る舞いは慎まないといけない。次に同じことをやればもうチャンスは無いだろう。
「決まったよ」
そう言うと、羅魅亜ちゃんがガッツポーズする。
「すごいじゃん。今度はやらかしちゃだめだよ?」
軽くイジる感じで言われる。
そうだよね。今度は本当に、前向きな話だけをしないと。前回の失敗は思い出すだけで死にたくなるぐらい恥ずかしいけど、次は絶対にそんな失敗はしない。
待っててね、レイ君。
次はどのような結末が待っていたとしても、わたしは最後まで見届けるから。
夜の再会に向けて、わたしは密かに誓いを立てた。
怒って追い出そうと思っていた人物が予想外で、わたしはフリーズした。
「……なんで?」
「連絡しても返事が無いからさ」
木下さんは苦笑いだった。
「七海ちゃん、ここで立ち話ってのもなんだからさ、家に上げてもらってもいいかな?」
そう言うので、わたしは素直に彼女を家へと上げた。
一人でいたい気持ちもあったけど、そのまま一人でい続けたらそれはそれでヤバそうな気がしたので、本能的に木下さんと一緒に過ごすことにした。
紅茶を入れて、テーブルについた。木下さんが「美味しいね」と言って笑う。意味の無い会話だけど、何か救われた気がした。
「あのさ、聞いたんだけどさ……」
「なにを」
無意識的に口調が攻撃的になってしまう。やたら攻撃的になっているわたしと、それを「やだやだ」って思いながら眺めているわたし。二重人格。
「なんか、遠野さんとケンカしたの?」
「ケンカなんかじゃないよ。彼が一方的にわたしをフっただけ」
自分で言っていて「そんな言い方しなくても良くない?」って思うんだけど、多重人格モードになっているわたしは、わたしを止めることができない。
「遠野さんがね、『七海ちゃんと連絡が取れなくて困ってる』って。話ぐらい、聞いてあげたら?」
「彼と話すことなんかない。だって、わたし……捨てられたんだよ?」
ふいに涙が溢れてきた。木下さんの姿が滲んで、嗚咽が止まらなくなる。
「お願い、七海ちゃん。何があったのかをちゃんと教えて」
わたしより年下なのに、ずっと大人の態度で聞き手に回る木下さん。わたしなんか三十を迎えたのに、こんなに中身は子供で……。そんなことを考えていたら、涙が止まらなくなった。
「うん、理由は分からいけど、気持ちは分かるよ。つらかったんだよね」
木下さんがそう言って優しくしてくれると、わたしの何かが決壊した。
漏れ出ていた涙声が次第に大きくなり、自分でも驚くほどの声を上げて泣いていた。
木下さんはそんなわたしを抱きしめて、ずっとうんうんと頷いていた。
しばらくして落ち着くと、わたしは何があったのかを話した。レイ君が転勤になったこと。それによって彼がチェコまでお仕事で行くこと。それによって、わたし達は別れないといけないらしいこと。後は自分の悲しみと恨みつらみ。それは余計だったかもしれないけど、全部話さずにはいられなかった。
◆
「うん、だいぶ理解したわ」
木下さんの中で色々としっくり来たようで、困惑気味であった表情も落ち着きが戻っていた。それを混乱の極みにいるわたしに分析されたくはないだろうけど。
「七海ちゃん、最初に落ち着こうね。まずね、遠野さんは簡単に好きな人を捨てる人じゃないよ。分かるよね?」
「うん」
「彼は『君とはもう終わりだ』って言ったのかな?」
「言ってない……かも。でも、話の流れをみたら終わりじゃないの」
「気持ちは分かるけどさ、人の話は最後まで聞こうよ。いつも凡ミスする社員に自分で言ってるじゃん」
たしかに、仕事で凡ミスをされるとわたしの仕事が増えるので、他の社員が不注意なミスをするとそんなことを言って釘を刺してはいた。
「もう一回遠野さんに会ってみなよ。まだ話の続きがあるかもしれないじゃない」
「無理だよ……。あんな別れ方をしたし、お店でも騒ぎを起こしたし、きっとレイ君はわたしのことなんか嫌いになっちゃってる……」
「はあ」木下さんは面倒くさそうに溜め息をつく。
「あのさあ、もう中学生じゃないんだからさ、それぐらい謝れるようになろうよ」
割とマジなテンションで説教される。
しごく真っ当なダメ出しなんだけど、状況が状況なだけにグッサリと胸に突き刺さった。
「遠野さんだって大人だよ? そりゃ気分は害しているだろうけどさ、何をしたって手遅れってほどの状況じゃないと思うの」
「うん」
「それとも何? このまま意地を張り通して本当に別れちゃうつもり?」
「……」
「それなら、わたしが彼のことをもらっちゃってもいいかな? ヨーロッパで暮らすのも悪くなさそうだから」
「そんなの、だめだよ!」
思わず大きな声が出た。「しまった」という思いで、椅子に座り直す。木下さんがニヤニヤと笑っていた。
「冗談だよ。今、遠野さんを取ったら、あたしきっと七海ちゃんに刺されちゃう」
木下さんが笑った。ギリギリのラインを攻めている気がしないでもないけど、不思議と腹は立たなかった。
「ふ」
わたしが軽く噴き出すと、木下さんが目ざとくそれを見つける。
「あ、七海ちゃんが笑った」
「だって、それで刺したら、わたし最低な女じゃん」
「そうだね。その流れで刺されたらたまらないね」
そう言うと、木下さんが笑った。釣られてわたしも笑いはじめた。一度笑い出すと止まらなかった。さっきまでの空気が嘘みたいに、わたし達はしばらく大笑いした。
しばらく笑ってから落ち着いた。笑いには治療効果でもあるのか、さっきまで地獄の底みたいだった気分が和らいだ。
「あーおかしい。こんなに笑ったの、久しぶりかも」
「わたしも。こういう風に笑ったのは高校生の時以来かも」
「……気持ちは、持ち直した?」
「……うん。ありがとう、羅魅亜ちゃん」
「あ、昇格した」
「何が?」
「あたしのこと、いつも苗字で呼んでたもんね」
そうかも。たしかに、羅魅亜ちゃんと呼んだのは初めてかもしれない。
「せっかくあたしが七海ちゃんって呼んでも、肝心の七海ちゃんはずっとあたしのことを『木下さん、木下さん』って呼ぶからな~。同僚としては見てくれても、友だちとしては見てくれていないのかな~なんて思ってたんだよね」
「そんなことないよ。羅魅亜ちゃんはずっとわたしにとって大事な友だちだよ」
そう言うと、羅魅亜ちゃんは「ふふふ」って笑う。
「ありがとう。あたしにとっても、七海ちゃんは大切な友だちなんだからね。憶えておいてよ?」
「うん」
「で、遠野さんが送ってくれたLINEがあるはずなんだけど、それを見てくれるかな?」
言われてスマホを見ると、LINEの通知が何十件も入っていた。70%ぐらいはレイ君で、あとは羅魅亜ちゃんだった。
メッセージをスクロールすると、レイ君は怒りの言葉ではなく、わたしにちゃんと話をしたい旨のメッセージを何度も送っていた。
最後の方なんかは「頼む」って書いてあって、なんだか申し訳ない気持ちになった。こんなに大切に想ってくれている人を傷付けて、わたしは何をやっているんだろうと思う。
じっとメッセージを眺めるわたしに、羅魅亜ちゃんが声をかける。
「見たら分かると思うけど、遠野さんは七海ちゃんのことが大好きなんだよ。これだけ気にかけてくれる人が、あなたより仕事の方が必要なわけないじゃない」
「……そうだね」
そうだ。全く羅魅亜ちゃんのおっしゃる通りだ。わたしは自分が傷付いたことばかり考えて、それ以上のものを見ようとしていなかった。
あの時、レイ君は何を言おうとしていたんだろう?
「訊いてみるしかないんだじゃない?」
わたしの心境などお見通しとでも言うように羅魅亜ちゃんが言う。
「でも、これだけ彼を傷付けて、わたし、どんな顔して会いにいけばいいのか……」
言っていて涙が出てきた。自分の愚かさを呪いたくなる。わたしはこれだけ自分を大切にしてくれる人を傷付けた上に、人前で侮辱した。今さらどんな顔をして会いに行けって言うの?
「だからさ、その悲劇のヒロイン風のムーブをやめなって」
羅魅亜ちゃんが呆れるように言う。
「まあ遠野さんも不器用な人だけどさ、七海ちゃんもかなり面倒くさいよね」
「えっ……」
羅魅亜ちゃんは容赦無い。
「だってさあ、これだけメッセージを送ってるのに無視されたら、普通は『もう終わったな』って思うよ。それでもストーカー認定されることも恐れずにこうやってコミュニケーションを取り続けようとするっていうことは、それだけ七海ちゃんのことが好きだってことじゃん」
「そう、なのかな……?」
「そうだよ。少なくともあたしの知っている遠野さんは不器用過ぎるぐらいまっ直ぐな人だし、だからこそあたしには合わないのかもって引いた部分もあるんだよね。でも、間違いなく言えることだけど、ここで遠野さんを逃がしたら、七海ちゃんと付き合える人なんて今後いないよ」
言われて密かにガーンときたけど、正直返す言葉が見つからない。
「七海ちゃんだって遠野さんのことが好きなんでしょ? だからこんなに沈んでいるし、明日にも自殺しちゃいそうな顔だってしてるんじゃん」
「……うん」
「だったら一回ぐらい腹を割って喋ってみなよ。彼はそんな変な駆け引きをする人じゃないから、誤解を解くぐらいはしておくべきだと思うよ。何よりも、自分自身のために」
「わたし自身の、ために……?」
そうだ。たしかにわたしは最後まで話を聞かず、レイ君の心境や決断を早合点で決めつけた。
本当はもっと納得のいく続きがあったのかもしれないのに、それを説明する機会さえ与えずに、わたしは勝手に幕を引いてしまったのだ。
もしレイ君の話に続きがあったなら、こんなに理不尽で納得のいかない結末はなかったのかもしれない。
……少なくとも、わたし達はちゃんとピリオドを打つ必要がある。今は二人とも宙ぶらりんになっている状態。このまま別れの日が来たとしても、この先ずっと続く地獄みたいな喪失感と虚無が待っているだけ。
「羅魅亜ちゃん、わたし……」
羅魅亜ちゃんの表情が笑顔に変わりはじめる。その顔には「やっと気付いたか」とでも言いたげな要素があったけど。
「わたし、もう一度レイ君に会ってみる」
「そうだね。そうしよう」
ふいに涙がこぼれ落ちてきた。今日のわたしは泣いてばっかりだ。
「じゃあ七海ちゃん、今日会おう、遠野さんと」
「え? 今日?」
「うん。善は急げって言うし、遠野さんも心配しているだろうから早く会ってあげな。日曜だしね」
「そうか。そうだね」
わたしはLINEでメッセージを送る。すぐに既読がついて、レイ君から返事がきた。
この前の振る舞いについて謝罪をした。レイ君は少なくとも文字上では怒りをみせず、わたしの謝罪を受け入れてくれた。それからまた二人で会うことになった。
「まだ、話には続きがあるんだ」
そうだろうねって思ったけど、その続きって何なんだろうか?
ただ、わざわざ会って話すようなことなんだから、それなりに理由があるんだろう。だからグッと堪えて、内容については訊かないようにした。
レイ君と夕食のアポイントを取った。そこで今後について話し合うことになる。今度は興奮してお店ごと地獄に突き落とすような振る舞いは慎まないといけない。次に同じことをやればもうチャンスは無いだろう。
「決まったよ」
そう言うと、羅魅亜ちゃんがガッツポーズする。
「すごいじゃん。今度はやらかしちゃだめだよ?」
軽くイジる感じで言われる。
そうだよね。今度は本当に、前向きな話だけをしないと。前回の失敗は思い出すだけで死にたくなるぐらい恥ずかしいけど、次は絶対にそんな失敗はしない。
待っててね、レイ君。
次はどのような結末が待っていたとしても、わたしは最後まで見届けるから。
夜の再会に向けて、わたしは密かに誓いを立てた。
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