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シオン=レシグナ
【1】秒で諦めること、流水のごとく。
しおりを挟む私の名前はシオン=レシグナ。レシグナ子爵家の四女。
特技は降りかかった物事全てを秒で諦めて、受け容れること。
「シオン! シオン=レシグナ!」
神経質な声に顔を上げると、頬を強く打たれた。
「呼ばれたら直ぐに返事をしなさい、この愚図!」
「申し訳ありません、お義母様」
じんじんと痛む頬の存在を無かったことにして、義母の話を聞くことにした。
「夜会に行くわ。支度をしなさい」
「かしこまりました」
義母がぞんざいに投げ渡した私用のドレスは、当たり前のように薄汚い。
「いいこと? 今回の夜会には国王陛下もいらっしゃるわ。くれぐれも恥をかかせないでちょうだい!」
「かしこまりました」
ドレスを抱えて部屋を辞する。
自室である物置部屋へ向かう道すがら、義姉たちに遭遇する。
「やだ、雑巾が歩いているわ。掃除の時刻はとっくに過ぎているっていうのに!」
「だらしがない雑巾ね。捨ててしまいましょうか?」
「良い考えだわ姉さま! 要らない雑巾はゴミ箱へ!」
頭を掴まれて引き摺られる。
連れて行かれた先は宣告通り、ゴミ箱だった。
「きゃははははは!」
嗤う声が遠ざかるのを待って、突き込まれたゴミ溜めから顔を引き抜いた。
気を取り直して自室に戻る。幸い、ゴミ溜めのすぐ隣に我が自室は存在する。
服を着替えて形ばかりのドレスを身に纏い玄関へ赴くと、両頬と頭を何度も叩かれた。
「遅いわよ愚図! 遅れたらどうするの!?」
「申し訳ありません」
義母の怒声が響く中、義姉たちの嘲笑がハーモニーを奏でる。
愉しそうで何よりだと思う。
辿りついた先、王城の夜会が行われている大庭園に着くや否や茂みの中へ押し込まれた。
「遅れた罰としてここで大人しくしていなさい!」
「かしこまりました」
座り心地の良い場所を探してゴソゴソと茂みの中を移動する。
やがて茂みを抜けた先に居たのは。
「なんだお前? かくれんぼか?」
綺麗な噴水の傍で、葉っぱに塗れた私を見て目を丸くする綺麗な男だった。
「俺はアロー=ガンシア。お前は?」
「シオン=レシグナと申します」
「ふうん。お前、レシグナ子爵のところの妾腹か」
「はい。ガンシア様は公爵家の御方ですよね」
「そうだ。特別に俺のこと、アローって呼んでいいぞ!」
呼んでいいと言うが、正しくは呼べという意味だ。
「身に余る光栄ですアロー様」
「そうだろう、そうだろう!」
鼻高々に言っている彼の姿は、何だか眩しかった。
「アロー様はどうしてこちらに?」
「俺は美しいだろう? 誰もが俺の美しさを前にして霞んでしまうものだから、空気を読んで独りになってやったのだ」
つまり疎まれて遠ざけられたということか。
何という前向き精神。恐れ入る。
「アロー様はお優しいのですね」
「そうとも! だからお前も遠慮なく俺を敬うといい!」
「かしこまりました」
愉快な人だなと率直に思った。
自然と笑みが浮かぶ。
「なんだお前、そんな風に笑えるのか」
物珍しげに私の顔をまじまじと見つめるアロー様の目は輝いていた。やはり眩しい。
「気に入った! お前、俺の側仕えになれ!」
「かしこまりました」
しまった、つい反射的に返事をしてしまった。
こんなところで公爵家の跡取りの側仕えに勝手に任命されてしまった。
義母にバレたら間違いなく半殺しにされる。いや、下手をすれば殺されるか。
────それでもいいか、だなんて。しょうもないことを考える。
数日後、処刑宣告を今か今かと待っていた私の下に届いたのは、アロー様との結婚成立のお話だった。
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