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第2話「娯楽」

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 あれ以来、朝食どころか食事は全て自室で食べている。
 旦那様(仮)は家を空けることが多いので、こっそり食べることも可能ではあるが、バレたら今度こそ殺される。食堂には、二度と足を踏み入れられそうにない。



 要らない子。私は要らない子だ。
 でも、そう思っていても苦しいだけだって、ちゃんと分かっているから。
 だから、楽しいことだけを考えるようにしている。

「奥様、何をしていらっしゃるのですか?」

 メイドさんが不思議そうに私の手元を見ている。

「……絵を、描いてます」
「まぁ、奥様は絵描きですの? 見てもよろしいですか?」
「でも、あんまり、上手じゃない……」

 優しい笑顔のメイドさんに強請られて、渋々と絵を見せる。

「まあ! 素敵ですわ!」

 目をキラキラさせて、私の絵を見ている。
 喜んでくれている、らしい。

「奥様、他にも見せて頂きたいです!」

 メイドさんに頼まれるまま、溜め込んでいたラクガキをたくさん見せた。
 どれを見せても嬉しそうに笑ってくれて。欲しいとまで言ってくれて。
 飾りたいと言ったときにはさすがに全力で止めたけれど。

 ────嬉しいな。楽しいな。

 描くだけで満足するはずだったのに、想定外のことまで起きてしまった。嬉しい誤算である。

「奥様の絵、大切に致しますね!」




 後日、部屋にメイドさんたちが大集合した。

「私どもも奥様の絵が欲しいです!」

 詳細は省くけれど、とにかく大変なことになったことは察してほしい。





「嫁ちゃん、絵を描くんだって? どんな絵を描いてるの?」
「ずるいわずるいわ。私たちも嫁ちゃんの絵が欲しいわ」

 そうこうしている内に、義父(仮)と義母(仮)まで来てしまった。

「お、お花の、絵です」
「お花!」
「あらやだ可愛いじゃない!」

 白状しつつ絵を見せると、飛びつかれた。

「メイドたちが言っていたことがよく分かるな~」
「ええ、ええ! 可愛いわ! 素敵だわ!」

 褒め過ぎである。

「馬鹿息子には見せた?」
「馬鹿息子には見せなくていいんじゃない?」
「み、見せられないです、こんなの」

 恥ずかしいし、下手をすると取り上げられそうだし。

「うんうん。嫁ちゃんが見せたくないならいいんだよ」
「そうよそうよ。見せる必要なんてないわ」

 優しく優しく、頭を撫でられる。思わず泣きそうになった。





「おい」

 滅多に部屋を訪れない旦那様(仮)が、突然現れた。

「ひぃ」

 こぼれ落ちた悲鳴は、なるべく声を落としたので拾われなかった。

「お前、何かしてるだろう」
「してない、してないです」

 ふるふると必死で首を振るけれど、旦那様(仮)は部屋を物色し始めてしまった。

「どこだ? お前の描いたとかいう絵は」

 バレバレである。

「か、描いてない、です。絵なんて、ないです……!」

 それ以上部屋に居られなくて、絵が見つかってしまう前に逃げることを選んだ。

「あ、おい待て!」

 部屋から抜け出して、走って逃げた。
 そうしたら、旦那様(仮)が追って来てしまって。恐怖が倍増した。

「いやああああああああ!」
「奥様!?」

 泣きながら逃げていると、メイドさんに会った。

「助けて、助けて……!」

 必死で手を伸ばして胸元に飛び込むと、しっかりと抱き止められた。

「一体どうし……」
「そいつを寄こせ」

 後ろからドスの利いた声が聞こえる。

「まあ、旦那様。一体どうしたのです?」
「コイツが絵を描いてるっていうから、確かめに行ったんだ。そしたら逃げやがって!」

 怒っている。
 生意気な態度を取ったから、怒っている。

「見るくらい別にいいじゃねぇか! なんで逃げんだよ!」
「旦那様、奥様が怯えていらっしゃいますわ。少し声を落として下さいませ」

 メイドさんはぽんぽんと、私の背中を優しく叩いてあやしてくれる。
 私は赤ん坊か。

「奥様、旦那様にも絵を見せてあげましょう?」
「い、いや、です」
「ああ!?」
「ひぃっ」

 怒声が聞こえて身体が竦む。

「なんで他は良くて俺は嫌なんだよ! ふざけんな!」
「だ、だって」
「だってじゃねぇよ! さっさと見せろ!」
「あ……!」

 メイドさんから引き剥がされ、とうとう旦那様(仮)に捕まる。

「た、たすけ」
「奥様、旦那様にもどうか絵を見せてあげてくださいな」

 御達者で~と手を振るメイドさん。助けてくれないらしい。
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