俄雨の恋

六十月菖菊

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エピローグ リヴィニとフィアルカ

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 血の匂いがする。
 夜の廊下を進んできた私は、漂って来たそれに心を躍らせる。

 ────もうすぐだ。

 もうすぐで、彼に逢える。






「こんばんは」

 闇の中、血塗れになった彼に呼び掛ける。

「……」

 紫眼がこちらを見た。
 肉塊から口を離して、のそりのそりと近付いて来ようとしている。

「結局分からなかったことがあるんです」
「……?」

 動きが止まった。話を聞いてくれるらしい。

「私、美味しかった? それとも不味かった? 気になって仕方が無くて、死のうにも死ねませんでした」

 だから教えてください。
 そう訴えると、彼は身体をびくりと震わせた。

「…………」

 黙り込んでしまった彼に、思わず落胆してしまう。

「……やっぱり、美味しくなかったんですね。だから残しちゃったんですよね」

 夢の中の彼はいつも中途半端に、私を食べ残していた。
 つまるところ、美味しくなかったんだろう。
 少し残念に思うが、仕方が無い。

「私、あなたに言いたいことがあるんです」

 こちらへの歩みを止めてしまった彼の代わりに、私の方から足を踏み出す。
 そして、告白した。

「フィアルカ、あなたが好きです。初めてお逢いしたあの時から、ずっと」


 想いを告げた次の瞬間、彼の腕が伸びた。
 私の身体を引き寄せて、腕の中へと収められる。

「────リヴィニ」
「はい」

 私の名前を呼んだその声は涙で滲んでいた。

「好きだ」
「はい」
「オレを置いて逝くな」
「はい」
「もう、あの毒は飲むな」
「はい」
「オレは、リヴィニを二度と喰わない」
「不味いですもんね」
「違う」

 抱き締めている腕の力が増した。

「リヴィニを喰っても、悲しいだけだ」
「……そうですか」

 自分のことばかりで、彼の気持ちについて何も考えてこなかった。
 だって、怪物である彼が自分を好きになるだなんて、予想できるわけが無い。

「リヴィニ、リヴィニ……好きだ」
「私もあなたが大好きですよ、フィアルカ」

 俄雨の音を遠くに聞きながら、すっかり泣き虫になってしまった怪物を抱き締め返したのだった。








 王宮勤めを辞退し、田舎へと戻った。
 久しぶりの我が家に入るや否や、待ち構えていたフィアルカに捕まってしまい、荷解きをする間もなく寝台へと引き摺りこまれた。
 何度も死を繰り返したおかげで痛みには慣れていたが、過ぎた快楽も毒になるのだと思い知った。
 事後、人間の抱き方なんてどこで習ったのかと純粋に疑問に思って尋ねると、森の奥に住まう青い魔女から教えてもらったのだと答えられた。

「子ども、できるらしい」

 フィアルカは嬉しそうに私のお腹を触っていた。

「欲しかったの?」
「リヴィニとの子ども、いっぱい欲しい」

 大きな口を頬に擦りつけて喉を鳴らす。
 可愛いひとだと内心で悶えて、私からも擦り寄った。









 リヴィニがその後の人生で、繰り返しの生を体験することは無くなった。
 彼女は怪物フィアルカとの間に多くの子どもを授かった。
 老いてその生涯の幕を閉じるまで、フィアルカと添い遂げたという。















 観客席からパチパチと、乾いた音の拍手が鳴っている。

「────めでたしめでたし、ハッピーエンドってな?」

 たった一人、観客席に居た青い髪の少女は、ひどく満足そうに嗤って席を立つ。

「いやぁ、実にイイ寸劇だった。こんなに面白おかしく嗤ったのはいつ振りだろうなぁ?」

 ケラケラと軽薄に嗤い、少女は劇場を後にする。
 バタンと扉が閉まり、舞台にも観客席にも、誰一人として存在しなくなった。
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