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第5話 認められない恋
しおりを挟む怪物──── フィアルカは、私を殺さずに家へと帰した。
ご丁寧に、家の前まで送ってくれたのである。
まるで人間の男が、恋人を送るかのごとく。
「なぁ」
「なんですか」
「てめぇの名前は?」
「……」
私は迷った。
私達の関係がまだはっきりとしていないのに、何でもかんでも教えていいものなのだろうかと。
「……教えたら、殺してくれますか」
悩んだ末、そう持ちかけた。
正直まだ生きていたいとは思っていなかったし、この繰り返しを終わらせるための試みも諦めてはいなかった。
彼は花の名前を聞きたかっただけ。名前を教えた時点で、私の役目は終わっている。
私はもう、彼にとって要らないものだ。
食べたければ食べたらいい。殺したければ殺したらいい。
私はむしろ、それを望んでいた。どうせ死ぬなら、彼に殺されたいと。
────惚れた弱みというやつだった。
「なんで?」
それなのに、フィアルカは首を傾げた。
どうして自分がそんなことをしなければならないのかと、本気で疑問に思っているようだった。
私は残念に思った。
こうなるくらいだったら、名前なんて付けるんじゃなかったと後悔すらしていた。
そして、名前を教えることも嫌になってきた。
「……嫌なら良いですよ。教えません」
「名前くらい良いだろ? もったいぶらずに教えろよ」
「逆に聞きますけど、どうして私の名前を知りたいんですか? 必要無いでしょう」
用済みである私の名前なんて。
「ああ? 必要に決まってんだろ」
「え? そうなんですか?」
驚いた。どうやら私はまだ必要とされているらしい。
「私で良ければ、あなたのお役に立ちたいとは思いますが……一体、何をお望みですか?」
まだ彼の役に立てることがあるのだと思うと、胸が躍った。
できることならば、何でも協力してあげたい。
しかし、彼の答えは予想外に過ぎた。
「だから名前教えろ。呼ぶときは名前の方が良い」
「…………」
絶句した。
怪物の口から出た、真人間のような台詞に鳥肌が立った。
「……リヴィニ、と申します」
「リヴィニ、リヴィニな。よし覚えた」
覚えなくても良い。どうせ直ぐ忘れるから。
「じゃあなリヴィニ。また明日来る」
「……さようなら、フィアルカ」
家の扉を閉め、鍵を掛ける。
全身ずぶ濡れのままだったから、とても寒い。
ふらふらとした足取りで寝室へと向かい、棚へと収めていた薬箱を取り出す。
「大丈夫、次こそは」
使い慣れた毒を取り出す。
私の好きな花の種子と根茎で作った、私のための毒。
「自分から名乗ったりしない。名前も呼ばない。だから許して」
独り善がりの恋を許して。
「この恋を、諦めさせて」
認めたくない。認められない。こんな醜い恋心は、手放すべきだ。
「さようなら、フィアルカ」
怪物に一目惚れした。
大好きなあの花と同じ、紫眼に恋をした。
でも、私は怪物にとってただの肉でしかなくて。
分かっていたつもりでも、それがとても悲しくて。
だから恋を諦めた。
諦めて、せめて遭わないよう努力したのに、それすらも許されなかった。
もう、どうでもいい。
今回はおそらく事故だ。
偶々繰り返しのぼんやりとした記憶が残っていた彼が、「花の名前を知りたい」などという、自分の中のわだかまりを解消するべく行動した。それだけのことだ。
今まで通り、私は死のう。彼が望むなら喜んで殺されよう。
────ああ、そう言えば。
私の肉は不味そうだと言った彼から、一度も味の感想を聞いていない。
彼に殺された結末の中で、彼は私を美味しく食べてくれたのだろうか。
あの大臣の死骸みたいに中途半端に残さず、ちゃんと最後まで平らげてくれたのだろうか。
────そうだったら、嬉しいな。
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