俄雨の恋

六十月菖菊

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第3話 最初を振り返る

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 原点に戻ることにした。
 もしかすると、あの状況ならば────あの日、あの場所の近くにいれば。
 そこにいると分かり切っているのであれば、避けられるかもしれないと。


 初めのやり直しからずっと避けていた王宮勤め。
 久しぶりの業務であっても何度も繰り返した生のおかげか、以前よりも効率的に仕事ができている気がした。

「リヴィニ女史」
「宰相閣下」

 後ろから声を掛けられて足を止めた。
 あの頃と全く変わらない姿の宰相閣下や他の同僚達を見ると、この繰り返しはやはり現実なのだと思い知らされる。

「お疲れ様。今日はもう終わりかい?」
「ええ。このまま部屋に戻ります」
「良かったら食事でもどうだ? 城下にお勧めの店があるんだが」
「お誘いありがたいのですが、明日は早朝の出仕ですので……」
「そうか……またの機会に誘わせてもらうよ」
「はい、ありがとうございます」

 宰相閣下と別れて、部屋へと戻るべく人気の無い廊下を歩く。
 日は落ちて、辺りはどんどん暗くなってきている。

「……ああ、嫌だ。まただわ」

 今日は、あの日ではない。
 だから別に警戒しなくても良いのだけれど。

「毎日毎日、ずっとこんな調子。いい加減、気を付けないと……」

 目の前に伸びる、灯りの点いていない一段と暗い廊下。
 あの怪物と初めて遭遇した、問題の場所。
 知らずの内に足がここへと向いてしまうことに、焦燥は日々募るばかりだった。





 とうとう、あの日がやって来た。
 私は枕元に、即効性のある睡眠薬を用意していた。
 今までの経験上、部屋に籠っていてもあの怪物とは遭遇するのだが、どうにかして遭いたくない私は眠ることへ逃げることにした。
 あの日と同じように、大臣の呼び出しは完了している。
 あの場所、あの時間に怪物に遭遇するのは大臣であり、喰い殺されるのも大臣。
 私はここで、深い眠りについているだけで良い。
 万が一この部屋にあの怪物が現れたとしても、不味そうだと言って通り過ぎてくれるだろう。
 初めて遭った、あの時のように。



 夜が更け、粉末状のそれを水と共に喉へ流し込む。

 ────今回も駄目だったらどうしよう。

 一抹の不安が過ぎるが、直ぐに襲ってきた眠気のおかげでどうでも良くなる。
 寝台へと横になって目を閉じれば、あっけなく意識は落ちた。





 夢を見た。
 紫色の花々が咲いている花畑で、私は花冠を作っていた。
 生憎と不器用な私の技量では、美しくもない仕上がりとなってしまったが。
 それを頭に乗せてやると、「     」はとても喜んだ。
 鼻先を私の頬に擦りつけて、上機嫌に喉を鳴らした。まるで猫のようだ。
 そんなに嬉しいのかと問うと、大きく頷いた。
 あまりにも幸せそうに「     」が笑うものだから、普段は笑わない私もつられて思わず────。






 ────痛い。

 激痛で目が覚めた私の目に、信じられないものが映った。

「な……んで……」

 思わず泣いた。恥知らずにも泣いた。
 痛くて、痛くて、痛くて────私の首に喰らい付いている怪物に向かって、今の今まで我慢していた言葉を溢してしまった。



「私はどうして────あなたに恋してしまったの?」



 暗闇の中、私に伸し掛かっていた怪物の紫眼が大きく開いた気がした。

「……てめぇ、誰だ?」

 首から口が離れたけれど、もう遅い。
 突き立てられた牙で裂かれたそこからは大量の血が流れ出ている。

 ────今回も、やっぱり駄目か。

「おい」
「……わたしは、リヴィニ」

 気まぐれで教えた名前を、もう一度告げる。

「あなた、は、フィア、ルカ」

 ここに、あの紫色の花は無い。

「フィアルカ?」
「そ、う。……フィアルカ」

 私があげた、あなたの名前。
 どうせすぐ元に戻ってしまうなら、今だけでも認めさせてほしい。

「わたし、の、すき、な…………」

 薄らと微笑んで、瞼を落とす。
 遠くなる意識の中、誰かが必死に名前を呼んでいた気がした。
 けれどもう、どうでもいい。
 もうどうにもならないと、思い知ってしまったから。
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