俄雨の恋

六十月菖菊

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第2話 炎天下の遭遇は不愉快極まりなく

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「あ」
「あ?」

 燦々と陽光が突き刺さる花畑に、怪物が白昼堂々と存在していた。
 明るいところで見ると、ますます凶悪な見目をしてると思った。
 口と腕は大きく、牙も爪も鋭い。獲物を噛み砕いたり、切り裂いたりするのに使うのだろう。
 引き摺っている太い尾で薙いでしまわれたら、きっと骨なんて簡単に折れて死んでしまう。
 しかし何よりも恐ろしいのは紫眼だ。あの眼で見られてしまったら私は────。

「何だてめぇ」

 唸り声が聞こえてきそうな怪物の声で我に返り、そして鼻で笑った。
 怪物の機嫌がすこぶる悪くなったのを空気で感じ取る。

「今オレを笑ったか?」
「ええ。あまりにも警戒しているから」

 クスクスと嘲笑してみせる。
 勿論わざとである。私は、この怪物を怒らせたかった。

「死にたいらしいなぁ、ああ?」
「…………ええ。死にたいので、殺して頂けませんか?」

 作り物の嘲笑を完全に消し、真摯に願い出る。
 怪物は虚を突かれたように目を大きく開いて私を見つめた。

「イカれてんのか女。殺してバラして喰い尽くすぞ」
「別に良いですよ。死ねるなら後はどうなろうが構いません」

 ああ、でも。

「私、不味いらしいので。食べるのはあまりお勧めできませんね」
「ああ? てめぇ、他の奴らに喰われたことあんのかよぉ?」

 のそりのそりと怪物が近付いてくる。

「いいえ。ただ、初対面で不味そうだと言われました」
「味見もせずにか? 馬鹿だなぁソイツ」

 腕を掴まれて、私は密かに覚悟を決めた。
 この感覚は、覚えている。
 次の瞬間にこの腕は無くなってしまうだろうと、言われずとも予測できた。

「……おい」
「はい」

 ぐい、と引かれて前につんのめる。
 バランスを崩した私の身体は、図らずも怪物の巨体に受け止められた。

「…………てめぇ、誰だ?」

 至近距離で問われたそれに、一瞬だけ言葉を忘れた。
 次いで湧いてきたのは「期待」だったが、理性を総動員して抑え込む。

「何者でもありません。食べないんですか?」
「…………」

 信じられないことに、怪物は戸惑っているようだった。
 私としては、何の後腐れもなくパックリといってほしいのだけれど。

 ────駄目、期待してはいけない。

 密着した身体に反応して高鳴りそうになる忌々しい感情を、押し殺す。

「やめた。てめぇ、怪しい」

 パッと離されてしまった私の腕を、未練たっぷりに見つめる。あと少しだったのに。
 悔しくて仕方が無い。やり場の無い感情が、溢れ出る。

「…………何も覚えてないくせに」
「あ?」

 怪訝な怪物の声を無視して、私は踵を返してその場から逃げ出した。
 ひどくみっともなく、惨めな気分だった。



 その夜、酒に溶かし込んであおった毒は、今までで一番苦く感じた。
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