俄雨の恋

六十月菖菊

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第1話 繰り返される生

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 どうあっても認めたくない。
 その一心で、私はあの俄雨を見た後に部屋へ戻り、毒をあおって死んだ。
 我ながら潔い死に方だったと思う。それなのに。

「……」

 私は再び、「私」として生きていた。
 時間が遡り、過去の「私」として。

 ────もしかしたら、今まで見ていたもの全てが夢だったのかもしれない。

 そうであるならば、あれは予知夢か何かなのだろうか。
 冗談ではない。誰があのような獣畜生に恋してたまるか。



 夢か現実かはさておき、私はやり直しをするべく行動した。
 未来の「私」は王宮に仕えていた。
 あの日も仕事のため、待ち伏せていた大臣を処分するべくわざとあの道を通った。そこであの怪物を見てしまった。
 思い出しただけでも腹が立つ。何をどうしたらあんな化物に心を惑わされるというのだ────自分で自分を罵りつつ、計画を練り始める。

「あの日、あの時間に、あの場所で居合わせなければ、あのような間違いはきっと起きない」

 第一の作戦として考えたのは職場の変更だった。



「…………」
「ああ? 何だてめぇ」

 それはこっちの台詞だと喚きたかった。

 私は王宮勤めを避け、農業を始めた。
 作物を育てるのはなかなか楽しく、王都から離れた地での悠々自適な生活は心を豊かにした。
 ここでならきっと、あの怪物に出くわすこともないだろう。

 ────そう思っていた時期が私にもありました。

 怪物はあろうことか、私が丹精込めて育ててきた畑の作物に喰らい付いていた。
 なんで、どうして。王宮での人食いはどうしたというのだ。というかこいつ肉以外も食べるのか。
 頭の中を巡る疑問符に目を回していると、怪物が私に近付いてきた。

「こんなところで人間の肉とは。ツイてるなぁ」

 ガシリと腕を掴まれた次の瞬間、引き千切られた。

「────────っっ!」

 声にならない悲鳴が喉から出た。
 尋常ではない痛みに襲われて、無くなった腕を押さえて地面をのた打ち回る。

 ────痛い、痛い、痛い!

 当たり前だ。当たり前じゃないか。
 アイツは怪物で、私は人間で。

 ────こうなることは、分かり切っていたはずじゃないか!

 私は呪った。自分を呪った。
 再び遭えたことに一瞬でも喜んでしまった自分を呪った。
 腕を引き千切られたことを悲しんでいる自分を呪った。
 そして、事切れた。



「…………」

 起き上がって呆然とした。

 ────また、遡っている。

 思わず引き千切られたはずの腕を確認したが、何ともなかった。しっかり私の身体に付いている。
 そのことに安堵の息を吐いた後、涙がぼろぼろと溢れ出してしまった。

 悔しい。簡単に未来を変えられると期待していた自分が、憎い。
 今度こそはと、思考を巡らせる。
 あの怪物との遭遇を、何としてでも回避するために。









 それから何度も生を繰り返し巻き戻る度に、私の心はどんどん擦り減っていった。
 どんなに遠く離れた地へ行っても、遭わぬように部屋へ籠ろうとも。
 怪物は、必ず私の前に現れた。



 ────その度に、私は自害を選んだ。




「何だてめぇ」
「…………私はリヴィニ。あなたは?」
「はぁ? 何言ってんだてめぇ」

 何度目かも分からなくなった怪物との遭遇に全てどうでも良くなり、気付けば怪物に名乗っていた。

「怪物にも名前はあるのかと思ったけれど、無いの?」
「あるわけねぇだろ。頭イカれてんのか」
「じゃあ勝手に呼ぶわね。フィアルカ」
「フィアルカ?」
「植物の名前よ。そこに生えてるわ」

 怪物の足元に咲いている紫色をした花々を指し示す。
 花の名前を与えられて怒ると思ったが、怪物は予想に反して興味深げに花を見下ろしていた。

「へぇ、これフィアルカっていうのか」
「…………っ」

 ────あ、不味い。

 胸に込み上げる何かを知りたくなくて、知られたくなくて。
 怪物が花に夢中になっている隙を狙って、私は崖となっていたその場所から谷底へ飛び降りた。
 落ちていく中、崖の上から慌ててこちらを覗き込む怪物を見た。
 怪物のくせに、泣きそうな顔をしていた。

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