俄雨の恋

六十月菖菊

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プロローグ 認めたくない一目惚れ

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 一目見たとき、これは不味いと感じた。
 私にできたことと言えば、いつもの無表情を維持することぐらいだった。

「あ? 何見てんだ、てめぇ」

 ガラの悪い声に身震いをする。
 ぐちゃぐちゃになった何か。血に塗れた顔と手足。
 獰猛な光を湛えた鋭い紫眼が、私を射抜いた。

「ハッ、不味そうな女」

 私をじっくり観察した後にそう言い捨てると、どこからか現れた黒煙と共に消えた。

「……なに、あれ」

 呆然と呟いたその声に、残念そうな気配を自分で感じ取って嫌気が差した。
 認めたくなかった。認めたくなかったのに。

「最悪だわ。死んでしまいたい」

 直ぐに居なくなってしまった存在を「惜しい」と感じた、自分の心を抉り出したかった。
 握り潰してしまって、二度とそんな血迷ったことなんて考えられないように。
 しかしそれすらも嫌だと、考えてしまう自分が酷く醜いと感じた。

 ────これが、俗に言う一目惚れか。

 自覚できたことが腹立たしい。
 今すぐ死んでしまいたい。

「……本当に死んでしまおうかしら」

 身体の震えは未だに止まっていなかった。
 死への恐怖か、あるいは。

「どちらにせよ、今は無理そうね」

 遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。
 異常事態に気が付いた衛兵達だろう。仕事が遅い。

「私はここよ。大臣が殺されたわ」

 ただの肉塊と化したそれは国の重鎮だ。
 あの侵入者によって事切れたそれは、私が偶々通りかかったことで中途半端に食べ残されてしまった。
 ただし可哀想だなどとは思わない。この男は私を辱める為に待ち伏せていたのを、私は知っていた。
 遅れてやって来た衛兵達に死体を任せて自室に戻ることにする。
 その途中、パラパラと雨音がして窓辺に寄った。

「……俄雨にわかあめね。もう止んでしまった」

 短時間で治まった強い雨を恨みがましく思いながら、再び足を進めた。
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