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【第2章】帝都にて

【第2話】皇帝は機嫌を損ねる

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「お久しぶりです伯父上」
「やあティア。元気そうで何よりだよ」

 ミゼルスは挨拶のタイミングを計りながら、初めて謁見した皇帝をじっくりと観察した。

(何この人、歳を取ってないんじゃないの)

 今年で40を迎えるというから、もう少し年老いた男性を想像していたミゼルスは内心で少し驚いていた。

「伯父上、紹介します。友人のミゼルスです」
「ミゼルス=マイアープ=アヴィメントと申します。此度の拝謁、大変光栄に思います」

 ティアブルに促されて淑やかに挨拶の礼を取れば、何故か皇帝が固まった。
 まじまじとミゼルスの顔を見つめ、思わずと言った様子で、その口からぽろりと言葉を落とした。

「……コタエ?」
「はい?」
「……あ、ああ、いや。何でもない。そうか、君がミゼルスか。いつもティアブルが世話になっている」
「……恐縮でございます」

 皇帝の様子を不審に思いながらも「まあ、ティアの伯父上だからな」と失礼極まりない見当をし、早々に会話を切り上げることにした。
 ミゼルスは自分が非社交的であることを自覚している。これ以上皇帝と話をしていても、表を繕っただけの最低限の礼儀作法では不敬罪に問われるだけである。

「ティア」

 小声で呼び掛けて目配せをする。
 すぐに意図を察したティアブルは皇帝に「では伯父上、また後程」と伝え、ミゼルスの腰に腕を回してその場から離れようとした。


「あ────っ!」


 突如、大声が響く。
 何事かとミゼルスがそちらへと目を向けたそのとき、真っ赤な何かがぶつかってきた。

「わっ!?」

 唐突の出来事に咄嗟の反応ができず、ぶつかってきた【何か】諸共、そのまま床に倒れた。

「ミゼルス!」

 ティアブルの慌てた声が聞こえる。
 しかし、ミゼルスは目の前にいる真っ赤な【何か】────もとい、真っ赤なドレスを身に纏った少女に釘付けだった。

「…………《知りたがり》ちゃん?」
「そうだよー! ひっさしぶりだね《人でなし》ちゃん! ていうか数世紀ぶり!」

 赤いドレスの少女はひどく興奮している。頬は紅潮し、黒目をキラキラさせてミゼルスを見ていた。

「……コタエ? 一体どうしたというんだ」

 呆然としていた皇帝が我に返り、少女へと近付く。平静を装っているが、少女へ声を掛けるその様子はどことなくぎこちない。

「あれ、アンくん居たの?」
「ミゼルス嬢と知り合いなのか?」
「ミゼルス? へぇ、今世は《ミゼルス》なんだ? 可愛い名前を貰えて良かったね!」

 興奮冷めやらぬ少女は軽く皇帝を蔑ろにしつつ更にミゼルスに迫る。肩越しに見えた皇帝の顔は引き攣っていた。

「……過程をすっ飛ばして好き勝手に聞きたがるところは相変わらずだね《知りたがり》ちゃん。ついでに聞くけど、君の今世のお名前は?」

 落ち着きを取り戻したミゼルスは彼女をやんわり剥がして自己紹介を促した。

「あっ、ごめんごめん! 会えた嬉しさでつい」

 全く悪びれることなく少女は立ち上がり、改めて名乗りを上げた。

「私は富士宮ふじのみや こたえ。今世でもよろしくね、《人でなし》ちゃん!」


 ◇ ◆ ◇


 俄に騒々しくなった会場をこれ以上混乱させないために、ミゼルスは答を伴って中庭へと出た。
 答たっての要望で二人きりで話をするつもりだったが、何故か後ろから皇帝とティアブルも付いて来ようとしたため、すかさず答がニッコリと笑みを浮かべて牽制をした。

「アンくん? 私、ミゼルスちゃんと二人で話がしたいって言ったよね?」
「いや、だがしかし」
「女性二人だけにするのは危険かと……」
「だいじょーぶだいじょーぶ! これでも護身術は心得てるから!」

 ────だから、ね?

 有無を言わせない圧力感を笑みに乗せる。

「安心してさっさと下がっててくれないかなぁ?」
「……………………分かった。何かあったら呼んでくれ」
「何かあっても呼ばないよ? 何言ってるの?」

 シッシッと虫を払う仕草をされて、皇帝とその甥は肩を落として去っていく。お前らそれでも皇族かと、ミゼルスも堪らず内心で苦言を呈した。

「さて、やっとお話ができるねミゼルスちゃん」
「《人でなし》でいいよ。何か違和感が半端ない」
「じゃあ《人でなし》ちゃん! ふふ、本当に久しぶり。元気にしてた?」
「まあそこそこかなぁ。《知りたがり》ちゃんは今世でも笑顔が眩しいね」

 ────感情の起伏が激しくなるに連れて笑みが深くなるところなんか、特に。

「ふふ、懐かしいなぁ。《権能持ち》は姿形が変わらなくて見つけやすいところが利点だと、私はいつも思うよ」
「そう? あ、そういえば気になってたんだけど、なんで皇帝と知り合いなの?」
「話せば長くなるよ?」
「いいよ別に」

 富士宮 答。黒髪黒目で、赤のドレスに合わせるように、頭に赤のレースカチューシャを着けている。
 彼女は自身が異世界からの渡り人であることをミゼルスに伝えた。

「お父さんが持ってるアーティファクトの中に逢瀬の鏡っていうのがあってね、その中に突き落とされてここに来ちゃったのがそもそもの始まり。こっちの世界でも逢瀬の鏡の所有者が居て、それがアンくん────つまるところ、アンズウェル=エマ=レディティム皇帝陛下だったんだけど」

 そこで珍しく疲れたような顔で、大きめの溜息を吐いた。

「なんか、気に入られちゃった。皇妃様に是非~とか言われても、世継ぎ産めなかったら意味無いよね?」
「うん、全くその通りだね」
「ねー? それなのに、アンくんてば諦めが悪い上に粘着質でさぁ。昨日の夜なんかも────」
「おっとストップだ《知りたがり》ちゃん。それ以上はいけない。内容はともかくこの物語は全年齢対象だ」

 危うく年齢制限になるところだ。

「つまりあれか、囲われていると」
「うん、そゆことー」
「それじゃあ噂に聞く皇帝陛下不能及び男色説の真相は《知りたがり》ちゃんに御執心だったからってワケかぁ~。何それくだらねぇ~」
「何その噂! ちょーウケるんだけど!」

 答はケラケラと笑い声を上げる。

「あー、笑った笑った」
「楽しそうで何よりだけど、もしかしてこの夜会に《知りたがり》ちゃん以外に《権能持ち》来てる?」
「普通に居るよ? ほら、さっき一緒にいた男の子。あの子のお父さんの弟さん────叔父さん夫婦とか」
「は? 夫婦? ……まさか、《蛇》と《羊》?」
「ぴんぽーん! すごいよね、二人どころか四人も揃ってる! こうなったら全員ここに集めちゃいたい!」

『やめろこの知識バカ』

 天の声と共に、きゃあきゃあとはしゃぐ答の真上に数冊の本が出現し、重力に従って彼女の頭に直撃する。

「いったぁー! ……あっ、これ欲しかった出禁本! くれるんですか? ありがとうございます《神様》!」
「さすが三度の飯より知識の《知りたがり》ちゃん。確かに知識バカだわ」

 頭を擦りながら天に向かって礼を言う答に呆れる。

「《権能持ち》が四人も揃ってるとか。つーかティアの叔父上が《蛇》なのか……厄介だなぁ」

 眉をひそめて考えに耽っていると、ガサッと茂みの揺れる音が聞こえた。

「ん?」

 音の出処を辿って中庭の入口に目を向け────二人分の碧眼とかち合った。

「…………」
「…………」
「…………」
「………………アンく~ん?」

 地の底を這うような、機嫌を最低値まで落とした声で答は皇帝を呼ぶ。しかしその顔は満面の笑みを湛えている。

 ────あ、これブチギレてる。

 ミゼルスは無意識に答から距離を取った。

「何をしてるのかなぁ~?」
「あ、いや、これは、その」
「ないわぁ~、女の子の会話をコソコソ盗み聞きとかないわぁ~」
「いやだから、えっと」
「あーあ、せっかく機嫌良くお話してたのに最悪~」

 答はわざとらしく大きな溜息を吐き捨てて、おもむろにパチンと指を鳴らした。
 すると、どこからともなくバサバサと羽音が聞こえてきた。

「ひぃっ!」

 反射的に、更に答から距離を取る。
 しばらくして音の主が可愛らしい声と共に、答の傍へと舞い降りてきた。その際にドスンと竹籠も同様に地面に落とされる。

「はいはーい、呼びました?」

 降りてきたのは翼人種ツバクラメ族の少女。
 鳥類を認識した鳥アレルギーの行動は早い。もう既に中庭にミゼルスの姿は無かった────つまりはその場から逃亡していた。
 そのことに答は気が付いていたが、特に気にすることなく、いそいそと竹籠に乗り込みながらツバクラメの少女にオーダーする。

「はぁいウィウィちゃん! 仏才国までよろしくお願いします!」
「合点承知~」
「ま、待ってくれコタエ! せめて一夜だけでも!」

 縋ってくる皇帝をガン無視して、竹籠は持ち上げられる。

「そこの顰め面くん!」

 竹籠の中から身を乗り出し、答はティアブルへと向けて声を張り上げた。

「悪いことは言わないから、ミゼルスちゃんはやめておいたほうがいいよー! 本当に悪いことしか考えてないからね、あの子!」
「…………知っている」

 答からの忠告に顰め面のまま頷く。

「だから……俺はこのままでいい。アイツがどれほどの《悪》でも、俺はアイツの傍にいる」
「……そっかぁ」

 ティアブルの返事に、答は満足気に微笑んだ。

「ありがとう。私の大切な────を、これからもよろしくね」

 ツバクラメは空へと高く舞い上がり、そのまま東の方角へと飛び去って行った。


 ◇ ◆ ◇


「コタエ────!」
「伯父上、うるさい」
「だって、だってコタエが!」

 空に向かって嘆く皇帝の姿は情けないほどに鬱陶しい。

「……おいミゼルス、居るんだろう。鳥ならもう行ったぞ」

 後ろの茂みに向かって声を掛けると、ガサガサッと音を立てて、先程自分たちが隠れていたところからミゼルスが這い出てくる。顔色は真っ青で、引き攣っていた。

「ふ、ふふふ……さすが《知りたがり》ちゃん。怖いもんなしかよ……あんなおっかない乗り物が移動手段とか……うぇっぷ」
「吐きそうか」

 口に手をやり吐き気を抑えているミゼルスの背を撫でる。ちらりとその腕を見ると、赤い蕁麻疹が浮き出ていた。

「吐きたければ吐けばいい。誰も見てない」
「いや目の前に居るんだけど、計二名……うぇぇ……」
「何故もっと遠くまで逃げなかった?」
「だって……会うの、すごく久しぶりだったんだ。ちゃんと最後まで見届けたくて、さ」

 具合が悪そうにしながらも、その顔はどこか嬉しそうだった。

「……友人、なのか」
「友人……そうだな、私とあの子は────」
「ミゼルス!」

 言葉の途中でふらりと身体が傾いでばたりと倒れた。
 地面に落ちる前に身体を支え、息を確かめるとか細いながらも呼吸をしている。
 そのことに安堵し、抱え直して抱き上げる。

「伯父上、ミゼルスを辺境伯殿に返してきます。今日はこのまま下がらせていただきます」

 皇帝からの返事は無い。
 泣きじゃくりながら未練タラタラにブツブツと「コタエ……コタエ……」と呟いている。
 それを冷めた目付きで一瞥した後、ティアブルは一礼を残してミゼルスと共に中庭を立ち去ったのだった。


 ◇ ◆ ◇


『……四人、四人か。全員が出揃うにはまだ時間が足りねぇな。まあ、一人はいつでも呼び出せるが』

 下界の様子を欠伸をしながら眺めてボヤく。

『ああ、時間が足りねぇ。最後のひとりが揃うときには、きっと終わっちまってるな』

 ────それでも。

『あの《人でなし》を止めるのは、やっぱりアイツだけだ。《知りたがり》でも、《蛇》でも、《羊》でも────ましてや《神》でもない』

 最後の一言だけは、やけに自嘲的に。

『……仕方ねぇ、様子見だな』

 諦観の声を聞く者は誰ひとりとして居ない。
 だから、ただひたすらに────《神様》と呼ばれるその存在は、らしくもなく祈る。


 ────何も起こってはくれるな、と。
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