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【はじまり】
しおりを挟む「こんなのが俺の婚約者? ……冗談だろう」
そう言って忌々しげに見下してきた初対面の男に、私は思わず。
「素敵……」
「は?」
うっとりと吐息を漏らして見惚れたのだった。
私の名前はスィエラ。スィエラ=ヴァルディスティ。しがない男爵家の三人兄妹の末っ子だ。
我がヴァルディスティ家は戦時中、国のために武功を立てたお祖父さまが国王陛下から男爵位と領地を頂き、お父さまの代に至る現在までつつがなく穏やかな生活をしている。
《血嵐》と呼ばれる程に恐れられたお祖父さま。今ではテラスでお祖母さまとティータイムをまったりと楽しまれる好々爺だ。
お祖母さまはどこか抜けていて、天然で可愛い人だ。お祖父さまが戦場で敵国の看護婦をしていたお祖母さまに一目惚れして攫って来たらしい。無理やり連れてこられたというのに、精神面へのダメージは見受けられない。嫌ではなかったの? と訊いてみるとにこやかに首を横に振られた。お祖母さまが幸せならそれでいい。
お父さまは学者だ。魔術の研究をしている。お母さまの談では大層な人嫌いだったらしいが、お母さまと結婚するために治したとのこと。お父さまはお母さま至上主義者だ。
お母さまは戦争孤児で、奴隷市場で売られていたところをお父さまに買われた。お父さま曰く、一目惚れして衝動買いしたとのこと。人嫌いゆえに距離感が分からなくて、初めは本気で嫌われていると思ったとお母さまは語る。私たち兄妹を生んでからも夫婦仲は絶好調だ。きっと死ぬまで添い遂げるだろう。
三人兄妹のトップ、お兄さまはお祖父さまに憧れて王立学院の騎士科に進学し、昨年見事主席で卒業された。今は王都の騎士団に入団し、日々訓練に明け暮れている。最近の成果を訊くと、盗賊のアジトを一つ壊滅なさったらしい。素晴らしい功績に称賛の言葉を贈ったが、お兄さまの顔色は今一つだった。理由を聞くと今回も出会いが無かったとのこと。私のお兄さまは少々不健全だが、早く運命の出会いが訪れると良いなと思っている。
二番目のお姉さまは、お祖母さまとお父さまを足して二で割ったようなお人だ。にっこりと笑いながら家族以外の他人を牽制する。人好きのする言葉遣いで、相手の腹を探っては敵味方を吟味している。コミュニケーション能力が高い人嫌いとは何か矛盾している気がするが、それがお姉さまだ。恐ろしく思うときもあるが、それはそれ。私にとっては大好きで大切な、優しいお姉さまだ。
そんな家族に囲まれて育った私に、特筆すべき点は無い。
お祖父さまからお父さま、お父さまから私に引き継がれた赤い髪と瞳。
可愛い系でも、美人系でもない。幸運なことに骨格に異常などは無いが、至って平凡な顔つきだ。
それでも幸せだった。何の変哲もない、穏やかな日々を愛していた。
あの男が現れるまでは。
ヴノス=トロキロス。トロキロス公爵家嫡男。私より二歳年上。
出会いは私の社交界デビューの日、公爵家で行われた彼の誕生日を祝うパーティーでのことだった。
両家当主は私たちを引き合わせ、出席者に私たちが婚約者であると紹介した。
「……父上、初耳ですが」
「うん、今初めて話したからね」
「勝手なことを……」
舌打ちの聞こえてきそうな不機嫌さで公爵さまを睨んだ後、彼は私を見遣る。
そして、冒頭の言葉を放ったのだった。
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