The Doomsday

Sagami

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Seam

0:過ぎ去りし日の記憶 継ぎ接ぐモノ

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2つの影が、薄暗い部屋で作業をしている。部屋には無数の紅い染みがついており、彼らを隔てる石台にも染み付いた色が落ちること無く残っている。痩せこけた老人と、若い少年、少年の目の下には隈が出来ている。少年の名はフルメストという。

(人間の定義とは一体何なのだろう)

老人とともに手を動かしながら、幾度と繰り返した問を自問する。力を入れすぎたのか腐汁が顔にかかる。布でそれを拭き取り作業を続ける。初めは吐き気を催したこの作業も少し慣れつつある。フルメストが行っている事、それは、人間だった肉塊の腑分け。必要な素材の剥ぎ取りであり、加工であった。

「まだ慣れぬか」

老人の瞳に僅かに感情が浮かぶ。フルメストが老人に師事して1ヶ月が経とうとしている。1ヶ月前、ちょうどこの真上、神殿都市の大神殿において洗礼を受けた。結果として、魔法の資格を得て魔法の師を選ぶこととなった。その時、フルメストは目の前の老人をその相手に選んだ。

「いえ、お気遣いなく。御師様」

老人は稀代の薬術師だった。自身も魔法使いであるだけでなく、魔法の触媒や霊薬と呼ばれる薬を作ることにおいて老人は比類なき技術を持っていた。老人はいつも人々に尊敬の目を向けられていて、フルメストもその高名を聞いていた。幼いころいつか老人のように人々の役に立つ人になりたいと言って、母を困らせたものだった。その時の母の困った表情の本当の意味を知らないまま、ただ、老人のようになりたいと望み続けてきた。

「正直なところ、お前が私の弟子となることを望んだとき断ろうとした」

老人は手を止めず、淡々と語る。薬品により所々変色した肌、色素の抜けた髪。健康的とは程遠い姿。いつかは自分もそうなるのだろうとフルメストは僅かに身震し、それが人のために尽くしてきた証と言い聞かせる。

「それは、私の出自のせいでしょうか」

肉を削ぎ落としている老人の手が一瞬止まる。その視線が、フルメストを捉える。

「この仕事は、この国に、そして殿に必要な仕事と考えております」
「だが、よりによって息子にこの仕事を継がせたいと思う親はおらんよ」

歳不相応に老けた父の言葉、フルメストは言葉を返す事が出来なかった。



神殿都市の大神殿には、フルメストが普段利用している研究室のと地上の間に地下神殿が存在する。大神殿の地上部と異なり、信徒にも平時には武装神官や神殿騎士でさえ入ることを禁止されている。その扉を一度閉めてしまえば、地下神殿の内側から出ることは出来ない。地下神殿へと続く扉の前で老人とフルメストは扉を見ていた。

「神殿騎士のバルドと申します」

スキンヘッドの若い神殿騎士が横に立ち槍を構えている。その切っ先は真っ直ぐに扉に向けられている。その先にあるものに対しての怖れからか切っ先が小刻みに震えている。

「ご苦労」

老人が神殿騎士を労い、扉へと視線を移す。地下神殿は時折異界との道を繋ぐと言われている。それは古い伝承だけの話のはずだった。そして、伝承の通り異界からの来訪者を外に出さないためにあるのが内側からは開かない扉だった。

「御師様は足がよろしくない、ここは私が」
「では、随伴いたします」

バルドを護衛にフルメストは地下神殿へと降りてゆく。地下神殿の中央には古びた魔法陣が描かれており、その中央には一組の男女の姿がある。男は血まみれで満身創痍、女は事切れて暫く経っているのか血の気の無い顔のまま微動だにもしない。

「君達はいったい」
「****」

フルメストの声に男が視線を向ける。聞きなれない言葉が返ってくる。男はバルドに拘束され、女の死骸は調査のために父に預けられた。

フルメストはその後のやり取りは覚えていない。ただ覚えているのは、この年フルメストは母を喪い、父がますます老いを深めていった事であった。



母の死から暫くたち、薬術師としてフルネストはその名を知られるようになっていた。その日、薬の素材の買い付けのため薄暗い地下を歩いていた。地下水路の一角に闇市が開かれている。フルネストは馴染みとなった露天で果実酒を飲みながら待ち合わせの相手を待っている。周囲で売られているのは盗品、禁制の品から、首輪をつけられた獣人まで様々なものが売られている。獣人の足元をネズミが駆け抜けてゆく。

「申し訳ない、遅れた」
「構わない、来たところだ」

バルドが革袋を手に横の席に座る。フルネストは革袋を手に重さを確認する。

「いつもより多いな、食うためとは言え乗り気でなかったはずだが」

そういって、いつもより多めの銀貨をバルドに握らせる。

「食い扶持が増えたから、四の五の言ってる余裕がなくてな」

スキンヘッドをポリポリと掻く。露天で頼んでいるのもいつもの酒ではなく水を頼んでいる。

「妻でも娶ったのか。私に贈られても困るかもしれんが、それならば祝の品でも贈らせてもらうが」
「いや、養女をな」

罰が悪そうな表情を浮かべるバルドに苦笑する。どこか人の良いこの男のことだ、面倒事を拾いこんだに違いない。

「御師様、大師匠様と姉弟子が首を長くして待っています」

フードをかぶった少女が足元にかけてくる。神殿から最近押し付けられた2人目の弟子、将来有望な魔法使いの卵。

「その子は?」
「私の2番目の弟子でな、そのうちお前とのやりとりはこの子に任せる予定だ」

一瞬、バルドは眉をひそめる。この場にはあまりに場違いのように思える。

「こんな子に?中身は知っているのか」
「霊薬の素材でしょう」

何の感慨もなく、少女が答える。それ以上は言う必要がないというように口元に指を当てている。フルネストとバルドは視線を交わし頷きあう。

「『』では、バルドだ、お嬢さんの名前は」
「『』では、マーシャと言います。よろしくお願いしますね」

2人のよく似た名乗り、似て非なるその意味の違いを知るものはこの場に居ない。



研究室の扉を開くとすえた鉄の匂い、慣れ親しんだ血の臭いが2人を迎え入れる。マーシャが小走りに革袋もって保管室へと駆けてゆく。

「御師様、おかえりなさいませ」
「ああ、戻った」

1番目の弟子が出迎えてくる。1番目の弟子の名はアロセスと言った。マーシャに比べると魔法の資質は劣っているが、その分、術具や霊薬などの知識へは貪欲だった。父と2人の弟子。まるで家族のようにも思え苦笑する。

(もっとも、やけに血なまぐさいのがこの家族の難点かも知れないが)

様々な薬草や鉱物、そして、人や動物のの血肉から作られる様々な魔法の触媒や霊薬。人が日々暮らし、魔法の恩恵を受けるために消費される供物とも言えるモノたち。すっかり慣れてしまった自身と、弟子達にも強いる自身の業を苦笑する。

「帰ったかフルネスト」

杖をつきながら、父が奥の部屋から顔を出す。骨と皮だけが動いているにさえ見え、我が父ながらよく生きていると思う。母が死んで以来、自身の研究室に篭もることが多くなった父は時折こうやって顔を出す。

「研究は順調ですか、御師様」

父を父と最後に呼んだのは、母の葬式の日が最後だった。それ以来、母の話をしたこともなく、父よ子よとお互いを呼んだこともない。

「無論だ、直にお前にもやる」

久しく見ていなかった、父の笑み。思わず笑みを返す。父の瞳に宿った狂気を見なかった事にして。



その夜、いつものようにフルネストは研究室の椅子の上でうたた寝をしていた。今では研究室そのものが家のようなものであり、弟子達が帰った後は実験動物達が時々鳴き声を発するぐらいで静かのものである。

大きな音がして、動物たちが一斉に鳴き始める。

嗅ぎ慣れた血の匂いが漂ってくる。普段より一層の濃さを増した、むせ返るような血と死の匂い。匂いを辿り、父の研究室へと駆けてゆく。いつも鍵の閉められている扉は僅かに開いている。

「父さん」

思わず、そう呼んでしまう。紅い溶液の飛び散った部屋、血まみれで事切れた父。父を挟むように立つ2つの人影、1人は弟子のマーシャ。そして、もう1人はをした少女。

血まみれの少女の口が動く。異国のうたが部屋に流れる。合わせるように飛び散った紅い溶液が明滅を繰り返す。部屋が揺れる。振動の中心は頭上。薬液や術具が振動で地を転がる。マーシャが動く、その顔から表情は消えている。

うたが止まった。マーシャの当て身により意識を失った少女が、当て身の勢いのまま地を跳ね壁にぶつかって止まる。

少女が動かないのを確認して、フルネストはゆっくりと近づいて行く。半裸の少女を足元から慎重に観察してゆく。

靴も履いていない細い足
未発達な身体
のある首
そして、母と瓜2つの顔

父は何を成してしまったのか。この少女は何なのか。それを想像し、吐き気がする。

「御師様、この子どうします?」

弟子の言葉にどう答えたかは覚えていない。



「御師様」

呼ばれて顔を上げる。嘗ての父の部屋でフルネストはうたた寝をしていた。目の前に弟子の姿がある。差し出された手を握り、椅子から立ち上がる。視界に映る自身の腕は枯れ木のようで、父の腕を思い出してしまう。

「研究は順調ですか、御師様」

いつかの自身と同じ問い。

「無論だ、直にお前にもやる」

口元に笑みを浮かべる。久方ぶりの笑みに顔の筋肉が引きつるのを感じる。弟子は穏やかな笑みを返してくる。弟子の瞳に映った自身の瞳は狂気に染まっている。

部屋の片隅には、半透明の容器に漂う継ぎ接ぎだらけのモノの姿がある。それの全身には無数の継ぎ接ぎがあり、特にその左腕は肩から先がまったく別物のように違う肌の色を知ている。それを一瞥し、フルネストは自問する。

(人間の定義とは一体何なのだろう。そして、これは果たして人間なのだろうか)

その問いに答えるものは居ない。
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