The Doomsday

Sagami

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Ox Head

13:逢魔4

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化け物がゆっくりと近づいてくる。単眼が私を真っ直ぐ見つめてくる。覚束ない足取り、肩先が吹き飛んだためかゆらゆらと左右に体を揺らしている。
「レフィ、どうする」
一歩、シロウが前に出る。戦う、引く、話し合う。選択肢が浮かび消える。
「シロウはどうしたい」
ため息が聞こえる。
「自分は正直興味ないな、主人の言うことに従うよ」
心底興味なさそうに言う。彼も12家門に連なるものなら、他人事では無いはずだというのに。
「前に見たことあるといったな、その時はどうした」
先ほどの答えの先、その時シロウはどうしたのか。化け物は変わらぬ足取りで、こちらに向かってきている。傷口から内側が見える、どうしてそんななりで動ける。嫌悪感が高まってゆく。
「どうだったかな」
もう一歩シロウが前に出、背中を見る体勢になる。化け物が再び咆哮し、一筋の光がシロウに向かって放たれる。一瞬の閃光、炎の魔法だろうか肉の焦げる嫌な臭いがする。
「ある時は、共に戦い。そして、ある時は殺しあった。こんな答えで足りているか」
振り返るシロウの体は焼き爛れている。
「気持いいものじゃないから、余り見ない方がいいぞ」
肉が覗く口元が僅かに笑みの形に動く、焼け爛れた肉が盛り上がり桃色の新しい肉が火傷の跡を覆ってゆく。
「なら、振り向かなければいい」
虚勢とともに叫ぶ。シロウと目の前の御使い、果たしてどちらが化け物だろうか、ふとそんな考えが過ぎる。
「違いない」
火傷の跡1つ無い顔で、シロウは再び笑みを浮かべた。



「青銀の髪、公国の貴種か」
痩せた男は、距離をとり事態の推移を見守っている。横ではボロ雑巾のようになったハヌがゼスによって抱えられている。
「助けに来たのか」
息も絶え絶えに、2人の同胞を順番に見る。
「こんな僻地で死なれるのは本意ではない」
視線を化け物に向けたまま、男は答える。
「お前はアレが何か知っているのか」
「エイダは御使いと言っていた」
ハヌの言葉に、ゼスがその巨体を身震いさせる。
「そうか、あれが。ならば、よく見ておくがいい。あれが俺達が敵に回そうとしている者達だ」
痩せた男は化け物に視線を向けたまま、二人に告げる。人間達の持つ最大戦力。大遠征の際には、1人の御使いによって数千の同胞が散ったとさえ言われている。
「あんな化け物が敵かよ、爺さん達の代が負けるはずだ」
「そうだな」
痩せた男は同意する。我々獣人はその御使いを擁する人間と戦争をすることになるだろう。村への襲撃や食糧の略奪もそのための準備でしかない。火種を作り、戦争という大きな炎を起こす。その炎がきっと、本当の目的を覆い隠してくれる。それは淡い希望、先達と同じ道。獣人の未来のために我々は捨石となるだろう。
「しかし、我々の知ってる御使いはこんなものではないはずだ」
話に聞く御使いは、苛烈で強大ではあるが醜悪ではなかったはずだ。目の前に見えるそれはあまりに醜悪で、中途半端に人や獣人に近い姿をしているだけに言いようの無い嫌悪感が湧き上がる。
「確かに、まともな生き物にはちょっと見えないな」
ハヌはそう呟いて、意識を手放した。



化け物の注意が、青銀の髪の少女に向いたことを確認しルーザスは息をつく。
「助かったか」
口の中一杯に血の味が広がる。内臓が幾つか逝ったか、体内に魔力を循環させ冷静に自身の体の状態を把握する。本来の許容量以上の力を使おうとした反動がこの程度で済めば御の字だろう。左腕の感覚が鈍くなっているのを感じる。
4分の1、いや3分の1は使ってしまったか。
聖遺物オリジナルと違って、模造品レプリカは保有できる量も、その変換効率も高くは無い。この5年、日々模造品レプリカに力を注ぎ込み続けた挙句が、一発の失敗でこの有様だ。
「その分、ハミルの魔法の訓練に付き合ってやればよかったか」
ダメな師匠だと思う。弟子の訓練より訪れるか分からない再戦の機会のために魔力を使い続け、そのせいで弟子は訓練不足で獣人にやられた。そして、その再戦で溜め込んだ魔力さえ無駄にしている。
「だが、このままで終えるつもりは無い」
口にたまった血を吐き出し、再び左腕に力を収束させる。
暴発したとはいえ、3分の1の消費で化け物の肩を吹き飛ばすことが出来た。ならば。
「残りの力纏めて放てば、倒せなくは無い」
体が再び悲鳴を上げはじめる、口の中は血の味で一杯だ。
「そんな力、体が耐えられるわけありません」
エイダの悲痛な声が背後から聞こえる。嘗ての同胞達の死、そしてあの戦いが無駄でなかった事の証明である命の輝き。たった2つ掬い上げることのできた命の1つ。
「だろうな」
事実、体を激痛が走っている。人間が使うには過ぎた力、許容量を超えた力はその本人さえも死に至らせる。けれど引く気は無い。
「あなたが死ねば、メイアが悲しみます」
その声に、心がゆっくりと凪いでゆく。
『英雄なんておこがましい。俺は必要だから英雄にされたに過ぎない』
英雄と呼ばれるたびに心の中に過ぎるそれは嘘偽りの無い本心だった。無邪気な笑みを浮かべ見上げる2人の少女。触れることの出来る小さな命。
『少なくとも、この少女達にとっては英雄で在りたいと思う』
それは小さなエゴ、もう1つの本心。
口元に笑みを浮かべ、振り返る。
「メイアは死んだよ」
エイダの顔から表情が消える、口が小さく動く。体が限界を超えたのか痛みはもう感じない。再び化け物に向き直る。力の収束が終わるにはまだ時間が掛かりそうだが、どうにかなるか。どこか他人事のように冷静に判断する。
「マーシャ神官長が元気だと」
縋るような声、俺にとって2人の生存者が生きて来た証であるように。エイダにとっても、メイアは特別な存在なのだろう。
「メイアは死んだ」
もう一度、静かに告げる。
死者は還らない、還ってはならない。例えそれがどんな奇蹟によるものであっても。
「だから、俺は少なくとも此処では、君の前では、あの化け物の前では、英雄でなければならない」
最後に味わうのは、ワインと決めていたんだけどな。
口の中に広がる血の味が恨めしい。


無造作に投げられた体が痛む。エイダは痛む体に治癒を施しながら、ルーザスを見ていた。左腕に収束する力、それは化け物が放った光に似た輝きを放っている。
化け物の方向、思わず耳を塞ぐ。閃光が走る。ルーザスの放った閃光が化け物の肩を吹き飛ばす。
「あんな力使ったら」
全身に激痛が走る、投げられたことより、自身に使った強化魔法の反動が大きい。人間の体は本来そんな力を使うようには出来ていない。そんな力を使えば体に負荷がかかる、あれだけの力を放てば、その反動はどれほどのものだろう。それだけの力に耐えるには、あの化け物御使いのように人間を辞めなければ到底無理だ。
彼が再び、左腕に力を収束させ始める。
「そんな力、体が耐えられるわけありません」
思わず痛む体を無視して叫ぶ。英雄には死んでもらっては困る。私の替りに、私の分も幸せになるはずのメイアにとっての大切な人。
「だろうな」
激痛に襲われているだろう彼の言葉は、どこか達観しているように聞こえる。目の前でゆっくりと力の収束が進んでゆく。
「あなたが死ねば、メイアが悲しみます」
卑怯な言葉だと思う。彼にとって、私とメイアは大切な存在。決して、その悲しみを無視することは出来ないはず。彼は口元に笑みを浮かべ、こちらを見る。
「メイアは死んだよ」
聞き間違いだろうか。それとも、冗談。彼が私達の生死について冗談を言うとは思えない。血の気が引いていくのが分かる。
「マーシャ神官長が元気だと」
僅か半日前、ちょうどここでマーシャ神官長が言ったではないか。メイアは元気だと。きっと、彼の言葉を聞き間違えたに違いない。
「メイアは死んだ」
静かな言葉、聞き違いでは決して無い。
死者は還らない、還ることは決して無い。例えそれがどんな奇蹟を用いたとしても。
「だから、メイアは少なくとも人並には、私の前では、貴方の前では、幸せでなければならなかったのに」
力が抜け、膝から崩れ落ちる。
口の中に広がる血の味が私がまだ生きていることを残酷に告げた。
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