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第一章 異世界召喚と旅立ち

007 王女殿下とお姉様

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 サラ・アリーヤ・アルストリア第二王女 14歳

 建国からちょうど100年の小国、エイン大陸の西南の半島にあるアルストリア王国に生を受ける。

 建国記念の召喚祭において、毎年縁起担ぎで形だけ行われる勇者召喚の儀式を行ったのだが、その儀式が成功してしまい異世界人を呼び寄せてしまった。

 去年までは第一王女である姉のマリー=ロレーヌ=アルストリアが儀式を行っていたのだが、帝国に嫁いでいってしまったので今年はサラにお鉢が回ってきたというわけだ。
 姉のマリーが儀式をやっていた時には、誰かが呼び出されたという話はなかった……というか、今までの100年間で人であれ物であれ、何かが召喚されたという記録はない。



■サラ・アリーヤ・アルストリア SIDE

 どうしてこうなった?

 儀式の管理をしている司祭達に言われたとおりにやったはずなのに、違うことを教えられてしまったのだろうか?
 それとも、私が何か手順を間違えてしまった? いや、正しい手順でやってしまったのだろうか?
 100年という節目が良くなかったのか? きっとそうだ、100年丁度なんて、いかにも何かが起こりそうじゃないか。

 100年前の魔王討伐を成し遂げた勇者様の血を引くことは、私たちアルストリアの王族に生まれたものにとって誇りであることは間違いない。間違いないのだが、正直その勇者様がどこか別の世界から召喚されたというのは眉唾モノだと思っていた。

 召喚魔術で生きた生身の人間を呼び出す。そんな大魔術が存在するなんて!

 宮廷に勤めている召喚魔術が使える魔術師でも、小さな精霊を呼び出すか、もしくはあらかじめ契約しておいた犬猫程度の動物を召喚するのが関の山なのだ。
 それを5人もの人間を同時に、しかも異世界から呼び出すなんて…どう考えても常軌を逸している。

 いったいどんな代償を払えばそんなことが可能になるのだろうか?
 数百人の生贄? 竜の心臓を捧げる? それとも賢者の石でも持ってきたとでもいうのか?
 いや、なにも代償を払っていないのだ。あえて言えば私の下着が見られたという程度のもの。

 私の下着程度でそんな大魔術が使用できるのなら、そんなモノは犠牲の内にも入らないだろう。
 いくらでも見られてもかまわない。
 ……いや、やっぱり構う、恥ずかしい。
 ただでさえ結婚相手の候補がいないのだ。
 これ以上結婚の可能性を減らしたらお父様が泣いてしまう。

 大体、シアお姉様が妙齢の男性の関心を、全部持っていっているのがいけないのだ。私だって結構可愛いはずだし、お兄様やお父様は綺麗だと言ってくれている。
 シアお姉様が早く結婚してくれれば……。




「ねぇ、サラ、どうしたの?」

 考え込む私を呼び戻す声がする。
 とても澄んだ鈴を鳴らすような美しい声。

「大丈夫? サラ、気分が優れないの?」

 そう言って私の顔を、濃い青色の綺麗な瞳が心配そうに覗き込んでいる。

「ほら、ここに座って。今誰かを呼んできてもらいますから、ちょっと待っててね」
「いえ、お姉様! 大丈夫ですから、心配いりません」

 踵を返し、シルバーピンクの髪を揺らして歩き出そうとする小柄な女性を引き留める。
 美人揃いの宮廷のパーティー会場の中でも頭一つ、いや3つ~4つは飛び抜けた美貌を持っている、私の憧れのセリシアお姉様。

 胸だって大きい。
 とてもとても大きい。
 そりゃあ殿方がこぞって群がってしまっても仕方がない。



 今日のお姉様は水色のシンプルなドレスをお召しになっている。
 フリル等余計な飾りは一切取り払って、スカートの重なり具合や、生地の質感、色の違い等でコントラストを出して高貴な感じを演出している。
 胸元も装飾は折り返された生地の重なりだけなのだが、胸元に宝石をあしらえることで全体の調和を取っている。
 肩は全部出ていて、大人っぽくて可愛くて綺麗だ。

 私の服装は少し子供っぽかっただろうか……フリルがたくさん付いた黄色いフワフワのドレス。
 胸元の赤い花飾りがとても可愛らしくていいと思ったのだけれど……シアお姉様を見ていると自身がなくなってくる。
 でも、お姉様と比べるのは間違っているのだろう、誰だってこんなに綺麗な人にはかないっこない。



「すこし考え事をしていただけで、体調は全然問題ありませんから」

 そう言って、今にも医者でも呼びに行ってしまいそうな様子のシアお姉様をなだめる。

「本当?」
「えぇ、本当に大丈夫です。ご心配をかけて申し訳ありません」
「いえ、いいのよ。なんともないのならそれで」

 そう言ってニッコリ笑いかけてくるシアお姉様。
 女の私でさえ危うく惚れてしまいそうになるほどの魅力的な微笑み。
 もしこれが殿方に向けられていたら、どんな男性でもイチコロだろう。

 ここは召喚祭の最後を締めくくる、貴族が集まったパーティー会場だ。
 王宮のホールに沢山の人たちが集まっている。

 一回の広場と階段を上がった二階席で会場は別れている。
 天井に吊るされた豪華なシャンデリアには、ふんだんに灯りの魔道具が取り付けられており、部屋の中はさながら真昼のようだ。
 地面に敷かれたフカフカで歩くたびにすこし沈み込むような厚みの絨毯には、複雑な模様が織り込まれており、壁際にはダンスに疲れた人たちが休むための、テーブルと食事が用意してある。

 二階席にはお父様とお母様がいて、私たちを見守っている。
 貴族の令息、令嬢たちを見守る大人たちの視線に、頑張って相手を見つけてこいという無言の圧力がのしかかってくるような気がする。

 とても億劫だ。

 話に聞く、平民の集まる祭りのように好きな相手にだけ話しかけて、踊りに誘ったり、歌を歌ったりできたらさぞ楽しいのだろうけど……そうもいかない。
 この場所でどんな行動を取ったか次第で後から両親からお叱りをうける人もいるだろう。
 ここは戦場なのだ、お家の繁栄を懸けた戦いの場なのだ。



「今日は一日中、儀式や式典に引っ張りまわされて休む暇もなかったんでしょう。去年まではマリー様もこのくらいの時間にはお疲れになった様子だったわ。召喚祭の王族の仕事ってとても大変なんでしょうね」

 そういって私を労わって下さるお姉様、宰相のホレスに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。

「いえ、大変ですけどとてもやり甲斐がある仕事です。それに、あんなに沢山の殿方のお相手をしなければならないお姉様に比べたらこれしきのことは、大した仕事ではございませんわ」

 そう言って、すこし離れたところに視線を向ける。



 そこにいるのは遠巻きにこちらを除いている沢山の貴族の男達、どうやって声をかけようかと必死に考えている様子が容易に見て取れる。
 このパーティーに出席できるのは大貴族の当主やその長男くらいのものなのだ。
 他所のパーティーに出席すれば沢山のご令嬢に囲まれる程の洗練された殿方ばかりだが、セリシアを前にすると、どのご当主、ご令息の輝きも霞んで見えてしまう。

「あの方々がお話ししたいと思っているのは、私だけじゃないわ。となりにこんなに可愛い女の子がいるんですもの」

 そう言って私の手を取り立ち上がらせる。

「もう体調は大丈夫ですか?サラ王女殿下」
「もう! シアお姉様、殿下はやめてください。お姉様に殿下なんて言われたら、私寂しくなってしまいますわ」

 ほっぺを膨らますサラを見て、ニコニコしているセリシア

「ふふ、ごめんなさいサラ。それじゃあそろそろ、あちらの方々のお相手をして差し上げましょう。いつまでもここにいては、パーティーがしらけてしまいますからね。」

 そう言って沢山の殿方が待つホールの中心へと連れていかれる。

「お姉様、私にもあの数を相手にさせるつもりですか?」
「ええ、あなたの言う通り、あの数を相手にするのは大変なの。半分お願いね♪」

 そう言ってこちらにウインクをするシアお姉様。
 こういうお茶目な面があるのも可愛らしくて人気があるのだろう。

 私のお兄様、第一王子のアルスお兄様がメロメロになっているのも仕方がないことだろう。
 二人はお似合いだとは思うのだが、あいにくお兄様は国外への留学、シアお姉様は迷宮都市の政策に忙しかったり、といった事情があり、まだ正式に婚約を結んではいない。

 だがそれも時間の問題だろうと私は思っている。

 今日のパーティーに参加している男性が強引に話しかけたりしてこないのは、アルスお兄様の牽制が多少は効果を発揮しているからだろう。
 王国の第一王子の恋路に横槍を入れられる人間は、相当に限られた人物だけだ。

 シアお姉様が本当のお姉様になってくれたら、妹の私としてはこんなに嬉しいことはないのだから、是非お兄様には頑張っていただきたい。



 さぁ、面倒ではありますが、シアお姉様のお相手を半分私が捌いて差し上げましょう。

 まだ例の召喚された方々の問題があるけれど、取り合えず宰相のホレスが勇者の皆様には部屋を案内して休んでいただいていると言っていた。
 このパーティーさえ乗り切れば私も部屋で休むことができるし、残った問題は明日考えましょう。
 ホレスとお父様にも立ち会っていただければ、きっといい方向に向かうに違いないわ。

 そう思いながら、少し先を歩くシアお姉様の後ろを、早歩きで追いかける。


 そうよ、明日はきっと良い日になる。




 その後は何事もなくパーティーは進行して、つつがなく年に一度の召喚祭は幕を閉じる。

 そして、次の日の朝早くに叩き起こされた私に告げられたのは、召喚された勇者の一人が失踪したという知らせだった。
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