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第一章 異世界召喚と旅立ち

002 鼻血と写メと勇者召喚

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「どう責任をとるつもりだよ!」

 鬼の首をとったかのように、どや顔でスウェット男がお姫様を指差している。

 かんべんしてくれよ……今そこの兵士のおっさんが、その娘のこと王族だって言っただろうに、指差してんじゃねぇよ。

 現状も把握せずに責任追求を始めたスウェット男。
 こちらは拘束されて身動き出来ないのに、あまり周りを挑発しないでほしい。

「あ、あの、こちらとしても不測の事態でして……」

 スウェット男に指差されたお姫様はオロオロしている。
 それを見た周りを囲っている兵士達はにわかに殺気立ち、剣の柄に手を伸ばす者までいる。

 お姫様はいい子みたいだが、周りの兵士はこちらを尊重する意識は薄そうである、なかなかに攻撃的だ。
 いや、不審人物が自分の国のトップに不逞を働いた上に、その仲間と思しき男がお姫様を指差して糾弾し始めたのだ、当たり前の対応かもしれない。

 このままこいつが不敬罪で罰せられたら、ついでに俺も処されてしまいそうだな……どうにかしないと。



 しかし、こいつらの話を聞く限り、みんな他の場所にいたのに、気がついたらこの場所にいたということらしい。

 一瞬でまったく別の場所に移動させられ、しかもその先には鎧を着こんだ男達とお姫様、そして「あなたは召喚された勇者様ですか?」ときたもんだ。

 この状態……最近流行りの異世界召喚ってやつじゃないか? 

 昔からアニメや漫画で一定数は異世界に召喚されるという話はあった気はするが、最近の異世界召喚モノというジャンルの人気の高さは凄い。
 みんなつまらない現実の生活を放り捨てて、異世界に召喚されて新しい生活を始めたがっているのだろう。

 かくいう俺もその流行りから漏れず、沢山の異世界召喚モノの物語を見ていた。
 しかし俺は現実を捨ててまで召喚されたいとは思ってなかったんだけどなぁ……

 このスウェット男もきっと同じ推測の元、自分が召喚勇者だと確信して発言しているのだろう。
 というか、お姫様の反応を見るに、こいつらは召喚勇者ではあるみたいだしな。

 とりあえず、お姫様はこちらをないがしろにするつもりはないようだし、誘拐だなんだと騒ぎ立てるのは悪手なのではないか? 俺としてはスウェット男には黙っていていただきたい。



 そんなことを考えていると、姫様達の後ろから男の声が聞こえる。

「いったいどうしたというのだ、まだ儀式は終了していないのか? この後には式典もあるのだぞ!」

 現れた男は40代後半の細身の体系で、こげ茶色を基調にしたクラシックな装いをしている。
 その服にはふんだんにフリルが付いており、全体的に金の刺繍がたくさん施されていた。

 首には白いスカーフを巻いており、半ズボンで白いストッキングを履いている。
 これぞ、まごうことなき貴族! といった格好だ。

 そして、カイゼル髭に丸眼鏡が似合うナイスミドルである。



「宰相様! 良いところにお越しくださいました!」

 お姫様がほっとした表情で現れた男に歩み寄っていく。

「サラ様、どうされたのですか? もうとっくに勇者召喚の儀式は終了している時間でしょう」
「はい、それが……あの、勇者召喚の儀式が成功してしまったのです……」

 姫様の返事を聞いた宰相はいぶかしげな表情をしている。

「儀式が終了したのであれば問題ないではないですか、はやく次の式典の準備をなさってください。この後の予定も詰まっているのですから」

 そう言って踵を返そうとした宰相に姫様は縋りついて引き留める。

「そうではないのです! 勇者召喚が、召喚の儀式が成功したのです!」

 腕を引っ張られる格好になった宰相は少し驚いた表情をしたが、すぐに顔を引き締めなおす

「ですから、儀式が無事に終わったのですよね? 次はパレードで宮殿に移動していただいて、バルコニーで国民への顔見せの式典に参加していただかなければなりません。それに夜には貴族を集めたパーティーも開かれるのですから、のんびりしている暇はございませんよ」

 そこまで言った後に、宰相は溜息を一つついて続ける。

「姫様ももうすぐ15歳。成人を迎えるのですから……今夜のパーティで、お相手を見つけていただかなければ、お父様も安心できませんよ」

 そう言って姫様を叱りつける宰相。
 怒られた姫様はムッとしている。
 かわいい

「私はまだいいのです、シアお姉様だってまだ婚約者はいらっしゃらないじゃない。みんなシアお姉様に夢中なんですから……どうせ私のことなんて誰も見てないわ!」

言い返すお姫様を見て、面倒くさそうに宰相は反論する

「セリシア様は迷宮都市を支えているといっても過言ではない程の才媛ですからね。多少お歳を召しても問題ありませんよ。それに彼女には王子もいらっしゃいますしね」

 お姫様にそう言った後、兵士達を見回して叱りつける宰相。

「お前たちもしっかりしろ! 召喚の儀式に参加する者は、行進パレード参加の部隊とは別の仕事になるからと言って気を抜くんじゃない! さっさと次の仕事に移動しろ!!」

 怒っている宰相の前に宰相殿と同じくらいの歳の兵士が一人近づいていく。

 きっと彼が隊長なのだろう、赤いマントを羽織り鎧の装飾に金が使われた、周りの兵士より豪華な装備の男だ。前髪の生え際がすこし寂しい。

「お言葉ですが宰相様。この者たちをどうにかせねば、式典やパレードなどやっている場合ではございませんぞ」

 そう言って、ご覧あれといった具合に片手を水平に振りながら、振り向きこちらを紹介してくれる。

「この者たち? 何を言っているのだねモーゼス騎士団長、私は忙しいのだよ。この後は王のもとにパレードの進行の確認に行かなくては……」

 そうまくしたてながら、すぐに部屋から出ていこうとしていた宰相だったが、こちらをチラリとみた瞬間にピタリと動きを止める。



 そこには話の腰を折られてムッとしているスウェット男と、「スゲー! 貴族きた! これはバズるわ!」と言いながら携帯で写メを取り続けるギャル。
 それに、完璧に流れに置いて行かれて、不安顔で二人寄り添っているランドセル姿の小学生とゲートボールスタイルのおばあちゃんがいた。

 あと、組み伏せられて鼻血をたらした俺。



 宰相は、驚愕の表情でゆっくりとこちらを振り向いたあとに騎士団長に訪ねた。

「いったい…この者たちは…なんなんだね?」
「ですから、先ほどからサラ様がおっしゃっていらっしゃった、勇者召喚の儀式で召喚された者たちです」

 なぜか得意気に胸を張って生え際がアレな騎士団長が答える。

 それを聞いた宰相は目を見開いて、深刻そうな顔をしている。

「そんな…まさか…勇者召喚が成功してしまったというのか……」



 しんと静まり返った部屋で、宰相の呟いた声と、ギャルが撮っている写メの音だけが響いていた。
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