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チャプター1 水地さくら
3項 さくら、社長と面会 ~ポロリ
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ワタシはタブレットから目を離し、ふぅ、とひと息吐く。
セックスアイドルというものがどういうものか、しっかりと理解した上でここまで来た……はずだったけど、こうして改めてその全容を突きつけられると、やはり不安と緊張は拭えない。
だけど、この案内──プロダクションの社長から直々に向けられたこの言葉には不思議な安心感もあり、所属タレントを気づかう優しさを感じ取れた。
「どうでしたか?」
バックミラー越しにチラリとこちらを見やり、プロデューサーさんが問いかける。
「はい。やっぱりセックスアイドルって大変なんだなって。だけど、社長さんからこんなに優しい言葉をかけてもらえるなんて、すごくうれしいです」
「まあ、小規模な事務所ですし、そんなに身構えなくて大丈夫ですよ。社長だって全然偉そうに見えないですし、『お姉さん』くらいの軽い気持ちで接してくれて構いませんよ」
「そんな、社長に対して『お姉さん』だなんて……」
畏れ多くてそんなこと言えない。
プロデューサーさんはかすかな笑みを浮かべ、
「もうすぐ到着しますよ」
そう告げる。
大通りを右折して少し進むと、白亜色の大きなビルが目に止まると、車はちょうどその前に横づけされ、停車する。
「着きましたよ」
その言葉を受けてシートベルトを外し、ドアを開けて外に出る。
「ここが……」
10階建てのそのビルには『SGIプロダクション』と書かれた大きな看板が設置されていて、入り口手前にある大理石で出来たモニュメントには『SGIビルディング』と刻まれていた。
「では入りましょう」
プロデューサーさんはトランクからワタシのキャリーケースを取り出し、ワタシの前に置いてくれた。
「ありがとうございます」
礼を述べると彼は少し口もとを弛緩させ、おもむろに歩き出す。
ワタシもキャリーケースを引いて後に続く。
プロデューサーさんは出入り口のドアの前で止まると、
「ここから先はセキュリティがかかっていて、この入構証をスキャンしないとドアは開閉出来ません。これが水池さんの入構証となりますので、決して紛失しないようしっかりと管理してください」
そう言って1枚のカードをワタシに差し出す。
「わ、わかりました」
オートロックのかかった厳重な警備がなされている場所に入るのは初めてなので、ワタシは少し緊張しながらそれを受け取る。
その入構証に表示されている顔写真は履歴書に添付したものと同じで、それは今と同じように不安と緊張に満ちた情け無い顔をしていた。
「入構証はこちらでスキャンします」
プロデューサーさんは出入り口の横に設置されたカメラ付きの操作盤を指差し、そこにある差し込み口に入構証を挿入する。
ピピッという電子と共に、目の前のドアが自動で開かれる。
「では水池さんもどうぞ」
一歩横によけてプロデューサーさんが促す。
「は、はい」
ワタシもさっき見たとおり、入構証を差し込み口に挿入する。
ピピピピピピピピピピピピピピピピ
その時、さっきとは全然違う警報のような電子音がけたたましく鳴り響き、
ガションッッッ!
開いたはずのドアが再び閉ざされてしまう。
「ああ、入構証の向きが逆だったみたいですね。すみません、先に言っておくべきでしたね」
プロデューサーさんは軽く笑って言うけど、
「あ、あのう……コレってセ○ムとかアル○ックのヒトが駆けつけてワタシ、捕まっちゃうヤツですかぁ?」
不安いっぱいのワタシは涙目で訴える。
「ただのエラーですからすぐに収まります。それにウチは警備会社と契約は結んでないので警備員は来ないですよ」
プロデューサーさんが苦笑して言う。
そして彼の言ったとおり、警報音は1分も経たないうちに停止する。
「よ、よかったぁ……」
ワタシはホッと安堵し、言われたとおり入構証の向きを変えてもう1度挿入する。
ピピッという音と共に再びドアが開かれる。
「では入りましょう」
「はい」
ワタシはプロデューサーさんと歩調をそろえて建物内へと踏み入れる。
入ってまず最初に目に入ったのは、広くてガラリとした物哀しい雰囲気のエントランスだった。
「ここって受付ですよね? 誰もいないんですか?」
本来ヒトが立っているはずのカウンターにも、待合用のソファーなどにも、ヒト影はまったく見当たらない。
「ええ。今は必要としておりませんので。いずれたくさんの来訪があれば、と思うのですがねぇ……」
プロデューサーさんは苦笑し、無人のエントランスを突き進む。
「こちらがエレベーターになります。事務所は3階にあります。水池さんのお部屋は4階なのですが、先に社長に挨拶を済ましてしまいましょう」
「わかりました」
プロデューサーさんがエレベーターの上行きパネルを押すと、すぐに扉が開く。
ワタシたちはエレベーターに乗りこむ。
エレベーター内は結構広く、また全面ガラス張りで外の風景も望める。
『3階です』
案内音と共に再び扉が開かれる。
目の前には赤い絨毯が敷き詰められた廊下が横に伸び、正面には玄関と同じセキュリティシステムの操作盤が鎮座していた。
プロデューサーさんが入構証をスキャンさせると、目の前のガラス扉が開放される。
プロデューサーさんがこちらを向いて小さくうなずく。ワタシもうなずき、入構証をスキャンする。今度は失敗しない。
ピッという音と共に、操作盤の画面にワタシの入構証のデータが表示される。
──規模の小さい会社なのに、設備は大企業並にしっかりしてるんだなぁ……。
ここまで来て、ワタシはそんな印象をいだいた。まあ、実際に大企業の職場に入ったことなんて無いので、あくまで個人的な感想なのだけど。
事務所内はエントランスと違って数台のデスクとパソコン、冷蔵庫や棚など生活感に満ち満ちていた。
「えっと……もう社長は来ているはずなのですが……」
プロデューサーはキョロキョロと周囲を見回し、大きなソファーに目をやったところで何かに気づき、頭をかかえて憂鬱そうなため息をひとつ漏らした。
ワタシもそちらに目をやるとそこには、ワイシャツとスカートをソファーの背に無造作に脱ぎ捨て、赤いブラとパンティだけというあられもない姿でソファーに横たわり、気持ち良さそうにイビキをかいて寝ているひとりの女性の姿があった。
その前に鎮座するテーブルの上には、ワインと思われるボトルが3本とワイングラスが置かれている。
──これが社長……? まさか、ね。きっと先輩……だよね?
紅潮した顔で泥酔しているその女性を見て、ワタシはそう思いこもうとしたけど、
「本当に社長は、ちょっと目を離した隙に勝手に泥酔するの止めてもらえませんか……」
プロデューサーは辟易とした口調で女性に呼びかけるのだった。
「ぅん……あぁ、やっと来たの?」
その女性は艶っぽい声を発し、目をこすりながらゆっくりと上半身を起こす。その拍子にブラの肩紐が片方ずり落ち、大きなおっぱいが露出してしまうのではと、ワタシはヒヤヒヤしてしまう。
「あ、あの……。本当にこちらの方が社長なんですか? 先輩じゃなくて?」
「ええ、残念ながら……」
「残念ながらってどういう意味? 失礼しちゃうなぁ」
下着姿の女性──社長さんは不満そうに頬を膨らませたかと思うと、すぐにニンマリとした笑みを浮かべながら所々寝癖がついて跳ね上がった長い茶髪をかき上げ、
「それより聞いた? 先輩だってよ、先輩。ひょっとして今からセックスアイドルやれちゃうかも、ア・タ・シ」
プロデューサーに向けてウィンクを飛ばす。
実際、モデル並のルックスとスタイルを備えている。何気ない仕草のひとつひとつに色気があふれていて、同性なのに思わず見惚れてしまう。
「社長……もういい歳なんだから勘弁してくださいよ」
だけどプロデューサーさんは意に介さず、つっけんどんに言い放つ。
「こらこら、マサオミぃ! そういうキミだってアタシと同い歳だろうに」
社長さんはソファーの上で胡座を欠き、プロデューサーさんに対して不服の意を示す。
──マサオミ?
ワタシはポケットからスマホを取り出し、もう1度プロデューサーさんの名刺を表示する。
──佐土原雅臣……。それがプロデューサーさんの名前なんだ。
正直、外見のインパクトが強すぎてそれ以外のことに気が回らなかったけど、そこには26歳という年齢も記載されていた。
ということは、社長さんも26歳なのか。
ただ、同い歳だとしてもこの2人のやりとりを聞いていると、上司と部下の関係を超えた何かがありそうな気がした。
「水池さん、今さらですがご紹介します。コレが我がSGIプロダクションの社長・中原セイラです」
プロデューサーさんはワタシの方へ向き直り、苦笑いと共に伝える。
「おい、コラぁ、コレとか言うな、コレとか。アタシはモノじゃないぞー!」
腕を突き上げ、社長さんは抗議する。
「それで社長。こちらが水池さくらさんです」
だけどプロデューサーさんはそれを完全スルーして、ワタシのことを紹介する。
「いい度胸してるよ、マサオミ……」
社長さんは諦めとも取れるため息を漏らすと、ボサボサに乱れた髪をもう1度かき上げる。
「あ、あの、水池さくらです! これからよろしくお願い致します、社長さん!!」
ワタシはすぐに頭を下げ、自己紹介する。
「ようこそ、さくらくん。アタシはここの社長をしている中原セイラだ。よろしく頼むよ」
社長さんは人当たりの良い笑みを浮かべ、右手をこちらに差し出す。
「は、はい!」
ワタシも右手を伸ばして彼女と握手を交わす。
「で、だ。キミはこんな社長を見てどう思った?」
社長さんはとたんにいたずらっぽい笑みを浮かべてそんなことを訊ねてくる。
「だらし姉ぇ……じゃなくて、とてもおキレイだと思います!」
ワタシは思わず飛び出した単語を慌てて打ち消し、美辞を述べる。
「……さくらくん。今、サラッとヒドいこと言わなかったかい?」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
全然打ち消せなかったみたいで、社長さんはこちらにジト目を向けてくる。
ワタシってば、いつもそうだ。
よく友達から、
『さくらって、ナチュラルに毒を吐くクセがあるよね』
って言われていたんだ。
ワタシがオロオロと取り乱していると、社長さんは急に笑い出し、
「いやぁ、おもしろいよ、さくらくん。うん、おもしろい!」
何度も「おもしろい」という単語を繰り返すのだった。
「なるほどねぇ。マサオミはこういうコが好みだったのか」
「社長、誤解を招くような発言を本人の前で堂々と言うのは止めてください」
茶化すような社長の言葉に、プロデューサーさんは真顔で答えた。
「俺が彼女を採用したのは、あくまでも可能性を感じたからです。他意はありません」
「はいはい、相変わらずお堅いこって。どうせならアッチの方を硬くしたらどうだい?」
かなり下品なその言葉に、プロデューサーさんがサングラスを外して不機嫌そうな鋭い眼光を向けると、社長さんは思わず視線を逸らし、口笛を吹いてとぼける。
「さあ、ではあいさつも済ませたので次は部屋にご案内します」
クールダウンさせるようにひとつため息を吐いてから、プロデューサーさんがうながす。
「あ、そうだ、マサオミ。初仕事の話はもうしたの?」
その時、社長さんがそんなことを言って呼び止める。
「これから話すところです」
「じゃあさ、ついでにさくらちゃんの宣伝素材を部屋で撮っちゃおうよ。アタシがカメラ回すから」
名案とばかりにポンと手を合わせ、社長がようやく立ち上がる。
と、その拍子に腕の所まで下がっていたブラの肩紐が完全にずり落ち、彼女の形の良いおっぱいが片方だけ完全に露出してしまう。
「どうでもいいから早く服着てください……」
憂鬱そうに額に手をあて、プロデューサーさんがうながす。
社長さんはブラの肩紐を戻すと、こちらに向けていたずらっぽく舌を出し、脱ぎ捨ててあったワイシャツとスカートをそそくさと身にまとう。
──この会社、ホントに大丈夫なのかな?
ワタシは思わず苦笑い、若干の後悔に見舞われるのだった。
セックスアイドルというものがどういうものか、しっかりと理解した上でここまで来た……はずだったけど、こうして改めてその全容を突きつけられると、やはり不安と緊張は拭えない。
だけど、この案内──プロダクションの社長から直々に向けられたこの言葉には不思議な安心感もあり、所属タレントを気づかう優しさを感じ取れた。
「どうでしたか?」
バックミラー越しにチラリとこちらを見やり、プロデューサーさんが問いかける。
「はい。やっぱりセックスアイドルって大変なんだなって。だけど、社長さんからこんなに優しい言葉をかけてもらえるなんて、すごくうれしいです」
「まあ、小規模な事務所ですし、そんなに身構えなくて大丈夫ですよ。社長だって全然偉そうに見えないですし、『お姉さん』くらいの軽い気持ちで接してくれて構いませんよ」
「そんな、社長に対して『お姉さん』だなんて……」
畏れ多くてそんなこと言えない。
プロデューサーさんはかすかな笑みを浮かべ、
「もうすぐ到着しますよ」
そう告げる。
大通りを右折して少し進むと、白亜色の大きなビルが目に止まると、車はちょうどその前に横づけされ、停車する。
「着きましたよ」
その言葉を受けてシートベルトを外し、ドアを開けて外に出る。
「ここが……」
10階建てのそのビルには『SGIプロダクション』と書かれた大きな看板が設置されていて、入り口手前にある大理石で出来たモニュメントには『SGIビルディング』と刻まれていた。
「では入りましょう」
プロデューサーさんはトランクからワタシのキャリーケースを取り出し、ワタシの前に置いてくれた。
「ありがとうございます」
礼を述べると彼は少し口もとを弛緩させ、おもむろに歩き出す。
ワタシもキャリーケースを引いて後に続く。
プロデューサーさんは出入り口のドアの前で止まると、
「ここから先はセキュリティがかかっていて、この入構証をスキャンしないとドアは開閉出来ません。これが水池さんの入構証となりますので、決して紛失しないようしっかりと管理してください」
そう言って1枚のカードをワタシに差し出す。
「わ、わかりました」
オートロックのかかった厳重な警備がなされている場所に入るのは初めてなので、ワタシは少し緊張しながらそれを受け取る。
その入構証に表示されている顔写真は履歴書に添付したものと同じで、それは今と同じように不安と緊張に満ちた情け無い顔をしていた。
「入構証はこちらでスキャンします」
プロデューサーさんは出入り口の横に設置されたカメラ付きの操作盤を指差し、そこにある差し込み口に入構証を挿入する。
ピピッという電子と共に、目の前のドアが自動で開かれる。
「では水池さんもどうぞ」
一歩横によけてプロデューサーさんが促す。
「は、はい」
ワタシもさっき見たとおり、入構証を差し込み口に挿入する。
ピピピピピピピピピピピピピピピピ
その時、さっきとは全然違う警報のような電子音がけたたましく鳴り響き、
ガションッッッ!
開いたはずのドアが再び閉ざされてしまう。
「ああ、入構証の向きが逆だったみたいですね。すみません、先に言っておくべきでしたね」
プロデューサーさんは軽く笑って言うけど、
「あ、あのう……コレってセ○ムとかアル○ックのヒトが駆けつけてワタシ、捕まっちゃうヤツですかぁ?」
不安いっぱいのワタシは涙目で訴える。
「ただのエラーですからすぐに収まります。それにウチは警備会社と契約は結んでないので警備員は来ないですよ」
プロデューサーさんが苦笑して言う。
そして彼の言ったとおり、警報音は1分も経たないうちに停止する。
「よ、よかったぁ……」
ワタシはホッと安堵し、言われたとおり入構証の向きを変えてもう1度挿入する。
ピピッという音と共に再びドアが開かれる。
「では入りましょう」
「はい」
ワタシはプロデューサーさんと歩調をそろえて建物内へと踏み入れる。
入ってまず最初に目に入ったのは、広くてガラリとした物哀しい雰囲気のエントランスだった。
「ここって受付ですよね? 誰もいないんですか?」
本来ヒトが立っているはずのカウンターにも、待合用のソファーなどにも、ヒト影はまったく見当たらない。
「ええ。今は必要としておりませんので。いずれたくさんの来訪があれば、と思うのですがねぇ……」
プロデューサーさんは苦笑し、無人のエントランスを突き進む。
「こちらがエレベーターになります。事務所は3階にあります。水池さんのお部屋は4階なのですが、先に社長に挨拶を済ましてしまいましょう」
「わかりました」
プロデューサーさんがエレベーターの上行きパネルを押すと、すぐに扉が開く。
ワタシたちはエレベーターに乗りこむ。
エレベーター内は結構広く、また全面ガラス張りで外の風景も望める。
『3階です』
案内音と共に再び扉が開かれる。
目の前には赤い絨毯が敷き詰められた廊下が横に伸び、正面には玄関と同じセキュリティシステムの操作盤が鎮座していた。
プロデューサーさんが入構証をスキャンさせると、目の前のガラス扉が開放される。
プロデューサーさんがこちらを向いて小さくうなずく。ワタシもうなずき、入構証をスキャンする。今度は失敗しない。
ピッという音と共に、操作盤の画面にワタシの入構証のデータが表示される。
──規模の小さい会社なのに、設備は大企業並にしっかりしてるんだなぁ……。
ここまで来て、ワタシはそんな印象をいだいた。まあ、実際に大企業の職場に入ったことなんて無いので、あくまで個人的な感想なのだけど。
事務所内はエントランスと違って数台のデスクとパソコン、冷蔵庫や棚など生活感に満ち満ちていた。
「えっと……もう社長は来ているはずなのですが……」
プロデューサーはキョロキョロと周囲を見回し、大きなソファーに目をやったところで何かに気づき、頭をかかえて憂鬱そうなため息をひとつ漏らした。
ワタシもそちらに目をやるとそこには、ワイシャツとスカートをソファーの背に無造作に脱ぎ捨て、赤いブラとパンティだけというあられもない姿でソファーに横たわり、気持ち良さそうにイビキをかいて寝ているひとりの女性の姿があった。
その前に鎮座するテーブルの上には、ワインと思われるボトルが3本とワイングラスが置かれている。
──これが社長……? まさか、ね。きっと先輩……だよね?
紅潮した顔で泥酔しているその女性を見て、ワタシはそう思いこもうとしたけど、
「本当に社長は、ちょっと目を離した隙に勝手に泥酔するの止めてもらえませんか……」
プロデューサーは辟易とした口調で女性に呼びかけるのだった。
「ぅん……あぁ、やっと来たの?」
その女性は艶っぽい声を発し、目をこすりながらゆっくりと上半身を起こす。その拍子にブラの肩紐が片方ずり落ち、大きなおっぱいが露出してしまうのではと、ワタシはヒヤヒヤしてしまう。
「あ、あの……。本当にこちらの方が社長なんですか? 先輩じゃなくて?」
「ええ、残念ながら……」
「残念ながらってどういう意味? 失礼しちゃうなぁ」
下着姿の女性──社長さんは不満そうに頬を膨らませたかと思うと、すぐにニンマリとした笑みを浮かべながら所々寝癖がついて跳ね上がった長い茶髪をかき上げ、
「それより聞いた? 先輩だってよ、先輩。ひょっとして今からセックスアイドルやれちゃうかも、ア・タ・シ」
プロデューサーに向けてウィンクを飛ばす。
実際、モデル並のルックスとスタイルを備えている。何気ない仕草のひとつひとつに色気があふれていて、同性なのに思わず見惚れてしまう。
「社長……もういい歳なんだから勘弁してくださいよ」
だけどプロデューサーさんは意に介さず、つっけんどんに言い放つ。
「こらこら、マサオミぃ! そういうキミだってアタシと同い歳だろうに」
社長さんはソファーの上で胡座を欠き、プロデューサーさんに対して不服の意を示す。
──マサオミ?
ワタシはポケットからスマホを取り出し、もう1度プロデューサーさんの名刺を表示する。
──佐土原雅臣……。それがプロデューサーさんの名前なんだ。
正直、外見のインパクトが強すぎてそれ以外のことに気が回らなかったけど、そこには26歳という年齢も記載されていた。
ということは、社長さんも26歳なのか。
ただ、同い歳だとしてもこの2人のやりとりを聞いていると、上司と部下の関係を超えた何かがありそうな気がした。
「水池さん、今さらですがご紹介します。コレが我がSGIプロダクションの社長・中原セイラです」
プロデューサーさんはワタシの方へ向き直り、苦笑いと共に伝える。
「おい、コラぁ、コレとか言うな、コレとか。アタシはモノじゃないぞー!」
腕を突き上げ、社長さんは抗議する。
「それで社長。こちらが水池さくらさんです」
だけどプロデューサーさんはそれを完全スルーして、ワタシのことを紹介する。
「いい度胸してるよ、マサオミ……」
社長さんは諦めとも取れるため息を漏らすと、ボサボサに乱れた髪をもう1度かき上げる。
「あ、あの、水池さくらです! これからよろしくお願い致します、社長さん!!」
ワタシはすぐに頭を下げ、自己紹介する。
「ようこそ、さくらくん。アタシはここの社長をしている中原セイラだ。よろしく頼むよ」
社長さんは人当たりの良い笑みを浮かべ、右手をこちらに差し出す。
「は、はい!」
ワタシも右手を伸ばして彼女と握手を交わす。
「で、だ。キミはこんな社長を見てどう思った?」
社長さんはとたんにいたずらっぽい笑みを浮かべてそんなことを訊ねてくる。
「だらし姉ぇ……じゃなくて、とてもおキレイだと思います!」
ワタシは思わず飛び出した単語を慌てて打ち消し、美辞を述べる。
「……さくらくん。今、サラッとヒドいこと言わなかったかい?」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
全然打ち消せなかったみたいで、社長さんはこちらにジト目を向けてくる。
ワタシってば、いつもそうだ。
よく友達から、
『さくらって、ナチュラルに毒を吐くクセがあるよね』
って言われていたんだ。
ワタシがオロオロと取り乱していると、社長さんは急に笑い出し、
「いやぁ、おもしろいよ、さくらくん。うん、おもしろい!」
何度も「おもしろい」という単語を繰り返すのだった。
「なるほどねぇ。マサオミはこういうコが好みだったのか」
「社長、誤解を招くような発言を本人の前で堂々と言うのは止めてください」
茶化すような社長の言葉に、プロデューサーさんは真顔で答えた。
「俺が彼女を採用したのは、あくまでも可能性を感じたからです。他意はありません」
「はいはい、相変わらずお堅いこって。どうせならアッチの方を硬くしたらどうだい?」
かなり下品なその言葉に、プロデューサーさんがサングラスを外して不機嫌そうな鋭い眼光を向けると、社長さんは思わず視線を逸らし、口笛を吹いてとぼける。
「さあ、ではあいさつも済ませたので次は部屋にご案内します」
クールダウンさせるようにひとつため息を吐いてから、プロデューサーさんがうながす。
「あ、そうだ、マサオミ。初仕事の話はもうしたの?」
その時、社長さんがそんなことを言って呼び止める。
「これから話すところです」
「じゃあさ、ついでにさくらちゃんの宣伝素材を部屋で撮っちゃおうよ。アタシがカメラ回すから」
名案とばかりにポンと手を合わせ、社長がようやく立ち上がる。
と、その拍子に腕の所まで下がっていたブラの肩紐が完全にずり落ち、彼女の形の良いおっぱいが片方だけ完全に露出してしまう。
「どうでもいいから早く服着てください……」
憂鬱そうに額に手をあて、プロデューサーさんがうながす。
社長さんはブラの肩紐を戻すと、こちらに向けていたずらっぽく舌を出し、脱ぎ捨ててあったワイシャツとスカートをそそくさと身にまとう。
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