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第一章 出会い
2話 収穫祭
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思えば、こうして祭りの最中の街をただ歩くというのは、ジュードにとっても初めての経験だ。傭兵の息子として産まれて以来、物心がつく前から戦地を転々としてきた。そんなジュードにとっては戦場こそが日常で、こんなにも平和な街並みは、おとぎ話の中にしか存在しないものだったのだ。
「すごい……すごいですね、ジュードさん! 人がたくさんいます!」
深く被った帽子のてっぺんを押さえながら、アルフレッドは子供のように目を輝かせて、辺りを見回している。
「あまりはしゃいで、はぐれないでくださいよ。なにしろこの人混みですからね」
「はい!」
元気なアルフレッドの答えを聞いて、思わず笑みが零れる。こんなに喜んでくれるのなら、やはり連れ出して正解だった。
「ジュードさん、あのお店を見に行っても良いですか?」
「はいはい、どこへでも行きますよ」
アルフレッドが指した方へと、ジュードは右手に持った杖を向けた。普通に歩く分には必要ない物だが、屋外や長距離を移動する場合は、念の為に杖をつくようにしている。初めは自分がいきなり老人にでもなったようで、あまり良い気はしなかったのだが、万が一にでも動けなくなって迷惑をかけるよりはよほど良い。
自らが生まれ育った街とはいえ、ほとんど外に出る事のないアルフレッドにとっては、なにもかもが珍しくて仕方ないのだろう。艶やかな野菜が詰まった木箱を興味深げに覗いてみたかと思えば、華やかな異国の衣装を見て感嘆の声を上げる。その中でも特にアルフレッドの目を引いたのは、画材を取り扱っている店だった。
「見てください、ジュードさん! 青い顔料ですよ!」
屋台の上にある鍵付きの棚に並べられた小瓶を指して、アルフレッドが興奮した声を上げる。
「青い顔料……? それは珍しいモンなんですか」
「はい! 青は自然の中にほとんど存在しない色なので、作るのがとても難しいんです。特にこんなふうに鮮やかな青色は、宝石を砕く事でしか作れません。だから青い顔料は、黄金ほどの価値があると言われているんですよ」
「その通り! よくご存知ですね、お坊ちゃん」
頬を紅潮させて語るアルフレッドの声に割り込んできたのは雑貨屋の店主だった。よく肥えた牛のように愛嬌のある顔立ちをした彼は、人の良さそうな笑みを浮かべて、屋台越しのアルフレッドへと話しかける。
「坊ちゃんのおっしゃる通り、青い顔料ってのはとんでもない高級品でした。けれどもそれは、もう昔の話です。というのも、今から一年ほど前、ここから遙か西にあるウィスタム地方の山間部で、世にも珍しい真っ青な花畑が発見されたんです。しかもその花は生命力が強く、どこでも簡単に栽培できるときたもんだ」
「……もしかして、この顔料はその花から?」
「その通りです! ラピスラズリよりも簡単に多く手に入り、それでいて完成品の鮮やかさはまるで劣らないという素晴らしい代物です。今後はどんな画家でも気軽に“青”を使えるようになりますよ。……とはいえ、今はまだ流通が安定してないもんで、他の色より値が張るのは変わりませんが、それでも以前に比べりゃ遥かにお買い得ですよ」
確かに店主の言う通り、棚に付けられた値札は黄金と同等……という程ではなかったが、それでも十分高価な部類と言えた。だがしかし、ジュードの視線はそんな高価な品物ではなく、福々とした店主の顔に注がれていた。
「なあ……アンタもしかして、マシューじゃないか?」
「はい? お客さん、どこかでお会いしたことがありましたっけ」
「俺だよ、ジュードだ。昔、ノスタインの酒場でよく飲んだだろ。アンタめっぽう酒に強くて、店にいるやつらと飲み比べしては、しょっちゅうタダ酒飲んでた」
初めは不思議そうな顔でジュードを見返すばかりだった店主だが、ジュードがあの頃の記憶を語るにつれ、その瞳は大きく見開かれていった。
「おお……! あんたあの傭兵の兄ちゃんか! 最後に会った時、これから戦場の最前線に行くって話したきりだったから、てっきり死んだと思ってたよ」
「それはこっちの台詞だ。アンタこそ、兵士でもないのに戦時下の国を飛び回って、きっとどこかで野垂れ死んでるだろうと思ってた」
「ははっ、生憎オレには口八丁があるんでね。丸腰で戦地に放り出されたって、この口だけで生き延びてみせるさ」
酒樽のように立派な腹を抱えて笑う店主とジュードの顔を見比べて、アルフレッドはきょとんとした顔をしている。そんな彼の方に視線を向けて、ジュードは微笑んだ。
「アルフレッド様。彼が今朝少し話した、収穫祭について教えてくれた行商人ですよ。俺が北の戦場にいた頃の飲み仲間です」
マシューについて軽く紹介したのち、今度はそのマシューの方に視線を向ける。
「この人は俺のご主人様だ。傭兵稼業は少し前に辞めて、今はこの人の護衛としてこの街で暮らしてる」
「そうかい。あんたも落ち着ける場所を見つけたんだな」
そう言ってマシューは優しく笑い、屋台の反対側の端に目を向けた。そこでは美しいブロンドの女性が、若い男性を相手に接客をしている。
「うちのカミさん、美人だろ?」
「そうだな。アンタにはもったいないくらいだ」
本当に、人間どう変わるかは、誰にも分からないものだ。家族も故郷も持たずに根無し草の生活を続けていたあの頃の自分たちが、もしも今の光景を見たら、一体何を思うだろうか。
「さて、オレたちは普段、隣町で店を開いてますんで、よければ祭りが終わっても贔屓にしてくださいね。店でこれを見せてくだされば、いくらかお勉強させて貰いますから」
ちゃっかり者の店主は、そう言ってアルフレッドに営業をかけ、店名らしき文字が彫られた木札を手渡した。
「あ、ありがとうございます……」
対するアルフレッドは、マシューの流暢な話しぶりに圧倒されてしまったようで、目を白黒させながら木札を受け取っている。若く世間知らずな主にとっては、こんなやり取りもひとつの経験だろう。
「じゃあ、俺たちはまだ祭りを見て回るから。そのうちまた酒でも飲みに行こう」
「ああ。カミさんに怒られない程度なら、喜んで付き合うよ」
ひとまず話を切り上げようと、お互いに別れの言葉を交わす。友との再会を確信して“次”を約束できるのだから、平和な世界も悪くないものだ。
「さあアルフレッド様。日が暮れちまう前に、他の場所にも行ってみましょうか」
そうアルフレッドに声をかけた時、異変は起きた。
「きゃあああっ」
甲高い女性の悲鳴と、何かが倒れる音がすぐ近くで響き渡り、その場にいた三人は驚いて一斉にそちらへ視線を向けた。
「リリー! 大丈夫か?!」
マシューの慌てた声を聞きながら屋台の向こうを覗き込むと、先ほどのブロンドの女性が地面に尻もちをついているのが見えた。
「あ、あなた……どうしよう、あの人たちが、今日の売上を……」
彼女が震えながら指した方を目で追うと、二人組の男が人混みを押し退けて逃げようとしている様子が目に入った。そのうちの一人は、先ほど彼女が接客していた男だ。おそらく、一人が店主に話しかけて気を引き、もう一人がその隙に金品を盗むという手口なのだろう。
人混みに紛れて逃げる男たちの姿を凝視しながら、一瞬の間に考える。今からこの足で追いかけて、あの男たちを捕まえる事は出来るだろうか。なによりこの混乱の中、アルフレッドを一人で残して良いものか。
おそらく、考え込んでいた時間は一秒もなかったはずだ。しかし、そのわずかな時間から意識を戻した瞬間、すぐ傍にいたはずの小柄な影が、跡形もなく消えていた。
「待て!」
鋭い声と共に、アルフレッドの影が空を飛んだ。
そう。それはまさに、“飛ぶ”としか形容しようのない、見事な跳躍だった。地面を強く蹴った細身の体は軽々と宙を舞い、ひしめき合う人々の頭を飛び越えていく。いくらアルフレッドの体が小さくとも、それは到底人間業とは思えない動きだった。
ジュードの脳裏に、かつての記憶がフラッシュバックする。人よりも遥かに大きく強靭な体を持ち、戦場を飛ぶように駆ける化け物──ワーウルフ。
アルフレッドは、人間だ。同じ年頃の青年たちよりも小さく華奢で、危険から守ってやらなくてはいけない存在なのだと、そう思っていた。だが、今目の前にある光景は何だ。この弱った足では追いつくことすら出来ない超人的な力を、彼は隠し持っていた。何が護衛だ。結局のところ、自分はアルフレッドの事を何も理解できていなかったのだと思い知る。
彼は確かに、あの化け物たちの血を引いているのだ。
「アルフレッド様!」
アルフレッドが跳躍した際に落とした帽子を拾い、騒ぎに混乱する人々を押し退けて、主の元へ走った。強く踏み込む度に、右足に鈍い痛みが走って崩れ落ちそうになる。やはり杖を持ってきて正解だった。
「盗んだ物を、返せ……っ!」
逃げ出そうとする人々や、逆に集まろうとする野次馬たちを掻き分けて、騒ぎの中心へ向かう。そこには、先ほどマシューの妻から金を奪った男と、その上に馬乗りになって取り押さえようとしているアルフレッドの姿があった。もう一人の男は仲間を置いてさっさと逃げたようで、その姿は見当たらない。
「離せ、この……化け物!」
「わ……っ」
取り押さえられていた男が、口汚い言葉と共にアルフレッドを突き飛ばした。その身軽さが仇となり、アルフレッドはいとも簡単に弾き飛ばされてしまう。
「おっと、危ない」
アルフレッドの体が地面に転がる寸前、ギリギリの所でその体を抱きとめる。
「あ、ジュードさん……」
「すみません、遅くなって。……よく頑張りましたね」
銀色の髪に帽子を被せ、その頭をそっと撫でる。その間も、視線は目の前で今にも起き上がって逃げ出そうとしている男の方に向けていた。
アルフレッドをその場に残して、筒状にした右手をシャフトに添え、杖を構える。そうして無防備に晒された男の背中に向けて、杖のグリップを思いきり押し出した。
「ぎゃっ」
起き上がり際に背中を突かれた男が、汚い悲鳴を上げて体勢を崩す。その隙に杖を左手に持ち替え、背後から男の首を絞めあげた。
「盗んだモンを返しな。それとも、この杖とアンタの首の骨、どっちが丈夫か試してみるか」
杖の先端を二の腕で挟んで引き寄せ、ギリギリと締め付けながら囁く。
「ぐ……っ、わ、分がった……か、えす……返す、って……っ」
踏み潰される寸前の蛙のような声で呻きながら、男は自らの懐に手を入れ、その中に隠し持っていた皮袋を取り落とした。
「ジュード!」
ちょうどその時、野次馬たちの間から、慌てた様子のマシューが顔を出した。その後ろには、祭りを見回っていたらしい警邏隊の姿も見える。
「金は取り返したぞ」
「ああ……ありがとう、本当に助かった」
「いや、礼なら俺のご主人様に言ってくれ。あの人が取り押さえてくれなきゃ、あのまま逃げられてた」
失神寸前の男を警邏隊に引渡し、アルフレッドの方を振り向く。その時になって初めて、ジュードは周囲の空気の異様さに気がついた。
「ねえ見た? あの男の子の耳……」
「あれは領主様の次男坊の……」
「あの跳躍力、やはり化け物だ……」
遠巻きに見つめる人々の口から吐き出される、悪意の色をした言葉たち。鋭く尖ったその言葉が向けられる中心で、アルフレッドはひとり立ち尽くしていた。
「アルフレッド様……!」
大きな帽子のつばを握りしめてうつむいているアルフレッドの元へ向かい、周囲の視線から隠すように、その体を自分の方へ引き寄せる。
「ジュードさん……」
「ひとりにしてすみませんでした。……今日はもう、帰りましょうか」
うつむいたまま、アルフレッドはこくりと頷いた。その姿を目にしたジュードの胸に、じわりと苦い後悔が滲む。やはり、軽率に彼を外へ連れ出すべきではなかったのかもしれない。
アルフレッドの手を引いて、可能な限り早くこの場から抜け出そうと、屋敷がある方角へ足を向ける。だがその寸前で、焦った様子の声に背後から呼び止められた。
「待ってくれ! ジュード、坊ちゃん!」
丸い腹をゆさゆさと揺らしながら人混みを掻き分けてやってきたのは、マシューだった。取り戻した金の袋を持って店に戻ったと思ったが、まだ何か用があるのだろうか。
足を止めて振り向いた二人の元へ辿り着いたマシューは、息を切らしながら、握った手をアルフレッドの前に差し出した。
「坊ちゃん、さっきはどうもありがとうございました。お礼と言っちゃなんですが、良ければこれを貰ってくれませんか」
そう言ってマシューが開いた手の中にあったのは、先ほどアルフレッドが興味深げに見ていた、あの青色の顔料だった。
「そんな……いただけません、こんな高価な物」
「いやいや、坊ちゃんが止めてくださらなきゃ、今日の売り上げ全部盗られちまってたところです。そのお礼にしちゃ安いくらいですよ」
「でも……」
なおも断ろうとするアルフレッドの肩に手を置き、ジュードはその言葉を遮った。
「アルフレッド様、それは貴方の頑張りに対する正当な報酬です。どうか受け取ってやってください」
ジュードの言葉に、マシューも深く頷く。そんな二人の顔を何度も見比べ、アルフレッドはおずおずとマシューの方に手を伸ばした。
「……ありがとう、ございます」
青い小瓶を両手に抱いて、アルフレッドはぺこりと頭を下げた。
今日この日、アルフレッドをこの街に連れ出した事が正解だったのかは分からない。けれど、アルフレッドの勇気を認めてくれる人間がたった一人でもいた事は、わずかでも彼の救いになっただろうか。
*
その晩、ジュードは自室のベッドの上に横たわって、ひとり天井を見上げていた。屋敷の広さに対して人が少ないので、この屋敷に住む使用人は皆個室を与えられている。
(……なかなか、難しいもんだな)
ごろりと寝返りを打ちながら、そんな事を考える。共に生活しているうちにすっかり馴染んでしまったが、アルフレッドの姿は明らかな異形だ。そんな彼が人々の中で生きる事がどれほど難しい事か、まるで理解できていなかったのだと思い知った。“守る”なんて言葉を、軽率に使うべきではなかったのだ。
投げつけられた石を叩き落とす事は出来ても、悪意に満ちた言葉を防ぐ術はないのだから。……たとえこの手足が、自由に動いたとしても。
自分の無力さに嫌気がさす。このままこの屋敷に居続けたとして、自分は彼のために何が出来るというのだろうか。
そんな自問を繰り返していると、不意に自室の外で何かが動くような気配を感じた。扉の前で行ったり来たりするような足音だ。こんな夜更けにわざわざ部屋までやって来るのはどこの誰だろうか。体を起こして扉の方へ向かいながら、頭の中に浮かんだ名前を口にしてみる。
「……アルフレッド様?」
扉を開けながら声をかけると、すぐそこにいた影が驚いた様子で小さく飛び跳ねるのが見えた。明かりが無いのでその姿はぼんやりとしか見えないが、それでもその特徴的な姿は見間違えるはずもない。
「なっ、なんで分かったんですか?!」
耳をピンと立てて訊ねるアルフレッドの様子がおかしくて、つい笑ってしまいそうになる。
「ちょうど、アルフレッド様の事を考えていたものですから。貴方だったら良いなと思ったんですよ」
「え……っ」
ジュードの言葉を聞いた瞬間、アルフレッドの尻尾の毛がブワッと膨れたのは、一体どういう感情だったのだろうか。夜目の利くアルフレッドなら、この暗闇の中でも相手の表情が窺えるのだろうが、ただの人間であるジュードには無理な話だった。
「あ、あの、中に入っても良いですか……?」
「もちろん」
そう言って扉を大きく開いてアルフレッドを招き入れ、ベッドの脇に置かれたランプに火をつける。そもそもアルフレッドに貸し与えられている部屋なのだから、ジュードが断るはずもない。
「お、お邪魔します……」
小さな声で呟きながら入って来たアルフレッドをベッドの端に座らせ、自分もその隣に腰を下ろす。薄明かりのそばで見たアルフレッドの頬は、いつもより少し赤いように見えた。
二人の間に、沈黙が落ちる。しかしアルフレッドは何か言うべき言葉を探しているようで、真剣な表情をしていた。
「……あの、ジュードさん。今日はありがとうございました」
そうして、ようやく口を開いたアルフレッドは、膝に視線を落としたままでそう言った。
「礼を言われるような事をした覚えはありませんが……」
「今日、僕と一緒にお祭りに行ってくれたじゃないですか」
「あれは……かえって申し訳ない事をしたと思ってますよ。俺が強引に連れ出したせいで、貴方に嫌な思いをさせちまった」
ジュードがそう言った瞬間、アルフレッドは勢いよく顔を上げた。
「そんな事ないです! ……確かに、少し悲しい事もありましたけど、今日はそれ以上に楽しい事ばっかりでした。この屋敷の外には、たくさんの人がいて、見たこともない物がたくさんあって、賑やかで、キラキラしていて……そんな世界に踏み出す勇気を貰えて、本当に嬉しかった。だから、お礼を言いたかったんです。今日、僕と一緒に居てくれて、本当にありがとうございました」
「アルフレッド様……」
強い人だ。きっと酷く傷ついたはずなのに、それでもそんな素振りを微塵も見せずに笑っている。
「……俺で良けりゃ、いつでも付き合いますよ」
「本当ですか? 嬉しいです」
そう言って、アルフレッドは幸せそうに頬を緩ませた。
「あ、それで、ここに来たのは昼間のお礼を言いたかったのもあるんですけど、その……」
アルフレッドはまたうつむいて、なにやらモジモジし始めた。彼はころころとよく表情が変わるので、見ていて飽きないなと思う。
「何か、俺にして欲しい事でもありますか? なんでもしますよ」
アルフレッドなら酷い我儘を言うこともないだろうと思っての発言だったが、それと同じくらい、彼を甘やかしてやりたいという気持ちがあるのも事実だった。この優しく健気な青年が、これ以上傷つく事のないように。そのために自分に出来る事があるなら、なんだってしてやりたいと思う。
そんなジュードの内心を知ってか知らずか、アルフレッドはうつむいたまま口を開いた。
「その……今夜は、ここで一緒に寝ても良いですか?」
「…………え?」
思ってもみなかった『お願い』に驚くジュードの横で、アルフレッドは慌てた様子で顔を上げた。
「あっ……その、へ、変な意味じゃなくて! ただ、あの……今日はなんだか眠れなくて、それで、あなたの匂いを嗅いでるとすごく落ち着くので、だから、隣で……寝られたらって……」
言葉に勢いがなくなっていくのに比例して、アルフレッドの耳と尻尾もどんどん垂れ下がっていく。
「ごめんなさい……気持ち悪い、ですよね」
その声があまりにも寂しそうで、ジュードは自分でも意識する前に手を伸ばし、アルフレッドを抱きしめていた。
「あっ……」
「こんなおっさんの匂いで気が休まるなら、どうぞいくらでも」
そう囁いて、アルフレッドの頭を軽く引き寄せる。アルフレッドは一瞬驚いたように身動ぎしたが、すぐに安心したような息を吐いて、自らジュードの胸に顔を埋めた。
「ジュードさん……」
胸に感じる吐息と、遠慮がちに回された手は温かく、触れ合った箇所から、穏やかな気持ちが溶け込んでくるような気がした。
「すごい……すごいですね、ジュードさん! 人がたくさんいます!」
深く被った帽子のてっぺんを押さえながら、アルフレッドは子供のように目を輝かせて、辺りを見回している。
「あまりはしゃいで、はぐれないでくださいよ。なにしろこの人混みですからね」
「はい!」
元気なアルフレッドの答えを聞いて、思わず笑みが零れる。こんなに喜んでくれるのなら、やはり連れ出して正解だった。
「ジュードさん、あのお店を見に行っても良いですか?」
「はいはい、どこへでも行きますよ」
アルフレッドが指した方へと、ジュードは右手に持った杖を向けた。普通に歩く分には必要ない物だが、屋外や長距離を移動する場合は、念の為に杖をつくようにしている。初めは自分がいきなり老人にでもなったようで、あまり良い気はしなかったのだが、万が一にでも動けなくなって迷惑をかけるよりはよほど良い。
自らが生まれ育った街とはいえ、ほとんど外に出る事のないアルフレッドにとっては、なにもかもが珍しくて仕方ないのだろう。艶やかな野菜が詰まった木箱を興味深げに覗いてみたかと思えば、華やかな異国の衣装を見て感嘆の声を上げる。その中でも特にアルフレッドの目を引いたのは、画材を取り扱っている店だった。
「見てください、ジュードさん! 青い顔料ですよ!」
屋台の上にある鍵付きの棚に並べられた小瓶を指して、アルフレッドが興奮した声を上げる。
「青い顔料……? それは珍しいモンなんですか」
「はい! 青は自然の中にほとんど存在しない色なので、作るのがとても難しいんです。特にこんなふうに鮮やかな青色は、宝石を砕く事でしか作れません。だから青い顔料は、黄金ほどの価値があると言われているんですよ」
「その通り! よくご存知ですね、お坊ちゃん」
頬を紅潮させて語るアルフレッドの声に割り込んできたのは雑貨屋の店主だった。よく肥えた牛のように愛嬌のある顔立ちをした彼は、人の良さそうな笑みを浮かべて、屋台越しのアルフレッドへと話しかける。
「坊ちゃんのおっしゃる通り、青い顔料ってのはとんでもない高級品でした。けれどもそれは、もう昔の話です。というのも、今から一年ほど前、ここから遙か西にあるウィスタム地方の山間部で、世にも珍しい真っ青な花畑が発見されたんです。しかもその花は生命力が強く、どこでも簡単に栽培できるときたもんだ」
「……もしかして、この顔料はその花から?」
「その通りです! ラピスラズリよりも簡単に多く手に入り、それでいて完成品の鮮やかさはまるで劣らないという素晴らしい代物です。今後はどんな画家でも気軽に“青”を使えるようになりますよ。……とはいえ、今はまだ流通が安定してないもんで、他の色より値が張るのは変わりませんが、それでも以前に比べりゃ遥かにお買い得ですよ」
確かに店主の言う通り、棚に付けられた値札は黄金と同等……という程ではなかったが、それでも十分高価な部類と言えた。だがしかし、ジュードの視線はそんな高価な品物ではなく、福々とした店主の顔に注がれていた。
「なあ……アンタもしかして、マシューじゃないか?」
「はい? お客さん、どこかでお会いしたことがありましたっけ」
「俺だよ、ジュードだ。昔、ノスタインの酒場でよく飲んだだろ。アンタめっぽう酒に強くて、店にいるやつらと飲み比べしては、しょっちゅうタダ酒飲んでた」
初めは不思議そうな顔でジュードを見返すばかりだった店主だが、ジュードがあの頃の記憶を語るにつれ、その瞳は大きく見開かれていった。
「おお……! あんたあの傭兵の兄ちゃんか! 最後に会った時、これから戦場の最前線に行くって話したきりだったから、てっきり死んだと思ってたよ」
「それはこっちの台詞だ。アンタこそ、兵士でもないのに戦時下の国を飛び回って、きっとどこかで野垂れ死んでるだろうと思ってた」
「ははっ、生憎オレには口八丁があるんでね。丸腰で戦地に放り出されたって、この口だけで生き延びてみせるさ」
酒樽のように立派な腹を抱えて笑う店主とジュードの顔を見比べて、アルフレッドはきょとんとした顔をしている。そんな彼の方に視線を向けて、ジュードは微笑んだ。
「アルフレッド様。彼が今朝少し話した、収穫祭について教えてくれた行商人ですよ。俺が北の戦場にいた頃の飲み仲間です」
マシューについて軽く紹介したのち、今度はそのマシューの方に視線を向ける。
「この人は俺のご主人様だ。傭兵稼業は少し前に辞めて、今はこの人の護衛としてこの街で暮らしてる」
「そうかい。あんたも落ち着ける場所を見つけたんだな」
そう言ってマシューは優しく笑い、屋台の反対側の端に目を向けた。そこでは美しいブロンドの女性が、若い男性を相手に接客をしている。
「うちのカミさん、美人だろ?」
「そうだな。アンタにはもったいないくらいだ」
本当に、人間どう変わるかは、誰にも分からないものだ。家族も故郷も持たずに根無し草の生活を続けていたあの頃の自分たちが、もしも今の光景を見たら、一体何を思うだろうか。
「さて、オレたちは普段、隣町で店を開いてますんで、よければ祭りが終わっても贔屓にしてくださいね。店でこれを見せてくだされば、いくらかお勉強させて貰いますから」
ちゃっかり者の店主は、そう言ってアルフレッドに営業をかけ、店名らしき文字が彫られた木札を手渡した。
「あ、ありがとうございます……」
対するアルフレッドは、マシューの流暢な話しぶりに圧倒されてしまったようで、目を白黒させながら木札を受け取っている。若く世間知らずな主にとっては、こんなやり取りもひとつの経験だろう。
「じゃあ、俺たちはまだ祭りを見て回るから。そのうちまた酒でも飲みに行こう」
「ああ。カミさんに怒られない程度なら、喜んで付き合うよ」
ひとまず話を切り上げようと、お互いに別れの言葉を交わす。友との再会を確信して“次”を約束できるのだから、平和な世界も悪くないものだ。
「さあアルフレッド様。日が暮れちまう前に、他の場所にも行ってみましょうか」
そうアルフレッドに声をかけた時、異変は起きた。
「きゃあああっ」
甲高い女性の悲鳴と、何かが倒れる音がすぐ近くで響き渡り、その場にいた三人は驚いて一斉にそちらへ視線を向けた。
「リリー! 大丈夫か?!」
マシューの慌てた声を聞きながら屋台の向こうを覗き込むと、先ほどのブロンドの女性が地面に尻もちをついているのが見えた。
「あ、あなた……どうしよう、あの人たちが、今日の売上を……」
彼女が震えながら指した方を目で追うと、二人組の男が人混みを押し退けて逃げようとしている様子が目に入った。そのうちの一人は、先ほど彼女が接客していた男だ。おそらく、一人が店主に話しかけて気を引き、もう一人がその隙に金品を盗むという手口なのだろう。
人混みに紛れて逃げる男たちの姿を凝視しながら、一瞬の間に考える。今からこの足で追いかけて、あの男たちを捕まえる事は出来るだろうか。なによりこの混乱の中、アルフレッドを一人で残して良いものか。
おそらく、考え込んでいた時間は一秒もなかったはずだ。しかし、そのわずかな時間から意識を戻した瞬間、すぐ傍にいたはずの小柄な影が、跡形もなく消えていた。
「待て!」
鋭い声と共に、アルフレッドの影が空を飛んだ。
そう。それはまさに、“飛ぶ”としか形容しようのない、見事な跳躍だった。地面を強く蹴った細身の体は軽々と宙を舞い、ひしめき合う人々の頭を飛び越えていく。いくらアルフレッドの体が小さくとも、それは到底人間業とは思えない動きだった。
ジュードの脳裏に、かつての記憶がフラッシュバックする。人よりも遥かに大きく強靭な体を持ち、戦場を飛ぶように駆ける化け物──ワーウルフ。
アルフレッドは、人間だ。同じ年頃の青年たちよりも小さく華奢で、危険から守ってやらなくてはいけない存在なのだと、そう思っていた。だが、今目の前にある光景は何だ。この弱った足では追いつくことすら出来ない超人的な力を、彼は隠し持っていた。何が護衛だ。結局のところ、自分はアルフレッドの事を何も理解できていなかったのだと思い知る。
彼は確かに、あの化け物たちの血を引いているのだ。
「アルフレッド様!」
アルフレッドが跳躍した際に落とした帽子を拾い、騒ぎに混乱する人々を押し退けて、主の元へ走った。強く踏み込む度に、右足に鈍い痛みが走って崩れ落ちそうになる。やはり杖を持ってきて正解だった。
「盗んだ物を、返せ……っ!」
逃げ出そうとする人々や、逆に集まろうとする野次馬たちを掻き分けて、騒ぎの中心へ向かう。そこには、先ほどマシューの妻から金を奪った男と、その上に馬乗りになって取り押さえようとしているアルフレッドの姿があった。もう一人の男は仲間を置いてさっさと逃げたようで、その姿は見当たらない。
「離せ、この……化け物!」
「わ……っ」
取り押さえられていた男が、口汚い言葉と共にアルフレッドを突き飛ばした。その身軽さが仇となり、アルフレッドはいとも簡単に弾き飛ばされてしまう。
「おっと、危ない」
アルフレッドの体が地面に転がる寸前、ギリギリの所でその体を抱きとめる。
「あ、ジュードさん……」
「すみません、遅くなって。……よく頑張りましたね」
銀色の髪に帽子を被せ、その頭をそっと撫でる。その間も、視線は目の前で今にも起き上がって逃げ出そうとしている男の方に向けていた。
アルフレッドをその場に残して、筒状にした右手をシャフトに添え、杖を構える。そうして無防備に晒された男の背中に向けて、杖のグリップを思いきり押し出した。
「ぎゃっ」
起き上がり際に背中を突かれた男が、汚い悲鳴を上げて体勢を崩す。その隙に杖を左手に持ち替え、背後から男の首を絞めあげた。
「盗んだモンを返しな。それとも、この杖とアンタの首の骨、どっちが丈夫か試してみるか」
杖の先端を二の腕で挟んで引き寄せ、ギリギリと締め付けながら囁く。
「ぐ……っ、わ、分がった……か、えす……返す、って……っ」
踏み潰される寸前の蛙のような声で呻きながら、男は自らの懐に手を入れ、その中に隠し持っていた皮袋を取り落とした。
「ジュード!」
ちょうどその時、野次馬たちの間から、慌てた様子のマシューが顔を出した。その後ろには、祭りを見回っていたらしい警邏隊の姿も見える。
「金は取り返したぞ」
「ああ……ありがとう、本当に助かった」
「いや、礼なら俺のご主人様に言ってくれ。あの人が取り押さえてくれなきゃ、あのまま逃げられてた」
失神寸前の男を警邏隊に引渡し、アルフレッドの方を振り向く。その時になって初めて、ジュードは周囲の空気の異様さに気がついた。
「ねえ見た? あの男の子の耳……」
「あれは領主様の次男坊の……」
「あの跳躍力、やはり化け物だ……」
遠巻きに見つめる人々の口から吐き出される、悪意の色をした言葉たち。鋭く尖ったその言葉が向けられる中心で、アルフレッドはひとり立ち尽くしていた。
「アルフレッド様……!」
大きな帽子のつばを握りしめてうつむいているアルフレッドの元へ向かい、周囲の視線から隠すように、その体を自分の方へ引き寄せる。
「ジュードさん……」
「ひとりにしてすみませんでした。……今日はもう、帰りましょうか」
うつむいたまま、アルフレッドはこくりと頷いた。その姿を目にしたジュードの胸に、じわりと苦い後悔が滲む。やはり、軽率に彼を外へ連れ出すべきではなかったのかもしれない。
アルフレッドの手を引いて、可能な限り早くこの場から抜け出そうと、屋敷がある方角へ足を向ける。だがその寸前で、焦った様子の声に背後から呼び止められた。
「待ってくれ! ジュード、坊ちゃん!」
丸い腹をゆさゆさと揺らしながら人混みを掻き分けてやってきたのは、マシューだった。取り戻した金の袋を持って店に戻ったと思ったが、まだ何か用があるのだろうか。
足を止めて振り向いた二人の元へ辿り着いたマシューは、息を切らしながら、握った手をアルフレッドの前に差し出した。
「坊ちゃん、さっきはどうもありがとうございました。お礼と言っちゃなんですが、良ければこれを貰ってくれませんか」
そう言ってマシューが開いた手の中にあったのは、先ほどアルフレッドが興味深げに見ていた、あの青色の顔料だった。
「そんな……いただけません、こんな高価な物」
「いやいや、坊ちゃんが止めてくださらなきゃ、今日の売り上げ全部盗られちまってたところです。そのお礼にしちゃ安いくらいですよ」
「でも……」
なおも断ろうとするアルフレッドの肩に手を置き、ジュードはその言葉を遮った。
「アルフレッド様、それは貴方の頑張りに対する正当な報酬です。どうか受け取ってやってください」
ジュードの言葉に、マシューも深く頷く。そんな二人の顔を何度も見比べ、アルフレッドはおずおずとマシューの方に手を伸ばした。
「……ありがとう、ございます」
青い小瓶を両手に抱いて、アルフレッドはぺこりと頭を下げた。
今日この日、アルフレッドをこの街に連れ出した事が正解だったのかは分からない。けれど、アルフレッドの勇気を認めてくれる人間がたった一人でもいた事は、わずかでも彼の救いになっただろうか。
*
その晩、ジュードは自室のベッドの上に横たわって、ひとり天井を見上げていた。屋敷の広さに対して人が少ないので、この屋敷に住む使用人は皆個室を与えられている。
(……なかなか、難しいもんだな)
ごろりと寝返りを打ちながら、そんな事を考える。共に生活しているうちにすっかり馴染んでしまったが、アルフレッドの姿は明らかな異形だ。そんな彼が人々の中で生きる事がどれほど難しい事か、まるで理解できていなかったのだと思い知った。“守る”なんて言葉を、軽率に使うべきではなかったのだ。
投げつけられた石を叩き落とす事は出来ても、悪意に満ちた言葉を防ぐ術はないのだから。……たとえこの手足が、自由に動いたとしても。
自分の無力さに嫌気がさす。このままこの屋敷に居続けたとして、自分は彼のために何が出来るというのだろうか。
そんな自問を繰り返していると、不意に自室の外で何かが動くような気配を感じた。扉の前で行ったり来たりするような足音だ。こんな夜更けにわざわざ部屋までやって来るのはどこの誰だろうか。体を起こして扉の方へ向かいながら、頭の中に浮かんだ名前を口にしてみる。
「……アルフレッド様?」
扉を開けながら声をかけると、すぐそこにいた影が驚いた様子で小さく飛び跳ねるのが見えた。明かりが無いのでその姿はぼんやりとしか見えないが、それでもその特徴的な姿は見間違えるはずもない。
「なっ、なんで分かったんですか?!」
耳をピンと立てて訊ねるアルフレッドの様子がおかしくて、つい笑ってしまいそうになる。
「ちょうど、アルフレッド様の事を考えていたものですから。貴方だったら良いなと思ったんですよ」
「え……っ」
ジュードの言葉を聞いた瞬間、アルフレッドの尻尾の毛がブワッと膨れたのは、一体どういう感情だったのだろうか。夜目の利くアルフレッドなら、この暗闇の中でも相手の表情が窺えるのだろうが、ただの人間であるジュードには無理な話だった。
「あ、あの、中に入っても良いですか……?」
「もちろん」
そう言って扉を大きく開いてアルフレッドを招き入れ、ベッドの脇に置かれたランプに火をつける。そもそもアルフレッドに貸し与えられている部屋なのだから、ジュードが断るはずもない。
「お、お邪魔します……」
小さな声で呟きながら入って来たアルフレッドをベッドの端に座らせ、自分もその隣に腰を下ろす。薄明かりのそばで見たアルフレッドの頬は、いつもより少し赤いように見えた。
二人の間に、沈黙が落ちる。しかしアルフレッドは何か言うべき言葉を探しているようで、真剣な表情をしていた。
「……あの、ジュードさん。今日はありがとうございました」
そうして、ようやく口を開いたアルフレッドは、膝に視線を落としたままでそう言った。
「礼を言われるような事をした覚えはありませんが……」
「今日、僕と一緒にお祭りに行ってくれたじゃないですか」
「あれは……かえって申し訳ない事をしたと思ってますよ。俺が強引に連れ出したせいで、貴方に嫌な思いをさせちまった」
ジュードがそう言った瞬間、アルフレッドは勢いよく顔を上げた。
「そんな事ないです! ……確かに、少し悲しい事もありましたけど、今日はそれ以上に楽しい事ばっかりでした。この屋敷の外には、たくさんの人がいて、見たこともない物がたくさんあって、賑やかで、キラキラしていて……そんな世界に踏み出す勇気を貰えて、本当に嬉しかった。だから、お礼を言いたかったんです。今日、僕と一緒に居てくれて、本当にありがとうございました」
「アルフレッド様……」
強い人だ。きっと酷く傷ついたはずなのに、それでもそんな素振りを微塵も見せずに笑っている。
「……俺で良けりゃ、いつでも付き合いますよ」
「本当ですか? 嬉しいです」
そう言って、アルフレッドは幸せそうに頬を緩ませた。
「あ、それで、ここに来たのは昼間のお礼を言いたかったのもあるんですけど、その……」
アルフレッドはまたうつむいて、なにやらモジモジし始めた。彼はころころとよく表情が変わるので、見ていて飽きないなと思う。
「何か、俺にして欲しい事でもありますか? なんでもしますよ」
アルフレッドなら酷い我儘を言うこともないだろうと思っての発言だったが、それと同じくらい、彼を甘やかしてやりたいという気持ちがあるのも事実だった。この優しく健気な青年が、これ以上傷つく事のないように。そのために自分に出来る事があるなら、なんだってしてやりたいと思う。
そんなジュードの内心を知ってか知らずか、アルフレッドはうつむいたまま口を開いた。
「その……今夜は、ここで一緒に寝ても良いですか?」
「…………え?」
思ってもみなかった『お願い』に驚くジュードの横で、アルフレッドは慌てた様子で顔を上げた。
「あっ……その、へ、変な意味じゃなくて! ただ、あの……今日はなんだか眠れなくて、それで、あなたの匂いを嗅いでるとすごく落ち着くので、だから、隣で……寝られたらって……」
言葉に勢いがなくなっていくのに比例して、アルフレッドの耳と尻尾もどんどん垂れ下がっていく。
「ごめんなさい……気持ち悪い、ですよね」
その声があまりにも寂しそうで、ジュードは自分でも意識する前に手を伸ばし、アルフレッドを抱きしめていた。
「あっ……」
「こんなおっさんの匂いで気が休まるなら、どうぞいくらでも」
そう囁いて、アルフレッドの頭を軽く引き寄せる。アルフレッドは一瞬驚いたように身動ぎしたが、すぐに安心したような息を吐いて、自らジュードの胸に顔を埋めた。
「ジュードさん……」
胸に感じる吐息と、遠慮がちに回された手は温かく、触れ合った箇所から、穏やかな気持ちが溶け込んでくるような気がした。
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