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プロローグ
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窓を激しく叩く雨音と、悲鳴のような音をあげて吹き荒ぶ風。本当ならこの窓から沖縄の海が見渡せたはずなのに、今の真っ暗な窓には室内の景色と自分の顔が反射して写るばかりで、何も見えない。
「あーもーまじ最悪。この調子じゃ明日の自由行動とか絶対中止じゃん。沖縄まで来た意味ねー」
布団の上に寝転んだ直人が悪態を吐く。
「台風が急に進路変えて直撃とかついてないよなあ。もう九月だってのにさ」
ついてないとは言いつつも、英紀はあまり気にした様子もなくスマホを弄っている。彼はもともとインドア派なので、この修学旅行自体あまり乗り気では無かったのだ。
「姉貴に土産買ってこいって言われてんのに……あーあ、帰ったら絶対シメられるわ」
「台風のせいじゃしょうがなくね?隆春の姉ちゃん怖えー」
折り畳み式の将棋盤を広げて将棋を指していた隆春と悠聖が、そう言ってへらへらと笑っている。
旅行とはいえ所詮は学校行事。予定が変更になるのは残念ではあるが、もともとその手の活動に意欲的ではない彼らにとっては、本気で悔しがるほどの事でもない。こうして気の合う友人達と、いつも通りだらだら過ごしていられれば十分だった。
「おい和弥!いい加減カーテン閉めろよ。今窓の外なんか見てたってしょうがねえだろ」
布団にひっくり返ったままの直人に言われ、和弥は黙ってカーテンを引いてみんなの元へ戻った。若干機嫌が悪いあたり、直人だけは案外この旅行を楽しみにしていたのかもしれない。出発前は一番気のない素振りをしていたのに。
「お前らもさあ、いつまでそんなジジイくさい遊びしてんだよ」
和弥が自分の布団の上に胡座をかくと、直人は今度は隆春達に絡み始めた。
「俺らが何やろうと勝手だろ。お前なんかさっきからゴロゴロしてるだけじゃねえか」
「直人さー、将棋のルールわかんなくて混ざれないから拗ねてんだろ?ガキくせー」
悠聖に笑われて、直人が顔を赤くする。
「はあ?!誰がそんな……」
「お前らうるさいよー。あんま騒ぐと竹川が来てめんどくさい事になるよ」
直人が体を起こして怒鳴ろうとするのと同時に、スマホから顔を上げないままで英紀が言った。
竹川というのは学年主任の教師で生活指導も担当しているのだが、重箱の隅をつつくような注意ばかりしてくるので、大体の生徒から嫌われている。しかも指摘の仕方があまりにもネチネチと陰湿なので、心を病んでしまった女子生徒もいるという噂だ。
「あ、竹川といえばさ。さっきの怪談めっちゃウケたよな。悪い意味で」
将棋の駒を指で弄びながら、隆春が意地の悪い顔で笑う。
「さっきの夜の集会でやってたやつなー。女子とかキャーキャー言ってたけど、あんなんフリだけだろ。あんなヘッタクソな喋りでビビる高校生いないよな」
そう言って悠聖も馬鹿にした様子で鼻を鳴らす。竹川の語りは早口で抑揚もなく、素人だということを抜きにしても酷いものだった。おかげで数時間前に聞いたばかりだと言うのに、怪談とやらの中身は何ひとつ頭に残っていない。
「あ、じゃあさ、ぼく達でやろうよ。怪談」
「は?なんで?」
英紀が不意に顔を上げて言ったひと言に、直人が顔を顰めた。
「だってさ、今ってロケーション的には完璧じゃん?古い旅館、時刻は夜、外は嵐!どうせ明日は帰るだけだろうしさ、最後に思い出作りしようよ」
「思い出が怪談話かよ」
「いいじゃん、面白そう。おれやりたーい」
苦笑する隆春の横で、悠聖は既に乗り気のようだ。
「お前ら本気かよ……」
「あれ?直人怖いんだ?」
「あ?!んなわけあるか!」
乗せられやすい直人はすっかりその気になったらしい。鼻息も荒く英紀に詰め寄って言う。
「んで?誰からやるって?」
「まあまあ、ちょっと待ちなよ。こういうのは雰囲気が大事なんだからさ」
そう言った英紀は、五人の頭を突き合わせるように並べた布団の真ん中にスマホを置いて、室内の電気を消しに行った。途端に部屋の中は真っ暗になり、中央のスマホだけがぼんやりとした明かりを放つ。
「さすがに火は使えないから、蝋燭の代わりって事で。ほらみんな集まって」
英紀に促され、彼のスマホを中心に五人で車座になる。こんな人工の明かりでもそれらしい雰囲気に感じるのは、外を吹き荒れる嵐が不安を煽るからだろうか。
「さて、それじゃあ早速始めようよ」
楽しげな口調で英紀が言う。小さなスマホのライトでは精々胸元までしか照らすことは出来ず、自分以外の四人がどんな表情でいるのか窺い知ることは出来ない。
「さあ、誰から話そうか?」
英紀が皆を見回す気配があった。顔の見えない彼らは本当に良く知る友人達なのか、もはや確かめる術はない。
そう、それはたとえば……彼らの誰かが化け物に変じていたとしても、気づくことは出来ないという事だ。
「あーもーまじ最悪。この調子じゃ明日の自由行動とか絶対中止じゃん。沖縄まで来た意味ねー」
布団の上に寝転んだ直人が悪態を吐く。
「台風が急に進路変えて直撃とかついてないよなあ。もう九月だってのにさ」
ついてないとは言いつつも、英紀はあまり気にした様子もなくスマホを弄っている。彼はもともとインドア派なので、この修学旅行自体あまり乗り気では無かったのだ。
「姉貴に土産買ってこいって言われてんのに……あーあ、帰ったら絶対シメられるわ」
「台風のせいじゃしょうがなくね?隆春の姉ちゃん怖えー」
折り畳み式の将棋盤を広げて将棋を指していた隆春と悠聖が、そう言ってへらへらと笑っている。
旅行とはいえ所詮は学校行事。予定が変更になるのは残念ではあるが、もともとその手の活動に意欲的ではない彼らにとっては、本気で悔しがるほどの事でもない。こうして気の合う友人達と、いつも通りだらだら過ごしていられれば十分だった。
「おい和弥!いい加減カーテン閉めろよ。今窓の外なんか見てたってしょうがねえだろ」
布団にひっくり返ったままの直人に言われ、和弥は黙ってカーテンを引いてみんなの元へ戻った。若干機嫌が悪いあたり、直人だけは案外この旅行を楽しみにしていたのかもしれない。出発前は一番気のない素振りをしていたのに。
「お前らもさあ、いつまでそんなジジイくさい遊びしてんだよ」
和弥が自分の布団の上に胡座をかくと、直人は今度は隆春達に絡み始めた。
「俺らが何やろうと勝手だろ。お前なんかさっきからゴロゴロしてるだけじゃねえか」
「直人さー、将棋のルールわかんなくて混ざれないから拗ねてんだろ?ガキくせー」
悠聖に笑われて、直人が顔を赤くする。
「はあ?!誰がそんな……」
「お前らうるさいよー。あんま騒ぐと竹川が来てめんどくさい事になるよ」
直人が体を起こして怒鳴ろうとするのと同時に、スマホから顔を上げないままで英紀が言った。
竹川というのは学年主任の教師で生活指導も担当しているのだが、重箱の隅をつつくような注意ばかりしてくるので、大体の生徒から嫌われている。しかも指摘の仕方があまりにもネチネチと陰湿なので、心を病んでしまった女子生徒もいるという噂だ。
「あ、竹川といえばさ。さっきの怪談めっちゃウケたよな。悪い意味で」
将棋の駒を指で弄びながら、隆春が意地の悪い顔で笑う。
「さっきの夜の集会でやってたやつなー。女子とかキャーキャー言ってたけど、あんなんフリだけだろ。あんなヘッタクソな喋りでビビる高校生いないよな」
そう言って悠聖も馬鹿にした様子で鼻を鳴らす。竹川の語りは早口で抑揚もなく、素人だということを抜きにしても酷いものだった。おかげで数時間前に聞いたばかりだと言うのに、怪談とやらの中身は何ひとつ頭に残っていない。
「あ、じゃあさ、ぼく達でやろうよ。怪談」
「は?なんで?」
英紀が不意に顔を上げて言ったひと言に、直人が顔を顰めた。
「だってさ、今ってロケーション的には完璧じゃん?古い旅館、時刻は夜、外は嵐!どうせ明日は帰るだけだろうしさ、最後に思い出作りしようよ」
「思い出が怪談話かよ」
「いいじゃん、面白そう。おれやりたーい」
苦笑する隆春の横で、悠聖は既に乗り気のようだ。
「お前ら本気かよ……」
「あれ?直人怖いんだ?」
「あ?!んなわけあるか!」
乗せられやすい直人はすっかりその気になったらしい。鼻息も荒く英紀に詰め寄って言う。
「んで?誰からやるって?」
「まあまあ、ちょっと待ちなよ。こういうのは雰囲気が大事なんだからさ」
そう言った英紀は、五人の頭を突き合わせるように並べた布団の真ん中にスマホを置いて、室内の電気を消しに行った。途端に部屋の中は真っ暗になり、中央のスマホだけがぼんやりとした明かりを放つ。
「さすがに火は使えないから、蝋燭の代わりって事で。ほらみんな集まって」
英紀に促され、彼のスマホを中心に五人で車座になる。こんな人工の明かりでもそれらしい雰囲気に感じるのは、外を吹き荒れる嵐が不安を煽るからだろうか。
「さて、それじゃあ早速始めようよ」
楽しげな口調で英紀が言う。小さなスマホのライトでは精々胸元までしか照らすことは出来ず、自分以外の四人がどんな表情でいるのか窺い知ることは出来ない。
「さあ、誰から話そうか?」
英紀が皆を見回す気配があった。顔の見えない彼らは本当に良く知る友人達なのか、もはや確かめる術はない。
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