運命色の赤マント

村井 彰

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2話 怪異よりも怖いモノ

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  学生時代から住んでいる小汚いアパートの一室に帰り、手探りで明かりを点ける。そして足元にできた赤い影に向かって呼びかけた。
「着いたぞ、赤マント」
  その声に反応して、影が大きく揺らめいた。そして次の瞬間には、俺の目の前に赤いマントをまとった男が立っていた。フードは深く被ったままだが、刃物と靴は無くなっている。
「……ここがお前の家か」
「狭いとこで悪いな。てかお前飲み食いできんの? 麦茶くらいなら出せるけど」
「必要はないけど飲めなくもない」
「あそ」
  回りくどい返事に肩をすくめつつ、自分の分を入れるついでに赤マントの分の麦茶も入れて、出しっぱなしにしていた折りたたみ式の卓袱台ちゃぶだいの上に置いた。
「座れよ」
「……ん」
  こくりと頷いて、赤マントは卓袱台の前にちんまりと正座した。さっき街灯の下で見た時に比べると、ずいぶんと常識的なサイズになっている。場所に合わせて伸び縮みできるのだろうか。便利だな。
「お前らって、普段は何してんの?」
「何って……ああやって物陰に潜んで、おどかせそうな人間を探してる」
「それだけ? 退屈しないのか」
「……別に。オレたちは、そういう存在だから」
  両手でガラスのコップを持って、興味深げに中身を観察しながら、赤マントはそう言った。けれどこいつはさっき、『暇だ』と言っていたし、こうして俺の誘いにも乗ってきた。本当はこいつらも、人間と関わる事を楽しんでいるんじゃないのか。
「人肌を求めて彷徨う怪異と、そいつに気に入られてしまった人間の女……いや、俺の実体験を元に描くなら男主人公で良いのか。そういや最近、BL雑誌を作るって話があったような……」
  もう少し、あと少しで何かのネタが掴めそうな気がする。尻ポケットから取り出したスマホにアイデアをメモしていく俺を、赤マントが不思議そうな顔で見つめている。
「さっきから何をブツブツ言ってるんだ?」
「ネタ出し。俺漫画家なんだよ。漫画って分かるか?」
「ああ、人間の娯楽だろ。オレたちはそういう創作から生まれるものだから、大体わかる」
「へえ……そういやお前も、江戸川乱歩の小説が元になってるって説もあったな」
  そう考えると、こいつは結構な年寄りなんじゃないだろうか。怪異にそういう概念があるのかは分からないが。
「……俺さ、お前らみたいな怪異をテーマにした漫画描いてんだよ」
「そうなのか?」
  何かを期待したのか、赤マントが俺の言葉にピクッと反応した。
「どんな漫画なんだ? オレたちがどれだけ怖い存在か、人間たちにちゃんと知らしめてるんだろうな」
  フードの下の目をキラキラと輝かせて、赤マントが俺の方に近づいてくる。まさか、こいつが嫌がっていた、怪異を性的消費するタイプの漫画だとは夢にも思っていないようだ。
「……そうだな。お前が手伝ってくれたら、もっと良いものが描けるかもしれない」
「本当か? オレは何をすればいい? なんでもするぞ」
「……言ったな?」
  俺の方をじっと見つめている赤マントに手を伸ばし、その肩を強く掴む。見た目通りかなり痩せているが、触ってもすり抜けたりはしないようだ。
「な、なんだ? いきなり何……っ」
  驚いて逃げようとする赤マントの体を抱きかかえるようにして部屋の奥に引きずっていき、褪せた畳の上に押し倒す。さすがに男を相手にした事はないが、こいつは結構かわいい顔をしているし、たぶんイけるだろう。これも全部、より良い創作のためだ。
「なんでも、してくれるんだよな?」
「い、いや、たしかに言ったけど……具体的に何を」
  その問いには答えずに、赤マントが着ている赤いコートのボタンに手をかけ、ひとつずつ丁寧に外していく。その下から現れたのは、白いワイシャツと黒いスラックスという、非常にシンプルな服装だった。
「なんだ、ちゃんと服は着てるんだな」
「あ、当たり前だろ! というか脱がすな! これが無かったらオレは……っ」
「あー、分かった分かった。別に着たままでも良いから」
  暴れる赤マントの上に馬乗りになって、コートの下にあるシャツのボタンも外していく。さっきのように影になって逃げるとか、持っていたナイフを取り出すとか、抵抗のしようはいくらでもあると思うのだが、赤マントは動揺しているようで、細い手足をジタバタさせるだけだ。
「一体何を考えてるんだ、お前は! オレは男で、都市伝説の怪異で、それを……」
「だからだよ。俺の漫画を完璧にするためには、怪異とヤッたっていう実体験が必要なんだ」
「……! まさか、お前の描いてる漫画って」
  何かに気づいた様子の赤マントを黙らせるため、フードごと頭を掴んで顔を上げさせ、血の気のない唇に口付けた。
「んん……っ!」
  触れた唇は、人間のそれよりずっと冷たくて、こいつが人間ではない事を再認識させられた。はだけさせたシャツの隙間から手を入れて胸を触ってみたが、心臓の鼓動も感じない。まるで死体を抱いているような感覚だ。ネクロフィリアの話ってのも良いかもな。
「は、なせよ、ばかぁ……この、変態……」
  しかし、俺が組み敷いている相手は、生きた人間ではないが、死体でもない。俺の体を押し返そうともがきながら、目に涙を浮かべて必死に抵抗している。
「お前も怪異なら、それらしい抵抗してみろよ。子供を攫って殺したり、血をすすったりするんだろ?」
「そんなこと、した事ない……オレたちは人間をおどかすだけで、殺したり、傷つけたりする力なんて、無いし……」
「へえ、意外と無害なんだな。じゃあこのまま黙ってヤられるか?」
「……っひ」
  掠れた悲鳴をあげる赤マントの両手を畳に押し付けて、あばらの浮いた胸に唇を這わせる。鼓動のない体が、ビクリと震えた。
「うう……」
  頭の上から、すすり泣くようなか細い声が聞こえてくる。どうやら今のこいつは、本当に抵抗する手段を持っていないようだ。
「や、やっぱり、人間なんて、最悪だ……関わらなきゃ良かった……っ」
「そうそう、知らない人には着いて行っちゃいけないって、人間は子供のうちに教わるんだけどな。怪異には縁のない話だったな」
  しれっと言い返しながら少しずつ体の位置をずらし、赤マントを押さえつけていた手を離し、黒いスラックスも脱がせにかかる。きちんと下着を身につけているのも妙な感じだったが、その奥には人間と同じ形の性器がしっかりとぶら下がっていた。こいつらには排泄も性行為も必要ないだろうに、律儀にこんな所まで人間の姿を真似ているのか。
「い、やだあ……っ、やめてくれ……頼むから……っ」
  弱々しい声で訴えながら、赤マントはコートの裾を掴んで、剥き出しの局部を必死に隠そうとしてくる。その情けない態度が、俺の中にある嗜虐心を酷く煽った。さすがに人間の女の子をいたぶる気にはならないが、人間じゃない、しかも男が相手なら、何をしてもあまり心は痛まない。
「……たぶんな、お前らよりも、人間の方がよっぽど凶悪で残酷だよ。おどかすだけで満足するお前らと違って、俺らは実際に傷つけるまで止まれないんだ。……こんなふうに」
  赤マントのスラックスを無理やり全部脱がせて太ももを掴み、残った片手で自分自身をも暴き出した。ゆるく形を持っていたそれを見せつけるようにして扱いてみせると、赤マントの青白い顔が、さらに青ざめる。
「や、やだ……ほんとに……」
「悪いな」
  心のこもらない謝罪を吐き出して、相手の深い部分に昂ったモノを押し付ける。
「いや……いやだぁ……っ」
  ついに泣き出してしまった赤マントの両足を抱えて、身を乗り出す。
「あ……っ、いた、痛いぃ……っ、やだあ……」
「……ちゃんと、お前らにも、痛覚あるんだな……」
  慣らさず強引に突き立てた中は、今にも食いちぎらんばかりに昂りを締めつけてきて、快感よりも苦しさが勝った。脈動のないこいつの体からは血が流れたりはしなかったが、それでも痛みは感じているらしい。
「そう、そうなんだよ……こういう些細な描写に、リアリティが生まれるんだ」
「な、んなんだよぉ……創作、とか、描写とか……お前、狂ってるってぇ……」
「は、本物の怪異にそう言ってもらえるなんて、光栄だな」
「ああ……っ!」
  昂りを深く飲み込んでいる体を押さえつけて無理やり腰を引き、再び奥深くまで侵入する。狭い場所を強引に押し広げる度に、赤マントの体が跳ねて、苦しそうな泣き声が上がった。その反応は人間そのものなのに、昂りを咥えこんでいる箇所は無機物のように冷たい。そのギャップが、どうにも奇妙な感覚だった。
「……男相手でも、案外萎えないもんだな……お前だからかもしんないけど」
「うっ、嬉しく、ない……っ、うう……」
  苦しげに荒い呼吸を繰り返しながら、赤マントは涙に濡れた目で俺を睨んだ。その表情がやけに淫靡で、その目に見られているだけで、体の深い部分に潜んでいる欲情に火を灯されるような気がした。
「はあ……っ、はは……すげ、イけそうだわ……怪異とのセックス、癖になりそ……」
「あ……っ、や……」
  痩せた体に手を回し、肌と肌を密着させながら更に激しく突き上げると、赤マントは弱々しい手で俺の肩を掴んで、無意味に抵抗してきた。
「う、ぐぅ……苦し……っ」
  ほとんど骨と皮だけの痩せた体を抉るように、ガツガツと激しく腰を動かすたび、震える声が耳元で泣き言を洩らす。そういう反応が更にこちらを煽るのだということに、こいつは気がついていないのだろう。
「……っ、う……」
  赤マントの背中を抱いている手にぐっと力を込めて、背中を駆け上がってくる快感に耐える。こいつの体の一番深い部分まで味わい尽くしたくて、痕が残りそうなほどキツく腰を掴み、その最奥に溢れ出る欲望を吐き出した。
「ああ……っ、やだ……やだあ……っ、抜け、ってえ……」
「……暴れん、なよ」
  全てを吐き出しきった後、絶頂の余韻が残る気だるい体で赤マントの体を抱きかかえ、繋がったままゴロリと横になる。
「離せよぉ……っ」
「はいはい。気が済んだらな」
  ジタバタと暴れている赤い塊を抱きしめて、深く息を吐く。
  どうやらこいつのおかげで、とても良い物が描けそうだ。


  *


  翌朝、肌寒さに身震いしながら目を覚ました俺は、まだぼやけている視界で、薄暗い部屋の中を見回した。昨日眠る前に布団を敷き直したはずなのだが、寝ている間に掛け布団を蹴り飛ばしてしまったらしい。どうりで寒いはずだ。
「……あ?」
  布団を探してぼんやり寝返りをうった瞬間、部屋の隅に赤い何かがうずくまっている事に気づいて、不覚にも少し驚いてしまった。
「お前、まだいたのか」
「……なんだよ。あんな事しといてその言い草はないだろ」
「あんな事されといてまだいるとは思わなかったんだよ」
  布団に転がったままで俺が言うと、赤マントは膝をギュッと抱えて、きまり悪そうに目を逸らした。
「だって……それでも、人間と話したのは初めてだったから……」
  消え入りそうな声で呟いて、赤マントは膝に顔を埋めてしまった。相も変わらずフードを深くかぶっているので、俺の方からはもはや赤いダルマにしか見えない。その姿を見て初めて、俺の中に罪悪感のようなものが湧いてきた。
「……まあ、あれだ。お前がいたいって言うなら、好きなだけいて良いぞ。次はもっと優しくしてやるし……」
「は、はあ?! 何言ってんだ次とかないからな?! 調子に乗るな!」
  バッと顔を上げて喚き散らしたかと思うと、赤マントは俺が昨日脱ぎ捨てておいた衣服を掴んで、投げつけてきた。
「なんだよ……気に入らないなら出て行けばいいだけの話だろ」
「ううーっ」
  もはや赤マントは着ている服よりも真っ赤な顔をして、ひたすら唸ることしか出来ないようだ。さすがに可哀想になってきた。
「あー……とりあえず朝飯食うか? 必要ないけど食えるんだよな?」
「…………食べる」
  赤マントはキッと俺を睨んで立ち上がると、のしのしと大股でこちらにやって来て、俺の腕を掴んで引きずり起こそうとしてきた。
「まてまて、すぐ起きるから引っ張んな」
「うるさい。お前寝すぎなんだよ」
「そんな言われるほど寝てねーよ。お前らと違って人間には十分な睡眠が必要なんだぞ」
  パジャマの袖を掴んでくる手を振りほどいて、冷蔵庫を覗きに向かう。そんな俺の後ろを、赤マントは無言で着いてくる。なんだか少し、こいつが可愛く見えてきた。
「……やっぱお前、気が済んでもずっとうちにいろよ」
「なんでだ?」
「俺も一人暮らしで暇だし、あとお前がいるとネタに困らなそうだから」
  俺がそう言った途端、赤マントの顔がまた赤くなった。
「おい! オレのこと変なふうに描くなよ!?」
「さあ、それはお前次第だなあ」
  怒って掴みかかろうとしてくる赤マントを軽くいなして、冷蔵庫の中の食パンを取り出す。

  想定とは違っていたが、あの出会いは俺にとって、間違いなく運命だったのだろう。
  そう確信するのは、まだもう少し先の話だ。
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