異世界特殊清掃員

村井 彰

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ナナ

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 窓辺から射し込む朝日に起こされ、サクはゆっくりと目を開いた。休日だというのに、結局いつも同じような時間に目が覚めてしまう。農家には休みなどなかったから、毎日の早起きが癖になっているのだった。
「んん……」
 ベッドの上で体を起こして、思い切り伸びをする。新人だからということで、他の人より多めに休みを貰っているが、ただごろごろしているだけでは時間がもったいない。この前の休みで部屋はそれなりに片付いたし、せっかくだから今日はどこかに出掛けてみようか。
 軽く朝食を摂ったあと、普段着に着替えて王都の地図を開いた。行ってみたい場所なんて、いくらでもある。今日一日では到底足りないくらいに。
 地図の上に目を走らせながら今日の予定を考えていると、突然隣の部屋から言い争うような声が聞こえてきた。朝からこんな大声を出すお隣さんなんて、一人しか思い当たらない。
「うちは宿じゃねえつってんだろ!いい加減金取るぞお前!」
 そっと扉を開けて隣の様子を窺うと、ちょうど作業着姿のルタが部屋から出てくるところだった。部屋の中にいるらしい誰かに向かって、なにやら文句を言っている。サクが黙って見ていると、視線を感じたのか、ようやくルタがこちらに気づいた。
「んだよ。何見てんだ」
「朝からうるさいなあって」
 率直すぎるサクの言葉に、ルタが顔を顰める。
「それが先輩に対する言い方か、おい」
「だってルタさん、あんまり先輩って感じしないですし。年もそんなに変わらないですよね?」
「年の問題じゃ」
 ルタが言い終わる前に、扉の影から突然出てきた人影が、強引にルタを突き飛ばして姿を表した。
「いって、ナナてめえ……っ」
「サクちゃんの声がすると思ったら、やっぱりそうだった!ルタのお隣さんだったのね、知らなかったわ」
「おいこら無視すんな」
 抗議するルタをちらっと見やって、ナナが肩をすくめた。
「あら、ルタまだいたの。早く行かないと遅刻するんじゃない?」
「お前な……」
 何か言い返そうとしたようだが、本当に時間がないらしい。ルタは小さく舌打ちをすると、ナナに向かって、ビシッと指を突きつけた。
「おい。次泊まりに来る時は、せめて酒の一本でも持ってこいよ!」
「分かったわよ。あとで買っておくわ」
「だから、今日も泊めてやるとは言ってねえ!」
 こちらを振り向いて散々悪態をつきながらも、結局ルタはさっさと階段を降りて行ってしまった。後に残されたサクは、ナナを見上げて気になっていたことを聞いてみた。
「えっと、ナナさん昨日、ルタさんの部屋に泊まったんですか」
 ナナは少し目を瞬かせ、あっけらかんと答えた。
「ええ、そうだけど……もしかしてサクちゃん、あたしのこと心配してくれてる?大丈夫よ、あたしとルタはそういうんじゃないし。それに、万が一ルタが変な気起こしたって、あたしの方が強いんだから」
 そういって、ナナが空を蹴るような真似をしてみせる。
「それよりサクちゃん、あたしのことはナナでいいって言ったでしょ?あと敬語もなしね」
「あ、そうでした……じゃない、そうだった」
 サクの言葉にナナは、にっと嬉しそうに笑って、ルタの部屋から出てきた。
「ね、サクちゃん今日お休みなの?何か予定ある?」
「今日は……街に出てみようかなって。目的地は決めてないけど」
「ホント?ねえ、だったらあたしと一緒に遊びに行かない?よければ街を案内するわ」
 ナナが首を傾げて、サクの返事を待っている。サクにとっては、願ってもない申し出だった。
「もちろん!私、もっとナナと話してみたいって思ってたの」
「ほんと?なら決まりね!」
 ナナと二人、微笑み合う。ついさっきまで想像もしていなかった、素敵な予感に胸が躍った。

 支度を整えて、ナナと一緒に街に繰り出す。初めて会った時と同じ、踵の高い靴を履いて颯爽と歩くナナは、すれ違う他の誰よりも凛として格好いい。
「サクちゃん、西の商業地区の方には行った?あそこに行けば、大抵の物は揃うわ。中心部の方にも市場はあるけど、あの辺りに並ぶのは高級品ばっかりだから」
「西地区ならちょうど昨日、アギさんとセイさんの二人と行ったよ。仕事でだけど」
「あの二人かあ……いろいろと面白い人達だったでしょ」
 口元に手をやってナナがくすくすと笑う。あの二人は、外の人からもそういう認識をされているらしい。
「けど、現場以外のところは、ほとんど見てないから。良かったら案内してくれる?」
「もちろん、そのつもりよ。ほら行きましょ」
 そういって笑うナナの隣に、跳ねるような足取りで並ぶ。この街に来てから晴れの日が続いているが、今日はいっそう天気が良い。雲一つない青空は、どこまでだって続いている。

「あれ、ここって……」
 ナナに連れられて、昨日の西地区へと向かう途中、サクはふと足を止めた。
 白く清潔そうな外壁と、空のように青い色の屋根が遠くに見える。建物自体はさして大きくはなさそうだが、それなりに広い敷地は全体が緑に包まれて、街中に突然小さな森が現れたかのようだ。
 豪奢な宮殿とも、雑多な商店ともまるで違う、穏やかで静謐な雰囲気に、サクは思わず目を奪われた。
「教会ね。あたしもよくお世話になるけど、綺麗な建物だよね」
「?お世話にってどういう……」
「おや、ナナさんじゃないですか。今日はどういったご用ですか」
 聞き覚えの声に振り向くと、そこには昨日の現場で知り合った赤毛の神父、ユノが立っていた。
「ユノさん!昨日ぶりですね」
 サクが声をかけると、ユノが驚いたように視線を向けた。
「サクさんまで。これはこれは、お二人はお知り合いだったのですね」
「ついこの前、友達になったのよ。そっか、サクちゃんも仕事で教会の人と会ったりするわよね」
 ナナは一人で納得したように頷いているが、サクの方はどうにも話がみえない。
「ナナはなんでユノさんと知り合いなの?さっきよくお世話になるって」
「それは……実はね、あたし警備隊なの。だから魔物と戦うこともあるし、その結果教会のお世話になることもあるっていうか」
「そうですね。あれは去年の冬でしたか。街外れの廃屋に迷い込んだ子供を探しに行かれた時に、そこに住み着いていたゴーストにナナさんが取り憑かれて、それはそれは大変なことに」
「ちょ、ちょっとユノさん!余計なこと言わないで!」
 ナナが慌ててユノの言葉を遮るも、ユノは穏やかに微笑むばかりだ。しかし、サクの方はそれどころではない。
「ナナ、警備隊って……それ、危ない仕事なんじゃないの?」
 仕事を探していた時に、サクも耳にしたことがあった。自警団が騎士団に吸収された後、それに代わる形で生まれた仕事で、主に住民達の護衛や魔物退治を請け負っているのだという。警備隊という名称ではあるが、基本的に個人で活動しているため、かつての自警団よりも、自由に行動できるのが利点なのだそうだ。
「それはまあ、安全な仕事とは言えないけど。でも、あたしはどちらかというと、ただの便利屋みたいなものだから。心配いらないわ」
「ただの便利屋だったら、教会のお世話にはならいんじゃない?」
「それは……まあ……」
 ナナが歯切れ悪く語尾を濁す。そんな二人のやり取りを見かねてか、ユノが微笑みながらとりなす。
「まあまあ、サクさん。心配なさる気持ちはわかりますが、警備隊の方がいてくださるから、私達も安心して暮らせるのです。そして、私達の仕事は、彼女達を手助けすることでもありますから」
「そ、そうそう!何かあってもユノさんが助けてくれるから、大丈夫よ!」
 ユノの言葉尻に乗ってナナが拳を握る。この調子の良さは、若干ルタにも通じるところがあるなと、ふと思った。
「……ナナが選んだ仕事だから、文句はいえないけど。でも、あんまり危ないことはしないでね」
「わかってるわ。約束する」
 ナナが頷いたのを確認して、改めてユノの方に向き直った。
「ユノさん、昨日はありがとうございました。私、これからナナに街を案内してもらうんです」
「おや、そうでしたか。ノスタームは良い街ですよ。貴女がたの今日が、素晴らしい日でありますように」
 そういってユノが静かに手を合わせた。
「ありがとう、ユノさん。いってきます」
 手を振るナナと二人、再び街を歩き出す。ユノはただ黙って、二人の背中が見えなくなるまで見守っていた。

 一日ぶりの西地区は、昨日と変わらない賑わいをみせていた。サクからすれば、ここは毎日がお祭りみたいだ。
「マキさん、こんにちはー!」
「あら、ナナちゃん、こんにちは。今日は買い物?」
 すれ違う人達と、ときおり挨拶を交わしながら、ナナはどんどん歩いていく。
「ナナ、知り合いが多いんだね」
「こういう仕事してるとね。どうしたって街の人と関わることになるから」
 露天商の男性に会釈しつつ、ナナが答える。ナナが頭を下げた拍子に、その胸元から、きらりと光る何かが顔を覗かせた。
「ナナ、それって……」
「あ、このペンダント?仕事の時の癖で、引っ掛けないようにしまってたんだった」
 そういって、ナナが首から提げていた革紐を掛け直すと、その先から小さく輝く炎が現れた。
「わあ、やっぱりそれって烈焼石?そんなに綺麗に炎の形が出てるのなんて、初めて見た」
 ナナの胸元で揺れているのは、親指の先ほどの小さな石の中に閉じ込められた、真っ赤な炎だった。
「そう。小ぶりだけど、なかなかでしょ?ちょっと値は張ったけど、市場で見た時に一目惚れしちゃって、初めて警備隊として働いて貰った報酬で買ったのよ」
 大通りの街頭にも使われていた烈焼石は、透明に磨きあげられた石の中で、消えることのない炎が瞬く特殊な鉱石だ。多くは灯りとして使われるが、形のいい物は、こうして装飾品にもなる。
「なんかいいね、そういうの。初めて自分で稼いだお金で、ずっと残せるものを買うのって」
 ナナがそのペンダントを大切にしているのは、傍目に見てもよく分かる。それは高価なものだからというだけでなく、彼女にとって特別な思い入れがあるからだろう。
「サクちゃんもお給料貰ったら、何か探してみる?あたしでよければ付き合うわよ」
「ほんと?じゃあ約束ね」
 ナナに手伝ってもらえるのなら間違いない。なにより、次を約束できたことが嬉しかった。
「じゃあ次はサクちゃんに似合うアクセサリーを選ぶとして……今日は何か欲しいものある?」
「えっと、服をしまう用のチェストが欲しいと思ってて。引っ越したばかりで、まだほとんど家具がないから」
「家具ね、それだったらヨウさんのお店がいいかしら。店の近くなら、後から息子さんが届けてくれるから」
 そういってナナが指さしたのは、入り口の上に黄色いひさしが出された、可愛らしい雰囲気の店だった。
 ナナに誘われるまま入った店の中には、手作りの小ぶりな家具がいくつも並んでいた。そして、店番の老婦人とナナに手伝ってもらってサクが選んだのは、腰ぐらいの高さの小さなチェストだった。木材そのままの優しい色合いと、引き出し部分に施された、猫の彫り物が決め手だ。
 チェストは後日自宅に届けて貰うことにして、そのあともナナと二人、あちこち見て回った。屋台のパンを買って食べながら歩いたり、路肩で服を吊るしている店を冷やかしたり。武具の類を取り扱っている店もあったが、それらを買い求めるのは、それこそ警備隊くらいのもので、たいていは鍛冶師達が、包丁などの日用品の片手間に作っているのだそうだ。
 そうしているうちに、太陽はすっかり西の空に沈んでしまった。けれど、辺りは仕事を終えた人々が集まって、昼間以上の喧騒に包まれている。そんな中、ナナは今、酒屋の一角で果物の絵が描かれた細身の酒瓶を手に取って、なにやら考え込んでいた。
「それ、もしかしてルタさんへのおみやげ?」
「そ。あいつ、あんな顔して甘いお酒しか飲まないのよ。うけるでしょ」
 そういって、ナナがおかしそうに笑う。
「仲良いんだね」
「まあね。あたし家族とかいなくてさ、独りでこの街に出てきて、仕事の最中に知り合ったのがルタで……少し境遇が似てるところもあって、なんだかんだ話すようになったの。あんなだけど、親友ってやつ」
「……そっか」
 なんの衒いもなく親友だと言い切れる、この二人も、そんな関係なのだ。性別や年齢も、まるで関係ないくらい。
 セイの時とは違って、もやもやした、少し苦い思いが滲み出してくる。そんなサクを見透かすように、ナナが笑った。
「もちろん、サクちゃんのことだって、そう思ってるわよ?まだ会ったばかりだけど、あたし達、もっともっと仲良くなれると思わない?」
 そういって、明るく笑うナナの表情は、さっきまでと同じで、きらきら輝いている。
「……もちろん!私も、そう思うわ!」
 だから、サクも笑って答える。そうだった、別に焦る必要なんかない。これから、少しずつ積み上げていけばいいだけの話なんだから。

「さて、日も暮れちゃったし、そろそろ帰ろっか。サクちゃん明日もお仕事でしょ」
「……そうだね、そうしよう」
 名残惜しいけれど、次の約束もしたし、ナナとはまたいつだって会える。賑わう街を後にして、二人は家路に着いた。といっても向かう場所は同じである。
 結局今日も、ナナはルタの部屋に泊めてもらうつもりらしい。彼女は家を持たずに、安い宿や友人の家を泊まり歩いて暮らしているのだそうだ。
 すっかり日の暮れた夜空を見上げれば、遥か上空で、欠けた月が赤い光を纏って輝いている。
 かつて魔王が勇者に滅ぼされた時、その血によって赤く染められたのだという月の明かりは、そんな恐ろしい逸話などまるで関係ないように、ただそこにあってサク達を照らしていた。
「それじゃ、サクちゃん、またね」
「うん、また今度ね」
 別れの挨拶を交わして、それぞれの部屋に帰っていく。ルタはまだ帰宅していないようだったが、ナナは勝手知ったる様子で、部屋の鍵を開けて中に入っていった。どうやら郵便受けの中に鍵を入れていたようだ。こんな小さな建物に、わざわざ入る泥棒もいないとは思うけれど、少々不用心すぎないだろうか。

 部屋の中に消えていくナナの背中を見送って、サクも自室に入った。つい買い込んでしまった服や雑貨を広げて、今日のことを思い返す。
 故郷を離れ、知らない街に来て、不安に思うことも、少しだけ後悔したくなるようなこともあったけれど、やっぱりこの選択は間違っていなかったのだと思える。ナナとの出会いが、そう思わせてくれた。
 また今度。そんな心躍る響きを胸に抱いて、サクはいつしか眠りに落ちていた。
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