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ついに産まれた俺の子

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 ごくり、と思わず息を呑む。
 既に産声が聞こえてきたということは、この扉の向こうで俺の子供が生まれているということだ。
 冬にジュリアと愛し合って、春には一度戻った。しかし、それ以降俺は戦場にいるばかりで、故郷に戻れたのはたったの一日だけだった。
 だから俺は、ジュリアが子供を産むために苦労してきた色々を、全く知らない。

「おい、ギル。何をやってんべさ」

「……兄貴」

「今度はちゃんと兄貴って呼んでくれたな……」

 先程の見知らぬ人――ではなく、俺の次兄であるヴァイスロードがそう言ってくる。
 無駄にかっこいい名前だが、これもグランドの孫のような感じで、親父が「ヴァイスだ!」お袋が「ロードよ!」と譲らず、じゃあどっちもつけようということで名付けられた名前である。
 ちなみに俺も、親父が「ギルだ!」お袋が「フォードよ!」と譲らなかった結果ギルフォードという名前であるため、名付けられた経緯は一緒だったりする。

「……なんか、俺このまま入っていいのかと思っちまって」

「なに言ってんだ。お前、父親だろうが」

「いや、まぁ……父親って自覚、あんまりねぇっていうか……」

「いいからさっさと入れ!」

 どかっ、と尻を蹴られる。
 その勢いに思わずつんのめって、俺は押し戸をそのまま開けてしまった。戦場で後ろから蹴られても全く動かない俺なのに、兄貴やっぱ力が強ぇ。
 だから、物凄く不格好な形で、つんのめって転ぶように俺は家の中へと入り。

「あ……ギル」

「お、おう……」

 横になって憔悴しているジュリアと、そんな風に――目が合った。

「おお、ギル。ようやく帰ってきたか!」

「あんた、そんなに嫁さん待たせてどうすんだ。ただでさえジュリアちゃんは一人なんだから、あんたぐらいは近くにいてやんな」

「……親父、お袋」

 ジュリアの近くでそう言ってきたのは、俺の親父とお袋。
 そして、そんなジュリアの足元にいたのは、中年の女性だ。恐らく、麓の村から呼んできた産婆さんなのだと思う。
 そんな産婆さんが、腕に抱いているのは。
 元気よく泣いている――小さな、小さな赤ん坊だった。

「おぎゃあ! おぎゃあ!」

「……」

「ふぇぇぇぇ!!」

 激しくそう泣きながら、産婆さんの手で産湯に入れられる。
 まだ目も開いていない、しわくちゃの顔立ち。人間というより、まるで猿のような顔立ち。だというのに――おそろしく可愛い。
 これが。
 この子が。
 俺とジュリアの、子供――。

「ジュリア!」

「……うん、ギル」

「が、頑張ったんだな! お、俺……お、遅くなって、ほんと、ごめん!」

「……ううん。ギルは、頑張ってるの、知ってるから」

「はぁ。あんた、ほんとにいい嫁さんを貰ったねぇ」

 ジュリアの優しい言葉に、お袋がそう重ねてくる。
 本当にジュリアは、俺にはもったいない妻だ。放っておいてるというのに責めもせず、滅多に帰れないのに怒りもせず、ただ全てを受け入れてくる。

「ねぇ……ギル」

「あ、ああ……」

「やっと、産まれたの。私と、ギルの子供……可愛い、女の子よ」

「ああ! すごく、すごく可愛いぞ!」

「うふふ……もう、ギルじゃなくて……パパ、って呼ばなきゃいけないわね」

「うっ……」

 感無量で、涙が溢れてきそうになる。
 女性というのは、長い間子供を腹に宿し、この世のものとは思えない痛みと共に子を産むのだ。だからこそ、子供が生まれたその瞬間から、母親という存在になるらしい。
 だが、子を宿さない父親というのは、その自覚が芽生えにくいという。実際俺からすれば、戦場から戻ってきたらいきなり産まれていた子供であるわけだ。
 だけど――。

「ジュリア……俺、頑張るから。頑張って……早く、戻ってこれるように、するから」

「うん……待ってるね、ギル」

 俺は、ずっと待ち望んでいた自分の子供を、改めて見て。
 この日、きっと父親になったのだと――そう、思う。














 ジュリアは、お産の疲れからか眠ってしまった。
 そしてお役御免となった産婆は麓の村へと帰っていき、兄貴がその帰り道に付き添う形となった。結果、家に残されたのは眠っているジュリア、俺、親父、お袋、そして――すぅすぅと寝息を立てている、産まれたばかりの俺の子供だけだ。
 ようやく、この日が来た。
 ずっと待ち望んでいた、俺の子供。
 その名前を、俺がつける日が――。

「それで、ギル。タバサちゃんの服とかはどうすんだい?」

「タバサちゃん可愛いなぁ。初孫だから、可愛さが倍増だぁ」

「……え?」

 お袋、親父のそれぞれの言葉に、思わず眉を寄せる。
 俺、まだ名前を発表した覚えがないんだけど。必死に考えて、一生懸命検討して、どうにかこの名前がいいかという候補を見つけた。
 だから、ジュリアが目を覚ましたら伝えて、一緒にその名前を呼ぼうと思っていたのだが――。

「親父!? お袋!? なんでお前ら名前呼んでんだよ!?」

「なんでって、あんた何言ってんだい」

「いや、おかしいだろ! 俺の子供だぞ!?」

「……? お前、忘れてんのか? 村の娘が初めて産んだ子供は、村長が名前つけんのが慣例だべ」

「……」

 あ。
 そういえば、そうだった。
 ヘチーキ村では変な慣習が残っていて、家に初めて生まれた子供を名付けるのは、必ず村長と決まっているのだ。
 ちなみに俺は三兄弟で、長兄がジョン、次兄がヴァイスロード、そして俺がギルフォードだ。三兄弟の名前の違いから分かるように、長兄だけは名付けたのが村長らしい。長兄は未だに、「お前らの名前かっこいいよなぁ……」とかしみじみ言ってくる。

「え……で、でも俺、名前つけようと思ってて……」

「んじゃ、その名前は次の子に回せ。村長が女の子だと分かった時点で、タバサちゃんって名付けてくれたべ。それでも嫌なら、セカンドネームつけりゃええ」

「うっ……」

 親父の言葉に、思わず唸る。
 若者の中には第一子の名前を、村長だけに決められるのが嫌だという意見もある。そんな彼らがどうするかというと、『村長の決めた名前』・『自分たちの決めた名前』という形でセカンドネームをつけるのだ。
 俺の知っている村の子供にに、マイク・アクセル君という男の子がいたりする。

「マジかよ……俺が今まで考えてた苦労、何だったんだよ……」

「お前、どんな名前つけようと思ってたんだ?」

「ああ……ずっと考えてたんだけど」

 俺は腕を組んで、親父の問いに答える。
 とにかくいい名前を――そう何度も何度も考えて、結論として選んだのだ。

「やっぱ女の子ならプリンちゃんかなと」

「犬の名前つけんな」

 親父にも言われた。
 ……俺って、そんなにセンスない?
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