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竜尾谷の戦い

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「うおおおおおおおおっ!!!」

 竜尾谷で、当然ながら俺たちは敵軍と対峙した。
 最も狭い、横に並べば十人程度しか散開することのできない場所で、まさに決戦を行おうと敵軍が待ち構えていたのである。
 当然ながら、最も狭い場所であるため、第三師団は前後に長く伸びている。その状態で、高地から矢や石により攻撃してくるのが、今までのアリオス王国との戦いだった。

「後ろの連中は、ちゃんと盾を上に構えておけっ!!」

「はいっ!!」

「ナッシュ! グランド! 俺の討ち漏らしをやれっ!!」

「おうっ!!」

 勿論、先頭で戦斧を振るうのは俺である。
 本来、全軍でのぶつかり合いになった場合、盾を構えたまま敵軍と激突するのが常だ。だが、俺はあくまで両腕での戦斧による戦いを行っているため、盾は持っていない。
 そんな俺の上を守るのは、必死に盾を持ち上げて上からの攻撃を防いでくれる、真後ろのマリオンである。
 今でも、かん、かん、と盾に矢が当たる音が聞こえる。

「うらぁっ!!」

 戦斧を一閃。
 それで、前方の敵軍は吹き飛び、返り血が俺を真っ赤に染める。そして、そんな敵軍の屍を乗り越えて、次の敵が奥からやってくるのだ。それを俺は、返す戦斧を叩きつけて吹き飛ばす。
 狭い谷であるがゆえに、敵軍も横に広く布陣することができない。
 ゆえにこの戦場は、俺の独壇場だ。
 戦斧の一撃で前方の敵軍は吹き飛んでくれる。だが、さすがに俺の戦斧であっても、届く範囲は六人程度がせいぜいだ。
 その代わりに、俺の前にいない敵を相手にするのが、左翼のナッシュと右翼のグランド。盾を構えたままで槍を突き出し、的確に敵軍の喉を貫いていく。

 これが、俺たち第三師団『切り込み隊』の戦い方だ。
 俺が最前列でとにかく敵軍に穴を開け、進軍する。その両端の討ち漏らしを、ベテランで揃えた最前列の隊員が的確に殺す。本来なら、次第に鋒矢の陣――貫くような鋭い陣形に変わり、敵軍の中央目指して進むのだが、この戦場では少しばかり違う。
 こちらが、敵の屍を乗り越えて、ひたすらに進んでいくだけだ。

「おおおおおおお!!!」

 叫び、戦斧を振るうたびに敵兵の命が散ってゆく。
 市井で行えば、重い罪を課される人殺し。されど、戦場においては人殺しを重ねれば重ねるほど、功績が上がっていくのだ。これほど、人の命が安い場所もないだろう。
 軍人とはつまり、高い給金を貰う代わりに、この場所で死んでもいいという覚悟を持って戦わなければならないのだ。
 俺は絶対に、死ぬのは御免だけどな!
 だって俺、結婚が決まってるんだし!!

「さすが隊長……!」

「隊長に続けぇっ!!」

「アリオスの弱兵なんざ、敵になるかぁっ!!」

 後ろの連中も、まだまだ元気だ。
 敵兵を何枚抜いたか分からないし、どれほどの命がここで散っていったか分からない。そして、自分が殺した人数を数えるほど、俺の戦いには余裕などない。
 ひたすらに、戦斧を振るう。マリオンが上を、ナッシュとグランドが左右を守ってくれる状態で、ひたすら暴れる――それが俺の生き方なのだから。

「隊長! 一時停止!!」

「おう!! 全軍、一旦進軍停止! 襲ってくる奴だけ対処しろ! 上部防御継続!」

「うす!!」

「うらぁぁぁっ!!」

 後方からの伝達に対して、俺は歩みを止める。
『切り込み隊』が一時停止ということは、つまり『弓矢隊』が一斉掃射の準備をするということだ。下手に進軍を続けると、『弓矢隊』の準備もなかなか難しいのである。
 そして、味方の矢で射られても困るため、上の防御は継続する。

「第一掃射! てぇーっ!!」

「おぉぉぉぉぉ!!!」

 後方から、矢が放たれる音。
 かん、かん、とある程度は俺の上を守る盾にも当たるが、そのほとんどを射貫くのは敵軍だ。的確に現状を確認し、その上で停止や進軍の指示を的確に出す――それが、後方のレインの役割である。
 敵軍の『弓矢隊』が近くに迫ったから、先にこちらから掃射する形にしたのだろう。事実、上を盾で守ることのできていない敵兵たちが、次々と矢に刺されて倒れていく。
 そして俺が行うのは、歩みを進めることなくその場に留まったままで、襲いかかってくる敵兵の処理だ。
 戦斧を左右に振るい、吹き飛ばし、命を刈る。
 その状態で、後方から再び声が上がる。

「第二掃射、てぇーっ!!」

「おぉぉぉぉぉ!!!」

 再び、俺たちの上から矢が飛んでいく。
 それは、第一掃射に対して防御をしながらも、一時的に緩んだ敵兵に再び放つ掃射だ。
 一斉掃射が来るということは、暫く次の矢は来ない――そう油断した敵兵の頭に、放たれた無数の矢が刺さっていく。

「進軍!!」

「よっしゃ!! 進軍っ!! 進めぇっ!!」

「おうっ!!」

 一斉掃射により、後方にいる兵が一気に殲滅され、俺たちの戦いにも余裕が生まれてくる。俺が吹き飛ばした後に、奥から現れる敵兵――その動きが、僅かに遅れるのだ。
 ゆえに、俺の攻撃にもまた余裕が生まれ、力を込めるだけの時間が与えられる。

「誰も死んでねぇな!!」

「うす!! 隊長!!」

「上はどうなってんだ! まだ矢が降ってくるじゃねぇか!!」

 左右から、まだ雨のように矢が降ってくる。
 盾によって防いでくれているのは、背の低いマリオンが俺の上部を覆うために、必死に盾を持ち上げているからだ。
 他の連中も、左右の兵一人が上に盾を構え、もう片方が長槍を突き出すという形で戦っている。

「おぉぉぉぉぉ!!!」

 気合いの叫びと共に、戦斧を一閃。
 恐らく、元々この竜尾谷には、大した兵を配備していなかったのだろう。何人の命が吹き飛んだか分からないが、敵軍にほとんど勢いがない。
 無論、こちらの防御に対して向こうが何もできていないことが、その大きな要因だ。兵が向かえば全部殺され、こちらの被害はゼロ。先頭を走る俺の戦斧を、誰も止めることができない――その状態で、士気など上がるはずがないだろう。
 奥の方には、こちらに背を向けている兵も見える。恐らく、逃げ出すつもりなのだろう。

 ただ。
 いつまで経っても止んでくれない、上から降ってくる矢の雨。
 これは恐らく、左右の山に向かった兵は失敗した――そう考えていいだろう。

「進めぇぇぇぇぇっ!!」

 だったら、簡単な話だ。
 今まで、何度となく攻略することができなかった竜尾谷。それはこの狭い谷において、左右から矢を射られる中で戦うことができなかったからだ。
 だが、それは昨日までの話。

 やってやろうじゃねぇか。
 俺を先頭に立たせたことを、アリオス王国に後悔させてやる。
 難攻不落の竜尾谷。
 そんなもの、今日でおしまいにしてやる――。

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