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大規模作戦、前日

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 気付いたら、隣国が陥落していた。

 勿論、戦争が既に終わってしまったわけじゃない。というか、まだ戦争が始まってすらいない。あくまで、机上での話である。
 何故かというと、ここは会議室だ。
 総将軍、各師団長、大隊長が集まり、今後の作戦などを幕僚から発表される場である。

 戦争というのは、ただ単に攻め込んで戦えばいいという話ではない。
 事前に敵軍の状況を調査し、戦場となるべき場所を確認し、補給路や退路を確保しつつ、最終目標である敵国の王都に攻め込むのだ。そのために、幕僚からまず先遣の斥候隊が派遣され、ある程度状況を知ることから始まる。
 そして、得られた情報を元に将軍や師団長、幕僚による会議が行われ、作戦立案が行われる。最終的に、立案された作戦を俺たち大隊長に伝えられるのだ。
 つまるところ、今日伝えられたのは作戦の概要だ。
 こういう作戦でいくから、お前たちはこう動け、その結果こうなる、というのを分かりやすく説明してくれたのである。

「えー……といった形で、敵軍の王都を奪取します。その後は、治安維持のために一部の兵を残し……」

 幕僚長が喋っている内容では、既に敵国の王都が陥落していた。しかし、その詳細は全く聞いていない。
 まぁつまり、気付いたら隣国が机上で陥落していたわけだ。
 俺が寝てる間に。

 確かに俺は、作戦の発表があるから来てください、とレインに言われて引っ張られてここまでやってきて、大隊長として作戦の概要は把握しておくべきだろうと気を張って聞いていたはずなのだ。
 だが、気がついたら作戦の説明が終わっていた。
 うん。俺、難しい作戦とかよく分かんねぇんだわ。とりあえず、俺の代わりにレインが聞いていればそれでいいと思う。

「……では、作戦概要は以上となる。出陣は明日の正午だ。各々、部下に報せておくように」

「はっ!」

 そして、当然ながら俺は全く聞いていないし、何をすればいいのかさっぱり分からない。だが、滞りなく会議は終わりを迎えたらしい。
 俺に分かることは、とりあえず明日の正午に城門前に『切り込み隊』を集めればいい、というだけである。
 会議室の椅子から立ち上がり、レインと肩を並べて宿舎に戻る。
 こうして一緒に歩くと、レインって本当に小さい。まぁ、俺が大きすぎるだけかもしれないが。

「ふむ……割と厳しい戦いになるかもしれませんね」

「そうなのか?」

「あくまで今のところは、ですが。そもそも、アリオス王国は百年来の仇敵ですからね」

「ふむ……」

 レインの言葉に、俺は頷きだけを返す。
 とりあえず最後の方に、「この結果、敵軍の王都は陥落する」みたいな風に幕僚長が言っていたのは聞いた。だが、どこの国かまでは分からなかった。
 ここで、レインが答えを教えてくれて助かった。

「厳しい感じか?」

「ええ。アリオス王国は潤沢な農地を持ち、動員できる兵数は恐らく二万から三万。冬を越えた現在ですので、備蓄も大量にあるでしょう。さらに、アリオスの東にあるメイルード王国とも国交を結んでいますので、そちらからの援軍が送られてくる可能性もあります」

「ふむ」

「比べ、ガーランドは全軍で向かうわけにはいきませんので、第一師団から第三師団までの一万五千で向かうことになります。強みとしては、向こうが民兵を中心にしていることに対し、こちらは職業軍人であることでしょうか。ただ、それでも倍の戦力差は少しばかり懸念ですね」

「なるほど」

 当然だが、俺にはさっぱり分からない。
 とりあえず、向こうの方が数が多いんだろう、くらいに受け止めてはいるけれど、それだけだ。だって俺の仕事は、とりあえず先頭を走って敵兵をぶっ飛ばすだけだし。
 勿論、そんな風に俺が理解していないことは、レインもちゃんと分かっている。
 分かっているはずだ。

「『切り込み隊』については、何も心配しなくていいでしょうが……全体的には不利な戦いを強いられるでしょうね。特に、アリオスとの国境にはガース砦がありますし。まず敵軍は籠城をしてくるでしょうから、その対応を……」

「まぁ、そのあたりの調整は任せる」

「ええ。また作戦の方は説明させていただきます」

 レインが、嬉しそうに頷く。
 俺は全く分かっていないけれど、とりあえずレインに任せておけば問題ないだろう。
 俺はひたすら、今後の結婚生活に思いを馳せるだけだ。

「『切り込み隊』がどう動けばいいか、レイン適宜指示しますので」

「おう、任せるぜ」

「まったく……最後の戦いなんですから、隊長ももう少し気合いを入れてくださいよ。最後だからって気を抜いて、敵の矢に射貫かれて戦死、なんて話もよく聞きますからね」

「お、おう……そうだな」

 そういえば、確かに俺は最後の戦争になるんだ。
 そして、この戦争が終われば俺は除隊し、結婚する。その未来は、既にそこまで見えているのだ。
 ここで油断して、戦争の最中に傷でも負ってしまえば、それこそ『切り込み隊』の瓦解にも繋がる。大隊長であり、先頭を走る俺は、決して負けるわけにいかないのだ。
 俺は必ず、生きてジュリアと結婚するのだから。
 やばい、興奮してきた。

「まぁ、隊長に関してはそんな心配は要らないでしょうけど」

「ん? 何でだよ」

「……当たり前じゃないですか。『ガーランドの死神』『ガーランドの悪魔』に続く三つ目が、『ガーランドの不死隊長』ですよ。国外では、ギルフォード隊長は矢を射ても槍で突いても傷の一つも追わないと評判ですが」

「いやいやいや」

 何その噂。
 俺、普通の人間だよ。矢で貫かれたら怪我するし、槍で突かれたら大怪我するよ。死なない隊長とか思われても困るんだけど。
 まぁ、矢の軌道は見えるから全部避けられるし、槍で突かれる前に敵をぶっ飛ばしてたから、槍で刺されたことはない。でも実際、俺針で自分の指刺したことあるし、多分槍で突かれたら刺さると思う。

「まぁわたしの作戦も、凡そ作戦と呼べるものでないことは百も承知の上で、ギルフォード隊長には戦ってもらいますので」

「作戦と呼べねぇって何だよ」

「とりあえず隊長を先頭に置いて突撃を敢行すれば、敵軍が何倍いようと負けることはまずない、ということを前提にレイン考えていますから」

「お前何気に酷いよな。まぁ……なんとかしてみせるけどよ」

 俺は頷く。
 自慢じゃないが、俺は今まで一度も負けたことがない。
 俺がいる場所以外での戦況が悪化したから、仕方なく撤退した、みたいなことは何回かある。だが、俺が先頭に立って『切り込み隊』を率いた戦いにおいて、負けたことは今まで一度もないのだ。
 敵が何万いようとも、俺に一斉に掛かってこれる敵兵って、四人くらいが最大だし。
 四人くらいなら、一撃でぶっ飛ばせる自信はあるし。

「……いえ、レイン安心しました」

「ん? どうしたよ」

「ご結婚が決まったからといって、自信は失われていない様子で。日和られたらどうしようかと思っていましたが、問題ないみたいですね。このままの作戦でいきます」

「ああ、好きにやってくれ。俺は、お前の思い通りに暴れるだけだ」

「期待していますよ」

 俺は、あんまり頭は良くない。
 だから、俺がやることはシンプルだ。

 俺より頭のいいレインが立てた作戦を守って、全力で暴れる。
 やるべきことは、それだけである。
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