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第4章 (元)魔王と勇者の憩場に

25話7Part Parallel⑦

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「アヴィ、ぅえっ......」

「......!」


 聖火崎がその少女の名前を呼ぼうとして込み上げてくる嗚咽おえつに邪魔されてそれが叶わなかった瞬間に、帝亜羅はまた息を呑んだ。

 桃色の髪の少女............こと勇者軍元帥、宮廷魔導師のアヴィスフィア·Q·ティヴォリは、ガルダとその後ろでゆっくりと体を起こそうとしている鐘音を鋭い視線で射抜く。


「......貴方、確かわたくしが1、2ヶ月ほど前にここに招き入れて、タイムリミットでお亡くなりになられた方じゃなくって......?」

「っ!!............なるほど、ね......けふっ......」


 ガルダの言葉を聞くなり、聖火崎は何かに気づいたらしくかっと目を見開いてそう一言、ぽつりと呟く。そんな中、ガルダと鐘音の視線がアヴィスフィアに向いているタイミングで、オセが聖火崎の近くにこっそりと近づく。


「......魔女の嬢ちゃんがもう一度魔法を使ったら、聖弓の上級スキルでガルダを撃ち抜け」

「......わかったわ」


 そして、小声で聖火崎にそう伝えた。聖火崎はそれに合わせて小さく返事をして、死角で聖弓を静かに顕現させる。

 辺りはアヴィスフィアが派手に上げてくれた聖炎と噴煙のおかげで神気が大気をある程度満たしており、おまけに視界も不良好。

 そんな中で聖火崎が聖弓を顕現させた事にも、聖火崎や的李、或斗達にかかっているデバフが軽くなっている事にも、2人鐘音とガルダが気付く由はない。

 そんな会話と考察を聖火崎とオセが繰り広げている合間に、アヴィスフィアとガルダも険悪な空気そのままに話している。


「ガルダさん、あなたは私を皇帝殿の指示でここに閉じ込めて、デバフとトラップ、敵を使って殺しました」

「っ......!」


 アヴィスフィアがなんでもない事のようにさらりと告げた事に思わず反応してしまったのに、聖火崎が気づくことはなかった。


「......」

「皇国政府及び聖教協会の腐敗と堕落等は、はっきり言って私にはよく分かりません。でも、これだけは言える」

「......何かしら?」

「............あなた方がやっていることは、国民のためになりやしない。あなた方の独断的な正義偽善を貫き通すためだけに、何人の命を犠牲にするつもりなんですか!!」

「............っくくくく、ははっ......♪」


 アヴィスフィアの険のある言い方にも一切怯まず、ガルダは嘲笑混じりの楽しげな笑みを浮かべた。それを見た瞬間、忌々しげな視線を向けていたアヴィスフィアが、思い切り顔をしかめる。


「......別に、わたくし達だって、好きで人を殺めているわけではないんですのよ?」

「どういうことですか?」

「さっきも言った通りわたくし達は、わたくし達の命を助ける代わりに、貴方達の命を奪ってこいと皇帝殿に仰せつかったんですの。......そのみことのりを達成する為に必要不可欠な犠牲を、今現在払っているだけですのよ?」

「私達の命を奪うことと、大勢の人々の命を奪うことになんの関係があるんです?」

わたくし達だって細かい所までは分からな「ちょっと待って、大勢の人の命を奪うってどういうこと?」

「ちょ、ジャンヌ!おまっ......!......、............はぁ......」


 アヴィスフィアとガルダの剣呑な会話に横から首を突っ込んだのは、顕現させた聖弓を堂々と右手に持ったまますくっと立ち上がった、聖火崎であった。

 それを見て慌てるオセだったが、聖火崎が止まる様子が微塵もない事を早々に察し、溜息を1つついた。


「大勢の人の命を奪うって、何?ウィズオートや、日本の人々まで巻き込もうとしてるわけ?」

「............、............」

「............あなた達には、......あなた達には、人の命をおもんぱかる気持ちはないの?」

「......」


 聖火崎の1つ目の問いに、ガルダは何かを逡巡するように数瞬黙った後、渋々といった様子でゆっくり頷いた。そして2つ目の問いには、ついに頷く事すらしなかった。

 聖火崎の声が若干の怒りと呆れ、そしてごくごく微量の哀しみに震えていたのに、その場の一同は気づいたが何も言えなかった。


「......っ、......」


 その場には、意識が未だに朦朧としているらしい瑠凪が望桜の背中の上で小さく身じろいた音だけが、しっかりと存在感を発揮している。


「............それを、貴方方が仰るの?」

「は?」

わたくし達を皇国から身勝手な理由で追い出しておきながら、今更になって協力しろだの人の心はあるかだの、自己中にも程があるってものですわよ......!」

「ちょっと、ちょっと待って、それどういうこと......?」

「ジャンヌ、お前知らねえのか?」

「え?」


 場の空気を乱すように、聖火崎の素っ頓狂な声がオセの問いかけの後に響き渡る。


「......8000年と少しくらい前、丁度第壱弦聖邪戦争が始まろうとしていた頃の話ですの。......わたくし達は、サクヤとアレス、ケツァルコアトル達と共にウィズオート皇国から追い出されましたわ」

「え、そうだったの!?」

「むしろお前聖教徒教会の神父の娘なのに、なんで知らねえんだよ」

「貴方は大いに関係ある血族だというのに......この場で言うのも何ですけれど、ちょっと拍子抜けですわ」


 タイムリミットがある事、そしてそれが少ない事すら忘れているような聖火崎の見事な素っ頓狂に、オセがつっこみガルダが呆れ、一同の空気がわっと崩された時だった。


「あ、そういえば時間が......」

「っ《アンジュデシュ·スェシー》!!」

「《ドゥフォンドル》!!」


 聖火崎がタイムリミットその他諸々を思い出し、それに気づいたアヴィスフィアが再び鐘音達に向かって攻撃を開始した。鐘音も今度はしっかりとそれに反応して、魔力防御壁を素早く張った。


「っぐ、」

「はああああああああああああ!!!!」


 薄い紅色の半透明の壁に鋭い神気の棘が容赦なく襲いかかり、辺りには先程聖火崎が起こした爆発とは負けず劣らずな程の噴煙と、アヴィスフィアの攻撃法術《インフェルノ·フルール》とはまた違った舞い方で神気が空中に湧き上がっている。


「......っ、ジャンヌ!!」

「あだっ!?ちょっとオセ、何すんのよ!!」


 その様子にはっと何かを思い出したらしいオセは、ヒール回復魔法が効きすっかり平常通りな聖火崎の背をバンと叩いて、


「ここから脱出するためにガルダ達を倒すんだろうが!!第3者が1番気張るようじゃだめだろ!!」


 そう1文、いかにも不機嫌そうな表情の聖火崎に向かって言い放った。その言葉に、聖火崎もようやっと自分達が置かれている状況下を思い出して慌て始める。


「あ、そうだった!!すっかり忘れてた!!......いくわよ、《セラフィム·プリマシャルフシュッツェ》!!」

「させませんわよ、《ピーェアサー》」


 聖火崎の攻撃を避けつつ爆風に煽られながらも、ガルダもまた聖火崎に向かって攻撃を開始した。


「今頃んなって本気出す、のかよっ!!遅ぇよ!!」

「そうは言ってるけどっ、お前、もっ、今まで以上に、力いっぱいっ、攻撃、仕掛けてきてるっ、じゃんっ!!」


 オセの方も敵である鐘音の方に、自身の武器を精一杯振り回し、遠心力そのまま鐘音の方に叩きつける、という事を何回も繰り返すのを始めた。

 鐘音はそれを魔力で硬質化させた手足で弾き返しながら、オセ元同僚に対して軽く憎まれ口を叩く。


「タイムリミット残り57分弱、貴方方あなたがたは時間内にこの異空間人喰い遊園地の中でレヴィを探し出して、殺す事ができるのかしらぁ?くっくくく、ひゃっはははははは!!」

「ジャンヌさん達は、私が絶対に助けます!!邪魔はさせません!!」

「煽ってられるのも今のうちよ、今に目ににもの見せてやるんだから!!」

「"に"が1つ多い!!ってそうじゃなくて、覚悟しやがれベルゼブブ!!」

「ツッこめるくらいの余裕はあるようだね!!でも生憎、僕の方は魔力に余裕がある。お望み通り、こっちも本気でってあげるよ!!」


 魔力神気入り交じった火花を散らしながら戦う5人。その激しさは、誰かが攻撃をする度に地面が揺れ、大きな衝突音や爆発音が鳴り響く程。そのあまりの規模に、3km先にあるモニュメントの動物達ですら慌てまくって、周囲のトラップに引っかかってしまうくらい猛烈なものだった。


「っ、げふっ......けはっ、けほっけほ......」


 そんな中、爆煙と神気の嵐から数m程後ろで未だにフリーズしきっていた望桜の背の上で、瑠凪が赤い痰を絡ませながら咳き込み始めた。


「......!瑠凪、大丈夫か!?しっかりしろ!!」

「瑠凪さん大丈夫ですか!?」


 それに気づいた望桜と帝亜羅が心配と不安を滲ませながら瑠凪に声をかけると、


「う゛、げほっ......、......鐘音と、ガルダ......?」


 また1つ咳き込んだ後、辺りを軽く見渡して呟いた。


「......ああ、敵方はな。んで今、聖火崎と、あうぃ、あう゛ぃ、アヴィスフィアが戦ってる」

「けほ......なるほ、ど......」


 望桜の返答を受け、瑠凪はもう一度辺りを軽く見渡し、その直後に辺りに強力ながら周りからは見えない、魔力結界を手早く張った。


「......お前ら、時間ないのとか......色々、ちゃんと分かってるよね......?」


 そう少し呆れたようにぼそりと言い放った。


「分かってはいるが、レヴィの元に辿りつけない以上はどうにも......」

「......別に主を倒さなくたって、脱出くらいならできるよ......」

「え?」


 瑠凪から告げられた意外な言葉に、望桜は思わず素っ頓狂な声を上げた。



 ─────────────To Be Continued──────────────


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