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第4章 (元)魔王と勇者の憩場に
22話3Part 異世界生物達の日常③
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「傷口に天然塩を刷り込むのはやめてくれ給え......」
「あ、す、すみません」
帝亜羅からの指摘(?)を受けて、的李はますます縮こまる。聖火崎に負けたのがそんなに悔しかったのかぁ......2人の短い会話を傍目から見ていた望桜は、咄嗟にそう思った。
頼りになる臣下、しっかり者で頭が良く、近接戦が師範レベルで強い的李。それなりにプライドも高い。
だからこそ、自分から"この分野は捨てた"と会得や勝利する事を諦めた魔法や遠·中距離武器等とは違い、"まだ希望がある(かもしれない)"と思っていた分野においての敗北が、他分野での敗北や、それこそ第拾参弦聖邪戦争よりも、よほど堪えたらしい。そう望桜は予測した。
一同が一通り騒ぎ終えゆっくりしだした頃に、王様ゲームを開始してからずっと聞こえていた調理音がぱったりと止み、それと同時に、
「あ、もう野生児の命令は遂行し終えましたか」
と、一言口にしつつ、或斗がお盆で何かを運びながらやってきた。
「あ、或斗さん!......と、」
床に座ってちびちびとシャンメリーを口にしていた帝亜羅には、或斗が運んでいる最中にお盆からちらちらと覗く、オレンジ色の物とレッド色の物が気にかかった。
そして机に並べようと膝立ちの体勢になった或斗が持つお盆には、ブラウンとオレンジで構成されたどことなくアンティーク調でシックなパフェと、それと同じような構成の、しかし先程のパフェでオレンジだった部分がレッドになった、色違いのパフェがいくつか乗っている。
「そのパフェ......」
「ああ、これはですね、メルハニの冬季限定......半ばクリスマス限定みたいな物の、オランジェットパフェと、」
そう言って、オレンジとブラウンのパフェを机に置く或斗。瑞々しいオレンジの果肉のメロディーと、ダークなチョコレートのベースとが合わさって、グラスの中で協奏曲を奏でている。
部屋の照明を落としたら本当に音楽が聞こえてきそうなくらいには、1つの舞台、ショーとして完成したパフェが、何の変哲もない、どこの家庭にもありそうなサイズの炬燵の上に威風堂々と鎮座している。
「ストロベリーズキャラメリゼパフェの試作品です。名前に関しては、まだ冬萌さんから意見を頂いておらず適当に呼んでいるだけなので、安直なのはお気になさらず」
そしてその隣にしれっと移ってきたのは、レッドとブラウンのパフェだ。レッドとブラウンで構成されたそれは、ミックスベリーの内に秘めた酸味と甘みが、ダークチョコレートでできたブラウニーやソースと共謀して、こちらを静かに魅惑している。
オランジェットパフェがどの快楽をも超える心地良さで観客を包み込む、プロの音楽団なら、ストロベリーズキャラメリゼパフェは、被害者に嵌められている事すら察させない、手練た詐欺師集団だ。
「わ、分かりました。......でもこれ、小さい子とか子供舌な人とかは、大丈夫なんですか?い、要らぬ気遣いかもですけど......」
だが、雰囲気がどことなく違う2つのパフェにも共通点が1つあって、帝亜羅が指摘した通り2つとも大人向けテイストのパフェで、小さい子や子供舌、甘党な人には少し物足りない(かもしれない)。
「それに関しては大丈夫です。あと2つほど残っているので、取ってきますね。少々お待ち下さい」
「は、はあ......」
しかし、それについてもすでに対処済みな所が、或斗の馬鹿真面目なほどのプロ根性を帝亜羅に感じさせた。川を流れる水のように、さらさらと進む会話がそれを余計に強調している。
青年主夫、と皆から称されてはいるものの、実は裏方で色々やっているのではないか、という所が最近、帝亜羅の頭の片隅で、ほんの少しだけ腑に落ちないでいる。ただの女子高生にとってはどうでもいい事かもしれないが。
「お待たせしました。これが......」
そうこうしている内に、他の2つもやってきた。1つは、真っ白な皿の上に、同じように真っ白い球体が乗せられた、一見シンプルでどういったものなのか分からない物。横に並べられた手のひらサイズの小さなポットが、鍵を握っていそうだ。
「......春立つ季節?でしたっけ」
「え、或斗さんが考えたんじゃないんですか?」
「いえ、このタイトルにあったスイーツの新メニューを、3日以内に考案してきてと兎逹さんから仰せつかったんです。俺のイメージでぱぱーっと作りました」
「し、新メニューを考えるのってそんなに簡単なことでしたっけ!?っていうか、なんで或斗さんがメルハニのメニューを考えるんですか?」
刹那、考え込んでいた或斗がすっと口を開き、白い球体のメニュー名を口にした。帝亜羅からの質問にジェスチャーを混じえつつさっと答えると、後の1つを机に置いて、人数分のフォークを取りにキッチンに向かった。
或斗が戻ってきた所に、帝亜羅は再び、つっかかりながら声をかける。
「え、言ってませんでしたっけ?俺、メルハニの企画係なんです」
「言ってないですよぉっ!!は、初耳です!!」
今世紀最大級の驚きである。いや、大袈裟かもしれないが、少なくともそれ位の衝撃は帝亜羅に与えられた。
主夫というか家政夫というか、とにかく家庭内の仕事のみを行っているのだと思っていた帝亜羅。過去にバイトをしていた事にも多少驚きはしたが、現職で仕事をしている事にもそれなりに驚いた。
ず、ずっと専業主夫だと......と、帝亜羅は意外なところで偏見とイメージの力を思い知らされたのだった。
「え、企画係って......」
「はい。兎逹さんと同じように、裏方で仕事をする係です。元々働いていたのもあって、辞める際に"表方ほど忙しくなければいいのなら、裏方だけでもやってくれないか"って声をかけて頂いて、それから企画係として時折業務に参加しています」
「へぇー......ところで、こ、これが気になって気になって仕方がないんですが......」
そう言って、帝亜羅は白い球体の方に視線を移した。やはり気になる。
「これですか?これはですね、このホットグリーンチョコレートをかけて食べるんです」
或斗はそう言いながら小さなポットに手を伸ばし、
「......わあ......!」
球体にピンク色の液体......ホットグリーンチョコレートをかけた。その瞬間、帝亜羅は思わず声を上げてしまった。
......球体が溶けだし、中から桜の花びらと苺の乗ったプチベリーケーキが顔を出した。雪のドームが溶けきった頃には、様々な花が咲き舞う春が待っている。その冬が明ける瞬間を彷彿とさせるような景色が、すっかり色鮮やかになった白い皿の上で広がっている。
ホットグリーンチョコレートの鮮やかな黄緑色に交じって登場したカラフルな花弁達。冬が春に立場を譲り、世界はうららかな太陽の光に照らされる。もはや皿の上に冬は残っていない。
「これ、面白いですね!」
「ありがとうございます。この間マモンさんの館を尋ねた時に食べたケーキから、ヒントを得ました。厨房の皆さんが優しくて、作り方を1から丁寧に教えてくださったおかげで、これを作ることができました」
帝亜羅からの褒め言葉に、或斗はにこっと笑った。......マモンさんのお屋敷で食べたあのケーキ、そういえば似てる......美味しかったなあ......帝亜羅は、しみじみとそう思った。
「では早速ですが、試食をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい!むしろ食べさせてください!」
或斗からの断る理由のない、むしろありがたいお願いに帝亜羅が快く返事を返した時だった。
「えっなになに?何食べんの?」
「すっごく大きなパフェだね!!僕こっちの食べてもいい?」
「ちょっと或斗、私にもなにか甘いものを持って来なさいよ!」
食い意地の張った聖火崎、葵雲、梓の3人が、自分も自分も!!とバーゲンセールに挑む客達並のスピードと圧で2人の元にやってきた。
「梓ちゃん......聖火崎さんも......」
「葵雲、勝手に食べるな!!」
流石の速さに帝亜羅は引く事しかできず、或斗は勝手に手をつけ始めた葵雲を叱りつけている。
「これ貰うわよ?」
「好きにするといい。あと何個かあるからな」
「よしっ」
高圧的な態度で許可を貰うために声をかけた聖火崎は、或斗から許可が降りた瞬間に机の影で小さくガッツポーズし、勢いよくはむっとパフェを食した。
「あ、今日、フレアリカちゃんは......?」
バクバクと手を動かしてパフェを食べ続ける聖火崎に、帝亜羅はそっと訊ねかける。
「天仕に預けてあるわ。あの子、日本で部屋を借りてなかったらしくて、うちの部屋を1室貸してあげる代わりに、フレアリカの面倒を見てもらっていたのよ。元々、今日は取引先との交渉日で場所が神戸だったから、ついでにここに寄ったの」
そう言って、スマホでサッと神戸のどこかの会社の位置情報と、今日のスケジュールを見せてくれた。
「いつまでこっちにいられるんですか?」
「そうね......明後日までに戻ればいいから、明日の夜までいるわ」
「なら明日、もう1回、ウィズオート皇国について話を聞きたいです。私、知っているからにはお荷物にはなりたくないので......」
「あ、そういうこと?そーおねー......」
「あ、望桜さん携帯鳴ってますよ」
聖火崎の返答を待ちつつ、携帯が鳴っている事を望桜に教え、
「あ、本当だ。ありがとな」
軽く頭を下げて感謝を告げ別室に向かう望桜の背に、「ど、どういたしまして」と軽く声をかけた。
「......また2人きりで話せる場所を用意しておくわ。何なら、空間転移で私が泊まってるホテルに来る?」
「え、私、使えませんよ?」
「分かってるわ。......だから、これあげる」
そう言って、聖火崎が差し出したのは、
「これ......鏡?小さい......」
帝亜羅の手の中にすっぽりと入ってしまうほどの大きさの、小さな鏡であった。折りたたみ式だったため、半ば不可抗力的に開こうとした帝亜羅の手を、聖火崎の手がすっと止めた。
「法術道具の中の鏡映機って言ってね、普通は上級法術が特殊技術で閉じ込められた使い捨てのものなんだけど、空間転移みたいな下級法術だと数10回は繰り返し使えるの」
「そ、それって貴重なものなんじゃ......」
「いいのいいの。どうせ使わないし」
「え、でも頂けないですよ!!」
帝亜羅の手をまだ制したまま、聖火崎はつらつらと説明文と貰って欲しい気持ちを口にする。帝亜羅はそれをやんわりと断りつつ、聖火崎の目をまっすぐと見据えている。
「神気消費もないし、使い方も簡単。行きたい所を思い浮かべて、鏡を開くだけ。何も考えてない時に開くと無駄に回数が減るだけになっちゃうから、今止めたのよ。......帝亜羅ちゃんが私達の役に立ちたいって思ってくれてる事、私としてはとても有難いって思ってる。でも、そのせいでいざ帝亜羅ちゃんが危険な目に会いそうになった時に自力で脱出できるように、これを帝亜羅ちゃんにあげたいなって思った」
「なるほど......でも、本当にいいんですか?」
聖火崎の言葉を受けて、帝亜羅は鏡の上に蓋を開けようと持ってきていた手を下げた。
「むしろ、貰ってくれないかしら?」
「......分かりました。あ、ありがとうございます」
目の前の人の、自分のことを心から、純粋に心配してくれている感情に圧されてしまった。そしてそれに対して、自分はありがたいと思っている。これは......受け取るしかない。そう思った帝亜羅は、その小さな鏡を自身のポケットにしまった。
「あ、葵雲!」
それとほぼ同時に、望桜が別室から戻って来て、そのまま葵雲に声をかけた。
「望桜!電話、誰からだったの?」
「マモ......数土からだ」
「すどう?」
望桜の口から飛び出した聞き慣れない名前に、聖火崎は口をへの字に曲げて聞き返す。
音だけを聞けばそこら中にいそうな苗字だが、いかにも"お前も知っている奴"からの電話だ~みたいなニュアンスで言われても、"すどう"なる苗字、または名前を持つ知人は聖火崎にも、望桜にも居ない。
「誰のこと言ってんのよ」と視線でじっ......と訴え続けていると、望桜は数秒かかってからやっとそれに気づき、
「ああ、言ってなかったっけ。マモンの事だ」
と答えた。やっとこさ得られた望桜からの返答を聞いて、聖火崎の視界の隅で梓が一瞬反応したのは無視しておいて、聖火崎は思ったことを口にする。
「あー......ちょっと、何でマモンが"すどう"なのよ」
「マモン。地獄で悪魔を従えて、魔界大陸にある金銀財宝を次々と掘り当てて、守の堂、"守堂"を築き上げたからだそうだ」
「ふーん......」
守るに堂で"すどう"と呼ぶのは知っている聖火崎だが、音だけでは漢字が"守堂"ではなく"数土"であることには気づかない。どちらであろうと"呼び"に違いはないからだ。
わざわざ名前の漢字にまで頓着しないし、なんなら呼ぶときに音さえ間違えなければ良い、と思うサバサバした性格の聖火崎は、そーいう由来ならきっとあの漢字なんだろうな~と思いつつ、ノンアルコールカクテルをぐいっと一気飲みした。
「んで?要件は何だったのよ?」
「ああ。晴瑠陽と雨弥の精密検査......欠陥がないかどうか確かめ終わったから、明日こっちに送り届けるってよ」
「ふーん......」
あまり接点のない2人組がこちらに合流するという情報を貰って、聖火崎は少しだけ興味ありげにパフェの奥底に溜まった、スプーンで掻き出せないチョコレートをもったいなさげに見つめ、ジュースでも飲むかのようにグラスを逆さまにしてチョコを食べてみせた。
──────────────To Be Continued────────────
「あ、す、すみません」
帝亜羅からの指摘(?)を受けて、的李はますます縮こまる。聖火崎に負けたのがそんなに悔しかったのかぁ......2人の短い会話を傍目から見ていた望桜は、咄嗟にそう思った。
頼りになる臣下、しっかり者で頭が良く、近接戦が師範レベルで強い的李。それなりにプライドも高い。
だからこそ、自分から"この分野は捨てた"と会得や勝利する事を諦めた魔法や遠·中距離武器等とは違い、"まだ希望がある(かもしれない)"と思っていた分野においての敗北が、他分野での敗北や、それこそ第拾参弦聖邪戦争よりも、よほど堪えたらしい。そう望桜は予測した。
一同が一通り騒ぎ終えゆっくりしだした頃に、王様ゲームを開始してからずっと聞こえていた調理音がぱったりと止み、それと同時に、
「あ、もう野生児の命令は遂行し終えましたか」
と、一言口にしつつ、或斗がお盆で何かを運びながらやってきた。
「あ、或斗さん!......と、」
床に座ってちびちびとシャンメリーを口にしていた帝亜羅には、或斗が運んでいる最中にお盆からちらちらと覗く、オレンジ色の物とレッド色の物が気にかかった。
そして机に並べようと膝立ちの体勢になった或斗が持つお盆には、ブラウンとオレンジで構成されたどことなくアンティーク調でシックなパフェと、それと同じような構成の、しかし先程のパフェでオレンジだった部分がレッドになった、色違いのパフェがいくつか乗っている。
「そのパフェ......」
「ああ、これはですね、メルハニの冬季限定......半ばクリスマス限定みたいな物の、オランジェットパフェと、」
そう言って、オレンジとブラウンのパフェを机に置く或斗。瑞々しいオレンジの果肉のメロディーと、ダークなチョコレートのベースとが合わさって、グラスの中で協奏曲を奏でている。
部屋の照明を落としたら本当に音楽が聞こえてきそうなくらいには、1つの舞台、ショーとして完成したパフェが、何の変哲もない、どこの家庭にもありそうなサイズの炬燵の上に威風堂々と鎮座している。
「ストロベリーズキャラメリゼパフェの試作品です。名前に関しては、まだ冬萌さんから意見を頂いておらず適当に呼んでいるだけなので、安直なのはお気になさらず」
そしてその隣にしれっと移ってきたのは、レッドとブラウンのパフェだ。レッドとブラウンで構成されたそれは、ミックスベリーの内に秘めた酸味と甘みが、ダークチョコレートでできたブラウニーやソースと共謀して、こちらを静かに魅惑している。
オランジェットパフェがどの快楽をも超える心地良さで観客を包み込む、プロの音楽団なら、ストロベリーズキャラメリゼパフェは、被害者に嵌められている事すら察させない、手練た詐欺師集団だ。
「わ、分かりました。......でもこれ、小さい子とか子供舌な人とかは、大丈夫なんですか?い、要らぬ気遣いかもですけど......」
だが、雰囲気がどことなく違う2つのパフェにも共通点が1つあって、帝亜羅が指摘した通り2つとも大人向けテイストのパフェで、小さい子や子供舌、甘党な人には少し物足りない(かもしれない)。
「それに関しては大丈夫です。あと2つほど残っているので、取ってきますね。少々お待ち下さい」
「は、はあ......」
しかし、それについてもすでに対処済みな所が、或斗の馬鹿真面目なほどのプロ根性を帝亜羅に感じさせた。川を流れる水のように、さらさらと進む会話がそれを余計に強調している。
青年主夫、と皆から称されてはいるものの、実は裏方で色々やっているのではないか、という所が最近、帝亜羅の頭の片隅で、ほんの少しだけ腑に落ちないでいる。ただの女子高生にとってはどうでもいい事かもしれないが。
「お待たせしました。これが......」
そうこうしている内に、他の2つもやってきた。1つは、真っ白な皿の上に、同じように真っ白い球体が乗せられた、一見シンプルでどういったものなのか分からない物。横に並べられた手のひらサイズの小さなポットが、鍵を握っていそうだ。
「......春立つ季節?でしたっけ」
「え、或斗さんが考えたんじゃないんですか?」
「いえ、このタイトルにあったスイーツの新メニューを、3日以内に考案してきてと兎逹さんから仰せつかったんです。俺のイメージでぱぱーっと作りました」
「し、新メニューを考えるのってそんなに簡単なことでしたっけ!?っていうか、なんで或斗さんがメルハニのメニューを考えるんですか?」
刹那、考え込んでいた或斗がすっと口を開き、白い球体のメニュー名を口にした。帝亜羅からの質問にジェスチャーを混じえつつさっと答えると、後の1つを机に置いて、人数分のフォークを取りにキッチンに向かった。
或斗が戻ってきた所に、帝亜羅は再び、つっかかりながら声をかける。
「え、言ってませんでしたっけ?俺、メルハニの企画係なんです」
「言ってないですよぉっ!!は、初耳です!!」
今世紀最大級の驚きである。いや、大袈裟かもしれないが、少なくともそれ位の衝撃は帝亜羅に与えられた。
主夫というか家政夫というか、とにかく家庭内の仕事のみを行っているのだと思っていた帝亜羅。過去にバイトをしていた事にも多少驚きはしたが、現職で仕事をしている事にもそれなりに驚いた。
ず、ずっと専業主夫だと......と、帝亜羅は意外なところで偏見とイメージの力を思い知らされたのだった。
「え、企画係って......」
「はい。兎逹さんと同じように、裏方で仕事をする係です。元々働いていたのもあって、辞める際に"表方ほど忙しくなければいいのなら、裏方だけでもやってくれないか"って声をかけて頂いて、それから企画係として時折業務に参加しています」
「へぇー......ところで、こ、これが気になって気になって仕方がないんですが......」
そう言って、帝亜羅は白い球体の方に視線を移した。やはり気になる。
「これですか?これはですね、このホットグリーンチョコレートをかけて食べるんです」
或斗はそう言いながら小さなポットに手を伸ばし、
「......わあ......!」
球体にピンク色の液体......ホットグリーンチョコレートをかけた。その瞬間、帝亜羅は思わず声を上げてしまった。
......球体が溶けだし、中から桜の花びらと苺の乗ったプチベリーケーキが顔を出した。雪のドームが溶けきった頃には、様々な花が咲き舞う春が待っている。その冬が明ける瞬間を彷彿とさせるような景色が、すっかり色鮮やかになった白い皿の上で広がっている。
ホットグリーンチョコレートの鮮やかな黄緑色に交じって登場したカラフルな花弁達。冬が春に立場を譲り、世界はうららかな太陽の光に照らされる。もはや皿の上に冬は残っていない。
「これ、面白いですね!」
「ありがとうございます。この間マモンさんの館を尋ねた時に食べたケーキから、ヒントを得ました。厨房の皆さんが優しくて、作り方を1から丁寧に教えてくださったおかげで、これを作ることができました」
帝亜羅からの褒め言葉に、或斗はにこっと笑った。......マモンさんのお屋敷で食べたあのケーキ、そういえば似てる......美味しかったなあ......帝亜羅は、しみじみとそう思った。
「では早速ですが、試食をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい!むしろ食べさせてください!」
或斗からの断る理由のない、むしろありがたいお願いに帝亜羅が快く返事を返した時だった。
「えっなになに?何食べんの?」
「すっごく大きなパフェだね!!僕こっちの食べてもいい?」
「ちょっと或斗、私にもなにか甘いものを持って来なさいよ!」
食い意地の張った聖火崎、葵雲、梓の3人が、自分も自分も!!とバーゲンセールに挑む客達並のスピードと圧で2人の元にやってきた。
「梓ちゃん......聖火崎さんも......」
「葵雲、勝手に食べるな!!」
流石の速さに帝亜羅は引く事しかできず、或斗は勝手に手をつけ始めた葵雲を叱りつけている。
「これ貰うわよ?」
「好きにするといい。あと何個かあるからな」
「よしっ」
高圧的な態度で許可を貰うために声をかけた聖火崎は、或斗から許可が降りた瞬間に机の影で小さくガッツポーズし、勢いよくはむっとパフェを食した。
「あ、今日、フレアリカちゃんは......?」
バクバクと手を動かしてパフェを食べ続ける聖火崎に、帝亜羅はそっと訊ねかける。
「天仕に預けてあるわ。あの子、日本で部屋を借りてなかったらしくて、うちの部屋を1室貸してあげる代わりに、フレアリカの面倒を見てもらっていたのよ。元々、今日は取引先との交渉日で場所が神戸だったから、ついでにここに寄ったの」
そう言って、スマホでサッと神戸のどこかの会社の位置情報と、今日のスケジュールを見せてくれた。
「いつまでこっちにいられるんですか?」
「そうね......明後日までに戻ればいいから、明日の夜までいるわ」
「なら明日、もう1回、ウィズオート皇国について話を聞きたいです。私、知っているからにはお荷物にはなりたくないので......」
「あ、そういうこと?そーおねー......」
「あ、望桜さん携帯鳴ってますよ」
聖火崎の返答を待ちつつ、携帯が鳴っている事を望桜に教え、
「あ、本当だ。ありがとな」
軽く頭を下げて感謝を告げ別室に向かう望桜の背に、「ど、どういたしまして」と軽く声をかけた。
「......また2人きりで話せる場所を用意しておくわ。何なら、空間転移で私が泊まってるホテルに来る?」
「え、私、使えませんよ?」
「分かってるわ。......だから、これあげる」
そう言って、聖火崎が差し出したのは、
「これ......鏡?小さい......」
帝亜羅の手の中にすっぽりと入ってしまうほどの大きさの、小さな鏡であった。折りたたみ式だったため、半ば不可抗力的に開こうとした帝亜羅の手を、聖火崎の手がすっと止めた。
「法術道具の中の鏡映機って言ってね、普通は上級法術が特殊技術で閉じ込められた使い捨てのものなんだけど、空間転移みたいな下級法術だと数10回は繰り返し使えるの」
「そ、それって貴重なものなんじゃ......」
「いいのいいの。どうせ使わないし」
「え、でも頂けないですよ!!」
帝亜羅の手をまだ制したまま、聖火崎はつらつらと説明文と貰って欲しい気持ちを口にする。帝亜羅はそれをやんわりと断りつつ、聖火崎の目をまっすぐと見据えている。
「神気消費もないし、使い方も簡単。行きたい所を思い浮かべて、鏡を開くだけ。何も考えてない時に開くと無駄に回数が減るだけになっちゃうから、今止めたのよ。......帝亜羅ちゃんが私達の役に立ちたいって思ってくれてる事、私としてはとても有難いって思ってる。でも、そのせいでいざ帝亜羅ちゃんが危険な目に会いそうになった時に自力で脱出できるように、これを帝亜羅ちゃんにあげたいなって思った」
「なるほど......でも、本当にいいんですか?」
聖火崎の言葉を受けて、帝亜羅は鏡の上に蓋を開けようと持ってきていた手を下げた。
「むしろ、貰ってくれないかしら?」
「......分かりました。あ、ありがとうございます」
目の前の人の、自分のことを心から、純粋に心配してくれている感情に圧されてしまった。そしてそれに対して、自分はありがたいと思っている。これは......受け取るしかない。そう思った帝亜羅は、その小さな鏡を自身のポケットにしまった。
「あ、葵雲!」
それとほぼ同時に、望桜が別室から戻って来て、そのまま葵雲に声をかけた。
「望桜!電話、誰からだったの?」
「マモ......数土からだ」
「すどう?」
望桜の口から飛び出した聞き慣れない名前に、聖火崎は口をへの字に曲げて聞き返す。
音だけを聞けばそこら中にいそうな苗字だが、いかにも"お前も知っている奴"からの電話だ~みたいなニュアンスで言われても、"すどう"なる苗字、または名前を持つ知人は聖火崎にも、望桜にも居ない。
「誰のこと言ってんのよ」と視線でじっ......と訴え続けていると、望桜は数秒かかってからやっとそれに気づき、
「ああ、言ってなかったっけ。マモンの事だ」
と答えた。やっとこさ得られた望桜からの返答を聞いて、聖火崎の視界の隅で梓が一瞬反応したのは無視しておいて、聖火崎は思ったことを口にする。
「あー......ちょっと、何でマモンが"すどう"なのよ」
「マモン。地獄で悪魔を従えて、魔界大陸にある金銀財宝を次々と掘り当てて、守の堂、"守堂"を築き上げたからだそうだ」
「ふーん......」
守るに堂で"すどう"と呼ぶのは知っている聖火崎だが、音だけでは漢字が"守堂"ではなく"数土"であることには気づかない。どちらであろうと"呼び"に違いはないからだ。
わざわざ名前の漢字にまで頓着しないし、なんなら呼ぶときに音さえ間違えなければ良い、と思うサバサバした性格の聖火崎は、そーいう由来ならきっとあの漢字なんだろうな~と思いつつ、ノンアルコールカクテルをぐいっと一気飲みした。
「んで?要件は何だったのよ?」
「ああ。晴瑠陽と雨弥の精密検査......欠陥がないかどうか確かめ終わったから、明日こっちに送り届けるってよ」
「ふーん......」
あまり接点のない2人組がこちらに合流するという情報を貰って、聖火崎は少しだけ興味ありげにパフェの奥底に溜まった、スプーンで掻き出せないチョコレートをもったいなさげに見つめ、ジュースでも飲むかのようにグラスを逆さまにしてチョコを食べてみせた。
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