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第1章 (元)魔王と勇者は日本にて(説明欄でも告げたとおり小説版キャラ紹介的な章です)
✨1話 何故か帰ってきましたね、とりあえず生活基盤を整えることが大事なのです
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「Alle, beweg dich in die Kampfposition ! !(皆の衆、戦闘配置にきなさい!!)」
「「Herr ! Yesser ! !」」
......下界西暦19432年、下界で数百~数千年ごとに起こる聖邪戦争の、13回目である拾参弦聖邪戦争の幕が降りようとしていた。
Guruooaaaaahhhhhhhhh!!!!
「Kyaaaaaaa ! ?」
巨大な人型の化け物......角が生え、おぞましい爪を持ち、人間の数倍ある巨躯でけたたましい鳴き声を上げた悪魔は、化け物共から逃げ遅れた赤子を抱えた女性に襲いかかった。
背に携えた大きな翼で高く飛んだ悪魔の下には......腰が抜けて動けなくなり、その場でガタガタと震える事しかできない女性が居る。
悪魔の爪から滴る液体は、今自分の頬に当たって小さな雫と化そうとしている血は、こんな事になる前に毎朝優しく声をかけてくれた向かいの家のおばあさんのもの。
「...... ! !」
ぴちゃっ、そんな可愛らしい水の滴る音は気休めになんてならない。
村の皆や逃げる道中で見かけた大量の犠牲者達、見慣れた景色が無惨に崩されていく様が目の前をちらつき、その奥には赤い目をぎらぎらと光らせる化け物。
恐ろしくなって目を瞑り、もはや泣き声すらあげない愛しの我が子をぎゅっと抱きしめた、その時だった。
「...... ?」
爆発音と、それから数秒ほど遅れて聞こえた何がが倒れる音。恐る恐る目を開けると、
「......Es ist schon okay(......もう大丈夫よ)」
「Das...... ?(え......?)」
女性の目の前には鎧を身に纏った少女が仄かに光る弓を手に持ち、その反対側の手をこちらに差し出しながら優しく笑っていた。
「Sie sind, mutige Person......(あなたは、勇者の......)」
「Das stimmt, ich bin ein tapferer Person mit einem heiligen Bogen. Der Rest bleibt der Armee der tapferen Menschen überlassen, Bitte gehen Sie so schnell wie möglich ins Tierheim(その通り、私は聖弓勇者よ。ここは私達勇者軍に任せて、早く避難所に向かって)」
「verstanden. Ah, danke......(分かりました。ああ、ありがとう......)」
歓喜と安堵の涙を一筋流した後、女性は踵を返して急いで走っていった。
そんな女性の背を見送った後、
「Ach du Armer......(可哀想に......)」
少女は......聖弓勇者こと、ジャンヌ·S·セインハルトはそう、呟いた。
「......Muss fertig werden, beruhige dich(......つけないと、決着)」
そして、周りで魔王軍と勇者軍両軍の雑兵同士の戦いが勃発する中、ジャンヌは飛行魔法を用いて颯爽と、ウィズオート皇国中央の皇都·ラグナロクに、
......敵軍の頭である魔王と側近の待つ皇城、ヴェルオルガ城に急いで向かったのだった。
聖邪戦争とは、簡単に言えば、ウィズオート皇国という国が全土を総べる人間界大陸と、特に決まった呼称のない、ウィズオート皇国の東に位置する巨大な魔界大陸のそれぞれに住まう生物同士の大きな戦いの、最終戦の事である。
そして拾参弦というのは、この戦いが13回目である事を示すものだ。
今現在の戦況は、人間側の勇者軍が、魔界の生物である悪魔側の魔王軍をかなり圧倒している状態である。
しかし、
「...... ! !(っ!!)」
「Ew ! !(くっ!!)」
ジャンヌが無惨に崩壊したヴェルオルガ城の中央部に位置する大広間に駆け込むと、そこでは味方である聖槍勇者·ルイーズが青年と戦っていた。
ルイーズが青年の手によって後方に大きく弾かれ、バンッ!!と音を立てて壁にぶち当たった。
ルイーズを弾いた敵は、しとしとと降り注ぐ赤色の月光に照らされて妖美に佇んでいる。
「...... Nun, es wird nur der stärkste Schwertkämpfer der Welt genannt. Gute Fähigkeit(......っ、流石は世界で最も強い剣士と謳われるだけある。腕が立つな)」
「So viel, es ist nicht etwas zu loben.(別に、君達に褒められるようなことではないのだよ)」
流れるような黒髪と深紅の瞳を擁し、すらっとした長い脚、手には闇をそのまま固めたような漆黒の刀を持つその青年は、頭上に立派な1本角が生えていた。
......魔王軍魔王側近、ベルフェゴールとは、角以外人間と何ら変わりないこの青年の事である。
その後ろには、13代目魔王であるマオ·ミドリガオカが目を閉じて腕を組み、仁王立ちしている。
「Belfegor, bitte spielen Sie ohne zu töten(ベルフェゴール、殺さない程度に遊んでやれ)」
「Ich, verstehe......(分かっ、た......)」
「Töte mich nicht ...... ist, Du hast viele Menschen getötet, was sagst du jetzt?(殺さない程度に......って、今まで沢山の人達を殺させてきた癖に、今更何?)」
マオとベルフェゴールの目配せと共に交わされた声による指示に、ジャンヌは声を張りながらずんっと割って入った。
「Es gibt eine Geschichte, die nichts mit dir zu tun hat. Bitte mach dir keine Sorgen(お前らには関係ないような理由しかねえよ。気にすんな)」
「Es ist unmöglich. Weil wir mutige Menschen sind, diejenigen sind, die Menschen beschützen und glücklich machen(無理ね。だって私達は勇者、民を守り民の幸福を成す存在だもの)」
ジャンヌが言い放った大義名分を仁王立ちしたまま聞いていたマオは、何故か今までのお堅い顔をふっと崩して顔を上げた。しかも、
「Groß...... !(ほええ......!)」
「Was?(は?)」
感心したような、驚いたような表情を浮かべて何だか嬉しそうにしているではないか。
これには、真面目に戦おうとしていたジャンヌも思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「Ah, hmm...... (あっ、ん゙ん゙っ......)」
場の空気ががらっと崩れたのを感じ取って、マオは小さく咳払いをする。
「Jeanne, Ich habe die Nachhut es dir überlassen(ジャンヌ、後衛は任せた)」
「OK(分かったわ)」
ルイーズから先程のマオとベルフェゴールのように、目配せと共に声でも合図が下される。
そこから長い長い沈黙が場を包んだ後、ジャンヌはふいと何かを感じ取ってこう呟いた。
「......Kommen Sie, (......来る、)」
須臾の後、ベルフェゴールの持つ刀が、月の光を反射して勇者2人は目をぱっと閉じた。
「...... ! !(っ!!)」
「Was, (な、)」
「Louise ! !(ルイーズ!!)」
そこから瞬も置かずにルイーズの目の前に移動したベルフェゴールは、反射的に後ろに下がっているルイーズに刀をすっと立てる。
それに咄嗟に反応して、ルイーズは黒刀を聖槍の柄で受け止めた。
そこから直ぐさま石突でベルフェゴールの方に突きかかるが、
「......」
「Tsk,」
すっ、とギリギリの所で華麗に躱された上、自ずから後方に大きく下がっていくではないか。
舐められているような真似に、ルイーズはイラついて舌打ちを1つ零した。
「Du kannst nicht in einem Kampf der reinen Kampfkünste gewinnen, oder ! !(純粋な武術勝負じゃ勝てなさそう、だなっ!!)」
そう悟ったルイーズは、遠距離から神気と呼ばれる神の力、魔を打倒すための力で生成した大きな光の槍を3本、轟速でベルフェゴールの方に打ち込んだ。
「Hoppla, (おっと、)」
ベルフェゴールは光の槍を刀で弾き、その直後に聖槍で襲ってきたルイーズの方に斬り掛かる。
キンッ、という音と共に聖槍の切っ先が黒刀の鎬筋を掠めて空を切った。
刹那、
「 ! !」
ジャンヌが神気成形された聖矢を放ち、一瞬反応が遅れたベルフェゴールの左肩の端を射抜いた。
「Louise ist nicht die einzige mutige Person ! !(勇者はルイーズだけじゃないのよ!!)」
「......」
ふらり、と軽く傾いた後に、ベルフェゴールは声高に言うジャンヌの方を見遣る。
直後に、
「......Haa,」
「「......?」」
はあ、とベルフェゴールが弱々しくため息を1つついたのを、ジャンヌとルイーズは見逃さなかった。
しかも、地面に刀を突き立ててどっと膝をついて苦しそうに喘いでいるではないか。
「......Das, bist du in Ordnung ?(ちょっと、あなた大丈夫?)」
「............Was ?(......お?)」
敵ではあるがあまりにも平時とは思えないその様子に、ジャンヌが刀の間合いに入らないギリギリの場所まで駆け寄って心配そうに声をかけた。
その様子を見ていたマオは、勇者の敵味方関係なく心配する温情溢れる姿勢にちょっとした感心から思わず声を上げる。
が、
「......Es ist nichts, worüber sich der Feind Sorgen macht...... coff,(......別に、敵に鬼胎されるようなことでは......けほっ、)」
そう言いながら咳込むベルフェゴールの横を、勇者2人は素通りしてマオの元に歩き寄ってきた。
「......Hmm ......Selbst wenn Sie die Kranken besiegen, wird es nicht ordentlich sein. Louise, beeilen wir uns und holen uns nur den Hals des Dämonenkönigs und beenden(............んー......病人を倒しても何かすきっとしないわね。ルイーズ、さっさと魔王倒して終わらせましょ)」
「Genau(そうだな)」
「Eh, hey(え、ちょっ)」
2人とも武器を構えて寄ってくるので、マオは困惑して焦り始める。
聖弓に神気を滾らせて真剣な表情を浮かべるジャンヌがフリーズしてしまっているマオの耳元に、そっと顔を近づけてきた。マオは思わず目を瞑り、固唾を飲んだ。
しかし、マオが想像しているような言葉は、ジャンヌの口から発せられなかった。
「Bitte bewegen Sie sich nicht einmal einen Schritt von der Stelle(その場から1歩も動かないでちょうだい)」
「Ist ...(は...)」
想定の斜め上を行く発言に、マオは思わず目を見開く。
「...Gib auf. Ihr Jungs sind bereits von der Brave Army belagert ! !(諦めろ。貴様らはもう既に、勇者軍に包囲されている!!)」
「13. Generation Zusammenbruch war schnell. Sie haben es versäumt, den Süden zu verteidigen ... Nein, es war ein Fehler, die menschliche Welt anzugreifen. Bereue in dieser Welt ! !(13代目の崩落は早かったわね。南方の守りを怠ったこと...いいえ、そもそも人間界に攻め込んだ所から間違いだったのよ。あの世で悔い改めなさい!!)」
「Eh...?(え...?)」
そんなマオを他所に、2人は高らかに言い放った。
いつの間にか城の周りを包囲されていたのか、2人の勇者の声に反応した勇者軍の兵士達の声がマオの耳にふいと届いた。
1歩も動くな、そう言われてその場で固まっているマオの喉元にルイーズは聖槍を突きつけ、ジャンヌはベルフェゴールの方に一応警戒してか聖弓を向けている。
「Diese Welt ist unsere Welt. Ich werde es dem Teufel nicht geben ! ! (この世界は私達の世界よ。悪魔なんかには渡さないわ!!)」
勇者2人の声に、皇城を取り囲む勇者軍の兵士達は耳を傾け、魔王軍の残党悪魔達はざわめいた。
「Nicht bewegen...Rückzug aus der menschlichen Welt, lebe bescheiden in der Dämonenwelt ! ! (動くなよ...人間界から退却して、魔界で慎ましく暮らすことだな!!)」
「! !」
そう言って、ルイーズは聖槍を一気に突き刺した。...魔王の首の、すぐ横の壁に。
「Jeanne, ich habe es dir überlassen (ジャンヌ、あとは任せたぞ)」
「Ich verstehe... Schnell die Portale über der Burg öffnen und weglaufen (分かったわ。...さっさと城の上空でポータル陣開いて、逃げなさい)」
「...Hey ! ? (はあ!?)」
聖弓勇者の告げたことに、マオは思わず声をあげた。
「Deshalb sagst du, du solltest weglaufen ! Ich gebe dir ein Erkennungshindernis ! (だからさっさと逃げなさいって言ってんのよ!認識阻害はかけてあげるから!)」
「... Ja ?(はい?) 」
何回聞いても自分の耳か頭が狂ったとしか思えないマオは、また聞き返す。
「Weißt du was, Töte dich hier Wenn du nicht für immer nach Hause gehen kannst, Deine Eltern und Freunde werden traurig sein, oder?(あのねえ、あなたをここで殺して永遠に向こうの世界に帰れなくしたら、あなたの親御さんや友達が悲しむでしょ?)」
「Eh, Ich glaube nicht, dass das der Fall ist...(え、それはねえと思うけど...)」
「Sowieso ! ! Bitte kehre so schnell wie möglich in deine Heimatstadt zurück ! !(とにかく!!早く向こうの世界に帰りなさい!!)」
マオはジャンヌの勢いに気圧されて、
「Oh,Ich verstehe ... Belphegor (おお、わ、わかったよ...ベルフェゴール)」
戸惑いながらも、ベルフェゴールに声をかけた。
「Es, kann nicht geholfen werden... Äh... ow, Übergangszauber, Po, Portalspeer (し、仕方ない...えっと...痛っ、転移魔法、ポ、ポータルスピア)」
ベルフェゴールはようやく落ち着いたようで、整った息を荒らさぬようにゆっくりとマオの元に移動してから、痛む肩を押さえつつポータル魔法陣を描く。
それが完成した後、ベルフェゴールが魔法陣に魔力を流し込むと、床に描かれた魔法陣はきらきらと赤色に輝き出す。
そしてマオも魔法陣の上に移動し、転移する直前、
「Wenn du da drüben schlechte Dinge tust, werde ich dir den Kopf abschlagen (向こうで悪行を働くようなら、その首切り落とすわよ)」
「Oh, gruselig ... (おお、怖... )」
ジャンヌの恐ろしい言葉が聞こえて、マオはぶるっと身震いした。
その直後に、2人の姿は赤色の光の粉だけを残して消え去ったのだった。
「...Du gingst, (...行ったわね、)」
ジャンヌは、マオとベルフェゴールが確実に去ったのを確認し、聖弓を掲げて高らかに宣言した。
「... die tapferen Soldaten der Armee haben den Dämonenkönig der dreizehnten Generation getötet ! ! ! (...勇者軍兵士達、13代目魔王の首を討ち取ったわー!!!)」
Woohooooo !!!!
『Es ist uns gelungen, die kaiserliche Hauptstadt Lagunaroku vom Dämonenkönig Mao Midorigaoka und der Dämonenkönigarmee zurückzugewinnen ! !( 魔王マオ·ミドリガオカと魔王軍から皇都ラグナロクを奪還することに成功しました! ! )』
異世界の通信用の水晶···イデアクリスタルから聞こえてくる実況師の歓喜溢れる声と共に映されたのは、人間達の手に帰ってきたら皇都·ラグナロク。
もはや悪魔の糧である悪感情が欠片も感じられなくなったその土地で、どうやって悪魔が生きていけよう。
...こうして、第13代目魔王こと、マオ·ミドリガオカ...緑丘 望桜は生き延びたのだ。
人間界中央の、元々は人間の皇帝が住んでいる自分たちの占拠した皇城·ヴェルオルガ城の上空で、自身の側近であるベルフェゴールに脱出魔法をやっ...っとこさ開いてもらって。
下から見上げている勇者の蔑むような目線を直に浴びつつ、これからのことで一つだけ願いながら。
どこに行きつくかもわからないポータルの先が、どうか中性男子でいっぱいの、俺にとって過ごしやすい土地でありますように...と。
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「くっそ可愛い男の子いないじゃん」
『勇者戦直後の第一声がそれかい』
(そう......俺はもう魔王経験(超イレギュラーでレアな経験)を通して、まともなやつになると決めたんだ!高校卒業してからもずっっっと親のスネかじりながら生きるニート生活じゃなく、しっかり就活して自立するやつになりたかったんだよ!なのに......)
「......めっっっっちゃ進んでんじゃねえか!!!」
かなり大きな声を出してしまったが無理もない......なぜなら2XXX年から約140年前の世界のまま、記憶の中でのこの世界の技術の進歩や町並みなどは止まってしまっているから。
そして今パニック状態の俺の横にいる奴が、俺の側近悪魔、世界7大悪魔であり、7罪の一角の"怠惰"のベルフェゴールだ。
全世界の悪魔を統率する魔王である俺に対して、あれやこれや口うるさく言い続け、部下にしっかり指示を通し、精霊族や龍狼族との契約を結ぶ時も、巧みな話術で穏便に解決してくれる、優秀な部下だ。
『うわっ......急に大きな声を出さないでくれ給え!』
「うぉ、わりぃ......ってか、ここまで進んでると俺もう何がどことかわかんねえぞ......ってかここどこだよ」
驚き、大声を出したあと。ふと一番重要なことを思い出す
『君ね......どこかも分からないのに奇声を発していたのかい?』
「いや......俺がもともといた現代日本であることはわかるんだ。ただ、ここは..」
『......確かに、この高さの建物は魔王都にも、ラグナロクにもなかったのだよ......あ、あれじゃないか?』
落ち着いて周囲を見回してみると、日本では割とどこにでもある光景だが青森のド田舎出身の望桜にとってはあまり馴染みのない、高層ビルや高い塔、お洒落なカフェ等が所狭しと並んでいた。
その景色からふと、ベルフェゴールの第二の故郷の土地、そして人間界の首都であるラグナロクを思い浮かべる。
向こうの人間界の最も進んだ都市ではあるが、ここの手動で建てられた高いビル群よりも低い、魔法で建てられた建物がずらりと並んでいる。
......よく考えたら、魔法もないのにこっちの人間はすごい。道具と機械だけを使って、あの高い東京スカイツリーもあべのハルカスも、みんな数年で建ててしまった。このビル群も、その努力の賜物のひとつだ。
「......あー、神戸か!青森じゃねえのか!そりゃわからんわっ!」
『ぅえーと、その、こうべ?とあおもり?とやらは、こちらの土地名なのかい?』
「ああ、青森は俺が元々住んでた土地の名前で、神戸市は兵庫。」
『ひょ、うご..?』
ああ、此奴向こうのやつだったわ。日本の地名なんて分かるわけない。それに、日本語も伝わるはずがない。
........日本語で話してる俺の言葉が理解出来ているのは、魔王補正の1個の、言語自動翻訳(相手が何の言語で話してるかもわかる)のおかげだ。
これがなかったら、今の俺とベルフェゴールの会話や向こうの軍部での会話も、全く成立しなかっただろう。
「こっちの地名。お前ここにとばしたからには日本語覚えろよな!」
『わざとでは無いのだよ!?ちゃんとポータルを描いたつもりが..』
「気の毒に......」
......向こうでは最後、聖弓の勇者ジャンヌに逃がしてもらった。今、異世界の人間である俺を殺すことで向こうの世界になにか問題でも起きて、世界の仕組みが崩れるようなことがあれば、勇者の信頼が地に落ちる。
だから、その仕組みを壊さないため、"13代目魔王は聖剣の勇者によって討伐された"事にして、魔界なり人間界なりにポータルスピアでとぶよう言い、逃がしたのだ。そしてポータルスピアが使えるベルフェゴールに魔方陣を書いてもらい、その中に入って飛んできた────────────
───────その結果、日本に逆戻りだ。約140年振り、ただいま。
『......ということなのだよ!......聞いてるかい?』
「え、ああ聞いてる聞いてる」
『とにかく、好きで不器用に生まれた訳では無いのだよ......ああ、せめて性格が大雑把なら......』
......もう一度言うが、今俺の隣にいるのは、優秀な元魔王側近だ。
その優秀な部下が、この世界でははっきり言って全く役に立たない。と、いうことは......
「ベルフェゴール」
『何だい?』
「俺の指示をしっかり聞いてくれるか?」
『......わ、分かったのだよ』
......普段は憎まれ口しかきかない此奴が、知らぬ世界なのだから望桜についてった方がいい、と指示を素直に聞いてくれる。なんだかいい気分になるのは気のせいだろうか。
「......まず、お前と俺の戸籍を作りに区役所に行く。その次に換金用の宝石をお金に変える。不動産屋で家を決める。飯を食う。最後に履歴書を書いて仕事を探す。......お前なら覚えられるよな?」
『当たり前なのだよ。でも、こせき?とかふどうさんや?とかゆうのは分からないのだよ』
「当たり前だろ......はじめて来たんだから」
昔、魔王城の執務室にいた時、だれかにこの順序を教えてもらったことがある。君が日本に帰る時、そのまま年齢で昔とおなじ"|緑丘 望桜(みどりがおか まお)"として帰ったなら、向こうで大騒ぎされると。
だから、戸籍を作り直して、換金用の宝石を持っていってお金を確保して(ryするといい。その教えてくれただれかも、異世界に移住すると言っていた知り合いに聞いたらしい。だれだったかな......
「この世界で生きていくのか......また」
『いいじゃないか、別に悪い土地ではないのだろう?』
「まあな」
空気中に魔力もないし、俺もベルフェゴールも魔力はもうこれっぽっちも残っていない。ポータルスピアなど、使えないから帰れないし。だからこちらで生活しよう。
「さて、それじゃ区役所だー!」
『お、おおー......?』
望桜のテンションはわからないというふうに、一応乗ってきたベルフェゴール。そしてこの世界には元々居たが、もはや昔すぎて死んだことになっている緑丘望桜。このちょっとズレた2人組で、日本生活。上手くいくのだろうか......
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『に、西原的李......』
「お前の名前だ、こっちでの」
『......まあ、適当でいいのだよ』
「あ、いいんだ」
現在、1LDKのマンション(仮住まい)の一室、331号室にて、キッチン備え付けのテーブルで的李の履歴書を渡す。見慣れぬ字に興味を惹かれつつも、読めない事に困惑している的李。当たり前だ。
仮住まいと言えど、持ってきておいた換金用の宝石がかなり高値で売れたので、ふつうに良い場所に住むことが出来た。金が残っているので、職が安定するまでの繋ぎにもなる。
「とりあえずコンビニ行ってくるわ~......あとこれ」
『な、何だいこの本は......あとこんじに?とは』
「日本語勉強の本。そっちの言語はドイツ語に似てるらしいから、ドイツ語のやつ。あとこんじにじゃなくコンビニな」
本を渡して、部下の間違いを正して。望桜は玄関から出ていった。
『......役に立たない上司だったのに、急に頼もしくなったのだよ......』
そして1人残された的李は、ひと言つぶやき、とりあえず本を読んでみることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいま~」
「おかえりなのだよ」
「言語習得はやっ!?」
15分ほどを要してコンビニでの食料調達を済ませた望桜が帰宅すると、
「ってか、ドイツ語に似てるどころじゃなくドイツ語そのものだったのね......」
「どい......?」
「こっちの話」
部下はやはり優秀だったらしい......15分ちょいで、日本語完全習得。末恐ろしいわこの悪魔......
「ところで、その袋は?」
「あー、適当に弁当買ってきた」
「ふーん......あ、この肉のが食べたいのだよ」
見て即決した弁当は牛カルビ。やはりお腹がすいた時にはボリュームたっぷりの肉に限る。それは悪魔でも変わらないらしい。
弁当を受け取って開封するなり、割り箸を器用に操って漫画の食事シーンを彷彿とさせる速度で肉と白飯をかき込んでは飲み込んでいく。
その様子をにこにこしながら数秒ほど眺めた後、望桜は的李の向かい側に座って、的李が選ばなかったデミオムライスとハンバーグの洋食弁当を食べ始める。
「......ところで、この弁当は安全か~とか言わないんだな」
「君が選んだのだから、毒物なわけが無いのだよ」
「お、おお......」
咀嚼しながらさらりとそう言われて、望桜は少しだけ調子を狂わされる。
...どうやら、かなり信頼されているらしい。140年という人間にとっては長く、悪魔にとっては短い期間でも信頼関係は築けるもの。なにせあの勇者軍を追い詰めた軍の最高司令官とその側近、濃い140年で良好で固い信頼関係が築けないわけもないだろう。
そしてこれから、またさらに濃くなりそうな日常を過ごすことになるのだ。ここから一体どのくらい仲良くなるのか。
「ところで、仕事?はどういったことをすればいいんだい?」
「うーんそだなあ......職業柄にもよるしなあ......」
「なるほど......そういうことなら、私は本が扱える仕事がいいのだよ」
「そうか?なら、この付近でちょうどバイトを募集してる古本屋があったろ?だからそこに行ったらどうだ?」
「ああ......合格するかはわからないけど、行ってみるのだよ」
口ではあまり面白くなさそうだが、満更でもなさそうだ。
(まあ、やりたいならやらせとけばいいか......金稼いでもらってて損はしねえし......)
......とまあ、この世界で生きていくために、これからどうしていくか......まだまだ考えなくてはならない。そのためにとりあえず、衣食住を整えることにした。
......上記の通り決めた1週間後。
「やばいやばいやばいやばい!!」
「これは......まあまだ希望はあるのだよ」
「的李のバイトだけじゃ衣食住の安定化は無理だろ......あー、バイト先が見つからないぃ~......」
......今現在俺達は、生活費の足しにしてきた換金用に魔界から持ってきた宝石がなくなりつつある、という"ちょっとした"ピンチに陥っています......
「あ"ー!!はやくバイト先見つけねーと!!!」
「あまり大声で叫ばないでくれ給え!大家さんに怒られる!」
「それだけは嫌だな......」
「とにかく早く安定した仕事を見つけるのだよ。それまではいくらカツカツでも、ガリガリになっても食い繋いで生き延びる」
「さすがに勇者から逃げ延びてこられたってのに、そう易々とは死なねーよww」
そう、この世界での命綱である換金用の宝石が無くなったことは、所詮ちょっとしたピンチ......かつて望桜達は、悪魔の苦手~な聖剣を勇者の手で喉元に突きつけられて、勇者軍に取り囲まれるという危機から(一応)逃げ延びてこられた経歴がある。
だから、ちょっと金が尽きた程度では死なない自信があるのだ。
......にしても、
「......?そんなにこっちを見つめて、どうしたんだい?」
「なんでもねえよ......」
部下に頼らないと生きていけない俺って......
「な、情けねえぇ~......」
「......?」
目に薄く涙を浮かべて机にわーっと突っ伏した望桜を見て、的李は小首を傾げながらも、俺のせいで皺が着いた没になった履歴書やハローワーク求人情報のプリントを若干不機嫌そうに纏めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
......ウィズオート皇国の、皇都·ラグナロクの中央にある巨大な建築物は、四方どこから見ても美しく気高く、皇族の居城たる威厳を感じられる厳かな装飾が大量に施された皇城·ヴェルオルガ城。
普段ならば城内で最も大きい部屋である大広間の壁は、聖教教会の語り継ぐ"神話"の内容を描いた絵画で窓や扉以外の場所はほとんど埋められていた。
ステンドグラスと金で華やかに彩られたドーム状の天井の中心には、ピンクパパラチアやレッドベリル、アレキサンドライトといったダイヤモンドよりも希少価値が高い高価な宝石が所々にちりばめられ、ベースはやはり金とダイヤモンドで形成されたシャンデリアが鎮座していた。
だが、今現在のヴェルオルガ城は壁や床が崩壊し、豪奢な天井や装飾も無惨に崩れ落ち見るに堪えないものとなっている。そのため、皇国中の建築士や奴隷達が集められ、急ピッチで復旧作業を行っている段階だ。
そうなっている理由は、1週間ほど前に終戦した第拾参弦聖邪戦争の際に、魔王である望桜が人間界進行のための最初の拠点として攻め落とし、それ以降1年ほど望桜達魔王軍に使用され、最後の最後で勇者であるジャンヌとルイーズがそのままこの場所を魔王戦の戦場として使ったことである。
そんな崩れた城を使うわけにも行かず、ウィズオート皇国の皇帝·ウィズ=ウェルイフと勇者軍の元帥達は、皇都·ラグナロクの上空にある天空五稜郭にて話し合いを行っていた。
会議ほど堅苦しくもなく、かといってお喋りでもない、皇帝が勇者軍元帥達にあれやこれやと物を言うためだけの話し合いである。
「くそっ、あの勇者め!!もう少し儂ら皇族のことを考えて戦えなかったのか!?」
「皇帝殿にご不便を強いるとは、とんだ愚か者だ」
元帥の1人であるヘルメスが場の全員に呼びかけるようにそう言うと、
「全くその通りだねぇ~」
勇者軍の元帥の1人であり、その元帥達を取り纏める役目を負っている、総帥·イヴ=カノープスが肯定の意を述べ、
「.......、......」
そのイヴの隣で一会燐廻がこくこくと無言で頷き、
「そ、そうですね~」
アヴィスフィアがそんな2人の様子を数秒ほど見ていた後に、少し戸惑いつつもそう言った。
「......シメオン殿は、どう思われる?」
「シメオンさん?大丈夫ですか~?」
そんな中、シメオンだけが黙ったままうんともすんとも言わないので、ヘルメスとアヴィスフィアが各々声をかける。
「......え、ああ、そうだね」
声をかけられてハッとしたシメオンがそう返すと、ヘルメスは満足したように皇帝の方に向き直った。
「政府に楯突くようなことを言い、皇族に頭すら下げぬあの横柄な態度......彼奴は生かしてはおけぬ!!」
「国民は知らないし教える気もないけど、魔王もどうやら殺したんじゃなくて逃がしたみたいだしねぇ~」
「なんじゃと!?」
イヴの発言に、皇帝は椅子の肘掛けを拳で強く叩き、立ち上がった。
......その形相は、人を誑かし不幸に貶める鬼そのものだ。
「殺せ!!悪魔を殺さず皇族に貢献すらせぬ勇者などいらぬ!!殺すのだ!!」
逆上した皇帝が喚き立てているのを見て、イヴが皇帝の元にふと歩き寄った。
その様子を他の元帥達はその場で黙って見つめていた。
「国民にとってはジャンヌはまだ救世の勇者達の1人......だから大々的に処刑をするのはちょっと問題ありそうだよ~?」
「知らぬ!!どうせ奴らなぞ束になったところで儂らには敵わんのじゃから!!」
「まあまあ落ち着いてよ~!.......だからさ、よかったら僕に任せてくれないかな~?」
「何か策があるのか?」
「あるから言ってるんだよ~!あとは僕に任せて~!!」
「......分かった、任せたぞ」
「おっけ~!」
イヴが笑いながら元の位置に戻った時、皇帝から元帥達に話し合い終了の旨が伝わったのだった。
その後、
「あっ、ジャンヌ~!」
イヴは皇城のすぐ近くにある騎士団の駐屯地を歩いていたジャンヌに声をかけた。
「ん、ああ、総帥か。どうしたの?」
「いや~、ちょっとした用事があってね~......ジャンヌは、今からどこかにお出かけでもするの?」
「いや、戦争後の報告とか書類整理とか色々終わったし、ルイーズの所に顔出しにでも行こうと思ってたんだけど」
「あらら~、ならちょっとそれ、取りやめにできないかな~?君に皇帝からお達しが来てるんだよ~」
「へー、あいつから......まあ別に構わないけど、何?」
皇帝から何かを言われるような覚えがあるようでないジャンヌは、
イヴが皇帝に告げた作戦の初動は、この一言をターゲットであるジャンヌに伝える事。
「ジャンヌ、これからニホン、とかいう異世界にお使いに行って貰えないかな?」
この一言で、このお話の幕が密かに上がったのだった。
......この物語は、そんな(元)魔王とその仲間達、そして勇者が繰り広げる、てんやわんやで、笑えて、泣けて、時に辛い思いをする.…..そんな物語......
......私が知っている中で、1番心に残っている10年間のお話です。
「「Herr ! Yesser ! !」」
......下界西暦19432年、下界で数百~数千年ごとに起こる聖邪戦争の、13回目である拾参弦聖邪戦争の幕が降りようとしていた。
Guruooaaaaahhhhhhhhh!!!!
「Kyaaaaaaa ! ?」
巨大な人型の化け物......角が生え、おぞましい爪を持ち、人間の数倍ある巨躯でけたたましい鳴き声を上げた悪魔は、化け物共から逃げ遅れた赤子を抱えた女性に襲いかかった。
背に携えた大きな翼で高く飛んだ悪魔の下には......腰が抜けて動けなくなり、その場でガタガタと震える事しかできない女性が居る。
悪魔の爪から滴る液体は、今自分の頬に当たって小さな雫と化そうとしている血は、こんな事になる前に毎朝優しく声をかけてくれた向かいの家のおばあさんのもの。
「...... ! !」
ぴちゃっ、そんな可愛らしい水の滴る音は気休めになんてならない。
村の皆や逃げる道中で見かけた大量の犠牲者達、見慣れた景色が無惨に崩されていく様が目の前をちらつき、その奥には赤い目をぎらぎらと光らせる化け物。
恐ろしくなって目を瞑り、もはや泣き声すらあげない愛しの我が子をぎゅっと抱きしめた、その時だった。
「...... ?」
爆発音と、それから数秒ほど遅れて聞こえた何がが倒れる音。恐る恐る目を開けると、
「......Es ist schon okay(......もう大丈夫よ)」
「Das...... ?(え......?)」
女性の目の前には鎧を身に纏った少女が仄かに光る弓を手に持ち、その反対側の手をこちらに差し出しながら優しく笑っていた。
「Sie sind, mutige Person......(あなたは、勇者の......)」
「Das stimmt, ich bin ein tapferer Person mit einem heiligen Bogen. Der Rest bleibt der Armee der tapferen Menschen überlassen, Bitte gehen Sie so schnell wie möglich ins Tierheim(その通り、私は聖弓勇者よ。ここは私達勇者軍に任せて、早く避難所に向かって)」
「verstanden. Ah, danke......(分かりました。ああ、ありがとう......)」
歓喜と安堵の涙を一筋流した後、女性は踵を返して急いで走っていった。
そんな女性の背を見送った後、
「Ach du Armer......(可哀想に......)」
少女は......聖弓勇者こと、ジャンヌ·S·セインハルトはそう、呟いた。
「......Muss fertig werden, beruhige dich(......つけないと、決着)」
そして、周りで魔王軍と勇者軍両軍の雑兵同士の戦いが勃発する中、ジャンヌは飛行魔法を用いて颯爽と、ウィズオート皇国中央の皇都·ラグナロクに、
......敵軍の頭である魔王と側近の待つ皇城、ヴェルオルガ城に急いで向かったのだった。
聖邪戦争とは、簡単に言えば、ウィズオート皇国という国が全土を総べる人間界大陸と、特に決まった呼称のない、ウィズオート皇国の東に位置する巨大な魔界大陸のそれぞれに住まう生物同士の大きな戦いの、最終戦の事である。
そして拾参弦というのは、この戦いが13回目である事を示すものだ。
今現在の戦況は、人間側の勇者軍が、魔界の生物である悪魔側の魔王軍をかなり圧倒している状態である。
しかし、
「...... ! !(っ!!)」
「Ew ! !(くっ!!)」
ジャンヌが無惨に崩壊したヴェルオルガ城の中央部に位置する大広間に駆け込むと、そこでは味方である聖槍勇者·ルイーズが青年と戦っていた。
ルイーズが青年の手によって後方に大きく弾かれ、バンッ!!と音を立てて壁にぶち当たった。
ルイーズを弾いた敵は、しとしとと降り注ぐ赤色の月光に照らされて妖美に佇んでいる。
「...... Nun, es wird nur der stärkste Schwertkämpfer der Welt genannt. Gute Fähigkeit(......っ、流石は世界で最も強い剣士と謳われるだけある。腕が立つな)」
「So viel, es ist nicht etwas zu loben.(別に、君達に褒められるようなことではないのだよ)」
流れるような黒髪と深紅の瞳を擁し、すらっとした長い脚、手には闇をそのまま固めたような漆黒の刀を持つその青年は、頭上に立派な1本角が生えていた。
......魔王軍魔王側近、ベルフェゴールとは、角以外人間と何ら変わりないこの青年の事である。
その後ろには、13代目魔王であるマオ·ミドリガオカが目を閉じて腕を組み、仁王立ちしている。
「Belfegor, bitte spielen Sie ohne zu töten(ベルフェゴール、殺さない程度に遊んでやれ)」
「Ich, verstehe......(分かっ、た......)」
「Töte mich nicht ...... ist, Du hast viele Menschen getötet, was sagst du jetzt?(殺さない程度に......って、今まで沢山の人達を殺させてきた癖に、今更何?)」
マオとベルフェゴールの目配せと共に交わされた声による指示に、ジャンヌは声を張りながらずんっと割って入った。
「Es gibt eine Geschichte, die nichts mit dir zu tun hat. Bitte mach dir keine Sorgen(お前らには関係ないような理由しかねえよ。気にすんな)」
「Es ist unmöglich. Weil wir mutige Menschen sind, diejenigen sind, die Menschen beschützen und glücklich machen(無理ね。だって私達は勇者、民を守り民の幸福を成す存在だもの)」
ジャンヌが言い放った大義名分を仁王立ちしたまま聞いていたマオは、何故か今までのお堅い顔をふっと崩して顔を上げた。しかも、
「Groß...... !(ほええ......!)」
「Was?(は?)」
感心したような、驚いたような表情を浮かべて何だか嬉しそうにしているではないか。
これには、真面目に戦おうとしていたジャンヌも思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「Ah, hmm...... (あっ、ん゙ん゙っ......)」
場の空気ががらっと崩れたのを感じ取って、マオは小さく咳払いをする。
「Jeanne, Ich habe die Nachhut es dir überlassen(ジャンヌ、後衛は任せた)」
「OK(分かったわ)」
ルイーズから先程のマオとベルフェゴールのように、目配せと共に声でも合図が下される。
そこから長い長い沈黙が場を包んだ後、ジャンヌはふいと何かを感じ取ってこう呟いた。
「......Kommen Sie, (......来る、)」
須臾の後、ベルフェゴールの持つ刀が、月の光を反射して勇者2人は目をぱっと閉じた。
「...... ! !(っ!!)」
「Was, (な、)」
「Louise ! !(ルイーズ!!)」
そこから瞬も置かずにルイーズの目の前に移動したベルフェゴールは、反射的に後ろに下がっているルイーズに刀をすっと立てる。
それに咄嗟に反応して、ルイーズは黒刀を聖槍の柄で受け止めた。
そこから直ぐさま石突でベルフェゴールの方に突きかかるが、
「......」
「Tsk,」
すっ、とギリギリの所で華麗に躱された上、自ずから後方に大きく下がっていくではないか。
舐められているような真似に、ルイーズはイラついて舌打ちを1つ零した。
「Du kannst nicht in einem Kampf der reinen Kampfkünste gewinnen, oder ! !(純粋な武術勝負じゃ勝てなさそう、だなっ!!)」
そう悟ったルイーズは、遠距離から神気と呼ばれる神の力、魔を打倒すための力で生成した大きな光の槍を3本、轟速でベルフェゴールの方に打ち込んだ。
「Hoppla, (おっと、)」
ベルフェゴールは光の槍を刀で弾き、その直後に聖槍で襲ってきたルイーズの方に斬り掛かる。
キンッ、という音と共に聖槍の切っ先が黒刀の鎬筋を掠めて空を切った。
刹那、
「 ! !」
ジャンヌが神気成形された聖矢を放ち、一瞬反応が遅れたベルフェゴールの左肩の端を射抜いた。
「Louise ist nicht die einzige mutige Person ! !(勇者はルイーズだけじゃないのよ!!)」
「......」
ふらり、と軽く傾いた後に、ベルフェゴールは声高に言うジャンヌの方を見遣る。
直後に、
「......Haa,」
「「......?」」
はあ、とベルフェゴールが弱々しくため息を1つついたのを、ジャンヌとルイーズは見逃さなかった。
しかも、地面に刀を突き立ててどっと膝をついて苦しそうに喘いでいるではないか。
「......Das, bist du in Ordnung ?(ちょっと、あなた大丈夫?)」
「............Was ?(......お?)」
敵ではあるがあまりにも平時とは思えないその様子に、ジャンヌが刀の間合いに入らないギリギリの場所まで駆け寄って心配そうに声をかけた。
その様子を見ていたマオは、勇者の敵味方関係なく心配する温情溢れる姿勢にちょっとした感心から思わず声を上げる。
が、
「......Es ist nichts, worüber sich der Feind Sorgen macht...... coff,(......別に、敵に鬼胎されるようなことでは......けほっ、)」
そう言いながら咳込むベルフェゴールの横を、勇者2人は素通りしてマオの元に歩き寄ってきた。
「......Hmm ......Selbst wenn Sie die Kranken besiegen, wird es nicht ordentlich sein. Louise, beeilen wir uns und holen uns nur den Hals des Dämonenkönigs und beenden(............んー......病人を倒しても何かすきっとしないわね。ルイーズ、さっさと魔王倒して終わらせましょ)」
「Genau(そうだな)」
「Eh, hey(え、ちょっ)」
2人とも武器を構えて寄ってくるので、マオは困惑して焦り始める。
聖弓に神気を滾らせて真剣な表情を浮かべるジャンヌがフリーズしてしまっているマオの耳元に、そっと顔を近づけてきた。マオは思わず目を瞑り、固唾を飲んだ。
しかし、マオが想像しているような言葉は、ジャンヌの口から発せられなかった。
「Bitte bewegen Sie sich nicht einmal einen Schritt von der Stelle(その場から1歩も動かないでちょうだい)」
「Ist ...(は...)」
想定の斜め上を行く発言に、マオは思わず目を見開く。
「...Gib auf. Ihr Jungs sind bereits von der Brave Army belagert ! !(諦めろ。貴様らはもう既に、勇者軍に包囲されている!!)」
「13. Generation Zusammenbruch war schnell. Sie haben es versäumt, den Süden zu verteidigen ... Nein, es war ein Fehler, die menschliche Welt anzugreifen. Bereue in dieser Welt ! !(13代目の崩落は早かったわね。南方の守りを怠ったこと...いいえ、そもそも人間界に攻め込んだ所から間違いだったのよ。あの世で悔い改めなさい!!)」
「Eh...?(え...?)」
そんなマオを他所に、2人は高らかに言い放った。
いつの間にか城の周りを包囲されていたのか、2人の勇者の声に反応した勇者軍の兵士達の声がマオの耳にふいと届いた。
1歩も動くな、そう言われてその場で固まっているマオの喉元にルイーズは聖槍を突きつけ、ジャンヌはベルフェゴールの方に一応警戒してか聖弓を向けている。
「Diese Welt ist unsere Welt. Ich werde es dem Teufel nicht geben ! ! (この世界は私達の世界よ。悪魔なんかには渡さないわ!!)」
勇者2人の声に、皇城を取り囲む勇者軍の兵士達は耳を傾け、魔王軍の残党悪魔達はざわめいた。
「Nicht bewegen...Rückzug aus der menschlichen Welt, lebe bescheiden in der Dämonenwelt ! ! (動くなよ...人間界から退却して、魔界で慎ましく暮らすことだな!!)」
「! !」
そう言って、ルイーズは聖槍を一気に突き刺した。...魔王の首の、すぐ横の壁に。
「Jeanne, ich habe es dir überlassen (ジャンヌ、あとは任せたぞ)」
「Ich verstehe... Schnell die Portale über der Burg öffnen und weglaufen (分かったわ。...さっさと城の上空でポータル陣開いて、逃げなさい)」
「...Hey ! ? (はあ!?)」
聖弓勇者の告げたことに、マオは思わず声をあげた。
「Deshalb sagst du, du solltest weglaufen ! Ich gebe dir ein Erkennungshindernis ! (だからさっさと逃げなさいって言ってんのよ!認識阻害はかけてあげるから!)」
「... Ja ?(はい?) 」
何回聞いても自分の耳か頭が狂ったとしか思えないマオは、また聞き返す。
「Weißt du was, Töte dich hier Wenn du nicht für immer nach Hause gehen kannst, Deine Eltern und Freunde werden traurig sein, oder?(あのねえ、あなたをここで殺して永遠に向こうの世界に帰れなくしたら、あなたの親御さんや友達が悲しむでしょ?)」
「Eh, Ich glaube nicht, dass das der Fall ist...(え、それはねえと思うけど...)」
「Sowieso ! ! Bitte kehre so schnell wie möglich in deine Heimatstadt zurück ! !(とにかく!!早く向こうの世界に帰りなさい!!)」
マオはジャンヌの勢いに気圧されて、
「Oh,Ich verstehe ... Belphegor (おお、わ、わかったよ...ベルフェゴール)」
戸惑いながらも、ベルフェゴールに声をかけた。
「Es, kann nicht geholfen werden... Äh... ow, Übergangszauber, Po, Portalspeer (し、仕方ない...えっと...痛っ、転移魔法、ポ、ポータルスピア)」
ベルフェゴールはようやく落ち着いたようで、整った息を荒らさぬようにゆっくりとマオの元に移動してから、痛む肩を押さえつつポータル魔法陣を描く。
それが完成した後、ベルフェゴールが魔法陣に魔力を流し込むと、床に描かれた魔法陣はきらきらと赤色に輝き出す。
そしてマオも魔法陣の上に移動し、転移する直前、
「Wenn du da drüben schlechte Dinge tust, werde ich dir den Kopf abschlagen (向こうで悪行を働くようなら、その首切り落とすわよ)」
「Oh, gruselig ... (おお、怖... )」
ジャンヌの恐ろしい言葉が聞こえて、マオはぶるっと身震いした。
その直後に、2人の姿は赤色の光の粉だけを残して消え去ったのだった。
「...Du gingst, (...行ったわね、)」
ジャンヌは、マオとベルフェゴールが確実に去ったのを確認し、聖弓を掲げて高らかに宣言した。
「... die tapferen Soldaten der Armee haben den Dämonenkönig der dreizehnten Generation getötet ! ! ! (...勇者軍兵士達、13代目魔王の首を討ち取ったわー!!!)」
Woohooooo !!!!
『Es ist uns gelungen, die kaiserliche Hauptstadt Lagunaroku vom Dämonenkönig Mao Midorigaoka und der Dämonenkönigarmee zurückzugewinnen ! !( 魔王マオ·ミドリガオカと魔王軍から皇都ラグナロクを奪還することに成功しました! ! )』
異世界の通信用の水晶···イデアクリスタルから聞こえてくる実況師の歓喜溢れる声と共に映されたのは、人間達の手に帰ってきたら皇都·ラグナロク。
もはや悪魔の糧である悪感情が欠片も感じられなくなったその土地で、どうやって悪魔が生きていけよう。
...こうして、第13代目魔王こと、マオ·ミドリガオカ...緑丘 望桜は生き延びたのだ。
人間界中央の、元々は人間の皇帝が住んでいる自分たちの占拠した皇城·ヴェルオルガ城の上空で、自身の側近であるベルフェゴールに脱出魔法をやっ...っとこさ開いてもらって。
下から見上げている勇者の蔑むような目線を直に浴びつつ、これからのことで一つだけ願いながら。
どこに行きつくかもわからないポータルの先が、どうか中性男子でいっぱいの、俺にとって過ごしやすい土地でありますように...と。
─────────────Now Loading────────────────
「くっそ可愛い男の子いないじゃん」
『勇者戦直後の第一声がそれかい』
(そう......俺はもう魔王経験(超イレギュラーでレアな経験)を通して、まともなやつになると決めたんだ!高校卒業してからもずっっっと親のスネかじりながら生きるニート生活じゃなく、しっかり就活して自立するやつになりたかったんだよ!なのに......)
「......めっっっっちゃ進んでんじゃねえか!!!」
かなり大きな声を出してしまったが無理もない......なぜなら2XXX年から約140年前の世界のまま、記憶の中でのこの世界の技術の進歩や町並みなどは止まってしまっているから。
そして今パニック状態の俺の横にいる奴が、俺の側近悪魔、世界7大悪魔であり、7罪の一角の"怠惰"のベルフェゴールだ。
全世界の悪魔を統率する魔王である俺に対して、あれやこれや口うるさく言い続け、部下にしっかり指示を通し、精霊族や龍狼族との契約を結ぶ時も、巧みな話術で穏便に解決してくれる、優秀な部下だ。
『うわっ......急に大きな声を出さないでくれ給え!』
「うぉ、わりぃ......ってか、ここまで進んでると俺もう何がどことかわかんねえぞ......ってかここどこだよ」
驚き、大声を出したあと。ふと一番重要なことを思い出す
『君ね......どこかも分からないのに奇声を発していたのかい?』
「いや......俺がもともといた現代日本であることはわかるんだ。ただ、ここは..」
『......確かに、この高さの建物は魔王都にも、ラグナロクにもなかったのだよ......あ、あれじゃないか?』
落ち着いて周囲を見回してみると、日本では割とどこにでもある光景だが青森のド田舎出身の望桜にとってはあまり馴染みのない、高層ビルや高い塔、お洒落なカフェ等が所狭しと並んでいた。
その景色からふと、ベルフェゴールの第二の故郷の土地、そして人間界の首都であるラグナロクを思い浮かべる。
向こうの人間界の最も進んだ都市ではあるが、ここの手動で建てられた高いビル群よりも低い、魔法で建てられた建物がずらりと並んでいる。
......よく考えたら、魔法もないのにこっちの人間はすごい。道具と機械だけを使って、あの高い東京スカイツリーもあべのハルカスも、みんな数年で建ててしまった。このビル群も、その努力の賜物のひとつだ。
「......あー、神戸か!青森じゃねえのか!そりゃわからんわっ!」
『ぅえーと、その、こうべ?とあおもり?とやらは、こちらの土地名なのかい?』
「ああ、青森は俺が元々住んでた土地の名前で、神戸市は兵庫。」
『ひょ、うご..?』
ああ、此奴向こうのやつだったわ。日本の地名なんて分かるわけない。それに、日本語も伝わるはずがない。
........日本語で話してる俺の言葉が理解出来ているのは、魔王補正の1個の、言語自動翻訳(相手が何の言語で話してるかもわかる)のおかげだ。
これがなかったら、今の俺とベルフェゴールの会話や向こうの軍部での会話も、全く成立しなかっただろう。
「こっちの地名。お前ここにとばしたからには日本語覚えろよな!」
『わざとでは無いのだよ!?ちゃんとポータルを描いたつもりが..』
「気の毒に......」
......向こうでは最後、聖弓の勇者ジャンヌに逃がしてもらった。今、異世界の人間である俺を殺すことで向こうの世界になにか問題でも起きて、世界の仕組みが崩れるようなことがあれば、勇者の信頼が地に落ちる。
だから、その仕組みを壊さないため、"13代目魔王は聖剣の勇者によって討伐された"事にして、魔界なり人間界なりにポータルスピアでとぶよう言い、逃がしたのだ。そしてポータルスピアが使えるベルフェゴールに魔方陣を書いてもらい、その中に入って飛んできた────────────
───────その結果、日本に逆戻りだ。約140年振り、ただいま。
『......ということなのだよ!......聞いてるかい?』
「え、ああ聞いてる聞いてる」
『とにかく、好きで不器用に生まれた訳では無いのだよ......ああ、せめて性格が大雑把なら......』
......もう一度言うが、今俺の隣にいるのは、優秀な元魔王側近だ。
その優秀な部下が、この世界でははっきり言って全く役に立たない。と、いうことは......
「ベルフェゴール」
『何だい?』
「俺の指示をしっかり聞いてくれるか?」
『......わ、分かったのだよ』
......普段は憎まれ口しかきかない此奴が、知らぬ世界なのだから望桜についてった方がいい、と指示を素直に聞いてくれる。なんだかいい気分になるのは気のせいだろうか。
「......まず、お前と俺の戸籍を作りに区役所に行く。その次に換金用の宝石をお金に変える。不動産屋で家を決める。飯を食う。最後に履歴書を書いて仕事を探す。......お前なら覚えられるよな?」
『当たり前なのだよ。でも、こせき?とかふどうさんや?とかゆうのは分からないのだよ』
「当たり前だろ......はじめて来たんだから」
昔、魔王城の執務室にいた時、だれかにこの順序を教えてもらったことがある。君が日本に帰る時、そのまま年齢で昔とおなじ"|緑丘 望桜(みどりがおか まお)"として帰ったなら、向こうで大騒ぎされると。
だから、戸籍を作り直して、換金用の宝石を持っていってお金を確保して(ryするといい。その教えてくれただれかも、異世界に移住すると言っていた知り合いに聞いたらしい。だれだったかな......
「この世界で生きていくのか......また」
『いいじゃないか、別に悪い土地ではないのだろう?』
「まあな」
空気中に魔力もないし、俺もベルフェゴールも魔力はもうこれっぽっちも残っていない。ポータルスピアなど、使えないから帰れないし。だからこちらで生活しよう。
「さて、それじゃ区役所だー!」
『お、おおー......?』
望桜のテンションはわからないというふうに、一応乗ってきたベルフェゴール。そしてこの世界には元々居たが、もはや昔すぎて死んだことになっている緑丘望桜。このちょっとズレた2人組で、日本生活。上手くいくのだろうか......
────────────Now Loading─────────────
『に、西原的李......』
「お前の名前だ、こっちでの」
『......まあ、適当でいいのだよ』
「あ、いいんだ」
現在、1LDKのマンション(仮住まい)の一室、331号室にて、キッチン備え付けのテーブルで的李の履歴書を渡す。見慣れぬ字に興味を惹かれつつも、読めない事に困惑している的李。当たり前だ。
仮住まいと言えど、持ってきておいた換金用の宝石がかなり高値で売れたので、ふつうに良い場所に住むことが出来た。金が残っているので、職が安定するまでの繋ぎにもなる。
「とりあえずコンビニ行ってくるわ~......あとこれ」
『な、何だいこの本は......あとこんじに?とは』
「日本語勉強の本。そっちの言語はドイツ語に似てるらしいから、ドイツ語のやつ。あとこんじにじゃなくコンビニな」
本を渡して、部下の間違いを正して。望桜は玄関から出ていった。
『......役に立たない上司だったのに、急に頼もしくなったのだよ......』
そして1人残された的李は、ひと言つぶやき、とりあえず本を読んでみることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいま~」
「おかえりなのだよ」
「言語習得はやっ!?」
15分ほどを要してコンビニでの食料調達を済ませた望桜が帰宅すると、
「ってか、ドイツ語に似てるどころじゃなくドイツ語そのものだったのね......」
「どい......?」
「こっちの話」
部下はやはり優秀だったらしい......15分ちょいで、日本語完全習得。末恐ろしいわこの悪魔......
「ところで、その袋は?」
「あー、適当に弁当買ってきた」
「ふーん......あ、この肉のが食べたいのだよ」
見て即決した弁当は牛カルビ。やはりお腹がすいた時にはボリュームたっぷりの肉に限る。それは悪魔でも変わらないらしい。
弁当を受け取って開封するなり、割り箸を器用に操って漫画の食事シーンを彷彿とさせる速度で肉と白飯をかき込んでは飲み込んでいく。
その様子をにこにこしながら数秒ほど眺めた後、望桜は的李の向かい側に座って、的李が選ばなかったデミオムライスとハンバーグの洋食弁当を食べ始める。
「......ところで、この弁当は安全か~とか言わないんだな」
「君が選んだのだから、毒物なわけが無いのだよ」
「お、おお......」
咀嚼しながらさらりとそう言われて、望桜は少しだけ調子を狂わされる。
...どうやら、かなり信頼されているらしい。140年という人間にとっては長く、悪魔にとっては短い期間でも信頼関係は築けるもの。なにせあの勇者軍を追い詰めた軍の最高司令官とその側近、濃い140年で良好で固い信頼関係が築けないわけもないだろう。
そしてこれから、またさらに濃くなりそうな日常を過ごすことになるのだ。ここから一体どのくらい仲良くなるのか。
「ところで、仕事?はどういったことをすればいいんだい?」
「うーんそだなあ......職業柄にもよるしなあ......」
「なるほど......そういうことなら、私は本が扱える仕事がいいのだよ」
「そうか?なら、この付近でちょうどバイトを募集してる古本屋があったろ?だからそこに行ったらどうだ?」
「ああ......合格するかはわからないけど、行ってみるのだよ」
口ではあまり面白くなさそうだが、満更でもなさそうだ。
(まあ、やりたいならやらせとけばいいか......金稼いでもらってて損はしねえし......)
......とまあ、この世界で生きていくために、これからどうしていくか......まだまだ考えなくてはならない。そのためにとりあえず、衣食住を整えることにした。
......上記の通り決めた1週間後。
「やばいやばいやばいやばい!!」
「これは......まあまだ希望はあるのだよ」
「的李のバイトだけじゃ衣食住の安定化は無理だろ......あー、バイト先が見つからないぃ~......」
......今現在俺達は、生活費の足しにしてきた換金用に魔界から持ってきた宝石がなくなりつつある、という"ちょっとした"ピンチに陥っています......
「あ"ー!!はやくバイト先見つけねーと!!!」
「あまり大声で叫ばないでくれ給え!大家さんに怒られる!」
「それだけは嫌だな......」
「とにかく早く安定した仕事を見つけるのだよ。それまではいくらカツカツでも、ガリガリになっても食い繋いで生き延びる」
「さすがに勇者から逃げ延びてこられたってのに、そう易々とは死なねーよww」
そう、この世界での命綱である換金用の宝石が無くなったことは、所詮ちょっとしたピンチ......かつて望桜達は、悪魔の苦手~な聖剣を勇者の手で喉元に突きつけられて、勇者軍に取り囲まれるという危機から(一応)逃げ延びてこられた経歴がある。
だから、ちょっと金が尽きた程度では死なない自信があるのだ。
......にしても、
「......?そんなにこっちを見つめて、どうしたんだい?」
「なんでもねえよ......」
部下に頼らないと生きていけない俺って......
「な、情けねえぇ~......」
「......?」
目に薄く涙を浮かべて机にわーっと突っ伏した望桜を見て、的李は小首を傾げながらも、俺のせいで皺が着いた没になった履歴書やハローワーク求人情報のプリントを若干不機嫌そうに纏めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
......ウィズオート皇国の、皇都·ラグナロクの中央にある巨大な建築物は、四方どこから見ても美しく気高く、皇族の居城たる威厳を感じられる厳かな装飾が大量に施された皇城·ヴェルオルガ城。
普段ならば城内で最も大きい部屋である大広間の壁は、聖教教会の語り継ぐ"神話"の内容を描いた絵画で窓や扉以外の場所はほとんど埋められていた。
ステンドグラスと金で華やかに彩られたドーム状の天井の中心には、ピンクパパラチアやレッドベリル、アレキサンドライトといったダイヤモンドよりも希少価値が高い高価な宝石が所々にちりばめられ、ベースはやはり金とダイヤモンドで形成されたシャンデリアが鎮座していた。
だが、今現在のヴェルオルガ城は壁や床が崩壊し、豪奢な天井や装飾も無惨に崩れ落ち見るに堪えないものとなっている。そのため、皇国中の建築士や奴隷達が集められ、急ピッチで復旧作業を行っている段階だ。
そうなっている理由は、1週間ほど前に終戦した第拾参弦聖邪戦争の際に、魔王である望桜が人間界進行のための最初の拠点として攻め落とし、それ以降1年ほど望桜達魔王軍に使用され、最後の最後で勇者であるジャンヌとルイーズがそのままこの場所を魔王戦の戦場として使ったことである。
そんな崩れた城を使うわけにも行かず、ウィズオート皇国の皇帝·ウィズ=ウェルイフと勇者軍の元帥達は、皇都·ラグナロクの上空にある天空五稜郭にて話し合いを行っていた。
会議ほど堅苦しくもなく、かといってお喋りでもない、皇帝が勇者軍元帥達にあれやこれやと物を言うためだけの話し合いである。
「くそっ、あの勇者め!!もう少し儂ら皇族のことを考えて戦えなかったのか!?」
「皇帝殿にご不便を強いるとは、とんだ愚か者だ」
元帥の1人であるヘルメスが場の全員に呼びかけるようにそう言うと、
「全くその通りだねぇ~」
勇者軍の元帥の1人であり、その元帥達を取り纏める役目を負っている、総帥·イヴ=カノープスが肯定の意を述べ、
「.......、......」
そのイヴの隣で一会燐廻がこくこくと無言で頷き、
「そ、そうですね~」
アヴィスフィアがそんな2人の様子を数秒ほど見ていた後に、少し戸惑いつつもそう言った。
「......シメオン殿は、どう思われる?」
「シメオンさん?大丈夫ですか~?」
そんな中、シメオンだけが黙ったままうんともすんとも言わないので、ヘルメスとアヴィスフィアが各々声をかける。
「......え、ああ、そうだね」
声をかけられてハッとしたシメオンがそう返すと、ヘルメスは満足したように皇帝の方に向き直った。
「政府に楯突くようなことを言い、皇族に頭すら下げぬあの横柄な態度......彼奴は生かしてはおけぬ!!」
「国民は知らないし教える気もないけど、魔王もどうやら殺したんじゃなくて逃がしたみたいだしねぇ~」
「なんじゃと!?」
イヴの発言に、皇帝は椅子の肘掛けを拳で強く叩き、立ち上がった。
......その形相は、人を誑かし不幸に貶める鬼そのものだ。
「殺せ!!悪魔を殺さず皇族に貢献すらせぬ勇者などいらぬ!!殺すのだ!!」
逆上した皇帝が喚き立てているのを見て、イヴが皇帝の元にふと歩き寄った。
その様子を他の元帥達はその場で黙って見つめていた。
「国民にとってはジャンヌはまだ救世の勇者達の1人......だから大々的に処刑をするのはちょっと問題ありそうだよ~?」
「知らぬ!!どうせ奴らなぞ束になったところで儂らには敵わんのじゃから!!」
「まあまあ落ち着いてよ~!.......だからさ、よかったら僕に任せてくれないかな~?」
「何か策があるのか?」
「あるから言ってるんだよ~!あとは僕に任せて~!!」
「......分かった、任せたぞ」
「おっけ~!」
イヴが笑いながら元の位置に戻った時、皇帝から元帥達に話し合い終了の旨が伝わったのだった。
その後、
「あっ、ジャンヌ~!」
イヴは皇城のすぐ近くにある騎士団の駐屯地を歩いていたジャンヌに声をかけた。
「ん、ああ、総帥か。どうしたの?」
「いや~、ちょっとした用事があってね~......ジャンヌは、今からどこかにお出かけでもするの?」
「いや、戦争後の報告とか書類整理とか色々終わったし、ルイーズの所に顔出しにでも行こうと思ってたんだけど」
「あらら~、ならちょっとそれ、取りやめにできないかな~?君に皇帝からお達しが来てるんだよ~」
「へー、あいつから......まあ別に構わないけど、何?」
皇帝から何かを言われるような覚えがあるようでないジャンヌは、
イヴが皇帝に告げた作戦の初動は、この一言をターゲットであるジャンヌに伝える事。
「ジャンヌ、これからニホン、とかいう異世界にお使いに行って貰えないかな?」
この一言で、このお話の幕が密かに上がったのだった。
......この物語は、そんな(元)魔王とその仲間達、そして勇者が繰り広げる、てんやわんやで、笑えて、泣けて、時に辛い思いをする.…..そんな物語......
......私が知っている中で、1番心に残っている10年間のお話です。
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Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
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孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
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30年待たされた異世界転移
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気づけば異世界にいた10歳のぼく。
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【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
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目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
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【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
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2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
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異世界に落ちたら若返りました。
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榊原 チヨ、87歳。
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冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
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旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
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皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
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