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第3章
外面のいい男3
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「渉も頑固で意地っ張りなところが多いからね。でも隼人くんだって自分の夢である獣医を『医師のほうが給料がいいからやめろ』『激務だから、おまえなんかにやっていけない』って言われたら、どう?」
「……すっごくいやだし、ムカつきます。そんなこと言われたくないって思う」
「うん、そうだよね。渉も多分、そういう気持ちになるんじゃないかな? だから隼人くんの話を最後まで聞かずに怒り出すんだと思うんだ」
「そう……ですよね」
まるで幼稚園児を諭すような口調で、お母さんが隼人を叱った。
高校三年生で頭もいい。友達だっているのに隼人は変なところで子供じみている。
ぼくが何を言っても言うことを聞かないし、嫌味ばかり言ってくる隼人も、大人であるお母さんの言葉はすんなり聞くんだ。なんだか冷めた気持ちになりながら、彼らの話に聞き耳を立てる。
「ものには言い方があるからね。それじゃあ渉も怒り散らすし、仲が悪くなっちゃうよ。それでいいの?」
「……いやです。渉と、そういうふうにはなりたくありません」
「そうだよね。友達でも、恋人でも大好きな人には優しくしないと大切にしてるって、伝わらないんだよ。親切の押し売りじゃダメ。相手のことをよく考えて行動したり、発言しないと誤解を受けて傷つけちゃうから」
「はい……努力してみます」
口からでまかせばかり言うな。あいつ、大人にも平然と嘘をつくやつになったんだ。
ぼくはポメラニアンになった状態でも精神的な疲れを感じ、目を閉じた。
「それに隼人くんが本当は渉に言いたいことって『声優をやめてほしい』ってことじゃないかなって、おばさんは思っているんだけど――どう?」
お母さんってば、隼人相手に変なことを言うなと思いながら、ぼくはうつらうつらする。猫じゃないけど段ボールの中が温かくて、狭くて安心する。入れてもらったタオルがフワフワなボア素材だからかな?
「それは……」
保健室のドアがガラッと開き、渡辺先生が帰って来る。
「犬伏さん、犬伏くん、大丈夫です。トイレで倒れていませんでしたよ。歩ける状態にはなったみたいなので先に駐車場へ行くよう言っておきました。お車のほうまでお荷物運ぶの手伝いますよ」
「渡辺先生、ありがとうございます。毎度、毎度うちの息子がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「いいんですよ、私の仕事は具合の悪くなった生徒を臨時的に見たり、預かることですから」
ようやく病院へ行ける状態になり、心底よかったと思う。人間に戻る薬を投与してもらえば声優の仕事を休まないで済む。
「あっ……おばさん。俺も荷物、持ちますよ」
どうして、そこまでして、お母さんに恩を売ろうとするんだよ!? そんなにいい子に思われたいわけ? 冗談じゃないよ、もうきみは帰って……!
思わず段ボールの中から飛び出して隼人に物申したくなる気持ちを無理やり抑え込む。それこそ言うことを聞かずに、リードやハーネスを取って脱走しようと暴れている犬をどうにかなだめて、落ち着かせようとしているような状況だ。
今にも飛び出したい衝動をぐっと堪え、光を遮られた暗い段ボール箱の中で過ごす。
「穂積くん、そろそろ授業へ戻ったほうがいいんじゃない? もう五分以上、経ってるわよ」
「いえ先生、俺のせいで渉の具合が悪くなったんですから、これくらいはしないと」
「大丈夫よ、隼人くん。私が犬伏さんについていくから。先生も心配するし、教室に帰りなさい」
「でも――」
「ありがとう、隼人くん」
粘る隼人に対してお母さんが声を掛けた。
「荷物持ちはありがたいけど、渉のことを思うなら、後であの子に声を掛けるか、連絡してあげて。今はあの子もプンプン腹を立ててるから頭を冷やさせたほうがいいと思うの。じゃないとまた喧嘩になるだけだし」
すると隼人は「わかりました」とあっさり引き下がった。「じゃあ、このまま帰ります。渉にもよろしく伝えておいてください。先生、おばさんのことを頼みます」
「ええ、穂積くん、任せておいて。私も犬伏くんに、穂積くんが心配してたことをちゃんと伝えておくから安心して。ほら、教室に戻んなさい」
「はい……失礼しました」
そうしてドアが閉まり、隼人の足音が遠ざかっていくと先生と、お母さんがはあ~と長いため息をついた。
「な、なんとかやりきりましたね、渡辺先生……」
「そうですね……寿命が縮みましたよ、犬伏さん。彼、疑い深い性格ですね……あはは、切り抜けられてよかった」
そうして先生は、ふたたび鍵をかけた。
ぼくは、そろーと段ボールの中から出てきてベッドの下から、疲労困憊状態のお母さんと先生を見上げる。
「もう渉! なんで鳴いたりしたのよ!? 隼人くんに正体がバレてもいいの?」
カンカンに怒っているお母さんが腰をかがめて、ぼくにハーネスやリードをつけ、急いでバック型のキャリーケースへ入れる。
(ご、ごめんなさい……)「クゥーン……」
「犬伏さん、犬伏くんもストレスマックスで、人間の理性がきかず犬の本能に引きずられているんだと思います。あまり怒らないでやってください」
「……すっごくいやだし、ムカつきます。そんなこと言われたくないって思う」
「うん、そうだよね。渉も多分、そういう気持ちになるんじゃないかな? だから隼人くんの話を最後まで聞かずに怒り出すんだと思うんだ」
「そう……ですよね」
まるで幼稚園児を諭すような口調で、お母さんが隼人を叱った。
高校三年生で頭もいい。友達だっているのに隼人は変なところで子供じみている。
ぼくが何を言っても言うことを聞かないし、嫌味ばかり言ってくる隼人も、大人であるお母さんの言葉はすんなり聞くんだ。なんだか冷めた気持ちになりながら、彼らの話に聞き耳を立てる。
「ものには言い方があるからね。それじゃあ渉も怒り散らすし、仲が悪くなっちゃうよ。それでいいの?」
「……いやです。渉と、そういうふうにはなりたくありません」
「そうだよね。友達でも、恋人でも大好きな人には優しくしないと大切にしてるって、伝わらないんだよ。親切の押し売りじゃダメ。相手のことをよく考えて行動したり、発言しないと誤解を受けて傷つけちゃうから」
「はい……努力してみます」
口からでまかせばかり言うな。あいつ、大人にも平然と嘘をつくやつになったんだ。
ぼくはポメラニアンになった状態でも精神的な疲れを感じ、目を閉じた。
「それに隼人くんが本当は渉に言いたいことって『声優をやめてほしい』ってことじゃないかなって、おばさんは思っているんだけど――どう?」
お母さんってば、隼人相手に変なことを言うなと思いながら、ぼくはうつらうつらする。猫じゃないけど段ボールの中が温かくて、狭くて安心する。入れてもらったタオルがフワフワなボア素材だからかな?
「それは……」
保健室のドアがガラッと開き、渡辺先生が帰って来る。
「犬伏さん、犬伏くん、大丈夫です。トイレで倒れていませんでしたよ。歩ける状態にはなったみたいなので先に駐車場へ行くよう言っておきました。お車のほうまでお荷物運ぶの手伝いますよ」
「渡辺先生、ありがとうございます。毎度、毎度うちの息子がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「いいんですよ、私の仕事は具合の悪くなった生徒を臨時的に見たり、預かることですから」
ようやく病院へ行ける状態になり、心底よかったと思う。人間に戻る薬を投与してもらえば声優の仕事を休まないで済む。
「あっ……おばさん。俺も荷物、持ちますよ」
どうして、そこまでして、お母さんに恩を売ろうとするんだよ!? そんなにいい子に思われたいわけ? 冗談じゃないよ、もうきみは帰って……!
思わず段ボールの中から飛び出して隼人に物申したくなる気持ちを無理やり抑え込む。それこそ言うことを聞かずに、リードやハーネスを取って脱走しようと暴れている犬をどうにかなだめて、落ち着かせようとしているような状況だ。
今にも飛び出したい衝動をぐっと堪え、光を遮られた暗い段ボール箱の中で過ごす。
「穂積くん、そろそろ授業へ戻ったほうがいいんじゃない? もう五分以上、経ってるわよ」
「いえ先生、俺のせいで渉の具合が悪くなったんですから、これくらいはしないと」
「大丈夫よ、隼人くん。私が犬伏さんについていくから。先生も心配するし、教室に帰りなさい」
「でも――」
「ありがとう、隼人くん」
粘る隼人に対してお母さんが声を掛けた。
「荷物持ちはありがたいけど、渉のことを思うなら、後であの子に声を掛けるか、連絡してあげて。今はあの子もプンプン腹を立ててるから頭を冷やさせたほうがいいと思うの。じゃないとまた喧嘩になるだけだし」
すると隼人は「わかりました」とあっさり引き下がった。「じゃあ、このまま帰ります。渉にもよろしく伝えておいてください。先生、おばさんのことを頼みます」
「ええ、穂積くん、任せておいて。私も犬伏くんに、穂積くんが心配してたことをちゃんと伝えておくから安心して。ほら、教室に戻んなさい」
「はい……失礼しました」
そうしてドアが閉まり、隼人の足音が遠ざかっていくと先生と、お母さんがはあ~と長いため息をついた。
「な、なんとかやりきりましたね、渡辺先生……」
「そうですね……寿命が縮みましたよ、犬伏さん。彼、疑い深い性格ですね……あはは、切り抜けられてよかった」
そうして先生は、ふたたび鍵をかけた。
ぼくは、そろーと段ボールの中から出てきてベッドの下から、疲労困憊状態のお母さんと先生を見上げる。
「もう渉! なんで鳴いたりしたのよ!? 隼人くんに正体がバレてもいいの?」
カンカンに怒っているお母さんが腰をかがめて、ぼくにハーネスやリードをつけ、急いでバック型のキャリーケースへ入れる。
(ご、ごめんなさい……)「クゥーン……」
「犬伏さん、犬伏くんもストレスマックスで、人間の理性がきかず犬の本能に引きずられているんだと思います。あまり怒らないでやってください」
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