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第3章
人になりし獣=獣になりし人3
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頭の上をそっと撫でられながら先生の顔をじっと見つめる。
「また穂積くんと喧嘩をしちゃったのかな?」
(そうなんです、先生)
クーンとぼくは鳴いて返事をする。
「喧嘩をして、傷つくたびにワンちゃんになっちゃうのに、それでも穂積くんのことが好き?」
(はい、隼人のことが大好きなんです)「キャン!」
「そっか。だとしたら、もっと仲よくなれるように努力しないとね。本当は、まだ穂積くんに自分の思いを伝えてないんでしょ?」
ぼくは頭を下げて答えに窮した。
「今は昔と違って友達を作る方法や恋人になるためのアタックの仕方なんかが本や雑誌、ネット記事なんかで出ているわ。だから友達にせよ、『好き』って気持ちを伝えるにせよ、もっと穂積くんと喧嘩をしないで話をいっぱいできる方法を見つけないと。じゃないと、ポメラニアンから戻れなくなっちゃうかもしれないわ」
なんのことだろうと思って首をかしげていれば、先生がアナログの腕時計を見せてくれる。時刻は9:45。
集会はとっくの昔に終わり、今は一時限目が始まってる時間だ!
なんで起こしてくれなかったの? と先生に目を向ければ、「やっぱり覚えてないんだね」と言われてしまう。なんのことだろう?
「あの後、わたしがここに戻ってくると犬伏くんは起き上がって、わたしに『遊んで』って催促したの。それでいつものようにボール遊びをしたんだけど、ぜんぜん体がもとに戻らないし、そのうち微熱があるっていう生徒が来たからクッションの上に乗せて隠してたのよ。――覚えてない?」
えっ……何それ。どうして? ぼく、先生とボール遊びをした記憶なんてない。
呆然としていれば先生がデスクのほうへ移動して電話の受話器を取り、ボタンをポチポチと押す。
「お母さんを呼ぶわね。今日はもう家へ帰りなさい。それでも人間に戻れない場合は、病院へ行って検査を受けて。このまま穂積くんとの件で精神的ストレスが続くと――人間に戻れなくなるかも」
先生が何を言っているのかわからない。頭の中が真っ白になっていくのを感じながら、ぼくはその場に立ち尽くした。
*
お母さんが迎えに来てくれるまでの間も先生に撫でてもらったり、遊んでもらったけど一向にぼくの体は人間には戻らなかった。
お父さんも、お母さんもヒューマン・トランスフォーマーに理解ある守護者が上級幹部や上司である仕事先に勤めているから、ぼくが人間に戻れない非常事態になっても、すぐに学校まで駆けつけられる。
ぼくはベッドの下でクッションの中で静かに丸まって、お母さんが来るのをひたすら待っていた。
その間、先生は保健室に重病人が来ないかどうか殺気立っている(犬になると嗅覚が鋭くなるからか、人が今、どういう気分でいるのかがわかりやすいのだ)。
体育の授業でねんざをした生徒を先生が治療をする。先生はその間も張り詰めた雰囲気でいるみたいだけど、保健室の中に犬が隠れているなんて誰も思わない。だから、みんないつも通りに治療をしてもらって帰っていく。
ぼくは耳をピクと動かして顔を上げた。
駐車場のほうで車のエンジンが止まり、ドアがバタンと閉められる音がする。聞き慣れた足音に、ほっと安心する。そうして足音は保険室のドアの前でやみ、ついでノックをする音がした。
「すみません、犬伏の母です。渡辺先生はいらっしゃいますか?」
先生はデスクから立つとドアを開け、すぐに鍵を施錠した。
そうして仕切り用カーテンの引かれたベッドのところに、お母さんを連れてくる。
ぼくは、ベッドの下から出てきて、お母さんの足に頭を擦り付ける。
「渉、大丈夫?」
(お母さん、ぼく、人間に戻れないよ。どうしよう……今日は収録がある日なのに……)
「何を言ってるの!? バカなことを言わないで。今は人間に戻るのが先でしょ! 先生、それで渉がポメラニアンになってから、どれくらい経っているんですか?」
「かれこれ一時間近く経っています」
「そんな……」
そうして渡辺先生とお母さんは今後の話を始めた。
だけどぼくは、それどころじゃなかった。ほそぼそともらっているお仕事を当日ドタキャンだなんて冗談じゃない! このまま仕事を失う可能性だってある。
ぼくの入っている事務所はヒューマン・トランスフォーマーに理解のあるところだ。変態しちゃいましたって連絡をとれば、どうにかして休む手はずを整えてくれる。
だけど先輩たちや監督は、そうはいかない。だってヒューマン・トランスフォーマーの声優はごく少数で、大多数は普通の人間だから。
ただでさえ高校生で駆け出しの新人だ。
「体調管理もろくにできない」「遊びで声優をやってる」「引っ張りだこの大御所でもないのに、とんでもないやつ」「周りに迷惑を掛けている」とレッテルを張られ、最悪干される。
せっかくオーディションを受けてガヤの役をもらったのに監督から「もう来なくていいよ」なんて言われたら一巻の終わりだ。二度と声優の仕事ができなくなっちゃう。
「それじゃあ、わたしはクラス担任に話をつけてきます。事務員の守護者に、犬伏くんの靴を取りに行かせますので――」
ノックの音がして、ぼくたちは固まった。
「せんせー、渉はどうしてます?」
隼人だ!
「また穂積くんと喧嘩をしちゃったのかな?」
(そうなんです、先生)
クーンとぼくは鳴いて返事をする。
「喧嘩をして、傷つくたびにワンちゃんになっちゃうのに、それでも穂積くんのことが好き?」
(はい、隼人のことが大好きなんです)「キャン!」
「そっか。だとしたら、もっと仲よくなれるように努力しないとね。本当は、まだ穂積くんに自分の思いを伝えてないんでしょ?」
ぼくは頭を下げて答えに窮した。
「今は昔と違って友達を作る方法や恋人になるためのアタックの仕方なんかが本や雑誌、ネット記事なんかで出ているわ。だから友達にせよ、『好き』って気持ちを伝えるにせよ、もっと穂積くんと喧嘩をしないで話をいっぱいできる方法を見つけないと。じゃないと、ポメラニアンから戻れなくなっちゃうかもしれないわ」
なんのことだろうと思って首をかしげていれば、先生がアナログの腕時計を見せてくれる。時刻は9:45。
集会はとっくの昔に終わり、今は一時限目が始まってる時間だ!
なんで起こしてくれなかったの? と先生に目を向ければ、「やっぱり覚えてないんだね」と言われてしまう。なんのことだろう?
「あの後、わたしがここに戻ってくると犬伏くんは起き上がって、わたしに『遊んで』って催促したの。それでいつものようにボール遊びをしたんだけど、ぜんぜん体がもとに戻らないし、そのうち微熱があるっていう生徒が来たからクッションの上に乗せて隠してたのよ。――覚えてない?」
えっ……何それ。どうして? ぼく、先生とボール遊びをした記憶なんてない。
呆然としていれば先生がデスクのほうへ移動して電話の受話器を取り、ボタンをポチポチと押す。
「お母さんを呼ぶわね。今日はもう家へ帰りなさい。それでも人間に戻れない場合は、病院へ行って検査を受けて。このまま穂積くんとの件で精神的ストレスが続くと――人間に戻れなくなるかも」
先生が何を言っているのかわからない。頭の中が真っ白になっていくのを感じながら、ぼくはその場に立ち尽くした。
*
お母さんが迎えに来てくれるまでの間も先生に撫でてもらったり、遊んでもらったけど一向にぼくの体は人間には戻らなかった。
お父さんも、お母さんもヒューマン・トランスフォーマーに理解ある守護者が上級幹部や上司である仕事先に勤めているから、ぼくが人間に戻れない非常事態になっても、すぐに学校まで駆けつけられる。
ぼくはベッドの下でクッションの中で静かに丸まって、お母さんが来るのをひたすら待っていた。
その間、先生は保健室に重病人が来ないかどうか殺気立っている(犬になると嗅覚が鋭くなるからか、人が今、どういう気分でいるのかがわかりやすいのだ)。
体育の授業でねんざをした生徒を先生が治療をする。先生はその間も張り詰めた雰囲気でいるみたいだけど、保健室の中に犬が隠れているなんて誰も思わない。だから、みんないつも通りに治療をしてもらって帰っていく。
ぼくは耳をピクと動かして顔を上げた。
駐車場のほうで車のエンジンが止まり、ドアがバタンと閉められる音がする。聞き慣れた足音に、ほっと安心する。そうして足音は保険室のドアの前でやみ、ついでノックをする音がした。
「すみません、犬伏の母です。渡辺先生はいらっしゃいますか?」
先生はデスクから立つとドアを開け、すぐに鍵を施錠した。
そうして仕切り用カーテンの引かれたベッドのところに、お母さんを連れてくる。
ぼくは、ベッドの下から出てきて、お母さんの足に頭を擦り付ける。
「渉、大丈夫?」
(お母さん、ぼく、人間に戻れないよ。どうしよう……今日は収録がある日なのに……)
「何を言ってるの!? バカなことを言わないで。今は人間に戻るのが先でしょ! 先生、それで渉がポメラニアンになってから、どれくらい経っているんですか?」
「かれこれ一時間近く経っています」
「そんな……」
そうして渡辺先生とお母さんは今後の話を始めた。
だけどぼくは、それどころじゃなかった。ほそぼそともらっているお仕事を当日ドタキャンだなんて冗談じゃない! このまま仕事を失う可能性だってある。
ぼくの入っている事務所はヒューマン・トランスフォーマーに理解のあるところだ。変態しちゃいましたって連絡をとれば、どうにかして休む手はずを整えてくれる。
だけど先輩たちや監督は、そうはいかない。だってヒューマン・トランスフォーマーの声優はごく少数で、大多数は普通の人間だから。
ただでさえ高校生で駆け出しの新人だ。
「体調管理もろくにできない」「遊びで声優をやってる」「引っ張りだこの大御所でもないのに、とんでもないやつ」「周りに迷惑を掛けている」とレッテルを張られ、最悪干される。
せっかくオーディションを受けてガヤの役をもらったのに監督から「もう来なくていいよ」なんて言われたら一巻の終わりだ。二度と声優の仕事ができなくなっちゃう。
「それじゃあ、わたしはクラス担任に話をつけてきます。事務員の守護者に、犬伏くんの靴を取りに行かせますので――」
ノックの音がして、ぼくたちは固まった。
「せんせー、渉はどうしてます?」
隼人だ!
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