10 / 15
第3章
人になりし獣=獣になりし人2
しおりを挟む
靴下で遊ぶことに飽きた犬のぼくは、ワイシャツを口に咥えて周りをウロウロした。そのまま冷たい床にワイシャツを置いて寝そべり、ワイシャツの裾をチューチュー吸って頭を床に押し付ける。
どうして、いつもこうなっちゃうんだろう。なんでうまくいかないのかな……。
いつからか隼人を好きになったのか、わからない。ただ動物が大好きな隼人は「獣医になりたい」と子供の頃から思っていて、どんな動物にも優しく接していた。隼人が猫や犬、モルモットやうさぎ、ニワトリに笑いかける姿を見るたびに、彼らが羨ましくなった。
この人のそばにいたら、きっといっぱい愛してくれる。毎日いっぱい撫でてくれて、遊んでくれるし、散歩もしてくれる。たくさん面倒を見てもらえて幸せになれる。
隼人が動物たちを可愛がる姿に、ぼくの犬の部分が反応したんだ。
だけど人間でもあるぼくは隼人と相性が悪いのか、いつも口喧嘩ばかりしている。
ヒューマン・トランスフォーマーであることを普通の人間に話すことは非常に難しくて、デリケートだ。
最悪、化物扱いされて居場所がなくなったり、人間から獣へ変態できる・獣から人間へ変態できる奇妙な生物として科学者に掴まり、あれこれ調べられて実験動物にされたり、ホルマリン漬けにされてしまう恐れだってある。
たとえ、ご主人様や伴侶となる人が現れてもヒューマン・トランスフォーマーだと知られて、今まで築いてきた関係が一晩で終わってしまうことだってある。
人であるのに獣で、獣であるのに人であるぼくたちを受け入れてくれる人は大勢いるわけではない。
病気だから一生治すこともできない、生まれつきの特性。十七までは普通の人間と変わらず過ごしてきたのに、十八になってからはポメラニアンになる体になってしまい、苦労することばかりだ。
ぼくの意思は人間のときと変わらないのに、犬の習性に逆らえなくて靴下なんかをおもちゃにするし、ボールが転がっていると追いかけられずにはいられない。むかつくとそこら辺にある布なんかを口に咥えてブンブン振り回したり、吸ってしまう。
――いいことなんて、ひとつもない。
(わ~んっ、なんだよ。隼人のバカー! 最低最悪、性悪男ー! オタンコナス、人でなしの鬼ー!)
またムカムカしてきたぼくは立ち上がって、体の下に敷いていたワイシャツを口にして、めちゃくちゃに振り回す。腸が煮えくり返るような思いが沸々と体の奥から沸き起こり、制御できない。仕切りのカーテンの向こうまでワイシャツを引きずり、ブンブン振り回しながら保健室の中をうろつく。
もし、この体になってよかったことがひとつあるとしたら、人間のぼくが大声で叫んだら大問題になりそうなことも平然と言えることくらいだろう。だって普通の人間には、ただポメラニアンが可愛くキューン、キュンキュゥンと鳴いているだけにしか見えないんだから一切、問題なし。
本当は隼人と仲よくく話をしたり、楽しくどこかへ遊びに行きたい。本物の恋人になれなくてもいい。願いはそれだけ。
それなのに、いつも自分の手で壊してしまう。仲よくなろうと歩み寄れない。いつも、ぶつかってばかりいる。
今は意見が衝突するくらいで済んでいるけど、そのうち、幼なじみとしての関係にヒビが入り「二度と俺の前に現れるな」と言われてしまうのだろうか。
そう思ったら、ひどく泣きたい気持ちになる。でも犬だからか涙が一粒もこぼれ落ちない。
犬になったぼくは、おもちゃにしていたワイシャツを床に置きっ放しにして、渡辺先生に寝てなさい言われたベッドへ戻る。
軽く助走をつけて陸上のハードル競争をやるときみたいにベッドの上へ飛び乗る。
人間だったら裸で布団に入ったりしたら冬場の寒い日は風邪を引くだろう。でも今のぼくは人間の犬伏渉じゃない。全身モコモコの毛に包まれたポメラニアンだ。風邪なんて引かない。
ぼくは白い布団掛けを手の爪を使ってめくり、モグラが土の中を掘り進めるように頭をモゾモゾと動かしてシーツの中へ潜り込んだ。フカフカしている毛布の上を歩きながらベストポジションがどこかを探し、体を丸める。
九時までには少しでも気分を落ち着かせなくちゃいけない。じゃないと渡辺先生の力を借りても人間に戻れない。
大学へ行っても、こんな生活が続く。ポメラニアンになるたびに守護者の人に助けてもらった人間へ戻してもらう。
もしも隼人とぼくが親友だったら、こんな頻繁にポメラニアンになることもなかったし、すんなりと「ご主人様になって」とお願いできたのかな……。
温かくなってきて、ぼくはそのまま目を閉じて眠りについた。
*
「……犬伏くん、大丈夫? 犬伏くん?」
体を誰かに揺すられている。
渡辺先生の声がして、ぼくは寝ぼけ眼で頭を上げた。
先生がいるってことはもう九時!? 慌てて体を起こせば、いつの間にか保健室のベッドの上でなく、犬用のクッションの上に移されていたことにビックリする。
心配そうな表情を浮かべた先生がポメラニアンとなったぼくの顔を覗き込む。
どうして、いつもこうなっちゃうんだろう。なんでうまくいかないのかな……。
いつからか隼人を好きになったのか、わからない。ただ動物が大好きな隼人は「獣医になりたい」と子供の頃から思っていて、どんな動物にも優しく接していた。隼人が猫や犬、モルモットやうさぎ、ニワトリに笑いかける姿を見るたびに、彼らが羨ましくなった。
この人のそばにいたら、きっといっぱい愛してくれる。毎日いっぱい撫でてくれて、遊んでくれるし、散歩もしてくれる。たくさん面倒を見てもらえて幸せになれる。
隼人が動物たちを可愛がる姿に、ぼくの犬の部分が反応したんだ。
だけど人間でもあるぼくは隼人と相性が悪いのか、いつも口喧嘩ばかりしている。
ヒューマン・トランスフォーマーであることを普通の人間に話すことは非常に難しくて、デリケートだ。
最悪、化物扱いされて居場所がなくなったり、人間から獣へ変態できる・獣から人間へ変態できる奇妙な生物として科学者に掴まり、あれこれ調べられて実験動物にされたり、ホルマリン漬けにされてしまう恐れだってある。
たとえ、ご主人様や伴侶となる人が現れてもヒューマン・トランスフォーマーだと知られて、今まで築いてきた関係が一晩で終わってしまうことだってある。
人であるのに獣で、獣であるのに人であるぼくたちを受け入れてくれる人は大勢いるわけではない。
病気だから一生治すこともできない、生まれつきの特性。十七までは普通の人間と変わらず過ごしてきたのに、十八になってからはポメラニアンになる体になってしまい、苦労することばかりだ。
ぼくの意思は人間のときと変わらないのに、犬の習性に逆らえなくて靴下なんかをおもちゃにするし、ボールが転がっていると追いかけられずにはいられない。むかつくとそこら辺にある布なんかを口に咥えてブンブン振り回したり、吸ってしまう。
――いいことなんて、ひとつもない。
(わ~んっ、なんだよ。隼人のバカー! 最低最悪、性悪男ー! オタンコナス、人でなしの鬼ー!)
またムカムカしてきたぼくは立ち上がって、体の下に敷いていたワイシャツを口にして、めちゃくちゃに振り回す。腸が煮えくり返るような思いが沸々と体の奥から沸き起こり、制御できない。仕切りのカーテンの向こうまでワイシャツを引きずり、ブンブン振り回しながら保健室の中をうろつく。
もし、この体になってよかったことがひとつあるとしたら、人間のぼくが大声で叫んだら大問題になりそうなことも平然と言えることくらいだろう。だって普通の人間には、ただポメラニアンが可愛くキューン、キュンキュゥンと鳴いているだけにしか見えないんだから一切、問題なし。
本当は隼人と仲よくく話をしたり、楽しくどこかへ遊びに行きたい。本物の恋人になれなくてもいい。願いはそれだけ。
それなのに、いつも自分の手で壊してしまう。仲よくなろうと歩み寄れない。いつも、ぶつかってばかりいる。
今は意見が衝突するくらいで済んでいるけど、そのうち、幼なじみとしての関係にヒビが入り「二度と俺の前に現れるな」と言われてしまうのだろうか。
そう思ったら、ひどく泣きたい気持ちになる。でも犬だからか涙が一粒もこぼれ落ちない。
犬になったぼくは、おもちゃにしていたワイシャツを床に置きっ放しにして、渡辺先生に寝てなさい言われたベッドへ戻る。
軽く助走をつけて陸上のハードル競争をやるときみたいにベッドの上へ飛び乗る。
人間だったら裸で布団に入ったりしたら冬場の寒い日は風邪を引くだろう。でも今のぼくは人間の犬伏渉じゃない。全身モコモコの毛に包まれたポメラニアンだ。風邪なんて引かない。
ぼくは白い布団掛けを手の爪を使ってめくり、モグラが土の中を掘り進めるように頭をモゾモゾと動かしてシーツの中へ潜り込んだ。フカフカしている毛布の上を歩きながらベストポジションがどこかを探し、体を丸める。
九時までには少しでも気分を落ち着かせなくちゃいけない。じゃないと渡辺先生の力を借りても人間に戻れない。
大学へ行っても、こんな生活が続く。ポメラニアンになるたびに守護者の人に助けてもらった人間へ戻してもらう。
もしも隼人とぼくが親友だったら、こんな頻繁にポメラニアンになることもなかったし、すんなりと「ご主人様になって」とお願いできたのかな……。
温かくなってきて、ぼくはそのまま目を閉じて眠りについた。
*
「……犬伏くん、大丈夫? 犬伏くん?」
体を誰かに揺すられている。
渡辺先生の声がして、ぼくは寝ぼけ眼で頭を上げた。
先生がいるってことはもう九時!? 慌てて体を起こせば、いつの間にか保健室のベッドの上でなく、犬用のクッションの上に移されていたことにビックリする。
心配そうな表情を浮かべた先生がポメラニアンとなったぼくの顔を覗き込む。
10
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
人の恋路を邪魔しちゃいけません。
七賀ごふん
BL
“この男子校には恋仲を引き裂く悪魔がいる”。
──────────
高校三年生の智紀は転校先で優しいクラスメイト、七瀬と出会う。文武両道、面倒見が良いイケメンの七瀬にすぐさま惹かれる智紀だが、会った初日に彼の裏の顔とゲスい目的を知ってしまい…。
天真爛漫な転校生×腹黒生徒会長。
他サイト様で本作の漫画Verも描いてます。
会長の弟くんの話は別作品で公開中。
表紙:七賀ごふん

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる