ポメ・ポメ・パニック!〜犬猿幼なじみと甘い主従関係!?〜

鶴機 亀輔

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第3章

人になりし獣=獣になりし人2

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 靴下で遊ぶことに飽きた犬のぼくは、ワイシャツを口に咥えて周りをウロウロした。そのまま冷たい床にワイシャツを置いて寝そべり、ワイシャツの裾をチューチュー吸って頭を床に押し付ける。

 どうして、いつもこうなっちゃうんだろう。なんでうまくいかないのかな……。

 いつからか隼人を好きになったのか、わからない。ただ動物が大好きな隼人は「獣医になりたい」と子供の頃から思っていて、どんな動物にも優しく接していた。隼人が猫や犬、モルモットやうさぎ、ニワトリに笑いかける姿を見るたびに、彼らが羨ましくなった。

 この人のそばにいたら、きっといっぱい愛してくれる。毎日いっぱい撫でてくれて、遊んでくれるし、散歩もしてくれる。たくさん面倒を見てもらえて幸せになれる。

 隼人が動物たちを可愛がる姿に、ぼくの犬の部分が反応したんだ。

 だけど人間でもあるぼくは隼人と相性が悪いのか、いつも口喧嘩ばかりしている。

 ヒューマン・トランスフォーマーであることを普通の人間に話すことは非常に難しくて、デリケートだ。

 最悪、化物扱いされて居場所がなくなったり、人間から獣へ変態できる・獣から人間へ変態できる奇妙な生物として科学者に掴まり、あれこれ調べられて実験動物にされたり、ホルマリン漬けにされてしまう恐れだってある。

 たとえ、ご主人様や伴侶となる人が現れてもヒューマン・トランスフォーマーだと知られて、今まで築いてきた関係が一晩で終わってしまうことだってある。

 人であるのに獣で、獣であるのに人であるぼくたちを受け入れてくれる人は大勢いるわけではない。

 病気だから一生治すこともできない、生まれつきの特性。十七までは普通の人間と変わらず過ごしてきたのに、十八になってからはポメラニアンになる体になってしまい、苦労することばかりだ。

 ぼくの意思は人間のときと変わらないのに、犬の習性に逆らえなくて靴下なんかをおもちゃにするし、ボールが転がっていると追いかけられずにはいられない。むかつくとそこら辺にある布なんかを口に咥えてブンブン振り回したり、吸ってしまう。

 ――いいことなんて、ひとつもない。

(わ~んっ、なんだよ。隼人のバカー! 最低最悪、性悪男ー! オタンコナス、人でなしの鬼ー!)

 またムカムカしてきたぼくは立ち上がって、体の下に敷いていたワイシャツを口にして、めちゃくちゃに振り回す。腸が煮えくり返るような思いが沸々と体の奥から沸き起こり、制御できない。仕切りのカーテンの向こうまでワイシャツを引きずり、ブンブン振り回しながら保健室の中をうろつく。

 もし、この体になってよかったことがひとつあるとしたら、人間のぼくが大声で叫んだら大問題になりそうなことも平然と言えることくらいだろう。だって普通の人間には、ただポメラニアンが可愛くキューン、キュンキュゥンと鳴いているだけにしか見えないんだから一切、問題なし。

 本当は隼人と仲よくく話をしたり、楽しくどこかへ遊びに行きたい。本物の恋人になれなくてもいい。願いはそれだけ。

 それなのに、いつも自分の手で壊してしまう。仲よくなろうと歩み寄れない。いつも、ぶつかってばかりいる。

 今は意見が衝突するくらいで済んでいるけど、そのうち、幼なじみとしての関係にヒビが入り「二度と俺の前に現れるな」と言われてしまうのだろうか。

 そう思ったら、ひどく泣きたい気持ちになる。でも犬だからか涙が一粒もこぼれ落ちない。

 犬になったぼくは、おもちゃにしていたワイシャツを床に置きっ放しにして、渡辺先生に寝てなさい言われたベッドへ戻る。

 軽く助走をつけて陸上のハードル競争をやるときみたいにベッドの上へ飛び乗る。

 人間だったら裸で布団に入ったりしたら冬場の寒い日は風邪を引くだろう。でも今のぼくは人間の犬伏渉じゃない。全身モコモコの毛に包まれたポメラニアンだ。風邪なんて引かない。

 ぼくは白い布団掛けを手の爪を使ってめくり、モグラが土の中を掘り進めるように頭をモゾモゾと動かしてシーツの中へ潜り込んだ。フカフカしている毛布の上を歩きながらベストポジションがどこかを探し、体を丸める。

 九時までには少しでも気分を落ち着かせなくちゃいけない。じゃないと渡辺先生の力を借りても人間に戻れない。

 大学へ行っても、こんな生活が続く。ポメラニアンになるたびに守護者の人に助けてもらった人間へ戻してもらう。

 もしも隼人とぼくが親友だったら、こんな頻繁にポメラニアンになることもなかったし、すんなりと「ご主人様になって」とお願いできたのかな……。

 温かくなってきて、ぼくはそのまま目を閉じて眠りについた。



   *



「……犬伏くん、大丈夫? 犬伏くん?」

 体を誰かに揺すられている。

 渡辺先生の声がして、ぼくは寝ぼけ眼で頭を上げた。

 先生がいるってことはもう九時!? 慌てて体を起こせば、いつの間にか保健室のベッドの上でなく、犬用のクッションの上に移されていたことにビックリする。

 心配そうな表情を浮かべた先生がポメラニアンとなったぼくの顔を覗き込む。
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