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第1章
ポメラニアンの一家3
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感極まったお父さんが、お母さんを抱きしめている。
「ごめんね、鈴音ちゃん。お願いだから泣かないで……」
朝から両親の仲いい姿にお腹がいっぱいだ。
うんうん、仲良きことはよきかななんて思っていれば、涙目のお母さんが勢いよくこちらに振り返る。
「それより渉、学校は?」
「えっ? あ……」
左手首に巻いているデジタル時計を見れば、7:40だ。
「わあっ、遅刻、遅刻ー! お父さん、お母さん、先行くね!」
そのままリビングに戻り、まな板の上にある萌葱色のお弁当袋を手に取り、机の横に置いてあった黒のリュックを手に取る。
「渉、お弁当は持った? お父さんのと間違えてない?」
「大丈夫、間違えてないよ!」
そのままスリッパを脱いで履き慣れた水色のスニーカーに履き替える。
「後、お父さん、お仕事のだけど本当に無理しないでね!? いざとなったら、ぼくが声優の仕事で……」
「ありがたいけど、その……お給料の額がね……」
すまなそうに頭の後ろを掻いたお父さんの言葉が胸に刺さる。
「雄大さん!」と咎めるお母さんの声が、ますますぼくを、なんともいえない気分にさせた。
でも駆け出しの声優でろくな役ももらえず、薄給である身分だから言われても仕方ない……。
「い、いざとなったら、バイトの数も増やすし、在宅ワークとかもやるから! とりあえず安心してよ。それじゃあ行ってきます!」
ドアを開けて猛ダッシュでバス停まで向かう。
バスがぼくの後ろからやってきて、必死で走っている僕を容易に追い越していった。
キキーッとブレーキ音が鳴り、プシューと音がするとドアが開いた。バス停で列を作り、バスを待っていたお客さんが次々乗り込んでいく。
「待って、待って、乗ります! 乗りますー!」
大声で叫ぶものの誰もぼくの声が聞こえなかったらしい。バスのドアは閉まり、そのままクラクションの音とともに出発した。
「そ……そんな……」
胸が苦しくなり、息を整えてはいる間にもバスはどんどん遠ざかっていった。いつの間にか姿が見えなくなってしまい、どうしようと思って呆然としていれば、背後からクラクションを鳴らされる。
「まーた、遅刻か? 渉」
聞き慣れた声にドキリとしながら振り返ると赤ちゃんの頃からの幼なじみがいた。
「は、隼人!?」
びっくりしていればヘルメットを投げ渡される。なんとかうまくキャッチしたけど、手元の白いヘルメットと黒い普通自動二輪車にまたがっている隼人を交互に見た。
「どうせ寝坊でもしたんだろ? 遅刻常習犯」
「なっ、失礼な……今日は寝坊してないよ! ちょっと家でトラブルがあったから出るのが遅くなっただけ」
「どうだかな? 声優の仕事のせいで、学生の本分である勉強もできない状態のくせに」
相変わらず嫌味な物言いをしてくる! カチンと来て、僕は隼人に対して文句を言う。
「それは隼人が口出しすることじゃないだろ! そもそもさあ、きみだってバイトをしょっちゅうしたり、バイクを乗り回してるじゃないか。ふ、不良だ! どうせブンブン鳴らして警察に捕まったりしてるんだろ!?」
「なんだよ、ブンブンって。暴走族かよ? 俺はバイトやってても、いつも七割、八割のいい成績で行きたい大学も合格圏内。バイクも交通手段の一貫だし、親父にメンテしてもらってるから。改造車ってわけじゃないし、ゴールド免許だから。はい、残念」
口で勝てなくて悔しい思いをしていれば、隼人がサイドスタンドを立てて、ぼくのところまでやってくる。
「で、乗ってかないわけ?」
「~っ、乗せて……」
「んー、よく聞こえないな?」と隼人が意地の悪い笑みを浮かべて顔を覗き込んできた。
「うー……乗せてください、お願いします!」
やけくそ気味に答えれば、手を取られてエンジン音を立てているバイクのところまで連れてかれる。
隼人に他意はない。わかっているのに、そんなことくらいでぼくの心臓は太鼓のようにドンドンと力強い音を立てる。
「ほら、乗れよ」
渡されたヘルメットをかぶり、手渡されたレザーグローブに手を通す。
その間にサイドスタンドを上げて隼人が普通自動二輪車にまたがる。隼人の後ろに乗り、彼が制服の上に羽織っているアースカラーのジャケットの上着の裾を軽く握る。
グリンと急に首を後ろを振り返ったりするから、ぎょっとした。
「ちょ、ちょっといきなり振り返らないでよ! ヘルメットがぶつかるじゃん!?」
「あのなあ、そんなんじゃ振り落とされるって何十回言えばわかるんだよ!? もっと、しっかり掴まれっつーの!」
そうして「こう!」と両手を取られて隼人の腰に抱きつく形にされてしまう。
それだけで、ぼくの顔は火がボッと吹き出そうなくらいに熱くなる。
「だ、だから隼人に抱きつくのは、いやなんだってば!」
「俺は菌か何かか? おまえ、このまま置いてくぞ――」
「あー、もう! ごめんね、わかったよ。学校まで安全運転でよろしく」
ギュッとぼくが腰を掴んだのを確認するとウインカーを右に出して、車が来てないのを確認してからバイクを発進させた。
――ぼくの両親はポメラニアンだ。
正確には、ご先祖様がポメラニアンから人間に変態――姿を変えた一族だ。
「ごめんね、鈴音ちゃん。お願いだから泣かないで……」
朝から両親の仲いい姿にお腹がいっぱいだ。
うんうん、仲良きことはよきかななんて思っていれば、涙目のお母さんが勢いよくこちらに振り返る。
「それより渉、学校は?」
「えっ? あ……」
左手首に巻いているデジタル時計を見れば、7:40だ。
「わあっ、遅刻、遅刻ー! お父さん、お母さん、先行くね!」
そのままリビングに戻り、まな板の上にある萌葱色のお弁当袋を手に取り、机の横に置いてあった黒のリュックを手に取る。
「渉、お弁当は持った? お父さんのと間違えてない?」
「大丈夫、間違えてないよ!」
そのままスリッパを脱いで履き慣れた水色のスニーカーに履き替える。
「後、お父さん、お仕事のだけど本当に無理しないでね!? いざとなったら、ぼくが声優の仕事で……」
「ありがたいけど、その……お給料の額がね……」
すまなそうに頭の後ろを掻いたお父さんの言葉が胸に刺さる。
「雄大さん!」と咎めるお母さんの声が、ますますぼくを、なんともいえない気分にさせた。
でも駆け出しの声優でろくな役ももらえず、薄給である身分だから言われても仕方ない……。
「い、いざとなったら、バイトの数も増やすし、在宅ワークとかもやるから! とりあえず安心してよ。それじゃあ行ってきます!」
ドアを開けて猛ダッシュでバス停まで向かう。
バスがぼくの後ろからやってきて、必死で走っている僕を容易に追い越していった。
キキーッとブレーキ音が鳴り、プシューと音がするとドアが開いた。バス停で列を作り、バスを待っていたお客さんが次々乗り込んでいく。
「待って、待って、乗ります! 乗りますー!」
大声で叫ぶものの誰もぼくの声が聞こえなかったらしい。バスのドアは閉まり、そのままクラクションの音とともに出発した。
「そ……そんな……」
胸が苦しくなり、息を整えてはいる間にもバスはどんどん遠ざかっていった。いつの間にか姿が見えなくなってしまい、どうしようと思って呆然としていれば、背後からクラクションを鳴らされる。
「まーた、遅刻か? 渉」
聞き慣れた声にドキリとしながら振り返ると赤ちゃんの頃からの幼なじみがいた。
「は、隼人!?」
びっくりしていればヘルメットを投げ渡される。なんとかうまくキャッチしたけど、手元の白いヘルメットと黒い普通自動二輪車にまたがっている隼人を交互に見た。
「どうせ寝坊でもしたんだろ? 遅刻常習犯」
「なっ、失礼な……今日は寝坊してないよ! ちょっと家でトラブルがあったから出るのが遅くなっただけ」
「どうだかな? 声優の仕事のせいで、学生の本分である勉強もできない状態のくせに」
相変わらず嫌味な物言いをしてくる! カチンと来て、僕は隼人に対して文句を言う。
「それは隼人が口出しすることじゃないだろ! そもそもさあ、きみだってバイトをしょっちゅうしたり、バイクを乗り回してるじゃないか。ふ、不良だ! どうせブンブン鳴らして警察に捕まったりしてるんだろ!?」
「なんだよ、ブンブンって。暴走族かよ? 俺はバイトやってても、いつも七割、八割のいい成績で行きたい大学も合格圏内。バイクも交通手段の一貫だし、親父にメンテしてもらってるから。改造車ってわけじゃないし、ゴールド免許だから。はい、残念」
口で勝てなくて悔しい思いをしていれば、隼人がサイドスタンドを立てて、ぼくのところまでやってくる。
「で、乗ってかないわけ?」
「~っ、乗せて……」
「んー、よく聞こえないな?」と隼人が意地の悪い笑みを浮かべて顔を覗き込んできた。
「うー……乗せてください、お願いします!」
やけくそ気味に答えれば、手を取られてエンジン音を立てているバイクのところまで連れてかれる。
隼人に他意はない。わかっているのに、そんなことくらいでぼくの心臓は太鼓のようにドンドンと力強い音を立てる。
「ほら、乗れよ」
渡されたヘルメットをかぶり、手渡されたレザーグローブに手を通す。
その間にサイドスタンドを上げて隼人が普通自動二輪車にまたがる。隼人の後ろに乗り、彼が制服の上に羽織っているアースカラーのジャケットの上着の裾を軽く握る。
グリンと急に首を後ろを振り返ったりするから、ぎょっとした。
「ちょ、ちょっといきなり振り返らないでよ! ヘルメットがぶつかるじゃん!?」
「あのなあ、そんなんじゃ振り落とされるって何十回言えばわかるんだよ!? もっと、しっかり掴まれっつーの!」
そうして「こう!」と両手を取られて隼人の腰に抱きつく形にされてしまう。
それだけで、ぼくの顔は火がボッと吹き出そうなくらいに熱くなる。
「だ、だから隼人に抱きつくのは、いやなんだってば!」
「俺は菌か何かか? おまえ、このまま置いてくぞ――」
「あー、もう! ごめんね、わかったよ。学校まで安全運転でよろしく」
ギュッとぼくが腰を掴んだのを確認するとウインカーを右に出して、車が来てないのを確認してからバイクを発進させた。
――ぼくの両親はポメラニアンだ。
正確には、ご先祖様がポメラニアンから人間に変態――姿を変えた一族だ。
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