マッチングアプリ

鶴機 亀輔

文字の大きさ
上 下
38 / 51
第8章

菫2

しおりを挟む
「あまり……という感じですね。以前のように下手な鉄砲も数撃てば当たるということはしていません。有島さんに教えていただいたアドバイスをもとに、プロフィールで趣味や価値観の合う人かどうかを見定めてからメッセージを送るようにしています。ただ……やはり初デートのときに、相手の方にしっくり来なかったり、逆に相手の方がぼくでは合わなくて終わってしまうケースが多いです」

 苦笑していたら、有島さんが黄土色のファイルを机の真ん中に置いた。なんだろうと首を傾げていれば、有島さんがえんじ色の薄い唇を開き、「じつは」と切り出した。「この方なら村山様と相性がよいのではないかと思う方がいて、ご紹介したいのですが、いかがでしょうか?」

 有島さんに相談にのってもらうことはあっても、パートナーになりそうな相手を紹介されたことは一度もなかったので、面食らった。

 ガニュメデスのアプリをやっている人間のところに、ガニュメデスに導入されているAIが会員のプロフィールに登録されている情報から算出した相性のよさそうな相手を紹介してくれるサービスがある。しかしアプリのみだと相手の本名や細かいプロフィールを網羅的把握することはできない。

 個人情報の流出防止やセキュリティ対策、不審な動きをするユーザーがいないように監視が行われているくらいだ。

 それどころか、ぼくが最初被害に遭ったときのように、パートナー探しが目的でない連中が、網の目をかい潜ってやつらがいる。そいつらはユーザーに罠を仕掛けてデートの最中に金銭を騙し取ったり、危ない商法に勧誘するのだ。

 だからユーザーの半数近くはアプリを使用するだけでなく、さらに天ヶ原結婚相談所のようにガニュメデスと提携を組んでいる各県の結婚相談所を訪れたり、オンラインや電話、メール相談を行う。

 結婚相談所でガニュメデス上では行えないプラスアルファの手続きを済ませれば、相談員が長年の経験、知恵、勘をもとにして相性のよさそうな相手を紹介してくれるからだ。

 マッチングアプリだけでなく結婚相談所も使う会員の多くは真剣交際を考えている。

 たしかに中には、大金をはたいて相談員やカウンセラーに冷やかしをしたり、セフレ・浮気相手を見つけるために使おうとする人間もいないことはない。

 でもマッチングアプリをなんの情報もない中で闇雲に使うよりも、ずっと安全だ。

 何より相談員同士、カウンセラー同士で会員を紹介するのでゼロからのスタートじゃない。電子機器の画面や紙面では絶対に得られない、人と人が接触したときの情報が交換されるから安全性もあるし、デートや交際に発展する可能性が高い。

「どんな方なんですか?」

「お相手の方は村山様よりも二歳年上ですね。北海道出身で、就職を機に東京へ出てこられて、現在は造園業をされています。お休みの日も草花や野菜を育てているそうです。担当者いわく今どき珍しいくらいに古風な方で、勤務態度は真面目そのもの。礼儀正しく誠実な人柄をしているそうです。

 趣味はお料理で、好きなものが和食という点、休日はのんびりパートナーと過ごしたい点、何よりパートナーの方と温かい家庭を築きたいと強く望まれている点が村山様のご意向と合致しました。それらを総合的に考慮していき、ご紹介したいと思った次第です」

 造園業をしている人? 造園業なんてまったく縁もゆかりもない職業だ。

 ――両親は、ぼくが生まれたときからデスクワークをしていた。

 マンションの上層階で育ったから、菜園とかガーデニングができる庭なんてないし、両親はひどく虫嫌いだ。草花に触れる場所へ出かけることもなければ、ダイニングテーブルに花を生けることすらなかった。

「ご職業にこだわりはないと仰られていましたが、何か気になる点はございますか?」

「いえ、ないです。ただ、どうして有島さんは、ぼくにその方を紹介したのかなと不思議に思いました」

「といいますと?」

 有島さんは怒っているわけでもないのに、眉間にしわを寄せて訊き返してきた。

「変な話、ぼくはあまり育ちがいいとはいえません。いんぎん無礼な態度をとって、年上だけでなく同年代や年下にまで、呆れられてしまうことが多いです。知人や、親友からも『その態度はよくじない』注意されることが多々ました。

 バイト先で店長や先輩に怒られることも、しょっちゅうです。少しずつ軌道修正してきたもののぜんぜん人間性がなってません。きっと、その方に対しても、とんでもないことをしてしまうと思います。だから……」

「そうでしょうか?」と有島さんが難しい顔をして、目線を机の上に落とした。数秒経つと顔を上げて、ぼくのことを凝視した。机の下にあった手を机の上へと出し、細長い指を組んだ。

「村山様がこちらで、礼を欠いた態度をおとりになったことは、一度もありません。いつも礼儀正しくあろうとされているのが伝わってきます」

「それは有島さんが僕の非礼を、寛容な心で許してくださるからですよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

処理中です...