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第7章
あなただけのストーリー3
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両親はぼく個人よりも、ぼくが自分たちのようなエリートになることばかりを求める。そんな教育を受けてきたから中学に上がるまで友だちだっていなかった。でも――。
「……大切な友だちがいたんです」
「お友だち、ですか」
「そうです。たったひとりの親友でした。中学のときに出会って、クラスに馴染めなくて、ハブられていたぼくに声を掛けてくれて……以来、ずっと助けてくれたんです」
「素敵ですね。その方と恋愛関係には?」
ぼくは首を横に振った。
「なれませんでした。彼は異性愛者のアルファだから。まるで本当の家族や兄弟みたいに、いつも一緒にいたんです。……いつの間にか彼のいない世界を考えられないくらいに一番、そばにいて気がついたら彼のことを好きになっていました。でも、はっきりと思いを告げて彼に嫌われることが怖かったんです。だからネットで出会った人に恋人のフリをしてもらったこともあります」
「恋人になったのではなく、フリですか?」
「はい――親友である彼のことを馬鹿みたいにずっと思い続けていました。それでも彼を好きなことがバレないように、怪しまれないようにしたかったんです。だから恋人関係になれる人は、いませんでした。そしてとうとう今年、完璧に失恋したんです。オメガの女の子を好きになって、一心に思っている彼の姿を目にして、ぼくはヤケを起こしました。好きでもない人とキスをしたり、ホテルに行くようなこともいっぱいしたんです。自分自身を痛めつけたり、周りの人に心配をかけるうようなことや、傷つけるような発言もして……最後には家族にもあきられて、絶縁状態のようになりました。自業自得です」
なんだ。オリンポスのメンバーじゃない人にも、自分に起きたことを淡々と喋れるじゃないか。
ぼくは傷ついているわけじゃない。航大や芝谷さんとのこと、ソウジにされたこと、両親の反応――全部大したことじゃなかった。どこか冷めた心で、自分自身に毒づく。
「知人たちから『新しい恋をしろ』と言われて、親友への恋心を完全になくしたいという気持ちがあって、ガニュメデスに登録しました。だけど、そういうことを腹の中で考えているからか、なかなか自分と合う人には出会えません」
「村山様……」
「すみません、くだらない話をしましたね。ですから有島さんにアドバイスをしていただきたいです。『普通の恋愛』をしたことが一度もないぼくにも恋人ができるようにするには、どうしたらいいのかを」
てっきりゲンナリした顔をしているか、苛立ちをにじませた表情をしていると思った有島さんは、予想外にも穏やかな笑みを浮かべていた。
「くだらなくなんかありませんよ。貴重なお話をしてくださり、ありがとうございます」と有島さんは頭を下げた。その反応にわずかだが戸惑う。
「なんで、あなたがお礼を言うんですか? それに、どうしてくだらなくないなんて言うんです? だってアルファはベータと恋人やパートナーになることは少ない。ごく、まれなことです。彼らは同じアルファ同士で結婚してアルファの子孫を残すことを優先したり、自然と惹かれ合うオメガと番になるのが一般的です」
「たしかに、ごくまれなことですね。私もこのような業界に身を置いて二十年以上経ちますが、アルファの方とベータの方がお付き合いをするというお話事態、めったに聞きません。それに私は村山様とお会いするのは今日が初めてです」
彼女はじっとぼくの目を見つめてきた。吸い込まれてしまいそうな澄んだ茶色い瞳がまっすぐ、こちらを見ている。まるで透き通った水面や、一点の曇りもない鏡を連想させる目をしていて、思わず目線を机の上へとやった。
「村山様がガニュメデスに登録した情報と今、私の眼前にいるあなたの容姿や雰囲気、仕草、話し方や話す内容でしか、どんな人間なのかを知る情報はありません。しかし、その決して多いとはいえない情報からも、村山様がそのお友だちを一途に愛されたこと、失恋をして傷つき悲しまれたこと、その傷を抱えながらも自分のため、お友だちのために真剣に交際できるお相手を探していることはわかります」
「だとしたら、ぼくはここに来るべき人間じゃないと思います。だって、ぼくは、まだ彼を――」
「会員様の中でも過去の恋愛を忘れられずにいる方はいらっしゃいます。天ヶ原ではいませんが……自分の過去の恋人や想い人の面影を追いかけ、まったくの別人にどこまでも同じであることを求める方もいます。顔やスタイル、性格、価値観、好きなもの、嫌いなもの、声や仕草、すべてが一致する人物を求める方もいらっしゃいます」
有島さんの話に眉をひそめる。
「なんですか、それ? たしかに自分と似た顔の人間は三人いるといいますが、そんなの無理です。不可能だ。ただ……好きだった人を忘れられなくて、本人が隣にいないからって、代わりを求めてるだけじゃないですか。そんなの相手に失礼だと思います」
しかし有島さんは「そうですね」とは頷かず、一瞬切なげな表情を浮かべて、寂しそうに微笑んだ。「だとしても求めずにはいられない。心に、脳裏に焼き付いて離れない――忘れたくても忘れられない。何年も、年十年も忘れられず、その人がいた幸福を、瞬間を求めてしまうのです。そういう方もいらっしゃるんです。そして、それをもう一度再現しようと相談しに来られる方もいます」
「……大切な友だちがいたんです」
「お友だち、ですか」
「そうです。たったひとりの親友でした。中学のときに出会って、クラスに馴染めなくて、ハブられていたぼくに声を掛けてくれて……以来、ずっと助けてくれたんです」
「素敵ですね。その方と恋愛関係には?」
ぼくは首を横に振った。
「なれませんでした。彼は異性愛者のアルファだから。まるで本当の家族や兄弟みたいに、いつも一緒にいたんです。……いつの間にか彼のいない世界を考えられないくらいに一番、そばにいて気がついたら彼のことを好きになっていました。でも、はっきりと思いを告げて彼に嫌われることが怖かったんです。だからネットで出会った人に恋人のフリをしてもらったこともあります」
「恋人になったのではなく、フリですか?」
「はい――親友である彼のことを馬鹿みたいにずっと思い続けていました。それでも彼を好きなことがバレないように、怪しまれないようにしたかったんです。だから恋人関係になれる人は、いませんでした。そしてとうとう今年、完璧に失恋したんです。オメガの女の子を好きになって、一心に思っている彼の姿を目にして、ぼくはヤケを起こしました。好きでもない人とキスをしたり、ホテルに行くようなこともいっぱいしたんです。自分自身を痛めつけたり、周りの人に心配をかけるうようなことや、傷つけるような発言もして……最後には家族にもあきられて、絶縁状態のようになりました。自業自得です」
なんだ。オリンポスのメンバーじゃない人にも、自分に起きたことを淡々と喋れるじゃないか。
ぼくは傷ついているわけじゃない。航大や芝谷さんとのこと、ソウジにされたこと、両親の反応――全部大したことじゃなかった。どこか冷めた心で、自分自身に毒づく。
「知人たちから『新しい恋をしろ』と言われて、親友への恋心を完全になくしたいという気持ちがあって、ガニュメデスに登録しました。だけど、そういうことを腹の中で考えているからか、なかなか自分と合う人には出会えません」
「村山様……」
「すみません、くだらない話をしましたね。ですから有島さんにアドバイスをしていただきたいです。『普通の恋愛』をしたことが一度もないぼくにも恋人ができるようにするには、どうしたらいいのかを」
てっきりゲンナリした顔をしているか、苛立ちをにじませた表情をしていると思った有島さんは、予想外にも穏やかな笑みを浮かべていた。
「くだらなくなんかありませんよ。貴重なお話をしてくださり、ありがとうございます」と有島さんは頭を下げた。その反応にわずかだが戸惑う。
「なんで、あなたがお礼を言うんですか? それに、どうしてくだらなくないなんて言うんです? だってアルファはベータと恋人やパートナーになることは少ない。ごく、まれなことです。彼らは同じアルファ同士で結婚してアルファの子孫を残すことを優先したり、自然と惹かれ合うオメガと番になるのが一般的です」
「たしかに、ごくまれなことですね。私もこのような業界に身を置いて二十年以上経ちますが、アルファの方とベータの方がお付き合いをするというお話事態、めったに聞きません。それに私は村山様とお会いするのは今日が初めてです」
彼女はじっとぼくの目を見つめてきた。吸い込まれてしまいそうな澄んだ茶色い瞳がまっすぐ、こちらを見ている。まるで透き通った水面や、一点の曇りもない鏡を連想させる目をしていて、思わず目線を机の上へとやった。
「村山様がガニュメデスに登録した情報と今、私の眼前にいるあなたの容姿や雰囲気、仕草、話し方や話す内容でしか、どんな人間なのかを知る情報はありません。しかし、その決して多いとはいえない情報からも、村山様がそのお友だちを一途に愛されたこと、失恋をして傷つき悲しまれたこと、その傷を抱えながらも自分のため、お友だちのために真剣に交際できるお相手を探していることはわかります」
「だとしたら、ぼくはここに来るべき人間じゃないと思います。だって、ぼくは、まだ彼を――」
「会員様の中でも過去の恋愛を忘れられずにいる方はいらっしゃいます。天ヶ原ではいませんが……自分の過去の恋人や想い人の面影を追いかけ、まったくの別人にどこまでも同じであることを求める方もいます。顔やスタイル、性格、価値観、好きなもの、嫌いなもの、声や仕草、すべてが一致する人物を求める方もいらっしゃいます」
有島さんの話に眉をひそめる。
「なんですか、それ? たしかに自分と似た顔の人間は三人いるといいますが、そんなの無理です。不可能だ。ただ……好きだった人を忘れられなくて、本人が隣にいないからって、代わりを求めてるだけじゃないですか。そんなの相手に失礼だと思います」
しかし有島さんは「そうですね」とは頷かず、一瞬切なげな表情を浮かべて、寂しそうに微笑んだ。「だとしても求めずにはいられない。心に、脳裏に焼き付いて離れない――忘れたくても忘れられない。何年も、年十年も忘れられず、その人がいた幸福を、瞬間を求めてしまうのです。そういう方もいらっしゃるんです。そして、それをもう一度再現しようと相談しに来られる方もいます」
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