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第6章
それでも前を向いて歩くために……3
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「勝手なことを言わないでよ。そんなんじゃない」
「じゃあ、なんだって言うんだよ!? おまえ、前はそんなスレたやつじゃなかっただろ……どうして、そんなつっけんどんな態度ばっかとるようになったんだよ」
きみがぼくの何を知っているの? と口をついて出そうになる。湯呑みを手に取り、中に入っていたお茶を一気に飲み干した。
「……ぼくだって、みんなみたいな恋をしたいよ。だれかと話をしたり、デートをして、手をつないだり。でも、そんなこと、一度も経験したことがない。そういう相手がいないんだ。身体をつなげたり、取引をして偽物の恋人やセフレになってくれる相手だけ。それが、ぼくのできること。ぼくには、康成たちみたいな恋愛はできないんだよ」
バーテンがざる蕎麦をズズッとすする音が響いた。彼はそばを口の中で咀嚼し、飲み込むとイカ天を口の中に放り込んだ。「やっぱ、うめえわ。エリナの店の飯は」と首を何度も縦に振っている。
「あのね、晃くん。マッチングアプリだって、いろんなものがあるの。遊びの恋愛やセックスだけの関係を目的とするものじゃなくて『“普通の恋愛”をしたい』『ずっと一緒にいられる恋人がほしい』『生涯のパートナーを得たい』って真剣に考えている人たちに向けたものがね」
「そんなこと言っても既婚者のバイとか、すでにパートナーがいる人間が浮気したり、不倫相手を見つけるために使ってるケースのほうが多いんじゃないの? 詐欺やマルチ商法、サクラだって横行してるんじゃない?」
「そんなのSNSや掲示板でも同じだろうが」
バーテンが海老天を口の中へ放り込む。尻尾をバリバリと嚙み砕いて飲み込んだ。「見合いだろうが、合コンだろうが関係ねえ。結婚詐欺やら、遊びの恋愛を楽しもう、相手を利用してやろうと悪巧みする輩は、どこでも一定数いる」
「だとしても、そういうヤバい連中と遭遇する確率や絶対数が違うんじゃないの? だとしたら、やっぱりやる意味なんてない」
「けど、晃嗣。おまえ、どちらかっていうとインドア派じゃないか。だからゲイ向けの見合いや合コンに参加しない。『価値観が合うかどうかもわからない相手と話しを合わせて、人間関係を一から構築するのが苦痛だ』とか、『タイパが悪すぎる』って、俺に愚痴ったことがあるだろ。だったらマッチングアプリのほうが合うんじゃないか? そっちのほうが、SNSや掲示板よりも安全そうだし、おまえの気にしているところをカバーできるんじゃないか?」
横槍を入れてきた康成の言葉に耳が痛くなり、目線を窓の外へとやる。庭園風の景色を眺めるふりをしていればバーテンに「都合が悪いとダンマリかよ」と嫌味を言われた。
「牧雄、よしなさい。とにかく“虎穴に入らずんば虎子を得ず”。やることは大体あんたがSNSなんかでやってきたことと大差ないはずだから、やってみなさいよ。何より無料でできるんだから」
「無料ほど怖いものはないよ。後で莫大な額を請求されたり、変なものに勧誘されるんじゃないの?」
「じゃあ、あんたは料亭のご飯、食べなくていいわよ。SNSなんかも全部やめちゃいなさいよ。今回ひどい目に遭ったんだから」とマスターが皮肉を口にする。「ほかは知らないけど、ガニュメデスはそういうのはないわ。じゃなきゃ、あんたに紹介しないわよ。結婚相談所を立ち上げた社長と結婚相手紹介サービス企業に勤めていたあたしの友だち、それからアプリ開発会社にいるプロダクトマネージャーたちが大学の同期でね、仲がいいわけよ。で、今回、業務提携してガニュメデスができたわけ。大学生から社会人の2、30代をターゲットにしてるから今の晃くんにピッタリよ」
その話を訊いてもぼくは「じゃあ、やってみよう」なんて気にはなれなかった。
なんでこんなことをマスターがするのか、わからない。真意をさぐるためにマスターの顔をジッと窓越しに見つめる。
「合わないと思ったら、やめればいいの。とりあえず、やってみなさいよ。合わないときは、またべつの手を考えればいいんだから」
窓ガラスに映ったマスターは、わさびを溶いた醤油の入った入れ物にマグロを浸し、口元へ運んだ。
「忙しい現代人のタイパ、コスパを考えて効率よく相手を見つけられるマッチングアプリと、結婚やパートナーの縁を結ぶアドバイザーがいる結婚相談所のいいとこ取りだって話してたわ。少なくとも今回のあんたがやらかしたようなことは起きにくいし、命を落とす心配も早々ないと思うけどね」
「だよな、マスター。つーわけで、さっさと目の前のもんを食えよ、晃嗣。もったいねえぞ」
すでに定食のメニューを食べ終えたバーテンは、デザートのゆずのシャーベットを食べながら、手にしているスプーンでぼくを差した。
眼前にある料理はいかにも美味しそうだ。だけど……。
「無理だよ。航大との一件があってから、ご飯の味とかわかんないし。口の中に入れても気持ち悪くなるだけ。食べられないよ」
「じゃあ、なんだって言うんだよ!? おまえ、前はそんなスレたやつじゃなかっただろ……どうして、そんなつっけんどんな態度ばっかとるようになったんだよ」
きみがぼくの何を知っているの? と口をついて出そうになる。湯呑みを手に取り、中に入っていたお茶を一気に飲み干した。
「……ぼくだって、みんなみたいな恋をしたいよ。だれかと話をしたり、デートをして、手をつないだり。でも、そんなこと、一度も経験したことがない。そういう相手がいないんだ。身体をつなげたり、取引をして偽物の恋人やセフレになってくれる相手だけ。それが、ぼくのできること。ぼくには、康成たちみたいな恋愛はできないんだよ」
バーテンがざる蕎麦をズズッとすする音が響いた。彼はそばを口の中で咀嚼し、飲み込むとイカ天を口の中に放り込んだ。「やっぱ、うめえわ。エリナの店の飯は」と首を何度も縦に振っている。
「あのね、晃くん。マッチングアプリだって、いろんなものがあるの。遊びの恋愛やセックスだけの関係を目的とするものじゃなくて『“普通の恋愛”をしたい』『ずっと一緒にいられる恋人がほしい』『生涯のパートナーを得たい』って真剣に考えている人たちに向けたものがね」
「そんなこと言っても既婚者のバイとか、すでにパートナーがいる人間が浮気したり、不倫相手を見つけるために使ってるケースのほうが多いんじゃないの? 詐欺やマルチ商法、サクラだって横行してるんじゃない?」
「そんなのSNSや掲示板でも同じだろうが」
バーテンが海老天を口の中へ放り込む。尻尾をバリバリと嚙み砕いて飲み込んだ。「見合いだろうが、合コンだろうが関係ねえ。結婚詐欺やら、遊びの恋愛を楽しもう、相手を利用してやろうと悪巧みする輩は、どこでも一定数いる」
「だとしても、そういうヤバい連中と遭遇する確率や絶対数が違うんじゃないの? だとしたら、やっぱりやる意味なんてない」
「けど、晃嗣。おまえ、どちらかっていうとインドア派じゃないか。だからゲイ向けの見合いや合コンに参加しない。『価値観が合うかどうかもわからない相手と話しを合わせて、人間関係を一から構築するのが苦痛だ』とか、『タイパが悪すぎる』って、俺に愚痴ったことがあるだろ。だったらマッチングアプリのほうが合うんじゃないか? そっちのほうが、SNSや掲示板よりも安全そうだし、おまえの気にしているところをカバーできるんじゃないか?」
横槍を入れてきた康成の言葉に耳が痛くなり、目線を窓の外へとやる。庭園風の景色を眺めるふりをしていればバーテンに「都合が悪いとダンマリかよ」と嫌味を言われた。
「牧雄、よしなさい。とにかく“虎穴に入らずんば虎子を得ず”。やることは大体あんたがSNSなんかでやってきたことと大差ないはずだから、やってみなさいよ。何より無料でできるんだから」
「無料ほど怖いものはないよ。後で莫大な額を請求されたり、変なものに勧誘されるんじゃないの?」
「じゃあ、あんたは料亭のご飯、食べなくていいわよ。SNSなんかも全部やめちゃいなさいよ。今回ひどい目に遭ったんだから」とマスターが皮肉を口にする。「ほかは知らないけど、ガニュメデスはそういうのはないわ。じゃなきゃ、あんたに紹介しないわよ。結婚相談所を立ち上げた社長と結婚相手紹介サービス企業に勤めていたあたしの友だち、それからアプリ開発会社にいるプロダクトマネージャーたちが大学の同期でね、仲がいいわけよ。で、今回、業務提携してガニュメデスができたわけ。大学生から社会人の2、30代をターゲットにしてるから今の晃くんにピッタリよ」
その話を訊いてもぼくは「じゃあ、やってみよう」なんて気にはなれなかった。
なんでこんなことをマスターがするのか、わからない。真意をさぐるためにマスターの顔をジッと窓越しに見つめる。
「合わないと思ったら、やめればいいの。とりあえず、やってみなさいよ。合わないときは、またべつの手を考えればいいんだから」
窓ガラスに映ったマスターは、わさびを溶いた醤油の入った入れ物にマグロを浸し、口元へ運んだ。
「忙しい現代人のタイパ、コスパを考えて効率よく相手を見つけられるマッチングアプリと、結婚やパートナーの縁を結ぶアドバイザーがいる結婚相談所のいいとこ取りだって話してたわ。少なくとも今回のあんたがやらかしたようなことは起きにくいし、命を落とす心配も早々ないと思うけどね」
「だよな、マスター。つーわけで、さっさと目の前のもんを食えよ、晃嗣。もったいねえぞ」
すでに定食のメニューを食べ終えたバーテンは、デザートのゆずのシャーベットを食べながら、手にしているスプーンでぼくを差した。
眼前にある料理はいかにも美味しそうだ。だけど……。
「無理だよ。航大との一件があってから、ご飯の味とかわかんないし。口の中に入れても気持ち悪くなるだけ。食べられないよ」
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