29 / 50
第6章
それでも前を向いて歩くために……3
しおりを挟む
「勝手なことを言わないでよ。そんなんじゃない」
「じゃあ、なんだって言うんだよ!? おまえ、前はそんなスレたやつじゃなかっただろ……どうして、そんなつっけんどんな態度ばっかとるようになったんだよ」
きみがぼくの何を知っているの? と口をついて出そうになる。湯呑みを手に取り、中に入っていたお茶を一気に飲み干した。
「……ぼくだって、みんなみたいな恋をしたいよ。だれかと話をしたり、デートをして、手をつないだり。でも、そんなこと、一度も経験したことがない。そういう相手がいないんだ。身体をつなげたり、取引をして偽物の恋人やセフレになってくれる相手だけ。それが、ぼくのできること。ぼくには、康成たちみたいな恋愛はできないんだよ」
バーテンがざる蕎麦をズズッとすする音が響いた。彼はそばを口の中で咀嚼し、飲み込むとイカ天を口の中に放り込んだ。「やっぱ、うめえわ。エリナの店の飯は」と首を何度も縦に振っている。
「あのね、晃くん。マッチングアプリだって、いろんなものがあるの。遊びの恋愛やセックスだけの関係を目的とするものじゃなくて『“普通の恋愛”をしたい』『ずっと一緒にいられる恋人がほしい』『生涯のパートナーを得たい』って真剣に考えている人たちに向けたものがね」
「そんなこと言っても既婚者のバイとか、すでにパートナーがいる人間が浮気したり、不倫相手を見つけるために使ってるケースのほうが多いんじゃないの? 詐欺やマルチ商法、サクラだって横行してるんじゃない?」
「そんなのSNSや掲示板でも同じだろうが」
バーテンが海老天を口の中へ放り込む。尻尾をバリバリと嚙み砕いて飲み込んだ。「見合いだろうが、合コンだろうが関係ねえ。結婚詐欺やら、遊びの恋愛を楽しもう、相手を利用してやろうと悪巧みする輩は、どこでも一定数いる」
「だとしても、そういうヤバい連中と遭遇する確率や絶対数が違うんじゃないの? だとしたら、やっぱりやる意味なんてない」
「けど、晃嗣。おまえ、どちらかっていうとインドア派じゃないか。だからゲイ向けの見合いや合コンに参加しない。『価値観が合うかどうかもわからない相手と話しを合わせて、人間関係を一から構築するのが苦痛だ』とか、『タイパが悪すぎる』って、俺に愚痴ったことがあるだろ。だったらマッチングアプリのほうが合うんじゃないか? そっちのほうが、SNSや掲示板よりも安全そうだし、おまえの気にしているところをカバーできるんじゃないか?」
横槍を入れてきた康成の言葉に耳が痛くなり、目線を窓の外へとやる。庭園風の景色を眺めるふりをしていればバーテンに「都合が悪いとダンマリかよ」と嫌味を言われた。
「牧雄、よしなさい。とにかく“虎穴に入らずんば虎子を得ず”。やることは大体あんたがSNSなんかでやってきたことと大差ないはずだから、やってみなさいよ。何より無料でできるんだから」
「無料ほど怖いものはないよ。後で莫大な額を請求されたり、変なものに勧誘されるんじゃないの?」
「じゃあ、あんたは料亭のご飯、食べなくていいわよ。SNSなんかも全部やめちゃいなさいよ。今回ひどい目に遭ったんだから」とマスターが皮肉を口にする。「ほかは知らないけど、ガニュメデスはそういうのはないわ。じゃなきゃ、あんたに紹介しないわよ。結婚相談所を立ち上げた社長と結婚相手紹介サービス企業に勤めていたあたしの友だち、それからアプリ開発会社にいるプロダクトマネージャーたちが大学の同期でね、仲がいいわけよ。で、今回、業務提携してガニュメデスができたわけ。大学生から社会人の2、30代をターゲットにしてるから今の晃くんにピッタリよ」
その話を訊いてもぼくは「じゃあ、やってみよう」なんて気にはなれなかった。
なんでこんなことをマスターがするのか、わからない。真意をさぐるためにマスターの顔をジッと窓越しに見つめる。
「合わないと思ったら、やめればいいの。とりあえず、やってみなさいよ。合わないときは、またべつの手を考えればいいんだから」
窓ガラスに映ったマスターは、わさびを溶いた醤油の入った入れ物にマグロを浸し、口元へ運んだ。
「忙しい現代人のタイパ、コスパを考えて効率よく相手を見つけられるマッチングアプリと、結婚やパートナーの縁を結ぶアドバイザーがいる結婚相談所のいいとこ取りだって話してたわ。少なくとも今回のあんたがやらかしたようなことは起きにくいし、命を落とす心配も早々ないと思うけどね」
「だよな、マスター。つーわけで、さっさと目の前のもんを食えよ、晃嗣。もったいねえぞ」
すでに定食のメニューを食べ終えたバーテンは、デザートのゆずのシャーベットを食べながら、手にしているスプーンでぼくを差した。
眼前にある料理はいかにも美味しそうだ。だけど……。
「無理だよ。航大との一件があってから、ご飯の味とかわかんないし。口の中に入れても気持ち悪くなるだけ。食べられないよ」
「じゃあ、なんだって言うんだよ!? おまえ、前はそんなスレたやつじゃなかっただろ……どうして、そんなつっけんどんな態度ばっかとるようになったんだよ」
きみがぼくの何を知っているの? と口をついて出そうになる。湯呑みを手に取り、中に入っていたお茶を一気に飲み干した。
「……ぼくだって、みんなみたいな恋をしたいよ。だれかと話をしたり、デートをして、手をつないだり。でも、そんなこと、一度も経験したことがない。そういう相手がいないんだ。身体をつなげたり、取引をして偽物の恋人やセフレになってくれる相手だけ。それが、ぼくのできること。ぼくには、康成たちみたいな恋愛はできないんだよ」
バーテンがざる蕎麦をズズッとすする音が響いた。彼はそばを口の中で咀嚼し、飲み込むとイカ天を口の中に放り込んだ。「やっぱ、うめえわ。エリナの店の飯は」と首を何度も縦に振っている。
「あのね、晃くん。マッチングアプリだって、いろんなものがあるの。遊びの恋愛やセックスだけの関係を目的とするものじゃなくて『“普通の恋愛”をしたい』『ずっと一緒にいられる恋人がほしい』『生涯のパートナーを得たい』って真剣に考えている人たちに向けたものがね」
「そんなこと言っても既婚者のバイとか、すでにパートナーがいる人間が浮気したり、不倫相手を見つけるために使ってるケースのほうが多いんじゃないの? 詐欺やマルチ商法、サクラだって横行してるんじゃない?」
「そんなのSNSや掲示板でも同じだろうが」
バーテンが海老天を口の中へ放り込む。尻尾をバリバリと嚙み砕いて飲み込んだ。「見合いだろうが、合コンだろうが関係ねえ。結婚詐欺やら、遊びの恋愛を楽しもう、相手を利用してやろうと悪巧みする輩は、どこでも一定数いる」
「だとしても、そういうヤバい連中と遭遇する確率や絶対数が違うんじゃないの? だとしたら、やっぱりやる意味なんてない」
「けど、晃嗣。おまえ、どちらかっていうとインドア派じゃないか。だからゲイ向けの見合いや合コンに参加しない。『価値観が合うかどうかもわからない相手と話しを合わせて、人間関係を一から構築するのが苦痛だ』とか、『タイパが悪すぎる』って、俺に愚痴ったことがあるだろ。だったらマッチングアプリのほうが合うんじゃないか? そっちのほうが、SNSや掲示板よりも安全そうだし、おまえの気にしているところをカバーできるんじゃないか?」
横槍を入れてきた康成の言葉に耳が痛くなり、目線を窓の外へとやる。庭園風の景色を眺めるふりをしていればバーテンに「都合が悪いとダンマリかよ」と嫌味を言われた。
「牧雄、よしなさい。とにかく“虎穴に入らずんば虎子を得ず”。やることは大体あんたがSNSなんかでやってきたことと大差ないはずだから、やってみなさいよ。何より無料でできるんだから」
「無料ほど怖いものはないよ。後で莫大な額を請求されたり、変なものに勧誘されるんじゃないの?」
「じゃあ、あんたは料亭のご飯、食べなくていいわよ。SNSなんかも全部やめちゃいなさいよ。今回ひどい目に遭ったんだから」とマスターが皮肉を口にする。「ほかは知らないけど、ガニュメデスはそういうのはないわ。じゃなきゃ、あんたに紹介しないわよ。結婚相談所を立ち上げた社長と結婚相手紹介サービス企業に勤めていたあたしの友だち、それからアプリ開発会社にいるプロダクトマネージャーたちが大学の同期でね、仲がいいわけよ。で、今回、業務提携してガニュメデスができたわけ。大学生から社会人の2、30代をターゲットにしてるから今の晃くんにピッタリよ」
その話を訊いてもぼくは「じゃあ、やってみよう」なんて気にはなれなかった。
なんでこんなことをマスターがするのか、わからない。真意をさぐるためにマスターの顔をジッと窓越しに見つめる。
「合わないと思ったら、やめればいいの。とりあえず、やってみなさいよ。合わないときは、またべつの手を考えればいいんだから」
窓ガラスに映ったマスターは、わさびを溶いた醤油の入った入れ物にマグロを浸し、口元へ運んだ。
「忙しい現代人のタイパ、コスパを考えて効率よく相手を見つけられるマッチングアプリと、結婚やパートナーの縁を結ぶアドバイザーがいる結婚相談所のいいとこ取りだって話してたわ。少なくとも今回のあんたがやらかしたようなことは起きにくいし、命を落とす心配も早々ないと思うけどね」
「だよな、マスター。つーわけで、さっさと目の前のもんを食えよ、晃嗣。もったいねえぞ」
すでに定食のメニューを食べ終えたバーテンは、デザートのゆずのシャーベットを食べながら、手にしているスプーンでぼくを差した。
眼前にある料理はいかにも美味しそうだ。だけど……。
「無理だよ。航大との一件があってから、ご飯の味とかわかんないし。口の中に入れても気持ち悪くなるだけ。食べられないよ」
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
気の遣い方が斜め上
りこ
BL
俺には同棲している彼氏がいる。だけど、彼氏には俺以外に体の関係をもっている相手がいる。
あいつは優しいから俺に別れるとは言えない。……いや、優しさの使い方間違ってねえ?
気の遣い方が斜め上すぎんだよ!って思っている受けの話。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる