27 / 50
第6章
それでも前を向いて歩くために……1
しおりを挟む*
その後、ぼくはエリナが提案した不審者に誤解されてもしょうがない格好をして、彼女が営む店の前にいた。
店内で食事をしている客たちのにぎやかな声と、どんちゃん騒ぎをしている音が聞こえる。店の明かりがサングラスの隙間から差し込んできて、まぶしい。
なんだか自分が場違いに思える。
それでも入口の前を、おこぼれを求める野良猫のようにうろつく。かれこれ十五分以上も、そんなことをしていた。
夕食や晩酌を望む客たちが、訝しげな目でじろじろとぼくを見ながら、店内へと足を運んでいく。ほとんどはスーツに身を包んだ人間やオフィススタイル、オフィスカジュアルな服装をした会社勤めの人間だ。
しかし派手な容貌をした若者も出入りする。SNSで絡んできた女たちもいるかもしれないと思うと心臓が大きな音を立て全身に変な汗をかく。
やっぱり帰ろう。こんな格好をして店の前にいたら営業妨害で、エリナに迷惑をかける。どうせ何を食べても、飲んでも味なんかわからないんだ。それに、客のだれかがよかれと思って警察を呼んだり、通りすがりの警官に職質されてもめんどくさいことになる。
踵を返そうとしたらグイとだれかに肩を摑まれ、身を強張らせる。
「せっかくここまで来たんだから帰ろうとするなよ。ずいぶんとひどい格好をしてるな、晃嗣」
振り返れば、ゲンナリした顔をしている康成がいた。
「康成、ちょっと驚かせないでよ」
「悪い。先に一声掛ければよかったよな。頭が回らなかった」
「……よくぼくだってわかったね」
「そりゃあ、背格好とか動作が、まんま晃嗣だし。エリナからも『店の前で不審者がいたら十中八九アッキーだから。拾ってきて』って言われたんだよ」
あまりにもひどい物言いで眉間にしわを寄せる。
「何それ? ぼく、迷子になった猫や犬じゃないんだけど」
「怒るなって、それより早く中へ入ろうぜ」
周りを警戒しながら彼の後に続いて店舗に入る。玄関で靴を脱ぎ、靴棚に並べる。
黒いエプロンをしたアルバイトの店員がやってきて挨拶をする。アルバイトの店員は人のいい笑顔を浮かべて決まり文句を口にする。そのまま、すんなりと個室に通された。
そこにはオリンポスのマスターとバーテンがいた。
「遅かったじゃない、あんたたち」とマスターが、ぼくたちのほうに目線をやる。
いつもと違い、ラフな格好をしているふたりの姿を目にして、なんでここにいるのか疑問に思う。顔に出ていたのだろうか? バーテンが湯呑み茶碗に入ったお茶を口にしながら「エリナの店の飯は上手いからな。定休日にはこうして、マスターと来てんだよ」とメニュー表に目線を落とす。
「だからって、なんでマスターたちがいるところに通されるわけ?」
「決まってるじゃない。お馬鹿なことをしている晃くんに助言するためよ」とマスターが癇に障ることを言う。黒い机の上で両肘をつき、細長い指を組んでシャープな顎先を手の上に乗せた。
慣れないサングラスをとり、帽子とマスクをはずして座布団の上であぐらをかく。
「助言?」
「そうよ。目も当てられない状態になってる、あんたにね」
俯いていれば「顔を上げなさいよ」とキツイ口調で叱られる。
「起きちゃったことは、もうどうしようもないでしょ。さっさと頭を切り替えて、これから先のことを考えなさい」
「……簡単に言わないでよ。それができれば苦労しない」
「馬鹿ね。命が助かっただけでも、運がよかったのよ。あんたには、やるべきことが山のようにあるんでしょうが」
「そんなこと、言われなくてもわかってるよ」
アルバイトの店員が一言断って、室内にやってくる。ぼくと康成の前にそっと湯呑みを置いた。
するとマスターとバーテンが注文を始め、康成も「いつもの」とオーダーした。
アルバイトをやっている高校生くらいの青年に声を掛けられ、どうしようと逡巡していれば、マスターが勝手にポンポンと頼んでしまった。
マスターが頼んだものをキャンセルしようと思い、口を開こうとしたところで康成に「お茶でも飲めよ」と湯呑みを差し出される。
注文書の内容を復唱し終えた青年が襖を閉じて去っていくのを茫然と眺める。
「ちょっと、何してるわけ? ぼく、食欲ないんだけど」
「やーね。無料で料亭のご飯を食べられるのよ。こんなこと早々ないんだから、何か食べないともったいないでしょ」
「そんなこと言われても、味なんてわからないよ」と反論しようとしたら、バーテンからデコピンを食らった。
「そんなガリガリに痩せ細って今にもぶっ倒れそうな状態で食わねえだと? おまえ、マジで死ぬ気かよ」
「そういうわけじゃない」
「おまえ、頭ばっか動かして、変にこねくり回し過ぎなんだよ。少しはざっくばらんに考えろよ」
バーテンのムカツク言葉にカチンと来る。
間髪入れずに「あんたは大ざっぱすぎなのよ」とマスターの鋭いツッコミが入る。
なんなのこれ? と思いながら、氷の入った茶色の液体を口にして喉を潤す。
「マスター、牧雄さん。そろそろ本題に入らないと」
康成の口にした「本題」という言葉に目をすがめる。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。
無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。
そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。
でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。
___________________
異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分)
わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか
現在体調不良により休止中 2021/9月20日
最新話更新 2022/12月27日
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる