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鶴機 亀輔

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第6章

善意と悪意

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 家に帰宅するまでの間もスマホの通知が来た。おそろしいほどの量だった。

 事件に巻き込まれた日、ソウジがぼくのSNSのURLを掲示板に晒した。

 事件の後、すぐに掲示板の運営主に掛け合い、あの男が書いた記事を消してもらった。それでも元のページをスクショしていたやつが、新たにスクショした画像を掲示板に上げたり、SNSのURLをコピペして貼りつけてきたのだ。その後、掲示板に載らないように対処してもらったけど時既に遅し。

 ソウジの信者と事件をおもしろおかしくしたい愉快犯、そして――一晩だけ関係を持ち、ぼくの態度の悪さを恨んだ一部の連中のせいで炎上した。

 SNSに来るメッセージの内容は、ソウジの撮るオメガのハメ撮りを楽しみにしていた男たちのブーイングだった。ベータであるのにだれとも寝るぼくへ「死んでオメガに生まれ変われ」とか「風俗でタダ働きしろ」という野次。大学を特定中であることを楽しんでいるという内容や、ぼくがソウジたちとセックスした動画や画像を大学や家族に送りつける計画が丸つぶれでつまらないとケチをつける文言。そしてぼくを逆恨みしている男の「秋は金を根こそぎ巻き上げるビチクソ。オレの五万返せ!」という嘘だ。


 ソウジがメインに書き込んでいた掲示板は、未成年やオメガの性被害者の画像や動画もアップロードされていたので、警察も捜査資料として介入するから特に気にしていない。が、そこからSNSに飛んできた人間たちのメッセージがひっきりなしに来る。

 無宗教であるぼくは神なんて信じていない。

 救いの神なんて存在がいたら、罪もない赤子や子どもが無惨に殺されるはずがないから。でも、悪魔の存在なら信じられる。

 だって人を人と思わず平然とひどいことをしたり、虫を殺すのと同じように――いや、人が苦しむ様を見るためにゆっくり、じわじわとなぶり殺しにするのを楽しむ連中がいるのだから。

 対処はできる。両親の力をなるべく借りないように、お金を貯めてきたから。弁護士に依頼して対応してもらえばいい。

 ただ……航大に失恋して、行き場のない思いに折り合いをつけられなかった。どうにかして航大を好きな気持ちを忘れたくて、寂しい気持ちを紛らわせようと男たちに抱かれた。まさかこんな事態になるなんて夢にも思ってなかった。

 今回、ぼくは男たちにレイプされたり、性行為をしている姿をハメ撮りされたわけでもない。それをネタに男たちに脅しやゆすりをされたわけでもなければ、ハメ撮りした動画や写真をネットに拡散されて被害を被ったわけでもない。

 怪我ひとつしていない状態。五体満足だ。

 それでも両親は怒り心頭で、SNSや掲示板ではおぞましい言葉が飛び交っている。今後のことを考えれば、よかったと胸を撫で下ろせるわけがない。

 なんでこんなことになってしまったんだろう……後悔しても、もう遅い。

 何もかもがいやで、すべてを放り出したい。自分のことを知る人がいない場所へ行きたい。

 ……いっそ、消えてしまったほうが楽なのだろうか?



 突然スマホが鳴り出した。

 だれかが匿名で電話を掛けてきたのだろうかと身構えながら、スマホのカバーを開く。

 画面には“エリナ”の三文字が表示されていて、ため息をついた。

 タップしてスマホを耳にあてる。

「もしもし」

『アッキー、だいぶひどいことを言われてるね』

「見たの?」

『あたしは見てない。夜職の子たちが『ざまあみろ!』ってうちの店で馬鹿笑いしてたのを聞いただけ』

「そう」

「オリンポスのマスターやバーテン、康成くんたもアッキーのことを心配してたよ」

 いつもと変わらずに接してくれるエリナに何を言ったらいいのかわからなくて、ぼくは口を閉ざした。 

『ねえ、うちの店、今から来ない?』

「えっ?」

 唐突に誘われて戸惑った。

『無料でサービスしたげる。外に出るのが怖いなら、マスクやサングラス、帽子なんかで変装でもしてさ、必要最低限のものを持ってきなよ。マスターが、『アルバイトで働いてくれるならうちの下宿を貸すわよ』って言ってたし、康成くんも『短期間ならうちを使っていい』って』

「何それ……」

 わけがわからなくてぼくは彼女の言葉を訊き返した。

『コータくんに振られてからのアッキーがやってきたことは、いいこととは思えない。けどさ、気持ちがわからないわけじゃないんだ。それに、ヤケになる前のアッキーを知ってる。だから、力になりたいんだ。うさん臭い話だってめちゃくちゃ思うよね!? なんか裏があるんじゃないか? って。事実、そういうやつも世の中にごまんといる。羊の皮をかぶった狼とかさ』

「エリナ」

『でもね、アッキーが苦しんでいるのに知らん顔なんかしたくないんだ。力になれるかどうかわかんないけど、何もしないでアッキーがどっかに行っちゃったり、いなくなっちゃったらマジでない。そんなんなったら……泣くよ、あたし』

 スマホのケースを握りしめ、ぼくは震える唇を開いた。

「お店、ぼくがいったら迷惑かかるんじゃないの?」

『そんくらいでうちの店、潰れないから。まあ、それで潰れたとしても、またべつの仕事探したり、働くし』

「けど……」

『あたしの心配はしなくて平気。それよりもアッキーが来たいか、来たくないか。それだけをシンプルに考えて』
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