23 / 50
第5章
バチ当たりな嘘つき2
しおりを挟む
「さっさとドアを閉めろよ!」と男に怒声を浴びせられる。
震える腕で、なんとかかんとかドアを自分のほうに寄せ、閉めることに成功した。
運転席にいる男がおもしろくなさそうに、大きく舌打ちをする。
「おれの車に傷がついたら、どうしてくれるんだよ。おまえ、弁償しろよな」
「そんな……あなたが勝手にぼくを車に乗せたのに……!」
「秋くん、こんなことしてるって親に知られたくないよね? 男にケツを掘られたくて男漁りをしてる。SNSで出会った男とセックスをしに行こうと思ったら、そいつの車を壊した――なんて」
何も言えなくなり、ぐっと唇を嚙みしめていれば「早くシートベルトをしろよ!」と大声で命令される。無言のままシートベルトをつける。
すぐさま男が窓とドアにロックを掛け、密室状態となり、逃げられない。
ニュースで報道されていた――車で拉致監禁された、暴行された――話を思い出し、全身にいやな汗をかく。
カバンの中のスマホで110番通報すればいい。
でも男がナイフやカッターを所持していて刺されたら? たとえ刃物を持っていなかったとしても怒らせた結果、顔もわからなくなるほど殴られたり、首を絞められて窒息死や首の骨が折れたら、どうする?
そんなの一巻の終わりだ。
「いいか、騒ぐんじゃねえぞ。騒いだら、どうなるかわかるよな」とドスのきいた声で男に脅される。
ぼくは口を真一文字に結び、ヤニ臭い車の中で膝に置いた両の拳を握りしめていた。
壊れかけた車特有のエンジン音と、心臓の音が、やけにうるさく感じられた。
*
男の車の中にいたのは時間にして、わずか三十分ほどだった。
でも、もう何日も経ったような奇妙な感覚を覚える。時計を見ている間、時間がひどくゆっくり進んでいるように感じた。
このまま県外の山中やダム、川のあるところ、田舎のラブホにでも連れて行かれるのかと思っていた。だが――着いた場所は、昭和の香りがする東京近郊の銭湯だった。
「早く下りろよ」と一言言って、車の外に出る。
シートベルトを外し、ドアを開け、男の動きを観察する。じっとこちらを監視している。今は逃げられそうもない。ドアを閉めて警戒する。
「逃げたら、ぜってぇぶっ飛ばすからな」
「……ところで、どうして銭湯なんかに来たんですか?」
車のキーのボタンを押して男が車にロックをかけた。
「ここはハッテン場だ。ゲイの間で昔から使われてるんだよ」
「えっ?」
時間は二十二時ちょうど。
小学生中学年の女児を連れた夜職風の母親や、腰が折れ曲がり杖をついた老婆が、出入りしている。
どこからどう見てもゲイ向けに作られた風俗店や娯楽施設には見えない。
一般の人も足を運んでいる入浴施設で、性行為をさせられることに、おそろしくなる。自然と身体が強張っていく。
……叫んで助けを呼んでみようかと口を開きかける。
だけど見ず知らずの人間をだれが助けてくれる?
「助けて!」と大声で言って助けてもらえる人は、ごく少数だ。多くの人は面倒ごとに巻き込まれたくないと考え、見て見ぬふりをする。それは、ごくあたりまえのこと。
そして多くの被害者は見殺しにされる。
どうしようとグルグル考えていれば、焦れた男に「さっさと動けよ!」と腕を引っ張られる。ぼくは、なるべく男を刺激しないように気をつけながら、最後の抵抗とばかりに言葉を紡いだ。
「いやです……あなたとそういうことは、したくありません。もとの場所へ帰してください」
「勘弁してよ。それじゃ困るんだよね。もちろん、おれはきみみたいな子はタイプじゃないし、好みじゃない。けど、SNSに乗っていたきみの写真を見たおれのダチが『抱きたい!』ってノリノリで待ってるんだよね。もう、ずーっときみのことを『抱きたい』ってうるさくてさ。今もLIMEで『早く連れてこい』って催促してきてるんだよ」
そんなの知らない。勝手にそんなことをしないでよ! という言葉が喉元まで出かかる。
目の前の男を下手に刺激したら何をされるかわからない。だから泣きさけびたくなるのを必死でこらえた。
「いやです、行きたくありません。ぼくは売春をしているわけでもなければ、風俗関係者でもないです。これ以上、性行為を強要するなら訴えますよ」
「やれるもんならやってみろ」と男がニチャっとした笑みを浮かべて嘲笑う。「おれの知り合いでさ、きみに恨みをもってるやつがいるんだよね。もし、おれの言うことを聞かずに逃げたり、助けを求めたりしたら、そいつがきみの情報をネットにばら撒いてくれることになってるんだ」
男の言葉に背筋がゾッとする。
情報って、ぼくの個人情報?
それともセックスをしていたときに隠しカメラか何かでハメ撮りされた? 気づかないうちにセックスをしている最中の映像や画像を撮られて、それをだれかが持ってるってこ……?
もしも、それを両親や航大に知られたら、ぼくは生きていけない。
「あれれー、顔色が真っ青だね? 具合悪いのかなー? そんな怖い顔じゃダチのチンポも勃たなくなっちゃうよ。平凡なただのベータなんだから、愛想よく笑いなよ」
そうして腕を引かれ、ぼくは足を進めた。
震える腕で、なんとかかんとかドアを自分のほうに寄せ、閉めることに成功した。
運転席にいる男がおもしろくなさそうに、大きく舌打ちをする。
「おれの車に傷がついたら、どうしてくれるんだよ。おまえ、弁償しろよな」
「そんな……あなたが勝手にぼくを車に乗せたのに……!」
「秋くん、こんなことしてるって親に知られたくないよね? 男にケツを掘られたくて男漁りをしてる。SNSで出会った男とセックスをしに行こうと思ったら、そいつの車を壊した――なんて」
何も言えなくなり、ぐっと唇を嚙みしめていれば「早くシートベルトをしろよ!」と大声で命令される。無言のままシートベルトをつける。
すぐさま男が窓とドアにロックを掛け、密室状態となり、逃げられない。
ニュースで報道されていた――車で拉致監禁された、暴行された――話を思い出し、全身にいやな汗をかく。
カバンの中のスマホで110番通報すればいい。
でも男がナイフやカッターを所持していて刺されたら? たとえ刃物を持っていなかったとしても怒らせた結果、顔もわからなくなるほど殴られたり、首を絞められて窒息死や首の骨が折れたら、どうする?
そんなの一巻の終わりだ。
「いいか、騒ぐんじゃねえぞ。騒いだら、どうなるかわかるよな」とドスのきいた声で男に脅される。
ぼくは口を真一文字に結び、ヤニ臭い車の中で膝に置いた両の拳を握りしめていた。
壊れかけた車特有のエンジン音と、心臓の音が、やけにうるさく感じられた。
*
男の車の中にいたのは時間にして、わずか三十分ほどだった。
でも、もう何日も経ったような奇妙な感覚を覚える。時計を見ている間、時間がひどくゆっくり進んでいるように感じた。
このまま県外の山中やダム、川のあるところ、田舎のラブホにでも連れて行かれるのかと思っていた。だが――着いた場所は、昭和の香りがする東京近郊の銭湯だった。
「早く下りろよ」と一言言って、車の外に出る。
シートベルトを外し、ドアを開け、男の動きを観察する。じっとこちらを監視している。今は逃げられそうもない。ドアを閉めて警戒する。
「逃げたら、ぜってぇぶっ飛ばすからな」
「……ところで、どうして銭湯なんかに来たんですか?」
車のキーのボタンを押して男が車にロックをかけた。
「ここはハッテン場だ。ゲイの間で昔から使われてるんだよ」
「えっ?」
時間は二十二時ちょうど。
小学生中学年の女児を連れた夜職風の母親や、腰が折れ曲がり杖をついた老婆が、出入りしている。
どこからどう見てもゲイ向けに作られた風俗店や娯楽施設には見えない。
一般の人も足を運んでいる入浴施設で、性行為をさせられることに、おそろしくなる。自然と身体が強張っていく。
……叫んで助けを呼んでみようかと口を開きかける。
だけど見ず知らずの人間をだれが助けてくれる?
「助けて!」と大声で言って助けてもらえる人は、ごく少数だ。多くの人は面倒ごとに巻き込まれたくないと考え、見て見ぬふりをする。それは、ごくあたりまえのこと。
そして多くの被害者は見殺しにされる。
どうしようとグルグル考えていれば、焦れた男に「さっさと動けよ!」と腕を引っ張られる。ぼくは、なるべく男を刺激しないように気をつけながら、最後の抵抗とばかりに言葉を紡いだ。
「いやです……あなたとそういうことは、したくありません。もとの場所へ帰してください」
「勘弁してよ。それじゃ困るんだよね。もちろん、おれはきみみたいな子はタイプじゃないし、好みじゃない。けど、SNSに乗っていたきみの写真を見たおれのダチが『抱きたい!』ってノリノリで待ってるんだよね。もう、ずーっときみのことを『抱きたい』ってうるさくてさ。今もLIMEで『早く連れてこい』って催促してきてるんだよ」
そんなの知らない。勝手にそんなことをしないでよ! という言葉が喉元まで出かかる。
目の前の男を下手に刺激したら何をされるかわからない。だから泣きさけびたくなるのを必死でこらえた。
「いやです、行きたくありません。ぼくは売春をしているわけでもなければ、風俗関係者でもないです。これ以上、性行為を強要するなら訴えますよ」
「やれるもんならやってみろ」と男がニチャっとした笑みを浮かべて嘲笑う。「おれの知り合いでさ、きみに恨みをもってるやつがいるんだよね。もし、おれの言うことを聞かずに逃げたり、助けを求めたりしたら、そいつがきみの情報をネットにばら撒いてくれることになってるんだ」
男の言葉に背筋がゾッとする。
情報って、ぼくの個人情報?
それともセックスをしていたときに隠しカメラか何かでハメ撮りされた? 気づかないうちにセックスをしている最中の映像や画像を撮られて、それをだれかが持ってるってこ……?
もしも、それを両親や航大に知られたら、ぼくは生きていけない。
「あれれー、顔色が真っ青だね? 具合悪いのかなー? そんな怖い顔じゃダチのチンポも勃たなくなっちゃうよ。平凡なただのベータなんだから、愛想よく笑いなよ」
そうして腕を引かれ、ぼくは足を進めた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)
Oj
BL
オメガバースBLです。
受けが妊娠しますので、ご注意下さい。
コンセプトは『受けを妊娠させて吐くほど悩む攻め』です。
ちょっとヤンチャなアルファ攻め✕大人しく不憫なオメガ受けです。
アルファ兄弟のどちらが攻めになるかは作中お楽しみいただけたらと思いますが、第一話でわかってしまうと思います。
ハッピーエンドですが、そこまで受けが辛い目に合い続けます。
菊島 華 (きくしま はな) 受
両親がオメガのという珍しい出生。幼い頃から森之宮家で次期当主の妻となるべく育てられる。囲われています。
森之宮 健司 (もりのみや けんじ) 兄
森之宮家時期当主。品行方正、成績優秀。生徒会長をしていて学校内での信頼も厚いです。
森之宮 裕司 (もりのみや ゆうじ) 弟
森之宮家次期当主。兄ができすぎていたり、他にも色々あって腐っています。
健司と裕司は二卵性の双子です。
オメガバースという第二の性別がある世界でのお話です。
男女の他にアルファ、ベータ、オメガと性別があり、オメガは男性でも妊娠が可能です。
アルファとオメガは数が少なく、ほとんどの人がベータです。アルファは能力が高い人間が多く、オメガは妊娠に特化していて誘惑するためのフェロモンを出すため恐れられ卑下されています。
その地方で有名な企業の子息であるアルファの兄弟と、どちらかの妻となるため育てられたオメガの少年のお話です。
この作品では第二の性別は17歳頃を目安に判定されていきます。それまでは検査しても確定されないことが多い、という設定です。
また、第二の性別は親の性別が反映されます。アルファ同士の親からはアルファが、オメガ同士の親からはオメガが生まれます。
独自解釈している設定があります。
第二部にて息子達とその恋人達です。
長男 咲也 (さくや)
次男 伊吹 (いぶき)
三男 開斗 (かいと)
咲也の恋人 朝陽 (あさひ)
伊吹の恋人 幸四郎 (こうしろう)
開斗の恋人 アイ・ミイ
本編完結しています。
今後は短編を更新する予定です。
幼馴染から離れたい。
June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。
だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。
βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。
誤字脱字あるかも。
最後らへんグダグダ。下手だ。
ちんぷんかんぷんかも。
パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・
すいません。
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
エリートアルファの旦那様は孤独なオメガを手放さない
小鳥遊ゆう
BL
両親を亡くした楓を施設から救ってくれたのは大企業の御曹司・桔梗だった。
出会った時からいつまでも優しい桔梗の事を好きになってしまった楓だが報われない恋だと諦めている。
「せめて僕がαだったら……Ωだったら……。もう少しあなたに近づけたでしょうか」
「使用人としてでいいからここに居たい……」
楓の十八の誕生日の夜、前から体調の悪かった楓の部屋を桔梗が訪れるとそこには発情(ヒート)を起こした楓の姿が。
「やはり君は、私の運命だ」そう呟く桔梗。
スパダリ御曹司αの桔梗×βからΩに変わってしまった天涯孤独の楓が紡ぐ身分差恋愛です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる