23 / 51
第5章
バチ当たりな嘘つき2
しおりを挟む
「さっさとドアを閉めろよ!」と男に怒声を浴びせられる。
震える腕で、なんとかかんとかドアを自分のほうに寄せ、閉めることに成功した。
運転席にいる男がおもしろくなさそうに、大きく舌打ちをする。
「おれの車に傷がついたら、どうしてくれるんだよ。おまえ、弁償しろよな」
「そんな……あなたが勝手にぼくを車に乗せたのに……!」
「秋くん、こんなことしてるって親に知られたくないよね? 男にケツを掘られたくて男漁りをしてる。SNSで出会った男とセックスをしに行こうと思ったら、そいつの車を壊した――なんて」
何も言えなくなり、ぐっと唇を嚙みしめていれば「早くシートベルトをしろよ!」と大声で命令される。無言のままシートベルトをつける。
すぐさま男が窓とドアにロックを掛け、密室状態となり、逃げられない。
ニュースで報道されていた――車で拉致監禁された、暴行された――話を思い出し、全身にいやな汗をかく。
カバンの中のスマホで110番通報すればいい。
でも男がナイフやカッターを所持していて刺されたら? たとえ刃物を持っていなかったとしても怒らせた結果、顔もわからなくなるほど殴られたり、首を絞められて窒息死や首の骨が折れたら、どうする?
そんなの一巻の終わりだ。
「いいか、騒ぐんじゃねえぞ。騒いだら、どうなるかわかるよな」とドスのきいた声で男に脅される。
ぼくは口を真一文字に結び、ヤニ臭い車の中で膝に置いた両の拳を握りしめていた。
壊れかけた車特有のエンジン音と、心臓の音が、やけにうるさく感じられた。
*
男の車の中にいたのは時間にして、わずか三十分ほどだった。
でも、もう何日も経ったような奇妙な感覚を覚える。時計を見ている間、時間がひどくゆっくり進んでいるように感じた。
このまま県外の山中やダム、川のあるところ、田舎のラブホにでも連れて行かれるのかと思っていた。だが――着いた場所は、昭和の香りがする東京近郊の銭湯だった。
「早く下りろよ」と一言言って、車の外に出る。
シートベルトを外し、ドアを開け、男の動きを観察する。じっとこちらを監視している。今は逃げられそうもない。ドアを閉めて警戒する。
「逃げたら、ぜってぇぶっ飛ばすからな」
「……ところで、どうして銭湯なんかに来たんですか?」
車のキーのボタンを押して男が車にロックをかけた。
「ここはハッテン場だ。ゲイの間で昔から使われてるんだよ」
「えっ?」
時間は二十二時ちょうど。
小学生中学年の女児を連れた夜職風の母親や、腰が折れ曲がり杖をついた老婆が、出入りしている。
どこからどう見てもゲイ向けに作られた風俗店や娯楽施設には見えない。
一般の人も足を運んでいる入浴施設で、性行為をさせられることに、おそろしくなる。自然と身体が強張っていく。
……叫んで助けを呼んでみようかと口を開きかける。
だけど見ず知らずの人間をだれが助けてくれる?
「助けて!」と大声で言って助けてもらえる人は、ごく少数だ。多くの人は面倒ごとに巻き込まれたくないと考え、見て見ぬふりをする。それは、ごくあたりまえのこと。
そして多くの被害者は見殺しにされる。
どうしようとグルグル考えていれば、焦れた男に「さっさと動けよ!」と腕を引っ張られる。ぼくは、なるべく男を刺激しないように気をつけながら、最後の抵抗とばかりに言葉を紡いだ。
「いやです……あなたとそういうことは、したくありません。もとの場所へ帰してください」
「勘弁してよ。それじゃ困るんだよね。もちろん、おれはきみみたいな子はタイプじゃないし、好みじゃない。けど、SNSに乗っていたきみの写真を見たおれのダチが『抱きたい!』ってノリノリで待ってるんだよね。もう、ずーっときみのことを『抱きたい』ってうるさくてさ。今もLIMEで『早く連れてこい』って催促してきてるんだよ」
そんなの知らない。勝手にそんなことをしないでよ! という言葉が喉元まで出かかる。
目の前の男を下手に刺激したら何をされるかわからない。だから泣きさけびたくなるのを必死でこらえた。
「いやです、行きたくありません。ぼくは売春をしているわけでもなければ、風俗関係者でもないです。これ以上、性行為を強要するなら訴えますよ」
「やれるもんならやってみろ」と男がニチャっとした笑みを浮かべて嘲笑う。「おれの知り合いでさ、きみに恨みをもってるやつがいるんだよね。もし、おれの言うことを聞かずに逃げたり、助けを求めたりしたら、そいつがきみの情報をネットにばら撒いてくれることになってるんだ」
男の言葉に背筋がゾッとする。
情報って、ぼくの個人情報?
それともセックスをしていたときに隠しカメラか何かでハメ撮りされた? 気づかないうちにセックスをしている最中の映像や画像を撮られて、それをだれかが持ってるってこ……?
もしも、それを両親や航大に知られたら、ぼくは生きていけない。
「あれれー、顔色が真っ青だね? 具合悪いのかなー? そんな怖い顔じゃダチのチンポも勃たなくなっちゃうよ。平凡なただのベータなんだから、愛想よく笑いなよ」
そうして腕を引かれ、ぼくは足を進めた。
震える腕で、なんとかかんとかドアを自分のほうに寄せ、閉めることに成功した。
運転席にいる男がおもしろくなさそうに、大きく舌打ちをする。
「おれの車に傷がついたら、どうしてくれるんだよ。おまえ、弁償しろよな」
「そんな……あなたが勝手にぼくを車に乗せたのに……!」
「秋くん、こんなことしてるって親に知られたくないよね? 男にケツを掘られたくて男漁りをしてる。SNSで出会った男とセックスをしに行こうと思ったら、そいつの車を壊した――なんて」
何も言えなくなり、ぐっと唇を嚙みしめていれば「早くシートベルトをしろよ!」と大声で命令される。無言のままシートベルトをつける。
すぐさま男が窓とドアにロックを掛け、密室状態となり、逃げられない。
ニュースで報道されていた――車で拉致監禁された、暴行された――話を思い出し、全身にいやな汗をかく。
カバンの中のスマホで110番通報すればいい。
でも男がナイフやカッターを所持していて刺されたら? たとえ刃物を持っていなかったとしても怒らせた結果、顔もわからなくなるほど殴られたり、首を絞められて窒息死や首の骨が折れたら、どうする?
そんなの一巻の終わりだ。
「いいか、騒ぐんじゃねえぞ。騒いだら、どうなるかわかるよな」とドスのきいた声で男に脅される。
ぼくは口を真一文字に結び、ヤニ臭い車の中で膝に置いた両の拳を握りしめていた。
壊れかけた車特有のエンジン音と、心臓の音が、やけにうるさく感じられた。
*
男の車の中にいたのは時間にして、わずか三十分ほどだった。
でも、もう何日も経ったような奇妙な感覚を覚える。時計を見ている間、時間がひどくゆっくり進んでいるように感じた。
このまま県外の山中やダム、川のあるところ、田舎のラブホにでも連れて行かれるのかと思っていた。だが――着いた場所は、昭和の香りがする東京近郊の銭湯だった。
「早く下りろよ」と一言言って、車の外に出る。
シートベルトを外し、ドアを開け、男の動きを観察する。じっとこちらを監視している。今は逃げられそうもない。ドアを閉めて警戒する。
「逃げたら、ぜってぇぶっ飛ばすからな」
「……ところで、どうして銭湯なんかに来たんですか?」
車のキーのボタンを押して男が車にロックをかけた。
「ここはハッテン場だ。ゲイの間で昔から使われてるんだよ」
「えっ?」
時間は二十二時ちょうど。
小学生中学年の女児を連れた夜職風の母親や、腰が折れ曲がり杖をついた老婆が、出入りしている。
どこからどう見てもゲイ向けに作られた風俗店や娯楽施設には見えない。
一般の人も足を運んでいる入浴施設で、性行為をさせられることに、おそろしくなる。自然と身体が強張っていく。
……叫んで助けを呼んでみようかと口を開きかける。
だけど見ず知らずの人間をだれが助けてくれる?
「助けて!」と大声で言って助けてもらえる人は、ごく少数だ。多くの人は面倒ごとに巻き込まれたくないと考え、見て見ぬふりをする。それは、ごくあたりまえのこと。
そして多くの被害者は見殺しにされる。
どうしようとグルグル考えていれば、焦れた男に「さっさと動けよ!」と腕を引っ張られる。ぼくは、なるべく男を刺激しないように気をつけながら、最後の抵抗とばかりに言葉を紡いだ。
「いやです……あなたとそういうことは、したくありません。もとの場所へ帰してください」
「勘弁してよ。それじゃ困るんだよね。もちろん、おれはきみみたいな子はタイプじゃないし、好みじゃない。けど、SNSに乗っていたきみの写真を見たおれのダチが『抱きたい!』ってノリノリで待ってるんだよね。もう、ずーっときみのことを『抱きたい』ってうるさくてさ。今もLIMEで『早く連れてこい』って催促してきてるんだよ」
そんなの知らない。勝手にそんなことをしないでよ! という言葉が喉元まで出かかる。
目の前の男を下手に刺激したら何をされるかわからない。だから泣きさけびたくなるのを必死でこらえた。
「いやです、行きたくありません。ぼくは売春をしているわけでもなければ、風俗関係者でもないです。これ以上、性行為を強要するなら訴えますよ」
「やれるもんならやってみろ」と男がニチャっとした笑みを浮かべて嘲笑う。「おれの知り合いでさ、きみに恨みをもってるやつがいるんだよね。もし、おれの言うことを聞かずに逃げたり、助けを求めたりしたら、そいつがきみの情報をネットにばら撒いてくれることになってるんだ」
男の言葉に背筋がゾッとする。
情報って、ぼくの個人情報?
それともセックスをしていたときに隠しカメラか何かでハメ撮りされた? 気づかないうちにセックスをしている最中の映像や画像を撮られて、それをだれかが持ってるってこ……?
もしも、それを両親や航大に知られたら、ぼくは生きていけない。
「あれれー、顔色が真っ青だね? 具合悪いのかなー? そんな怖い顔じゃダチのチンポも勃たなくなっちゃうよ。平凡なただのベータなんだから、愛想よく笑いなよ」
そうして腕を引かれ、ぼくは足を進めた。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

Endless Summer Night ~終わらない夏~
樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった”
長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、
ひと夏の契約でリゾートにやってきた。
最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、
気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。
そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。
***前作品とは完全に切り離したお話ですが、
世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

孤独を癒して
星屑
BL
運命の番として出会った2人。
「運命」という言葉がピッタリの出会い方をした、
デロデロに甘やかしたいアルファと、守られるだけじゃないオメガの話。
*不定期更新。
*感想などいただけると励みになります。
*完結は絶対させます!
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる