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鶴機 亀輔

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第5章

シャンディガフのカクテル言葉2

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「康成くん、やめなって」

「けど……!」

「アッキー、普通は〈遊ぶ〉ときって新しい恋をしたいとか、性欲を発散するためにセフレを求めたりするわけじゃん?」

「まあ、そういう人が多いよね」

「でもね、今のアッキーはコータくん以外の人と深い関係になりたいって感じじゃなさそう。かといって楽しんでヤッてるわけでもない。私の知り合いでも、そういう子たちがいたよ」

「ふうん、その子たちはお金目的でヤッてたの?」

「違う」とエリナは目線を手元のカンパリオレンジの入ったグラスへとやる。「地獄みたいな現実の世界から逃げだすため。だれかに助けてもらいたくて、救いの手を求めて、天使みたいな顔をした悪魔に引っ掛けられたの。……アッキーみたいに切羽詰まってる子たちは、つぶれていったよ。少なくとも私の周りの子たちはね」

「何それ? すっごいつまんない話」と一蹴するば、エリナは怒ったような、泣いているような顔をした。

「後、夜の仕事やってる子たちさ、うちの店で、めちゃくちゃアッキーのことをってたよ。理由、わかるよね?」

「……うん」

 SNSのメッセージには、ぼくが適当に声を掛けたり、引っかけたゲイやバイの男からの怒りの声が多く来ていた。が、それ以外にも夜職の子たちから「客を寝取るな」といった恨み言も届いていた。

 だけど、そんなのぼくは知らない。

 客を引き止められないほうに問題があるんだから。

 白い陶器の器に入った黒と黄緑のオリーブをつまみながら、エリナがカンパリオレンジを口に含んだ。

「気をつけなよ。逆恨みされて夜道で襲われたりしたら、どうすんの?」

「撃退する」

「茶化さないでよ。いろんな人が世の中にいる。私はアッキーの親類でもパートナーでもないから一概に『これが駄目』『あれが駄目』とは言わないし、思わない。けど今のアッキー、すっごくキツそうで見てられないよ」

 ギャルで飲食店のホールをやっているエリナ。ウェイ系な見た目に反して古風なところがあり、面倒見がいい。口コミでここを知って一番最初に話しかけてくれたのも彼女だ。航大の件だけでなく芝谷さんの件も、いろいろアドバイスをくれた。

「ただの気のせいだよ。最近、夜更かしをすることが多いからそう見えるんでしょ」

「そう? なんだかんだいってさ、コータくんに片思いしてたときは、めちゃくちゃイキイキしてた。そんな幽霊だか、死人みたいな顔はしてなかったよ」

 エリナがメイクポーチから華美に装飾されたコンパクトを取り出し、突き出してきた。

 丸い鏡の中には表情の抜け落ちた男がいた。

 顔がやつれ、目の下に黒いクマができている。青白い肌はカサカサにくすんで頬に血色がない。唇は青紫色でいかにも不健康そうだ。白目が充血し、どんよりとしたをしている。

 これがぼく?

 まるでスプラッター映画に出くるゾンビや、ホラー映画に出てくるおんりょうみたいじゃないか。



 しばらくして出てきたのは、お酒ではなくバーの雰囲気に似つかわしくない鳥雑炊だった。

「何これ? お酒を頼んだはずだけど」

 文句を言えば、ボディビルダーみたいなマッスル体型をした男が、鬼のような形相をする。男はライオンみたいにほうこうする。

「馬鹿言うな。今のおまえに出す酒なんかねえよ!」

「はあ? 客商売でしょ。『お客様は神様』なんだよ。お酒は?」

「お客様でもやっていいことと、悪いことがある! そもそもお客様のことを考えて、ときには厳しいことも口にするんだよ、店員っつーもんは」

「意味わかんないんだけど。マスター、おかわりは?」

「……出すわけないでしょうが」

 綺麗な柳眉をつり上げたマスターにお冷を渡される。

 氷入りのグラスには、ただの水が入っていた。

「日本酒じゃない」

「病人みたいな顔をしたお客に、お酒を飲ませるられるわけない。さっさとそれを食べて、カプセルホテルか漫画喫茶で寝ちゃいなさいよ」

 やんややんや周りから言われるので、仕方なしに氷水を飲み、白いレンゲを手に取る。

 湯気の立った熱々の鳥雑炊を口に運んだもののやはり味を感じられい。思わず顔をしかめる。

「まったく航大くんも残酷よね。あんたのことを友だちとしか見てないのに抱いちゃうんだから。期待させて落とすなんて、ひどいことをするわ」

 お湯みたいな雑炊のスープを口にしながら、マスターたちの意見に耳を傾ける。

「どう考えたっておかしいだろ、マスター! ヤルことヤッて『友だちでいてほしい』って普通言うかよ? そんなの無理に決まってる。自分勝手過ぎだ!」

 筋肉ムキムキの店員が拳で木製の机を叩いた。

「おまえらも、こいつみたいなことをしてんのか!?」

 突然、話を振られた康成とエリナが顔を見合わせる。

「やらない。そんな女、ポイするし。でも、まあ……気持ちはわかるよね。長年、仲のよかったマブダチと縁を切るなんて、なかなかできることじゃない」

「いやいや、それはないって、エリナ! 俺だったら相手の男をグーパンだわ。女だったら二度と口をきかない!」

 ドン引きした顔をした康成が、自身の顔の前で右手を高速に振る。

「そもそもねえ、芝谷さんって子も自業自得でしょう? なのに、なんで晃くんに因縁をつけるわけ!? 怖すぎよ!」とマスターが洗ったグラスをふきんで拭き、磨いた。

「それがわかれば苦労しないよ。ごちそうさま。残しちゃってごめんなさい。お釣りはいらないから」

 机の上に一万円札を置き、康成やエリナたちの引き止める声を無視して店を後にした。



   *



 夜の街をあてどなくひとり、ぶらつく。

 頭も、足取りも重い。地震なんか起きていないのに、身体全体がグラグラする。

 胸にぽっかり大きな穴が空いたみたいで、ひどく不快だ。満たされない――。

 “何か”が欲しくてしょうがない。なのに何が欲しいか、わからない。



 気がついたら最近SNSでメッセージのやりとりをするようになった男に「会いたい」と送っていた。
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