マッチングアプリ

鶴機 亀輔

文字の大きさ
上 下
20 / 51
第5章

シャンディガフのカクテル言葉1

しおりを挟む



   *



「アッキー、アッキーったら……ねえ、起きなったら!」

 肩を揺さぶれられて急速に意識が浮上する。

 テーブルに突っ伏していた状態から起き上がる。

 頭がひどく重いし、身体がだるい。夢を見ていたのか、とまぶたを指先で擦る。

「平気? 飲み過ぎじゃない?」

 レズビアンのエリナに声を掛けられ、「大丈夫だよ」と返事をする。



 結局、あの後シャワーを浴び航大とレイド戦に参加した。夜が明けるまでふたりでゲームをして、航大の分の朝食を作り、形だけの仲直りをした。

 航大への恋心をひた隠しにして「ぼくたちはこれからも友だちだよ」と嘘をついたのだ。

 人を疑うことをしない、見知った人間を信用する航大は、ぼくの嘘に騙されてくれた。

 嘘をつくたびに罪悪感と、なんとも言えない気持ち悪さが身体の中を侵食所ていく。

 疲労困憊状態のときには、どれが自分の嘘で、どれが実際のできごとの情報なのもわからなくなり、頭が混乱する。

 それでも航大の屈託ない笑顔を見られれば、どうってことはない。

 いつも通りの調子に戻った航大を駅前まで送り届け、泥のように家で寝た。



 目を開ければ辺りは真っ暗だった。

 スマホを開いて見れば、すでに時刻は二十時を過ぎていた。

 通知欄をタップするとミックスバーで出会い、仲よくなったエリナから『アッキー生きてる?』とLIMEが来ていた。

 航大に嘘をついている分、エリナたちには本当のことを話している。

 だから芝谷さんからひどい嫌がらせを受けていること、航大と誤って寝てしまったこと、SNSで出会った男と寝てから見知らぬ男とセックスをするようになってしまったことも全部彼らに話した。

 頭の中が、片付けのできていないグチャグチャな汚部屋みたいになっている。今、自分がどんな状況なのかを整理したくて、東京のミックスバー・『オリンポス』へ行き、やけ酒をした。




 グラスの中に入っているシュワシュワと炭酸のきいた金色の液体を飲み干す。

 ビールで酔ったことなんて一度もない。だけど今日は、ビールをジンジャーエールで割ったシャンディガフで酔っている。どうかしてる。

 それでも飲んでないとやってられないから、アルコールに手を伸ばす。

 後1センチメートルで指先に冷たいグラスが触れると思ったのに、目の前からなくなってしまう。ぼくの左隣に座っているエリナのマブダチ――バイセクシャルのやすなりがグラスを取り上げらたのだ。

「いやいや、大丈夫じゃないよな。そんな青白い顔で酒を飲むのはよくないって」

「うるさいな。返してよ」

「駄目だ。もう家に帰って寝ろよ、晃嗣」

「きみにそんなことを言われる筋合いはないよ。これ、もらうね」

 そうして彼の飲んでいたウイスキーのオンザロックを横取りする。どうせ口にしたところで匂いも、味もよくわからないんだ。とろくに堪能しないで、あかい液体を胃に向かって流し込む。

 瞬間、喉が焼けるように熱くなる。

 空咳がひとつ、ふたつ口をついて出る。濡れた唇を手の甲でグイと拭った。

「マスター、おかわりちょうだい」

 スキンヘッドのニューハーフに声を掛けるが返事はない。眉間にくっきりとしわを刻み、口をきゅっとつぐんでいる。

「おまえさあ、マジで何をやってるわけ? 失恋したからって自分の身体を雑に扱って、酒飲んで、不特定多数の男とヤッて飯もろくに食わない。自分の身体を悪くするつもりかよ!?」

「しつこいよ、康成。恋人のいるやつに、あれこれ言われたくないんだけど」

「おまえ、今、裏でひどい噂されてるぞ。こんなところにいて大丈夫なのか?」

「ああ、掲示板で“ヤリモクビッチ”、“淫乱竿さお食い”ってされてることね」

「そんなひょうひょうとした態度でいいのかよ! あんなの名誉そんもいいところ……」

 気が高ぶり、熱くなっている康成を一瞥する。

「だって事実でしょ。ここ最近のぼくは連日連夜、男を食い散らかしてる。ちょっとでも気のある素振りを見せた相手はバッサリ切り捨てるしね。でも『セフレや愛人なんかになるつもりは毛頭ない』って最初に断ってる。一夜明かしたら全部おしまい。

 それをいいことだと思う人もいれば、『鼻持ちならない、いやなやつ』って思う人もいるのは、仕方ないでしょ」

「アッキー、それでいいの?」と戸惑いの表情を浮かべたエリナが訊く。

 間髪入れずに「うん」と答えた。「どうでもいい人間に何を言われたって平気だよ。ただ――航大に軽蔑されて嫌われたくないなとは思う。そんなことになったら身の破滅だよ。それに掲示にはぼくの写真や個人情報を載せられてないし、アパートを特定されたわけでも、殺害予告をされたわけでもない。ストーカーもいない・むしろ“お呼び出し”のメッセージをもらえることが増えたんだ。それって、いいことじゃない?」

 氷だけ入った冷たい空のグラスを、天井のほのかに明るいライトにかざす。

「よくないだろ。そんなの、ただの自傷行為だ」

 不器用で真面目、品行方正な康成。だれかと〈遊ぶ〉ことのないまっすぐで、まっさらな彼の言葉は正しいと思う。

 でも、今はそれがひどくわずらわしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

処理中です...