マッチングアプリ

鶴機 亀輔

文字の大きさ
上 下
17 / 51
第4章

溺れる者は藁をも摑む1

しおりを挟む



   *



 法学部のバイトの先輩に教わった法律事務所を後にする。

 ネットの誹謗中傷に強い弁護士だ。話をしたら、芝谷さんのことも快く引き受けてくださった。

 けど――本音は、なんでこんなことをしなきゃいけないんだろうって感じ。

 時間もお金も馬鹿みたいにかかる。

 時間もお金も大切な人に使うものなのに、どうして、どうでもいい人に使わなきゃいけないんだろう。

 でも、ぼくだって、もう我慢できない。

 本当は訴えるとか、法廷で裁判をするとかは、どうでもよかった。とにかく、だれでもいいから芝谷さんを懲らしめてほしい、それだけ。自分がどれだけ愚かなことをしているのか、人から指摘されて、少しは頭を冷やせばいいんだ。

 顔を上げればすでに日が傾いている。あっという間に時間が過ぎて夕暮れどきだ。

 朝食も、昼食も食べていない。おなかがひどくすいている。地図アプリを起動して、駅前に評価の高いイタリアンレストランがあるのを確認する。

 レストランへと入り、好物のカルボナーラとイタリアンサラダを頼む。なんでもいいから空腹をどうにかしたかった。

 店内は、今年の夏をどう過ごすのか相談し合っている高校生や大学生、井戸端会議をしている妙齢の女性で賑わっていた。

 先に、頼んでおいたアイスコーヒーがやってくる。いつもならミルクを入れて飲むのだが、ストレートで飲みたい気分だった。ひんやりと冷たい黒い液体で喉を潤す。カランと氷が動く。

 あれ? 違和感を覚えて首を傾げる。

 すると店員が来て、カルボナーラとサラダをテーブルの上へ置いた。お礼を言い、卓上のフォークを手に取る。クルクルと巻き取ったパスタに、おそるおそる口をつける。

 いつもなら――塩のきいたパンチェッタがしょっぱくて味わい深いとか、胡椒の香りと辛さが食欲を増進させるとか、玉子と牛乳、チーズがバランスよく混ざっていて甘くまろやかだと思うのに――味がよくわからない。

 昨夜までは普通に食べられていた。

 だけど今は……砂やゴムでも嚙んでいるみたいで、食べ物の味を感じにくくなっている。

 気持ち悪い。

 胃が空っぽでキリキリ痛い。食欲が満たされないと身体が喚いている。でも食べ進まない。

 フォークでパスタを巻き取る手が、どんどんゆっくりになり、ついには止まる。

 茫然としていればスマホの通知音がする。

 航大から連絡が来たのかと思い、急いでスマホを取り出す。

 画面を見れば、SNSで意気投合したゲイの人からだった。

 Z大の人で同い歳。すでに何度か会っている。けっして悪い人じゃない。始めてできたゲイの友だちだった。

 ただ恋人と別れたぼかりだからか、デートをするたびに「ホテルへ行こうよ」と誘ってくる。それだけが、どうしてもいやだった。

 いつも適当な理由を並べて、のらりくらりかわしながら、夜になるとアパートへ帰った。



 処女は高校のときにセフレで捨てた。今さら純情ぶるつもりもない。

 それでもセフレだった男に何度抱かれても、航大を思う気持ちは消えなかった。他の男に抱かれて快楽を得ている自分が、ごみ集積場に積み上げられたゴミ袋の中の汚物のように思えた。精神的に疲弊してしまい、セフレの関係を解消してもらったのだ。出会ってから半年ももたなかった。



『今、どこ? 何してる?』というメッセージに、ぼくは即レスした。

『用事があったから東京にいるよ』

『池袋』

 タップし終えるとすぐに返信が来た。

『オレも!』

『池袋の西口にいる』

『今から会わない?』

 すでに時刻は五時を過ぎている。この後、彼と会ったらいつも通り「ホテルに行かない?」と誘われる可能性が高い。

 いつものぼくだったら適当にはぐかして帰途につくだろう。

 でも――今は、何もかもが全部どうでもよかった。

 航大と芝谷さんのことで振り回されて、ひどく疲れていた。頭の中がグチャグチャ。何もかもを放りだしてしまいたかった。

『いいよ』とぼくは返信をして、席を立った。



   *



 シャワーの蛇口のハンドルをひねって、お湯を止める。備えつけのバスタオルで身体を吹き、下着を身に着けずそのままバスローブを羽織る。髪をドライヤーで乾かし、ベッドへ続くドアを開ける。

「お待たせ」

 ベッドに腰掛けている男の隣へ座る。ベッドのスプリングが、ギシリと軋む。

「秋くん、こうやってホテルに来れたのはうれしいけど、どうしたの? なんか元気ないし、具合が悪いなら今日はやめておこうよ、ねっ」

 そうして男に気遣われ、肩を擦られる。

「具合が悪いわけじゃないから平気。ただ、失恋しただけだよ」

 すると男が目を見開き、ぼくの顔を凝視する。

「一晩中気持ちよくしてほしいんだ。自分がだれなのかも忘れて、前後不覚になるくらいグチャグチャにして」

「いいの? 本当に」と訊いてくる男の唇を、唇で塞ぐ。

「うん、シよ」

 そうすれば嚙みつくようなキスをされる。舌と舌を絡ませあい、時折吸う。上顎部のザラザラした部分を舐めている間に肩から腕を擦られ、手が下へと下へと移動していく。

 バスローブの合わせから腿に触れられ、バスローブの腰紐を解かれる。

 唇で首筋から鎖骨、左胸部を愛撫される。そうして左の乳首に男の唇が触れる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

ひとりのはつじょうき

綿天モグ
BL
16歳の咲夜は初めての発情期を3ヶ月前に迎えたばかり。 学校から大好きな番の伸弥の住む家に帰って来ると、待っていたのは「出張に行く」とのメモ。 2回目の発情期がもうすぐ始まっちゃう!体が火照りだしたのに、一人でどうしろっていうの?!

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ
BL
もう18歳になるオメガなのに、鶯原あゆたはまだ発情期の来ていない。 引き取られた富豪のアルファ家系の梅渓家で オメガらしくないあゆたは厄介者扱いされている。 二学期の初めのある日、委員長を務める美化委員会に 転校生だというアルファの一年生・八月一日宮が参加してくれることに。 初のアルファの後輩は初日に遅刻。 やっと顔を出した八月一日宮と出会い頭にぶつかって、あゆたは足に怪我をしてしまう。 転校してきた訳アリ? 一年生のアルファ×幸薄い自覚のない未成熟のオメガのマイペース初恋物語。 オメガバースの世界観ですが、オメガへの差別が社会からなくなりつつある現代が舞台です。 途中主人公がちょっと不憫です。 性描写のあるお話にはタイトルに「*」がついてます。

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

処理中です...