マッチングアプリ

鶴機 亀輔

文字の大きさ
上 下
13 / 50
第3章

酩酊状態3※

しおりを挟む
「……何? 吐くならトイレで吐いてよ。ぼくの服はエチケット袋じゃないんだけど」

「寂しいんだ」

 航大は吐き捨てるように言葉を発した。酔っ払っているからか上手く言葉のキャッチボールができていない。完璧に酔っ払っている。

 また、ため息をついて航大の腕を解く。

「悪酔いし過ぎ。今、水を取ってきてあげるから。今日は、このまま寝ちゃいなって」

 そうして、もう一度キッチンの方へ向かおうとしたら、腕を摑まれて乱暴にベッドの上へ押し倒された。航大にマウントを取られ、何が起きたのか目を白黒させているうちに、彼の顔が近づく。

「んぅ……っ」

 唇と唇が触れたかと思ったら唇を割られ、舌が口内へ潜り込んだ。ビールと焼鳥の味がする、なんて思っていれば航大の熱っぽい舌が、ぼくの舌に絡む。途端に背筋から首筋にかけて電流が走る。

 ライトのついていない真っ暗な空間だからか、やけに水音が大きく聞こえる。

 口の中を傍若無人に舐め回していた航大の舌が出ていき、唇が離れていった。

「何するの!?」

 ぼくは航大の両肩を両手で押した。しかし航大は、どいてくれない。

 パタパタと生暖かい液体がぼくの頬へ落ち、顎へと伝っていく。

「苦しいよ、晃嗣……」

 航大は悲痛な面持ちで涙をこぼした。

「憂がいなくなってから、ずっと胸が痛いんだ。最初は……すぐに憂のことを忘れて他の女の子を好きになれるって思ってた。……でも、どんどん忘れられなくなってる。会いたくて、会えなくて……つらいんだ。どうしたらいい……?」

「――眠りな。眠れば忘れられるから。いやなことも、現実も、夢の中で全部忘れて眠ればいいんだよ」

 すると、へにょりと航大は困ったように泣き笑いをした。

「無理だよ。だって……夢の中でも憂と会うんだ。楽しい思い出も、悲しい思い出も、おれの描いた将来の夢も、全部寝ている間に見る。……寝ても覚めても憂のことばかり。……どうしようもないんだ……」

「だから、早くべつの人を見つけ」

 なよ、と続くはずだった言葉が虚空へと消える。航大の唇がふたたび、ぼくの唇に触れたから。そのまま航大の両手がぼくの両頬に触れる。

「ねえ、晃嗣。おれのこと好き?」

 いよいよ、ぼくの心臓は口から飛び出してしまいそうなほどに強く鼓動を打つ。

「……好きだよ。きみもぼくのことを好きでいてくれているから、ぼくたちは親友なんでしょ」

 喉の奥がひどく乾く。

 ビールを飲みすぎたから脱水症状になった?

 求めているのは水?

 それとも――。

 とろんと、とろけた目をしている航大の瞳に、戸惑った表情を浮かべるぼくが映っていた。

 そうして航大の両手がぼくの頬からストライプ生地のワイシャツへと移り、第一ボタンに触れる。ボタンをゆっくりと外されていくのに、ぼくは危機感を覚えることもなく、ただ航大の目を見つめている。

「ねえ……慰めてよ」

 今すぐ航大を押しのけて、この家を離れるべきだ。

 明日になったら、何もなかったかのようにLIMEでやり取りをするのが最適解。

 何が正しいか、自分がどう動くべきかわかっている。それなのに正しい答えを選べない。

 人間の心の中には天使と悪魔が住んでいて、どちらの言葉を聴くかによって善行・悪行を行うのが決まるという。だけど、悪魔と天使が共謀して同じことを口にしているときは、どうしたらいいのだろう?

 ワイシャツのボタンがすべて外れ、素肌に航大の熱っぽい手が滑る。

 ぼくは大きく息をついてから彼の首へと手を回した。

「――いいよ、慰めてあげる」



   *



 初めてはネットで出会った大学生のお兄さんだった。高校時代に航大にゲイだとバレて避けられたくないと思って彼のセフレとなった。彼と寝ることを条件に恋人の演技をしてもらった。

 セックスのうまい人で、何も知らなかったぼくの身体を一から開発してもらった。心が伴わなくても感じられる方法を教えてくれたのも彼だ。



 そして今、ぼくはずっと片思いをしていた人と念願のセックスをしている。

 それなのに、どうして気持ちよくないんだろう? 何も感じない。息ができなくて、胸が痛い。……苦しい。

 ベッドの布団や枕からも芝谷さんのコロンの香りがする。

 彼女とWデートをしているときは、清涼ですっきりしたいい香りだと思った。

 今はその匂いがひどく鼻につく。

 航大は男とはヤッたことがない。だから前戯なんて、あってないようなものだった。

 カバンの中から携帯用のローションを取り出し、封を切って自分で後ろを解した。その最中からぼくの自身は勃起していた。

 そして航大に貫かれ、揺さぶられている。ペニスは萎えていない。航大の激しい動きに合わせて、ぼくの腹を打っている。けど、脳みそがドロドロに溶けてしまいそうなくらいに興奮しているかといえば、答えはノー。

 正常位でぼくの太腿を両手で広げ、泣きながら航大は腰を振っていた。涙でけぶる瞳は、目の前のぼくを映していない。

「憂……憂……」

 セフレと寝た経験があるからセックスのやり方はわかっている。

 でも今夜のぼくは、ずっと好きだった人と寝ているのに、まな板の上の鯛だ。感じて喘ぎ声を出すこともない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

Oj
BL
オメガバースBLです。 受けが妊娠しますので、ご注意下さい。 コンセプトは『受けを妊娠させて吐くほど悩む攻め』です。 ちょっとヤンチャなアルファ攻め✕大人しく不憫なオメガ受けです。 アルファ兄弟のどちらが攻めになるかは作中お楽しみいただけたらと思いますが、第一話でわかってしまうと思います。 ハッピーエンドですが、そこまで受けが辛い目に合い続けます。 菊島 華 (きくしま はな)   受 両親がオメガのという珍しい出生。幼い頃から森之宮家で次期当主の妻となるべく育てられる。囲われています。 森之宮 健司 (もりのみや けんじ) 兄  森之宮家時期当主。品行方正、成績優秀。生徒会長をしていて学校内での信頼も厚いです。 森之宮 裕司 (もりのみや ゆうじ) 弟 森之宮家次期当主。兄ができすぎていたり、他にも色々あって腐っています。 健司と裕司は二卵性の双子です。 オメガバースという第二の性別がある世界でのお話です。 男女の他にアルファ、ベータ、オメガと性別があり、オメガは男性でも妊娠が可能です。 アルファとオメガは数が少なく、ほとんどの人がベータです。アルファは能力が高い人間が多く、オメガは妊娠に特化していて誘惑するためのフェロモンを出すため恐れられ卑下されています。 その地方で有名な企業の子息であるアルファの兄弟と、どちらかの妻となるため育てられたオメガの少年のお話です。 この作品では第二の性別は17歳頃を目安に判定されていきます。それまでは検査しても確定されないことが多い、という設定です。 また、第二の性別は親の性別が反映されます。アルファ同士の親からはアルファが、オメガ同士の親からはオメガが生まれます。 独自解釈している設定があります。 第二部にて息子達とその恋人達です。 長男 咲也 (さくや) 次男 伊吹 (いぶき) 三男 開斗 (かいと) 咲也の恋人 朝陽 (あさひ) 伊吹の恋人 幸四郎 (こうしろう) 開斗の恋人 アイ・ミイ 本編完結しています。 今後は短編を更新する予定です。

幼馴染から離れたい。

June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。 だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。 βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。 誤字脱字あるかも。 最後らへんグダグダ。下手だ。 ちんぷんかんぷんかも。 パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・ すいません。

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

エリートアルファの旦那様は孤独なオメガを手放さない

小鳥遊ゆう
BL
両親を亡くした楓を施設から救ってくれたのは大企業の御曹司・桔梗だった。 出会った時からいつまでも優しい桔梗の事を好きになってしまった楓だが報われない恋だと諦めている。 「せめて僕がαだったら……Ωだったら……。もう少しあなたに近づけたでしょうか」 「使用人としてでいいからここに居たい……」 楓の十八の誕生日の夜、前から体調の悪かった楓の部屋を桔梗が訪れるとそこには発情(ヒート)を起こした楓の姿が。 「やはり君は、私の運命だ」そう呟く桔梗。 スパダリ御曹司αの桔梗×βからΩに変わってしまった天涯孤独の楓が紡ぐ身分差恋愛です。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

処理中です...