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鶴機 亀輔

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第3章

酩酊状態3※

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「……何? 吐くならトイレで吐いてよ。ぼくの服はエチケット袋じゃないんだけど」

「寂しいんだ」

 航大は吐き捨てるように言葉を発した。酔っ払っているからか上手く言葉のキャッチボールができていない。完璧に酔っ払っている。

 また、ため息をついて航大の腕を解く。

「悪酔いし過ぎ。今、水を取ってきてあげるから。今日は、このまま寝ちゃいなって」

 そうして、もう一度キッチンの方へ向かおうとしたら、腕を摑まれて乱暴にベッドの上へ押し倒された。航大にマウントを取られ、何が起きたのか目を白黒させているうちに、彼の顔が近づく。

「んぅ……っ」

 唇と唇が触れたかと思ったら唇を割られ、舌が口内へ潜り込んだ。ビールと焼鳥の味がする、なんて思っていれば航大の熱っぽい舌が、ぼくの舌に絡む。途端に背筋から首筋にかけて電流が走る。

 ライトのついていない真っ暗な空間だからか、やけに水音が大きく聞こえる。

 口の中を傍若無人に舐め回していた航大の舌が出ていき、唇が離れていった。

「何するの!?」

 ぼくは航大の両肩を両手で押した。しかし航大は、どいてくれない。

 パタパタと生暖かい液体がぼくの頬へ落ち、顎へと伝っていく。

「苦しいよ、晃嗣……」

 航大は悲痛な面持ちで涙をこぼした。

「憂がいなくなってから、ずっと胸が痛いんだ。最初は……すぐに憂のことを忘れて他の女の子を好きになれるって思ってた。……でも、どんどん忘れられなくなってる。会いたくて、会えなくて……つらいんだ。どうしたらいい……?」

「――眠りな。眠れば忘れられるから。いやなことも、現実も、夢の中で全部忘れて眠ればいいんだよ」

 すると、へにょりと航大は困ったように泣き笑いをした。

「無理だよ。だって……夢の中でも憂と会うんだ。楽しい思い出も、悲しい思い出も、おれの描いた将来の夢も、全部寝ている間に見る。……寝ても覚めても憂のことばかり。……どうしようもないんだ……」

「だから、早くべつの人を見つけ」

 なよ、と続くはずだった言葉が虚空へと消える。航大の唇がふたたび、ぼくの唇に触れたから。そのまま航大の両手がぼくの両頬に触れる。

「ねえ、晃嗣。おれのこと好き?」

 いよいよ、ぼくの心臓は口から飛び出してしまいそうなほどに強く鼓動を打つ。

「……好きだよ。きみもぼくのことを好きでいてくれているから、ぼくたちは親友なんでしょ」

 喉の奥がひどく乾く。

 ビールを飲みすぎたから脱水症状になった?

 求めているのは水?

 それとも――。

 とろんと、とろけた目をしている航大の瞳に、戸惑った表情を浮かべるぼくが映っていた。

 そうして航大の両手がぼくの頬からストライプ生地のワイシャツへと移り、第一ボタンに触れる。ボタンをゆっくりと外されていくのに、ぼくは危機感を覚えることもなく、ただ航大の目を見つめている。

「ねえ……慰めてよ」

 今すぐ航大を押しのけて、この家を離れるべきだ。

 明日になったら、何もなかったかのようにLIMEでやり取りをするのが最適解。

 何が正しいか、自分がどう動くべきかわかっている。それなのに正しい答えを選べない。

 人間の心の中には天使と悪魔が住んでいて、どちらの言葉を聴くかによって善行・悪行を行うのが決まるという。だけど、悪魔と天使が共謀して同じことを口にしているときは、どうしたらいいのだろう?

 ワイシャツのボタンがすべて外れ、素肌に航大の熱っぽい手が滑る。

 ぼくは大きく息をついてから彼の首へと手を回した。

「――いいよ、慰めてあげる」



   *



 初めてはネットで出会った大学生のお兄さんだった。高校時代に航大にゲイだとバレて避けられたくないと思って彼のセフレとなった。彼と寝ることを条件に恋人の演技をしてもらった。

 セックスのうまい人で、何も知らなかったぼくの身体を一から開発してもらった。心が伴わなくても感じられる方法を教えてくれたのも彼だ。



 そして今、ぼくはずっと片思いをしていた人と念願のセックスをしている。

 それなのに、どうして気持ちよくないんだろう? 何も感じない。息ができなくて、胸が痛い。……苦しい。

 ベッドの布団や枕からも芝谷さんのコロンの香りがする。

 彼女とWデートをしているときは、清涼ですっきりしたいい香りだと思った。

 今はその匂いがひどく鼻につく。

 航大は男とはヤッたことがない。だから前戯なんて、あってないようなものだった。

 カバンの中から携帯用のローションを取り出し、封を切って自分で後ろを解した。その最中からぼくの自身は勃起していた。

 そして航大に貫かれ、揺さぶられている。ペニスは萎えていない。航大の激しい動きに合わせて、ぼくの腹を打っている。けど、脳みそがドロドロに溶けてしまいそうなくらいに興奮しているかといえば、答えはノー。

 正常位でぼくの太腿を両手で広げ、泣きながら航大は腰を振っていた。涙でけぶる瞳は、目の前のぼくを映していない。

「憂……憂……」

 セフレと寝た経験があるからセックスのやり方はわかっている。

 でも今夜のぼくは、ずっと好きだった人と寝ているのに、まな板の上の鯛だ。感じて喘ぎ声を出すこともない。
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