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第3章
酩酊状態1
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じゅうっと肉を炭火で焼く音がする。香ばしい醤油や砂糖、みりんの匂いが室内に充満している。
華の金曜日だから店内には客が、ごった返していた。学生のバイトスタッフがジョッキやグラスをせわしなく運んでいる。
くたびれたスーツを着たおじさんと新品のスーツに身を包んだ新社会人。赤ん坊や幼子を連れた主婦。体育会系という感じの大学生の男女が、思い思いに喋っている。
「お待たせいたしました。生ビールがおふたつに、焼き鳥もも塩が二皿です」
感じのよい笑顔の店員が、追加注文したものをテーブルへ置く。
彼女にお礼を言い、まだ食べ終わっていない甘じょっぱいタレが絡んだ焼き鳥を口に運んだ。
モコモコの白い泡と美しい金色の液体が入った冷たいグラスを手に取る。喉越しのいい苦みのあるビールを水のようにゴクゴクと飲む。それから陶器の白いの中に入っているヒンヤリと冷たい枝豆を、プチプチ出して口の中へ入れていった。
対面する形で席についている航大の目は赤く腫れぼったい。どこかぼんやりとしながらグラスの中身をチビチビと舐めている。
「なんでだろ……なんで憂のやつ、浮気なんかしたんだろ? わけがわからないよ」
「いやいや、わかるでしょ。『航大は憂より、村山くんのほうが大切なんだ!』って芝谷さん、怒ってたよね」
「だって違うじゃん。おれらセフレでもソフレでもないんだよ。親友だって説明したのに。何十回も繰り返し言ったのに聞いてくれなくて。『航大が村山くんと絶交しないなら憂がべつの男の人と仲よくする!』なんて、なんで? って感じじゃない?」
下戸である航大はサークルの飲み会に参加しても、ノンアルコールかソフトドリンクを飲むことが多い。
けれぢ芝谷さんが見知らぬ男と新宿のホテルへ入っていったのが、かなりショックだったのか、すでにグラスビールを二杯も飲み干し、現在三杯めを口にしている。
「だから芝谷さんの中でぼくは航大の“セフレ”か、“浮気”相手なんでしょ。真実なんか、どうでもいいんだよ。彼女の中でぼくは敵。航大が他意なくぼくを庇いたてしているのも、芝谷さんには裏があるようにしか見えない。それだけの話でしょ」
もも塩を食べながらセットで頼んでおいたご飯を口に入れ、咀嚼する。
なんとなく芝谷さんの言いたいことは理解できる。航大に片思いをしているぼくに、周りをうろつかれたくないのだ。
芝谷さんは航大と別れることになったけど、航大に恋愛感情がなくなったわけじゃない。
清楚な美人という見た目に反して嫉妬心と独占欲が強い。それなのに自己肯定感が低く、好意をもった人間に対して依存心がある。
普通の家庭に育ったお人好しの航大は気づいていないけど、芝谷さんはいろいろと嘘をついていると思う。
うちと同じように家庭で何か問題があるのだろう。
だとしても、それを理由に航大を傷つけていいわけがない。
航大も航大で、芝谷さんと別れて清々したわけではない。
初めて三ヶ月以上続いた彼女。おまけに初めてを捧げた相手だ。本気で心から好きになった恋人である芝谷さんに未練タラタラの状態。芝谷さんが浮気をしても許せないと憤る気持ちよりも、裏切られて悲しいという気持ちが勝っている。
これは当分落ち込み続けるなと豆腐とわかめの味噌汁を口にする。
航大は店員にビールを追加で頼み、取り皿にのっているシーザーサラダの葉を食べるでもなく、悪戯に箸の先で突いた。
「ちょっと行儀が悪いよ」とぼくが注意しても、失恋の痛みにより心ここにあらず。慣れない酒に酔っている航大は「んー、わかった、わかった」と適当な相槌を打つ。
「どうしたら、よかったんだろ。もっと、おれが憂にやさしくすればよかった? めちゃくちゃ順調だったのに……おれ、憂の気に障ることをしちゃったかな? ていうか、おれがアルファらしくないから、上位のアルファを取っ替え引っ替えしているのか?」
敵に塩でなく、砂糖を送るのはどうかと思う。
それでも芝谷さんが変な方向へ突っ走った原因は、ぼくにもある。何より芝谷さんのことを思い、恋わずらいをして苦しんでいる航大を見ていられない。
「そもそも、芝谷さんが浮気かどうかまだ決まってないでしょ」
「えっ」
「もしかしたら家族の援助がなくて生活に困窮してるのかもしれない。オメガっていうだけで、親から嫌われて捨てられる子どももいるし。オメガで若くて綺麗な女ってアルファの男たちにとっては格好の餌食だよ。彼女、最後までどこの大学に通っているのか、どこに住んでいるのか、親がどんな仕事をしているのかも言わなかったよね」
「それは――」と航大が複雑そうな顔をする。芝谷さんのことを心配している顔だ。
胸がズキリと痛む。
やっぱり言わなければよかったかな。
そう思った途端に、意地悪な気持ちがひょっこりと顔を出す。
「でも……ただの恋愛詐欺だったり、女版ナンパ師っていう線が消えた訳じゃない。航大って騙しやすそうだしね」
嫌みを言って残ったネギマを口に頬張る。
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