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鶴機 亀輔

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第2章

宙ぶらりんな恋3

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「きみはひどく酔っ払っていて、ぼくを元カノと錯覚した。ぼくも悪酔いして、元彼ときみの区別がつかなくなっていた。あれはただの“事故”だよ」

 彼からの返事がない。

 それもそうだ。女を性愛の対象にしてきた男にとって、同性と寝るのはショッキングな出来事だ。

 しかも抱いた相手は航大の親友である、ぼくなのだから。

「やっぱり帰る……この雨の中だけどタクシー来るかな? 試しに呼んでみるね」

 スマホをカバンから取り出し、アプリをタップしようとしたら「待って!」と航大に手を摑まれた。

 長時間雨ざらしとなって体温を失い、冷たくなった大きな手が触れる。手が滑ってスマホをフローリングの床へ落としてしまう。

 視線が交差する。



 雨の音なんか聞こえない。心臓が早鐘を打つ音だけが聞こえる。



 しばらくすろ航大がぼくの手首を放した。

「ごめん」

 青白くなった唇から震え声が発せられる。

 鉛のように身体がズシリと重くなる。真っ黒な鉄球のついたかせを両手両足につけられたみたいに動けなくなる。身動きの取れなくなったぼくに代わって、航大が腰をかがめる。

 手帳型のケースに入れられ、ガラスフィルムの貼られたスマホは、そう簡単には画面が割れない。

 だけど航大は壊れものでも扱うような手つきで、ぼくにスマホを手渡した。

 自分の手の中にある深緑色のスマホへ目線を落とす。

「何やっているんだろう。馬鹿だね、俺。結局わがまま言って晃嗣を困らせてさ……。怖がらせたよね、ごめん」

 ざまあないね。きみが望んだ答えを彼はくれない。最初からわかりきっていたことだろ。どうして期待なんかするの?

 無理矢理口角を上げる。娼婦や男娼が、好きでもない客をもてなすために浮かべるような愛想笑いを。

「謝りすぎだよ。そんなに謝られたら、こっちが困るでしょ」

「晃嗣……」

「むしろ謝らなきゃいけないのは、ぼくのほうだよ。きみと元彼を間違えるなんて、どうかしてた」



 彼氏なんていたことはないのに嘘をつく。

 自分から距離を置いた。それでも航大が遠路はるばる会いに来てくれたとわかれば、胸が弾む。

 彼が罪悪感にさいなまれながらも、もう一度親友としての仲を再構築しようと働きかけてくれたのが、純粋にうれしい。

 でも、それは――大学構内で顔を合わせたとき、サークルのみんなと飲み会になったときに、周りから変な目で見られないようにするためでもある。



 大学の中でぼくがゲイであることを知っているのは航大だけ。他の友だちには言ってない。

 おそらく、ぼくが“同性愛者”である事実を知っても、友だちは受け入れてくれる。

 でも、ぼくがノンケである航大を襲って逆レイプしたり、航大が彼女とつきあっている最中からぼくと浮気をしていたとなれば話はべつだ。



 航大は、元カノのしばたにういさんとSNSで出会った。

 ふたりともゲームが趣味で、同じ歌手を推していて、テニスをやっていた経験があり、仲良くなった。

 柴谷さんはぼくたちより一歳年下。女子大に通っている。

 そして彼女は、ぼくが航大を好きでいるのを唯一見抜いた人間でもある。

 芝谷さんは航大に「友だちのふりをして、そばにいる卑怯者とは縁を切れ」と詰め寄った。

 だけど航大は、ぼくとの縁を絶対に切らないと言い切った。

 その後から芝谷さんの浮気が始まった。

 彼女いわく、航大とぼくが隠れて浮気をしているから自分も浮気をしたという。筋の通った話だと今も主張しているが、なんて馬鹿な話だろう。

 ぼくと航大は中学のときから一緒にいるけど、ぼくらはふざけてキスをしたことだってないのに……。

 航大が芝谷さんと別れた理由は、芝谷さんの浮気がひどいからだ。

 でも彼女は自分のやっていることを棚に上げて、ぼくのせいで航大との中がこじれて、別れることになったと本気で思い混んでいる。勝手に勘違いをして、ひとりで暴走しているのだ。


 芝谷さんは、航大と別れた日からぼくに嫌がらせの電話やメッセージ、メールを送ってきていた。でも、それは大した内容でなかった。

 何より航大が、別れた後も芝谷さんを愛していたから、そのまま放っておいた。

 だけど……航大と寝てしまった後に、芝谷さんからいつもと違う連絡があった。

 SNSとLIME、メールに、航大と芝谷さんがデートをしているところや情事の後を思わせる写真を送りつけられた。写真とともに怨念めいた長文のメッセージも来た。

 メッセージの内容を要約すると「ベータのくせにウザい。あんたがオメガの女からアルファの男を奪う汚いホモ野郎だって、ネットでばら撒いて社会的に抹殺してやる。ホモに輪姦まわされて、さっさと死ねよ」というものだ。

 いい加減、我慢ならなくなって警察や弁護士に相談し、対策を取ってもらった。「だからといって安心できるわけではない」と警察や弁護士が重苦しくため息をついていた。

 追いつめられた人間は手段を選ばない。

 ぼくと航大のどちらが加害者になっても、被害者になってもいけない。もちろんふたりが犠牲者になるなんて、もってのほかだ。



 それに航大を拒まなかったぼくにも責任がある。
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