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鶴機 亀輔

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第2章

宙ぶらりんな恋1

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   *



 最寄り駅で電車を降りる。

 パラパラとまた雨が降り出す。

 梅雨前線の関係で大気が不安定になり、一日雨が降ったりやんだりするとニュースサイトに書かれていた。

 見知らぬ男とラブホへ入り、部屋を決めていたときもバケツをひっくり返したかのように雨が降っていた。

 あらかじめ用意しておいた折りたたみ傘をカバンから取り出し、改札へ向かう。

 改札を出る頃には本格的に雨が降り出す。ザアザアとひどい音がする。

 傘を開いて歩き出す。水が足元に跳ね返る。スラックスの裾が湿っていく。

 六月だが少し肌寒い。コートかジャケットを羽織ってくるんだったと、ため息をつく。アパートへ帰ったら熱いシャワーを浴びて、温かいほうじ茶でも飲もうかな? と考える。

 駅から賃貸アパートまで早歩きをして十分強だ。

 深夜のひとり歩きは危ないというが、女やオメガではないから心配なし。

 どこにでもいそうな平凡な容姿をしたベータの男だから、だれかにストーカーされたり、痴漢、強姦されたことは一度だってない。

 だから親にもらった金の多くは株に投資し、今後大きな病気をして働けなくなったときや老後の資金として、貯めている。

 築八十年もする安いぼろアパートが、ぼくの仮住まいだ。



   *



あきつぐさん。あなたも大学に合格し、四月からは大学生になりますね。もう十八を超えているので、ひとり暮らしをしながら生活力を身につけてください」

 仕事帰りでスーツを着用し、バッチシメイクをしたままの母さんが、大学生がひとり暮らしをするのにおすすめなマンションの載った物件資料をリビングのテーブルへ並べていく。

「母さん、ぼくは――」

「麗奈ちゃん、駄目だよ。こいつにセキュリティーつきのマンションなんか買い与えたら四六時中、男とセックスして勉強なんかできなくなっちゃうって」

 風呂から出てきたばかりの父さんは灰色のスウェット姿で、母さんに声を掛ける。タオルで髪を乾かしながら不平をもらす。

「……それもそうですね。では、これはなかったことにしましょう。忘れてください」

 すばやく母さんがテーブルの上にあったA4用紙を一纏めにし、ふたり用ソファーの横に置く。

「つーか、麗奈ちゃん。証券会社の仕事が忙しいんだから、そいつに時間かけたら駄目じゃん。身体、壊すよー」

 父さんは、母さんの持ってきた紙をまとめて、シュレッダーにかける。

「では琢磨さん、晃嗣さんが不動産へ行くのに付き添いをお願いできますか?」

「えー、無理無理。そんな暇じゃないし」と父さんが母さんの隣にドカッと座り、母さんの肩へ手を回す。

 その手を母さんが、はたき落とした。

「そうですか。経営コンサルティングの仕事が忙しいのですね」

「まあね、クライアント様とのミーティングがさ難航しているんだよ……つー訳で晃嗣、内見とかひとりでやってね」

「予算は潤沢にありますが、できれあ安いアパートのほうが助かります」

「そうそう、勉強なら図書館やハンバーガーショップ、ファミレス、コンビニでもできるんだから。金のかからない最低限の物件を選んでくれよ」



   *



 ――コンビニや百均ショップで大量生産されている透明なビニール傘の白い柄を握りしめる。

 真っ黒な曇天を仰ぎ見ていれば、スマホから通知音がした。

 スワイプしてSNSとLIMEを確認する。友だちがすでにイベントのカウントダウンをして盛り上がっている。

『アッキー、寝た?』と心配する友だちのコメントに返信をする。

『大丈夫』

『起きてるよ』

『バーでお酒飲んでうたた寝してた!』

『今アパートに向かって歩いているところ』

『雨ひどいね』

 タップし、傘を差しているカエルのスタンプを送る。

 友だちとメッセージを送り合い、スマホゲームを立ち上げてデイリーの報酬を手に入れながら、人気のない道を歩く。

 いつの間にかアパートの前についた。明かりはどこもついていない。真っ暗だ。

 傘を閉じ、水滴を払う。

 再度スマホに目線をやった。

 錆びれた階段を上り、二階の一番奥の部屋に向かって歩く。

「――遅いよ、晃嗣」

 雨音に混じって聞き慣れた声がして、足を止める。

 スマホの画面にあった目線を上へやった。

「来ちゃった」

 まなじりを下げて、へらりと笑うこうが、ぼくの部屋の前で座っていた。

 まるで濡れねずみだ。全身びしょ濡れ。白いワイシャツが肌に貼りついているし、ウェーブのかかった黒髪からぽたり、ぽたりと水滴が落ちる。

「なんで、ここにいるの? LIME来てなかったけど」

「あー……晃嗣から借りてたマンガとか参考書、返し忘れていたのに気づいてさ」と気まずそうに頬を掻く。「安心して! 紙袋に入れて、その上からビニール袋に入れてあるから本は無事。ボロボロになってないよ」

 立ち上がって背中に背負っていた濃紺のリュックを肩から下ろし、ポンと手で叩いた。リュックの肩紐の先からも水が滴り落ちていく。

「そういうことを言っているわけじゃないよ」

「えっと……なんか、最近ほとんど会えてないじゃん。晃嗣、公認会計士の勉強で忙しそうだし、LIMEの返信も遅いじゃん?」

「……ごめん」
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