毒を飲んだマリオネット

第11章

無力５

「おじさんがクソみてえなアルファだからって俺まで一緒にするな！　おまえは……俺の何を見てきたんだよ？　四歳のときからずっと一緒にいたのに……俺のことを、なんも理解してねえじゃねえか！」

「当たり前でしょ。だったら、さくちゃんに僕の何がわかるの？　長年、一緒にいた？　笑わせないで。僕たちの過ごした時間は十年も経ってない。長年連れ添った夫婦でもないのに、よくそんなことが言えたね」

　鼻で一笑すると日向は、朔夜の手を振り解こうとする。

　だが朔夜の手を振り解くことができない。むしろ、じわじわと朔夜の力が強くなり、手首が痛み始める。

「……どういう意味だよ、それ？」

「魂の番だから、なんでもわかると思ってる？　さくちゃんって、『日向のことはなんでもお見通しだ。おまえのことはおまえよりも、アルファである俺のほうがわかっている』みたいな態度をとってきて、傲ごう慢まんなんだよ！」

　売り言葉に買い言葉で喧嘩をしていることは朔夜も、日向もわかっていた。

　日向は朔夜が、心の底から自分のことを心配してくれているのも頭では理解できていたのだ。それでも彼の腹の虫が治まらない。ふつふつと湧いてくる激情を止められずにいる。ブレーキが壊れてしまった暴走車のように止まれなくなっていた。

「重いんだよ！　さくちゃんのそういうところが煩わしくて、面倒くさくて、たまらなくいやなんだ……！」

　朔夜は日向の言葉を耳にすると表情の抜け落ちたような顔をする。日向の手首を掴んでいた手を放した。

「……おまえは俺の気持ちを迷惑だって思ってたのかよ」

「そうだよ……迷惑極まりないんだ！　さくちゃんだってベータの男の子たちと同じように、本当は……女の子のほうがいいんでしょ？　おばさんや、おばあさんはアルファでも女の人だから例外だけど、きみは叢雲の男なんだ。いつかはアルファの女の人と結婚しなきゃなんだよ？　そうしたら、僕のことを愛人にでもして囲うの……？」

　朔夜は何も言わなくなってしまった。口を真一文字に結び、ただ静かに日向の言葉に耳を傾ける。

「僕は、さくちゃんのおままごとに付き合ってるだけなの？　……きみの愛人になるなんてやだよ。絶対にならないからね！　そんなのになるくらいなら、死んだほうがまし！　そもそも……もしも僕が、きみと同じアルファだったり、ただのベータだったら恋人になった？　僕のことを好きになってくれたの？　

　さくちゃんは僕のお腹に子宮があって、女の子みたいに子供を生むことができるから、魂の番であるオメガだから僕のことを好きだと錯覚してるだけ。そうじゃなければ見向きもしないくせに……！」

「……そうかよ。おまえは俺の気持ちをそうやって疑ってたのか。あのときからずっとそうだよな」

　冷たい口調で淡々と言われて、日向は急に理性を取り戻した。朔夜に謝ろうとするが、後の祭りだ。

「ちが、さくちゃん……」

「そういうふうに思われても仕方がねえ。楽観的に構えていたから、おまえのことを守れなかった。間違った選択をしたのは俺だよ。そのせいで、おまえはひどい目に遭って、傷ついた……。ごめん……悪かった」

　朔夜は日向に背を向けると。

「待って、さくちゃん！」

　懸命に日向は朔夜を呼び止めたが、その声は朔夜が倉庫の扉を開ける音で、かき消されてしまう。

　そうして朔夜は日向を置いて倉庫から出ていってしまった。

　へたりとマットの上に座り込んだ日向は茫然自失する。

「――嫌われてもしょうがないよ。それくらいひどいことを言ったんだから。さくちゃんの隣に立つのは――お似合いなのは男の僕じゃない。アルファの女の子だ」

　自分に言い聞かせるように日向は独り言を言った。胸が張り裂けそうなくらいの痛みを感じながら、胸を両手で押さえ、膝を見つめる。

「どうしよう……明日から、どんな顔をして会えばいいんだろう……？」

「なんのことだよ」

　木の箱を脇に抱えた朔夜が倉庫の扉を開け放った。

　これでもかと目を見開いた日向は、相変わらず不機嫌そうな様子でいる朔夜のことを凝視する。

「どうして？　てっきり、もう戻ってこないと思っていたのに」

「なめんじゃねえよ。おまえをひとりで放っておけるわけねえだろ」

　ズカズカと歩いてきたかと思うと朔夜は日向の隣にドカッと座り、保健室から借りてきた薬箱の鍵を開ける。

「俺が止めても放課後のマラソンの補習に出るつもりなんだろ？　かといって保健室に行けば、先生に虐待を怪しまれる。そのあざのことをおばさんや、ほかのやつに話すつもりも、病院に行くつもりもねえんだろ。それどころか最低限の治療もしねえと来た。だったら俺が看るしかねえだろ」

「なんで……？　どうして、そこまでするの!?　僕は、君にいっぱいひどい言葉を浴びせて傷つけた。わざとやったんだよ？　嘘をついて、さくちゃんの助言にも耳を貸そうとしない。普通は、そんな恋人のことを嫌いになるんじゃないの？　嫌いにならなくても『頭を冷やせ』って放っておくよ！」

「ああ、そうだな」と朔夜は眉間にしわをつくったまま答えた。「傷つかなかったわけじゃない。正直おまえの言葉にムカついたし、悲しくもなった。けど――俺まで熱くなって、心配してることを理由に、余計なことまで口にした。おまえにはおまえの考えがある。それは恋人だろうと、魂の番であるアルファであろうと捻ねじ曲げていいもんじゃねえ。なのに腹を立てて、おまえが触れてほしくないと思っているところを、わざと突いた。どっちもどっちだろ」