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第9章
憧憬3
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「逃げ場所……」
「詳しいことは昼休みにでも話してあげるわ。――そろそろ大詰めね」と朔夜のほうを注視する。
遂に朔夜は日向の面を打ち、「一本!」と体育教師の声が体育館に大きく響く。
しかし生徒の多くは、先ほど日向と絹香が戦ったときのような熱狂ぶりはなく、ようやく終わったのかといわんばかりのローテンションだ。
日向と朔夜が礼をすると同時にチャイムが鳴る。
ほとんどの生徒は大急ぎで体育館を出ていく。
体育館に残ったのは、朔夜の動きぶりを観戦していた衛と、日向を応援していた鍛冶と疾風。審判をしていた大林。試合が終わったばかりの日向と朔夜。そして話していた絹香と菖蒲の九人だけとなる。
「すごいじゃないか、叢雲! 素振りもろくにできなかったやつが、ここまで上達するなんて……頑張ったなあ!」
体育教師の大林は喜色満面な様子で、朔夜の背中をバンバン叩いた。
面を取り、汗だく状態になった日向も、負けたというのに嬉しそうな表情で「わかりますか、先生!?」と声を弾ませる。
「ああ、こんな短期間でここまで上達するとは圧巻だ! いやー、驚いた! 叢雲は努力の天才だな!? 碓氷や蛇崩が練習相手になったのか?」
「せんせー、あたしは、なんもやってないわ。ひなちゃんが、さあちゃんと剣道を一緒にできるって意気込んで、つきっきりで教えてたのよ。手取り足取り、ってね」
大林はかすかに頬を染め、わざとらしく咳払いを繰り返した。
「蛇崩、その言い方だとなんだか、ちょーっとエッチっぽく聞こえるぞ。言い間違いか?」
「あら、言い間違いじゃないわよ」と絹香は笑う。「先生が何を頭に浮かべて想像したのか知らないけど、実際、ひなちゃんとさあちゃんが所構わずいちゃついて、道場に来ているおチビさんたちも練習に身が入らなかったんだもの」
「ちょっと絹香ちゃん! 語弊のある言い方は、やめてよ!? 僕とさくちゃんは、真面目に練習をしていただけで……」
「はいはい、悪かったわ。……おめでとう、さあちゃん」
絹香が祝の言葉を口にしている横で、菖蒲は無言のまま朔夜と日向のふたりを眺めていた。
「菖蒲、菖蒲ったら!」
「あっ、はい!」
「そろそろ着替えに行かないと次の授業んk遅れるわよ」
語尾にハートがついてそうな可愛らしい声で菖蒲は返事をして絹香とともに出口に向かって歩きだした。
体育館の出入り口へ向かう絹香に対して、「ちょっと待てよ」と朔夜が険のある声で呼びかける。
うんざりした様子で絹香は「何よ」と鬱陶しそうに振り返る。
「てめえは、なんとも思わねえのか? 俺がズルをしたとか、日向が手を抜いたとかさ」
二階から降りてきた鍛冶は、突然「そうだよ! ひなちゃんが負けるわけがない!」と大声で叫んだ。「さあちゃんは、ひなちゃんの恋人だから、ひなちゃんを負かすことができたんだ! ずるいぞ、さあちゃん!」と頓珍漢なことを口にして怒り始める。
鍛冶の隣にいた疾風は、大慌てで鍛冶の口を塞ぐが――鍛冶は「疾風くん、何するの!? ぼく、さあちゃんに一言文句を言ってやるんだから!」と暴れる。
「ありゃりゃー……それ、本人に向かって言っちゃいますか」と菖蒲は呆れ返り、絹香や大林は白い目で鍛冶を見た。
朔夜は口を閉ざし、こめかみの辺りに指を当てている。
日向は顔面蒼白状態で「鍛冶くん、違うよ! そうじゃないの!」と鍛冶に言い聞かせようと試みた。
「おい、話をややこしくするなって! なんでおまえは、アホなことばかりをするんだ!?」
「アホじゃない! ぼくは思った通りのことを口にしただけ! “恋は盲目”なんだよ!? 好きな人を傷つけたり、攻撃できるわけがないじゃないか! こんなのフェアプレーじゃない!」
「だから! 思った通りのことを口にするのが悪いんだって! ……悪い、辰巳。こいつを引きずっていくの、手伝ってくれねえか?」
「ああ、わかった」と衛は、今にも泣き出しそうな疾風の手伝いをしてやる。
「火山、おまえは悪いやつじゃねえんだがな。空気が読めねえのは、たまに傷だぜ。もう少し、周りの人間の様子を見ような」
衛は鍛冶に言い聞かせると疾風とともに衛を連れて外へ出ていった。
「あー……」と大林は間延びした声を出し、落ち込んでいる朔夜に向かって声を掛ける。「叢雲、あんま気にするな。深く考え込むなよ? おれはおまえがズルをしたとか、碓氷が手を抜いたなんて思ってねえ。おまえがアルファで、お気に入りの生徒だからって依怙贔屓しているわけじゃねえからな。教師として、それ相応の努力をしたって、評価しているだけだ」
絹香も「ええ、そうよ」と大林の言葉を肯定する「さあちゃんはズルをするような人間じゃないし、ひなちゃんも手を抜く性格じゃない。だから、そんなことはちっとも思ってないわ」
大林や絹香からのフォローの言葉をもらっても、朔夜はどこか不満げな様子だった。
「そもそも、お互いにそんなことをしたら、あんたたち大喧嘩になるでしょ? 『さくちゃんは僕がオメガだから全力を出してくれないんだ』って、ひなちゃんが悲しむもの」
「だったらおまえは、この試合に関して何も思わねえのか?」
「詳しいことは昼休みにでも話してあげるわ。――そろそろ大詰めね」と朔夜のほうを注視する。
遂に朔夜は日向の面を打ち、「一本!」と体育教師の声が体育館に大きく響く。
しかし生徒の多くは、先ほど日向と絹香が戦ったときのような熱狂ぶりはなく、ようやく終わったのかといわんばかりのローテンションだ。
日向と朔夜が礼をすると同時にチャイムが鳴る。
ほとんどの生徒は大急ぎで体育館を出ていく。
体育館に残ったのは、朔夜の動きぶりを観戦していた衛と、日向を応援していた鍛冶と疾風。審判をしていた大林。試合が終わったばかりの日向と朔夜。そして話していた絹香と菖蒲の九人だけとなる。
「すごいじゃないか、叢雲! 素振りもろくにできなかったやつが、ここまで上達するなんて……頑張ったなあ!」
体育教師の大林は喜色満面な様子で、朔夜の背中をバンバン叩いた。
面を取り、汗だく状態になった日向も、負けたというのに嬉しそうな表情で「わかりますか、先生!?」と声を弾ませる。
「ああ、こんな短期間でここまで上達するとは圧巻だ! いやー、驚いた! 叢雲は努力の天才だな!? 碓氷や蛇崩が練習相手になったのか?」
「せんせー、あたしは、なんもやってないわ。ひなちゃんが、さあちゃんと剣道を一緒にできるって意気込んで、つきっきりで教えてたのよ。手取り足取り、ってね」
大林はかすかに頬を染め、わざとらしく咳払いを繰り返した。
「蛇崩、その言い方だとなんだか、ちょーっとエッチっぽく聞こえるぞ。言い間違いか?」
「あら、言い間違いじゃないわよ」と絹香は笑う。「先生が何を頭に浮かべて想像したのか知らないけど、実際、ひなちゃんとさあちゃんが所構わずいちゃついて、道場に来ているおチビさんたちも練習に身が入らなかったんだもの」
「ちょっと絹香ちゃん! 語弊のある言い方は、やめてよ!? 僕とさくちゃんは、真面目に練習をしていただけで……」
「はいはい、悪かったわ。……おめでとう、さあちゃん」
絹香が祝の言葉を口にしている横で、菖蒲は無言のまま朔夜と日向のふたりを眺めていた。
「菖蒲、菖蒲ったら!」
「あっ、はい!」
「そろそろ着替えに行かないと次の授業んk遅れるわよ」
語尾にハートがついてそうな可愛らしい声で菖蒲は返事をして絹香とともに出口に向かって歩きだした。
体育館の出入り口へ向かう絹香に対して、「ちょっと待てよ」と朔夜が険のある声で呼びかける。
うんざりした様子で絹香は「何よ」と鬱陶しそうに振り返る。
「てめえは、なんとも思わねえのか? 俺がズルをしたとか、日向が手を抜いたとかさ」
二階から降りてきた鍛冶は、突然「そうだよ! ひなちゃんが負けるわけがない!」と大声で叫んだ。「さあちゃんは、ひなちゃんの恋人だから、ひなちゃんを負かすことができたんだ! ずるいぞ、さあちゃん!」と頓珍漢なことを口にして怒り始める。
鍛冶の隣にいた疾風は、大慌てで鍛冶の口を塞ぐが――鍛冶は「疾風くん、何するの!? ぼく、さあちゃんに一言文句を言ってやるんだから!」と暴れる。
「ありゃりゃー……それ、本人に向かって言っちゃいますか」と菖蒲は呆れ返り、絹香や大林は白い目で鍛冶を見た。
朔夜は口を閉ざし、こめかみの辺りに指を当てている。
日向は顔面蒼白状態で「鍛冶くん、違うよ! そうじゃないの!」と鍛冶に言い聞かせようと試みた。
「おい、話をややこしくするなって! なんでおまえは、アホなことばかりをするんだ!?」
「アホじゃない! ぼくは思った通りのことを口にしただけ! “恋は盲目”なんだよ!? 好きな人を傷つけたり、攻撃できるわけがないじゃないか! こんなのフェアプレーじゃない!」
「だから! 思った通りのことを口にするのが悪いんだって! ……悪い、辰巳。こいつを引きずっていくの、手伝ってくれねえか?」
「ああ、わかった」と衛は、今にも泣き出しそうな疾風の手伝いをしてやる。
「火山、おまえは悪いやつじゃねえんだがな。空気が読めねえのは、たまに傷だぜ。もう少し、周りの人間の様子を見ような」
衛は鍛冶に言い聞かせると疾風とともに衛を連れて外へ出ていった。
「あー……」と大林は間延びした声を出し、落ち込んでいる朔夜に向かって声を掛ける。「叢雲、あんま気にするな。深く考え込むなよ? おれはおまえがズルをしたとか、碓氷が手を抜いたなんて思ってねえ。おまえがアルファで、お気に入りの生徒だからって依怙贔屓しているわけじゃねえからな。教師として、それ相応の努力をしたって、評価しているだけだ」
絹香も「ええ、そうよ」と大林の言葉を肯定する「さあちゃんはズルをするような人間じゃないし、ひなちゃんも手を抜く性格じゃない。だから、そんなことはちっとも思ってないわ」
大林や絹香からのフォローの言葉をもらっても、朔夜はどこか不満げな様子だった。
「そもそも、お互いにそんなことをしたら、あんたたち大喧嘩になるでしょ? 『さくちゃんは僕がオメガだから全力を出してくれないんだ』って、ひなちゃんが悲しむもの」
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