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第9章
一本勝負1
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道着を着た男女は体育教師の言葉を合図に、竹刀を構えた。
すでに試験を終えた生徒たちは、一階にいる者も、二階にいる者も試合が始まるのを今か今かと待ち、固唾を呑んだ。
「始め」
その言葉を合図に子どもたちはワアッと喚声をあげる。
「ひなちゃん、頑張れー! 絶対に勝ってね!」
「オメガだって努力すれば、アルファに勝てるってことを証明してくれよ!」
「絹香ー、おまえもアルファだろ!? 女だからってオメガの男に負けんなよー!」
「そうだ、そうだ! 王子さまから一本取って、アルファの意地を見せつけろ!」
竹刀を構え、日向の動きを注視している絹香は「やあね、まったく」とつぶやいた。「外野があーだ、こーだと好き勝手言って。うるさいったら、ありゃしないわ。そう思わない?」
「うーん、どうだろう。みんな、剣道の試合なんて早々目にするものじゃないから、物珍しいんじゃないかな?」
日向は、絹香との間合いを取りながら苦笑した。
「それもそうね。ところでひなちゃん、あたしが女だからって手加減なんかしないでよね。男だとか、女だとか、アルファだとか、オメガだとか関係ないわ。全力でかかってきなさい」
鋭い目つきをして絹香が挑発する。
日向は挑戦的な笑みを浮かべて「もちろん」と頷いた。
「悔いの残らないように正々堂々とやろう。本気、出すね」
「ええ、望むところ――よ!」
先に動いたのは絹香のほうだった。日向に小手を打とうとするが、素早く反応した日向に阻まれる。
が、絹香はすぐに次の一手を繰り出した。男のように重い一撃を日向に食らわす。
それでも日向は次々と絹香の技を受け流していった。
生徒たちは手に汗を握り、ふたりの試合を夢中になって見ていた。
二階から試合を見ることにしていた穣は、ふたりの動きに目を瞠り、ごくりとつばを飲んだ。
「やっべえな……おれらがやってたのとぜんぜん違うわ……」
「迫力あるう!」と穣の左隣にいた角次が、目をらんらんと輝かせる。穣の右隣にいた好喜は、「こっちのほうが、もしかしたら朔夜と光輝の試合よりも見応えがあるんじゃね?」とぼそりと口にした。
その近くでは、日向の友達である鍛冶がソワソワと落ち着かない様子で、ふたりの試合風景を目にしていた。
「ひなちゃんも、絹香ちゃんも怪我しないでほしいな。なんでみんな、こんなことを楽しんでるの? 竹刀が当たったら、すっごく痛くて、つらいのに……ああ、早く終わってくれないかな」とずれたことを言って、目に涙を浮かべている。
その横から洋子が「そんなに心配しなくても大丈夫よー。そのためにふたりとも、防具をしているんだしー」と、おっとりした声で慰めた。
洋子の隣りにいた心はというと鼻息を荒くして「行け、絹香ちゃん! そこよ。キャアッ……さすが、ひなちゃん! 今のさっと避けたところ、かっこよすぎぃ」と、どちらを応援しているのかわからない発言をしている。
先ほど絹香との試合に負けてしまった疾風は、ハンドタオルで汗を拭いながら唐突に「そういえば姉さんに聞いたんだけど、江戸時代とか昔の剣道は相手の隙をついて足を蹴ったり、竹刀そっちのけで相手を殴る・投げるなんてこともやってたんだってさ」と話を振った。
疾風の言葉を聞いて穣は、しかめっ面をした。
「マジかよ、先導。それ、めちゃくちゃハードじゃん」
「へえ、知らなかった。先導のうちの姉ちゃん、博識だなー!」と角次が指をパチンと鳴らす。
「まあ、今みたいに体育の時間にやったり、身体を鍛えるため、礼儀作法のためだけじゃないもんな。実践で刀を使って戦うための稽古だろ。そりゃあ、命懸けの戦いなんだから、なんでもありだよな」と好喜は顎に手をやった。
「命懸け……」
鍛冶は顔色を悪くして白目をむき、ふっと気を失って後ろに倒れてしまった。
疾風はすかさず鍛冶の背中を抱きとめ、「またか、鍛冶」とため息をつく。
周りの子どもたちは、そんな鍛冶の状態を心配しながら彼を床に寝かせ、試合を見ながら話を続ける。
「ちなみに、今、それやったら……どうなるんだ?」と角次が訊けば、疾風は「反則負けだな」と手でバツ印を作った。
そこへ顔を真っ赤にして怒り狂っている光輝がやってきた。
「本当、最悪……手加減なしで容赦なくやってきて……本気でやるとか、いまどきダサイっつーの!」
「こうちゃん」とお供のふたりが光輝の様子にオロオロしながら、金魚のフンのように後をついていく。
子どもたちは、光輝の姿を目にすると一塊になってヒソヒソと小声で話始める。
彼らの姿を面白くなさそうに光輝は見つめていた。
パチパチパチと拍手をする音が聞こえて子どもたちは顔を上げた。そこには涼しい顔をした衛と、面を手にし、眼光鋭く光輝のことを睨みつけている朔夜がいた。
「すごかったな、日ノ目。叢雲相手に頑張ってたな! てっきり、手を抜いて、あっさり負けると思っていたが、やるな」
光輝はフンと鼻を鳴らし、朔夜のことを一瞥してから腕組みをした。
「嫌味かよ、辰巳。ぼくだって、やるときはやるんだよ。第一、王さま相手に手を抜いたりしたら後で何をされるか、わからないから」
すでに試験を終えた生徒たちは、一階にいる者も、二階にいる者も試合が始まるのを今か今かと待ち、固唾を呑んだ。
「始め」
その言葉を合図に子どもたちはワアッと喚声をあげる。
「ひなちゃん、頑張れー! 絶対に勝ってね!」
「オメガだって努力すれば、アルファに勝てるってことを証明してくれよ!」
「絹香ー、おまえもアルファだろ!? 女だからってオメガの男に負けんなよー!」
「そうだ、そうだ! 王子さまから一本取って、アルファの意地を見せつけろ!」
竹刀を構え、日向の動きを注視している絹香は「やあね、まったく」とつぶやいた。「外野があーだ、こーだと好き勝手言って。うるさいったら、ありゃしないわ。そう思わない?」
「うーん、どうだろう。みんな、剣道の試合なんて早々目にするものじゃないから、物珍しいんじゃないかな?」
日向は、絹香との間合いを取りながら苦笑した。
「それもそうね。ところでひなちゃん、あたしが女だからって手加減なんかしないでよね。男だとか、女だとか、アルファだとか、オメガだとか関係ないわ。全力でかかってきなさい」
鋭い目つきをして絹香が挑発する。
日向は挑戦的な笑みを浮かべて「もちろん」と頷いた。
「悔いの残らないように正々堂々とやろう。本気、出すね」
「ええ、望むところ――よ!」
先に動いたのは絹香のほうだった。日向に小手を打とうとするが、素早く反応した日向に阻まれる。
が、絹香はすぐに次の一手を繰り出した。男のように重い一撃を日向に食らわす。
それでも日向は次々と絹香の技を受け流していった。
生徒たちは手に汗を握り、ふたりの試合を夢中になって見ていた。
二階から試合を見ることにしていた穣は、ふたりの動きに目を瞠り、ごくりとつばを飲んだ。
「やっべえな……おれらがやってたのとぜんぜん違うわ……」
「迫力あるう!」と穣の左隣にいた角次が、目をらんらんと輝かせる。穣の右隣にいた好喜は、「こっちのほうが、もしかしたら朔夜と光輝の試合よりも見応えがあるんじゃね?」とぼそりと口にした。
その近くでは、日向の友達である鍛冶がソワソワと落ち着かない様子で、ふたりの試合風景を目にしていた。
「ひなちゃんも、絹香ちゃんも怪我しないでほしいな。なんでみんな、こんなことを楽しんでるの? 竹刀が当たったら、すっごく痛くて、つらいのに……ああ、早く終わってくれないかな」とずれたことを言って、目に涙を浮かべている。
その横から洋子が「そんなに心配しなくても大丈夫よー。そのためにふたりとも、防具をしているんだしー」と、おっとりした声で慰めた。
洋子の隣りにいた心はというと鼻息を荒くして「行け、絹香ちゃん! そこよ。キャアッ……さすが、ひなちゃん! 今のさっと避けたところ、かっこよすぎぃ」と、どちらを応援しているのかわからない発言をしている。
先ほど絹香との試合に負けてしまった疾風は、ハンドタオルで汗を拭いながら唐突に「そういえば姉さんに聞いたんだけど、江戸時代とか昔の剣道は相手の隙をついて足を蹴ったり、竹刀そっちのけで相手を殴る・投げるなんてこともやってたんだってさ」と話を振った。
疾風の言葉を聞いて穣は、しかめっ面をした。
「マジかよ、先導。それ、めちゃくちゃハードじゃん」
「へえ、知らなかった。先導のうちの姉ちゃん、博識だなー!」と角次が指をパチンと鳴らす。
「まあ、今みたいに体育の時間にやったり、身体を鍛えるため、礼儀作法のためだけじゃないもんな。実践で刀を使って戦うための稽古だろ。そりゃあ、命懸けの戦いなんだから、なんでもありだよな」と好喜は顎に手をやった。
「命懸け……」
鍛冶は顔色を悪くして白目をむき、ふっと気を失って後ろに倒れてしまった。
疾風はすかさず鍛冶の背中を抱きとめ、「またか、鍛冶」とため息をつく。
周りの子どもたちは、そんな鍛冶の状態を心配しながら彼を床に寝かせ、試合を見ながら話を続ける。
「ちなみに、今、それやったら……どうなるんだ?」と角次が訊けば、疾風は「反則負けだな」と手でバツ印を作った。
そこへ顔を真っ赤にして怒り狂っている光輝がやってきた。
「本当、最悪……手加減なしで容赦なくやってきて……本気でやるとか、いまどきダサイっつーの!」
「こうちゃん」とお供のふたりが光輝の様子にオロオロしながら、金魚のフンのように後をついていく。
子どもたちは、光輝の姿を目にすると一塊になってヒソヒソと小声で話始める。
彼らの姿を面白くなさそうに光輝は見つめていた。
パチパチパチと拍手をする音が聞こえて子どもたちは顔を上げた。そこには涼しい顔をした衛と、面を手にし、眼光鋭く光輝のことを睨みつけている朔夜がいた。
「すごかったな、日ノ目。叢雲相手に頑張ってたな! てっきり、手を抜いて、あっさり負けると思っていたが、やるな」
光輝はフンと鼻を鳴らし、朔夜のことを一瞥してから腕組みをした。
「嫌味かよ、辰巳。ぼくだって、やるときはやるんだよ。第一、王さま相手に手を抜いたりしたら後で何をされるか、わからないから」
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