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第8章
命を賭けた選択2*
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満月が何を考えているのか検討もつかない。朔夜と日向は困惑し、混乱した。
「俺は慈悲深いから、おまえにもう一度だけ、チャンスをやろう」
「……なんだと?」
足元にある銃を一瞥し、朔夜は疑惑の眼差しを満月へ向ける。
「その銃には六発、弾を装填できる。日向に二発食らわせ、おまえへの威嚇で二発、そして一発はおまえの耳を掠めた。残る弾は一発。俺か、日向か、自分か――三択だ。だれかひとり撃て」
朔夜と日向は、満月の言葉を耳にした瞬間、衝撃を受ける。
「ふざけんな……また、あのときと同じ手を使うつもりか!?」
朔夜は声を荒げて満月へ食ってかかった。
「どうせ、てめえに銃を向けて引き金を引いたら銃が暴発するとか、撃っている最中に日向も、俺も触手に身体を貫かれるとか――そんな筋書きなんだろ? どれを選んでも、てめえが一番都合のいい結果になるようにしてる。違うか?」
「俺がそんな卑劣な手を使うわけがないだろ。心外だな。悪意なんてこれっぽちもない。俺は善意で言ってるのに、被害妄想のひどいやつ」と言いのけ、清々しいほどの笑顔を見せる。
「ったく、ろくでもねえことを考えつくのだけは、天下一品だよ。あんた」
「褒めるな、照れるぞ。しかし……時間はない」
朔夜と日向は、すぐに満月の言葉の意味を、身をもって知る。
日向の身体に黒い糸が巻きついているように、朔夜の身体にも黒い糸が巻きついていたのだ。日向のほうは、頭と手足にしか黒い糸が巻きついていないが、朔夜のほうは、身体のありとあらゆるところに、巻きついていた。天井から伸びている黒い糸が動き、朔夜の身体は朔夜の意思を無視し、ひとりでに動く。
傀儡師に操られて動く操り人形と変わらない朔夜の姿を見て、満月はほくそ笑んだ。
「クソったれが! なんだよ、これ? 俺に何をさせるつもりだ!?」
「『何をさせるつもり』か? すぐにわかるさ」
震える手で朔夜は床に落ちている拳銃を取り、照準を日向へと合わせる。勝手に指が撃鉄を起こし、銃を装填すると、引き金に指を掛ける。ぶわりと朔夜の毛穴おという毛穴からいやな汗が吹き出る。全身に冷たい汗をかきながら、「おい、冗談はよしてくれよ……勘弁してくれ……」と怯えきった声で独りごちり、引き攣った笑みを浮かべる。
日向は【亡霊】の真意に気づき、朔夜に伝えようとするが――日向の動きを逐一監視していた触手が、満月に日向の動きを報告する。
すると満月は、何もない空中から素早くナイフを取り出し、血を流している日向の肩にナイフを突き立てた。弾を取り出すためではなく、日向を痛めつけるために日向の肩を刺したのだ。
「日向っ!」
朔夜は銃口を満月へ向けようとしたり、日向のもとへ向かおうと足を動かそうとする。しかし、身体が一切言うことをきかず、文字通り手も足も出ない状況になる。
肩を刺された日向は苦悶の表情を浮かべ、声を出さないように唇を強く嚙み締めた。
そんな日向の態度に腹を立てた満月は「強情なやつめ……さっさと俺に許しを請え!」と怒鳴り、ナイフを握る手に力を込め、傷口を広げる。
猛烈な痛みを感じて日向は、とうとう痛みに堪えられず、泣き叫んだ。
日向の悲痛な叫び声を耳にした満月は、まるで重奏なクラシック音楽の生演奏でも聴くみたいに、うっとりとした表情を浮かべる。
一方、朔夜は目の前で痛めつけられ、血を流す最愛の人の姿を見ていられず、音を上げた。
「やめろ……やめてくれ! これ以上、日向を傷つけないでくれよ……!」
焦りの滲んだ声色で朔夜は、満月の蛮行を止めようとする。
にやりと満月は唇に弧を描き、ナイフを引き抜いた。ナイフに付着した血を赤い舌で舐め、日向の首元に巻きついていた触手に退くよう命じる。絞め上げられて赤くなった首筋へ銀色のナイフの刃を当てる。
「ならば早く答えを出せ。じゃないと日向は、このまま俺に嬲り殺しにされるか、失血死するぞ?」
ナイフの刃が日向の首の皮膚に食い込み、血が流れる。
息も絶え絶えな状態の日向は、朔夜のほうに目線をやり、目で訴えかける。
「……お願い……さくちゃん……大丈夫だから……僕を、撃って……」
「さあ、撃て――朔夜!」
「……さくちゃん……」
絞り出すような声で、日向は朔夜に懇願した。
そんな日向の様子を黙って見ていた満月は、首に当てていたナイフを今度は、日向の右手の甲にめがけて振りかざす。
「わかった、おまえの望みを叶える! 要求通りにするよ」
大声で朔夜が宣言すると満月はピタリと手を止める。すんでのところで日向は手にナイフを突き刺されずに済んだ。
「どうして……?」と泣きそうな声で日向は、朔夜に問いかけた。
緩くかぶりを振ってから、朔夜は「できるわけがねえよ」とうめくような声で日向の問いかけに答える。
「たとえ罠だとしても、おまえを撃つなんて……日向に銃を向けるなんて、俺にはできねえよ……」
朔夜は、銃の向きを自分のほうへ変えると銃口の先を、己の胸へ押しつけた。
「最後まで守れなくて、ごめん」
銃声が劇場内に響き、銃口から硝煙が立ち上った。
ガシャンッ! と音を立てて拳銃が、舞台の床の上へと落ちる。
「俺は慈悲深いから、おまえにもう一度だけ、チャンスをやろう」
「……なんだと?」
足元にある銃を一瞥し、朔夜は疑惑の眼差しを満月へ向ける。
「その銃には六発、弾を装填できる。日向に二発食らわせ、おまえへの威嚇で二発、そして一発はおまえの耳を掠めた。残る弾は一発。俺か、日向か、自分か――三択だ。だれかひとり撃て」
朔夜と日向は、満月の言葉を耳にした瞬間、衝撃を受ける。
「ふざけんな……また、あのときと同じ手を使うつもりか!?」
朔夜は声を荒げて満月へ食ってかかった。
「どうせ、てめえに銃を向けて引き金を引いたら銃が暴発するとか、撃っている最中に日向も、俺も触手に身体を貫かれるとか――そんな筋書きなんだろ? どれを選んでも、てめえが一番都合のいい結果になるようにしてる。違うか?」
「俺がそんな卑劣な手を使うわけがないだろ。心外だな。悪意なんてこれっぽちもない。俺は善意で言ってるのに、被害妄想のひどいやつ」と言いのけ、清々しいほどの笑顔を見せる。
「ったく、ろくでもねえことを考えつくのだけは、天下一品だよ。あんた」
「褒めるな、照れるぞ。しかし……時間はない」
朔夜と日向は、すぐに満月の言葉の意味を、身をもって知る。
日向の身体に黒い糸が巻きついているように、朔夜の身体にも黒い糸が巻きついていたのだ。日向のほうは、頭と手足にしか黒い糸が巻きついていないが、朔夜のほうは、身体のありとあらゆるところに、巻きついていた。天井から伸びている黒い糸が動き、朔夜の身体は朔夜の意思を無視し、ひとりでに動く。
傀儡師に操られて動く操り人形と変わらない朔夜の姿を見て、満月はほくそ笑んだ。
「クソったれが! なんだよ、これ? 俺に何をさせるつもりだ!?」
「『何をさせるつもり』か? すぐにわかるさ」
震える手で朔夜は床に落ちている拳銃を取り、照準を日向へと合わせる。勝手に指が撃鉄を起こし、銃を装填すると、引き金に指を掛ける。ぶわりと朔夜の毛穴おという毛穴からいやな汗が吹き出る。全身に冷たい汗をかきながら、「おい、冗談はよしてくれよ……勘弁してくれ……」と怯えきった声で独りごちり、引き攣った笑みを浮かべる。
日向は【亡霊】の真意に気づき、朔夜に伝えようとするが――日向の動きを逐一監視していた触手が、満月に日向の動きを報告する。
すると満月は、何もない空中から素早くナイフを取り出し、血を流している日向の肩にナイフを突き立てた。弾を取り出すためではなく、日向を痛めつけるために日向の肩を刺したのだ。
「日向っ!」
朔夜は銃口を満月へ向けようとしたり、日向のもとへ向かおうと足を動かそうとする。しかし、身体が一切言うことをきかず、文字通り手も足も出ない状況になる。
肩を刺された日向は苦悶の表情を浮かべ、声を出さないように唇を強く嚙み締めた。
そんな日向の態度に腹を立てた満月は「強情なやつめ……さっさと俺に許しを請え!」と怒鳴り、ナイフを握る手に力を込め、傷口を広げる。
猛烈な痛みを感じて日向は、とうとう痛みに堪えられず、泣き叫んだ。
日向の悲痛な叫び声を耳にした満月は、まるで重奏なクラシック音楽の生演奏でも聴くみたいに、うっとりとした表情を浮かべる。
一方、朔夜は目の前で痛めつけられ、血を流す最愛の人の姿を見ていられず、音を上げた。
「やめろ……やめてくれ! これ以上、日向を傷つけないでくれよ……!」
焦りの滲んだ声色で朔夜は、満月の蛮行を止めようとする。
にやりと満月は唇に弧を描き、ナイフを引き抜いた。ナイフに付着した血を赤い舌で舐め、日向の首元に巻きついていた触手に退くよう命じる。絞め上げられて赤くなった首筋へ銀色のナイフの刃を当てる。
「ならば早く答えを出せ。じゃないと日向は、このまま俺に嬲り殺しにされるか、失血死するぞ?」
ナイフの刃が日向の首の皮膚に食い込み、血が流れる。
息も絶え絶えな状態の日向は、朔夜のほうに目線をやり、目で訴えかける。
「……お願い……さくちゃん……大丈夫だから……僕を、撃って……」
「さあ、撃て――朔夜!」
「……さくちゃん……」
絞り出すような声で、日向は朔夜に懇願した。
そんな日向の様子を黙って見ていた満月は、首に当てていたナイフを今度は、日向の右手の甲にめがけて振りかざす。
「わかった、おまえの望みを叶える! 要求通りにするよ」
大声で朔夜が宣言すると満月はピタリと手を止める。すんでのところで日向は手にナイフを突き刺されずに済んだ。
「どうして……?」と泣きそうな声で日向は、朔夜に問いかけた。
緩くかぶりを振ってから、朔夜は「できるわけがねえよ」とうめくような声で日向の問いかけに答える。
「たとえ罠だとしても、おまえを撃つなんて……日向に銃を向けるなんて、俺にはできねえよ……」
朔夜は、銃の向きを自分のほうへ変えると銃口の先を、己の胸へ押しつけた。
「最後まで守れなくて、ごめん」
銃声が劇場内に響き、銃口から硝煙が立ち上った。
ガシャンッ! と音を立てて拳銃が、舞台の床の上へと落ちる。
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